二十五話 セブンアローズへの疑惑
人間の世界と魔物の世界の境界の地。
そこにあるのは、欲望を満たす富か。
闘争本能を承認された偽りの名声か。
破壊者が崇拝される、歪んだ名誉か。
人と魔物の境界線を、踏み越える者数知れず。
「将軍などという大げさな肩書きは必要なかった」
パステナの回復魔法によって怪我が完治したアザーは、体を起こした。
「俺は、将軍や英雄と呼ばれるような人間じゃない」
「謙遜通り過ぎて、卑屈過ぎないか?」
レクエスは、アザーの実力を知っているからこそ、部下として活動していた。
「そうですよ!
わたしたちを守りながらシックスランクと戦える時点で、英雄そのものじゃないですか!」
「……だが俺は、やつを倒せなかった。
俺には、覇道も飾りのような肩書きも必要ない。
俺が求めるのは、本当の力だけだ。
悲しみに暮れる人が生まれないように、人々を守るための力があればそれでいい」
アザーは、自分が生きていることを確かめるように拳を握った。
「…………」
アザーの姿を見たスィンザは、本物の英雄と自分の現在地の距離の遠さを自覚した。
「そんなことより、セブンアローズのリーダーと、作戦参謀の使っている魔法について何か情報はないか?
俺の考えが正しければ、奴が禁術で記憶を奪った相手は彼らなんじゃないか?」
「禁術⁉ どういうことだ?」
「そうですね。先にシックスランクの情報を共有してください」
アザーの発言に対して、レクエスは驚き、パステナは場を落ち着かせることを優先した。
その後一行は、席についてから情報を交換した。
アザーたちは、黒い森の中で起きた出来事を包み隠さず話した。
「――なんだ、そりゃ……シックスランクの能力に加えて、魔法戦もできるのかよ」
アザーたちの話を聞いたレクエスは、深刻そうな表情で腕を組んだ。
「私たちの集めた情報では、セブンアローズのリーダー、ハルビリッツ・ジャネストンの異名は〈緋色の矢〉であり、アザー様の予想通り、疑似閃光魔法を得意としているようです。
禁術で記憶を奪われたのは、ハルビリッツ氏でほぼ間違いないと思われます」
パステナは魔法の鞄の中から、集めた情報をまとめたメモを机の上に広げた。
「いや? まてよ。
だったらなんでセブンアローズは、何も言わないんだ?
あのチームのメンバーに何度もあっているが、特に不審な点はなかったぞ」
「……やはりセブンアローズには何か秘密があるのかもしれないね」
ミモレスは、いつの間にか席を立ち、全員分の飲み物を魔法で運んで来た。
「一つ疑問があります。
ハルビリッツさんと、作戦参謀の人が……いなくなった状態のセブンアローズで、高度な転移魔法が使えそうな人っているんですか?
あの九腕大蛇が、直接街の中で人さらいをやっていたとは思えなくて……
それとも、人さらい事件と九腕大蛇は、実は何の関係もない可能性もあるんでしょうか?」
「いや、九腕大蛇と人さらい事件は間違いなく関係があるはずだ。
スィンザを襲った奴や、何者かに倒されたフォースランクが、街側に来ない理由はシックスランクの存在以外で説明できるものがない」
テリルの発言にアザーはそう答えた。
「セブンアローズのメンバーの得意魔法や、戦闘スタイルの情報は収集済みです。
いなくなっている上位二名を除くと、可能性があるのは、〈黄色の矢〉の異名を持つイーゼマス・ゼネーロですね。
彼は、リーダーと共に失踪しているセブンアローズの作戦参謀にして〈白色の矢〉と呼ばれるラグマヘス・トララグマの弟子です。
彼らが得意としているのは、隔離界魔法ですが、転移魔法の使用も目撃されています」
「隔離界魔法か。やはり間違いないな……」
パステナの説明を聞いたアザーたちは、記憶を奪われた人物たちに、確信を持った。
「そのイーゼマスさんって、何歳くらいの人ですか?」
「イーゼマス・ゼネーロは、二十四歳です。
確かに彼では、スィンザさんをさらった人物と年齢の乖離がありますね。
