二十二話 リメインズ・オブ・マギリア
「テリルは、簡単に返してもらう」
ミモレスは、手を二回叩いた。
「なに⁉」
ミモレスの正体不明の魔法により、テリルはスィンザの前に転移した。
「じゃあ、アザー。あとは上手く逃げてね」
テリルをあっさりと取り返したミモレスは、再び手を二回叩いた。
「させるか! お前たちは誰一人逃がさない!」
九腕大蛇は、事前動作もなく魔法を発動させた。
それによって、一行は真っ白木々が林立する奇妙な空間に閉じこめられた。
「こ、これは、転移魔法?」
その真っ白な空間には、スィンザたちと九腕大蛇しか存在していなかった。
「ちがう。これは〈隔離界魔法〉だよ。
ボクの魔導器でも抜けられないなんて……
こんな高度な魔法を一瞬で展開できるんだ……」
「隔離されたってことは、もう逃げられないってこと?」
テリルは、自分の感覚を確かめるように、真っ白な地面に両手をついた。
「お前たちがこの空間を出る方法はたった一つ。
我に食われることだ。
お前たちに与えられた選択肢はその一つだけだ」
「厄介な魔法を持っているな。
お前、この魔法で人さらいを行って来たのか?
それとその目的はなんだ? 目当ての人間でもいたのか?」
アザーは危機的な状況でも、まだ対話を続ける余裕があった。
「人さらい? さあ、どうだったかな。
我が、お前たちの前に現れたのは、〈闇の女神の遺骸〉の気配を感じたからだ。
我らの世界に踏み込んで来る者たちなど、相手にする価値もない。
青髪の女、お前か?
女神の遺骸を持っているのは?」
九腕大蛇は、ミモレスを指差した。
「そうか。……もしもを想定して持ってきた物が、まさかのキーアイテムだったとはな。
お前が探していたのはこれのことか?」
アザーは、魔法の鞘の中から、先ほど抜いた刀とは別の刀を取り出してみせた。
「おお……それだ。間違いない……」
アザーが取り出したその刀は、骨を削って作られたかのような原始的な武器だった。
剣身は白一色で、緩やかに湾曲していた。
ミモレスが作る美術品のような魔剣とは違い、儀式に用いられるために作られた飾剣のようにも見えた。
「それがあれば、我はもう一つ上の存在になれる……」
九腕大蛇は、その骨の飾剣に見惚れているかのようだった。
「〈セブンスランク〉か。
お前にこの〈リメインズ・オブ・マギリア〉を奪われたら、俺はとんでもない大罪人になるわけだな」
アザーは、世界を一度壊滅させかけた最悪の厄災の名を口にした。
「あ、あれってそんなに重要な物なんですか?」
スィンザの目には、アザーの持つ骨の飾剣が凄いものには見えなかった。
「あれは、〈闇の創造神マギリア〉の遺骸を加工した武器だよ。
マギリアの遺骸を加工して作られた物は〈リメインズ・オブ・マギリア〉と呼ばれ、それぞれが魔法では再現不可能な超常的な特殊能力を備えている。
アザーが持っているそれは、まさに〈神器〉と呼ばれる物なんだ」
「あれが……神器……」
「マギリアって実在したんですか⁉
世界創世神話なんて、おとぎ話じゃ……」
テリルの言葉に真っ先に反応したのは、九腕大蛇だった。
「愚かなり。
闇の女神が作った世界の簒奪者共よ」
九腕大蛇の全身が、金色に発光した。
「言いがかりにも程があるぞ……」
アザーは、九腕大蛇の発光に対抗するように、骨の飾剣に魔力を注ぎ込んだ。
「〈超越の白牙刀〉、離界滅殺!」
アザーが神器を構えたその瞬間に、九腕大蛇は細切れとなって崩壊した。
「な、なにが起きたの⁉」
その場にいたスィンザたちには、九腕大蛇の体が突然崩壊したようにしかみえなかった。
「これが神器〈超越の白牙刀〉の力だ。
俺は今、超常的な速度で九腕大蛇を一方的に斬り刻んだ」
「シックスランクを一瞬で倒した……?」
テリルは、思考が追いつかないと言わんばかりにたじろいだ。
「いや、そう簡単にはいかないらしい」