変身魔法を使っていたにしても、わざわざ老人の姿を選ぶとは思えません。
高度な転送魔法と、自身の容姿からかけ離れた変身魔法を同時に使うには、相当の魔力を有していないとできない芸当です。
私が彼なら、これから殺す相手にここまで労力を裂いたりしません」
スィンザの言いたいことをくみ取ったパステナは、疑問点を述べた。
「むしろ、イーゼマスの師にあたるラグマヘス・トララグマの方が、スィンザさんをさらった人物に近い容姿をしています。
彼の年齢は六十七歳です。
高度な転移魔法についても、ラグマヘス氏の方が使用できる可能性が高いですね」
「だが、ラグマヘス氏は、ハルビリッツ氏と同様に消息を絶っている。
それに、九腕大蛇が使っていたあの隔離界魔法は、かなりの熟練度を感じた。
恐らく食われたのは……」
パステナの言葉は理にかなっていたが、アザーたちが体験したあの隔離界魔法の使い手は、ラグマヘス以外に思い当たらなかった。
「あ~! 本当にややこしい事件だな! 頭が爆発しそうだ」
今まで黙って話を聞いていたレクエスが、両手で頭をかいた。
「そうだな。人さらいの実行犯でも捕まえられていたら良かったんだが」
「囮作戦までやりましたが、相手は引っかかりませんでしたからね。
人さらいの対象者が誰なのかさえわからない事件は、これが初めてです」
アザーは天井を見上げ、パステナは肩を落とした。
「だけど、九腕大蛇について今回わかったことがあるよ」
アザーたちの話を聞きながら魔導器を作っていたミモレスがそう発言した。
「ああ。そうだな。
奴はリメインズ・オブ・マギリアを求めていた。
〈セブンスランク〉になるために」
「……シックスランクの上ってことですか?」
スィンザは、伝説の怪物のさらに上位がいることに戦慄した。
「そうだ。神器の力を手に入れた滅亡の化身……。
人呼んで〈人類敗北の地〉と呼ばれる西南大陸〈ユベイン〉を黒い森で埋め尽くし、その土地に住む人間を全て葬った怪物の中の怪物だ。
最後は、当時のリメインズ・オブ・マギリアの所有者たちが世界中からユベイン大陸に終結し、三日間かけた死闘の末に討伐した。
神話のような話だが、実際にあった出来事だ。
大きい国ならみんな当時の記録を引き継いでいる」
「ユベイン大陸って今も……」
テリルは、ユベイン大陸が現在どうなっているかを知っていた。
「そうだ。今も人は立ち入れない土地だ。
大陸そのものを、今もなおバーモと黒い森に占領されている」
「なぜバーモはそこまでして、人間と敵対するんですか?」
スィンザは、その疑問を口に出さずにはいられなかった。
その問いに答えがないとわかっていても。
「さあな。俺も今回初めてバーモと会話をした。
もしあれが奴自身の人格のようなものだったとすると、そうなるように作られた存在なんだと俺は感じた。
奴は人の記憶や、知識を取り込んだにもかかわらず、人を殺すことや、自分自身の存在に疑問を持っていないように見えた。
しかし疑問を持てないほどに、知能が低いようにもみえなかった。
そうなると奴は、自分の存在に確信を持っていて、それこそが人間や、その他の生物たちへの敵対心なんじゃないかと俺は思った」
アザーは、蝋燭のように真っ白な顔で自分の考えを述べた。
「……大丈夫か? 顔が真っ白だぞ⁉」
「ああ。自覚できるほどに、血と魔力が足りない」
レクエスにそう返事をしたアザーは、そのまま机に顔を伏せた。
「ミ、ミモレス! 急いでアザーを寝室に運ぼう!」
「わかった!」
ミモレスは、魔法を使ってアザーを宙に浮かせた。
「造血系の医療魔法は、私は使えなくて……」
パステナは、慌てた様子で両手を泳がせていた。
「私、トライホーンの回復魔導士の人呼んできます!」
「ちょっと待って! ひ、人さらいが! あの転移逃亡用の魔導器貸してください!」
駆け出そうとしたスィンザのマントを引っ張ってテリルが引き留めた。
今日もヤモリ印の魔導器屋は、客がいないのに騒がしかった。