「そうだね。隔離界魔法がまだ解除されていない。
アザーでも、魔力製石を斬れなかったの?」
ミモレスは、冷静に周囲を見渡してそう言った。
「斬れなかったというより、撥ね返されたような感じがしたな。
しかも白牙刀の一撃を防いだということは〈概念系の魔法〉かもしれない」
「撥ね返しの概念系魔法……
本来、対象を指定しなければならないにも関わらず、『撥ね返す』という概念を魔法に適応して、魔法法則、物理法則など相手が持つ条件の全てを無視できる強力な魔法。
この魔法を奪われた人は、どれほどの時間を魔導に費やしたんだろうね」
そう発言したミモレスの声には、魔導士としての怒りが込められていた。
「ふふふ! 素晴らしい。本物だ。
もう青髪の女の記憶など、もうどうでもいいと思えるほどに、素晴らしい!」
九腕大蛇は細切れにされた体を金色の液体に変えて混ぜ合わせ、あっという間に元の姿に完全再生した。
「そんな! シックスランクは不死身なんですか⁉」
「惑わされるな。
あいつの本来の姿はさっきの金色の液体の方だ。
あの液体状の体の中心に魔力の供給元である〈魔力製石〉がある。
それを破壊できれば奴を倒すことができる。
他のランクのバーモは、魔力製石に繋がる大動力管を切断すれば、機能を停止できるがシックスランクだけは、その弱点を完全に克服している」
動揺を見せたスィンザに対して、アザーは以前にシックスランク討伐した経験から得た、唯一の弱点を教えた。
「はははっ!
我を倒せる唯一の機会を逃したお前に、もう打つ手はない」
九腕大蛇は、再度全身から金色の光を放った。
「無敵の金色の外皮か。
お前はこの超越の白牙刀の真の能力に気がついていないのか」
「お前一人なら、どうにかなったかもしれないなぁ。
反撥性魔法、スカーレット・レーザー!」
九腕大蛇は、全身から無数の緋色の疑似光線魔法を放った。
その無数の緋色の疑似光線は、隔離界の白い木々に当たると撥ね返り、四方八方からスィンザたちに襲いかかった。
「そういうことか!」
九腕大蛇の企みを理解したアザーは、超越の白牙刀の力を使い、スィンザたちを襲った無数の疑似光線を全て防いだ。
「ふふふ。代償もなしに神の力を振るうことはできない。
人間の体では、あと一回が限度といったところか。
それとも、もう使うことができないか?」
「悔しいが、お前の言う通りだ。
もう限界だ。もう一度使えば魔力が空になる」
アザーは、超越の白牙刀を魔法の鞘の中に収めた。
「お前たちを殺したあと、闇の女神の力を得るのが楽しみだ」
九腕大蛇は勝利を確信して、高笑いをした。
「……お前は、叶うことのない願望を抱き続けることになる。
ミモレス、認識阻害を解いてくれ。地道にやっていくことになった」
「わかった。ボクも戦うよ」
ミモレスは、サングラスを外して認識阻害魔法を解除した。
それによって、アザーの背後には影のような妖精が現れ、ミモレスは魔人から爬人の姿に戻った。
「無理はするなよ。
ソウル・ゲート。フェアリー・エフェクト」
アザーは魔人の開錠語を唱えた。
それによって、影のような不気味な妖精は、アザーと瓜二つの姿に変化した。
ただし、その体色は影のような黒色のままだった。
「錬金魔法……を使うために利用できそうな物がないか。じゃあ、失敗作を利用しよう」
ミモレスは、自身の魔法のバックの中から大量の魔導器らしき物を散乱させた。
「うわああああ!」
ミモレスの側にいたテリルが、ガラクタの山に飲み込まれた。
ミモレスの魔法のバックは、推定でも市販品の数十倍の容量があった。
「こ、これ全部失敗作なんですか?」
スィンザは、テリルをガラクタの山の中から救出した。
「うん。魔法が込められた金属の塊だね……。
いや? でもこれはまだ使い道があったかもしれない……」
「えぇ……」
スィンザに抱きかかえられたテリルは、片付けができない女性の姿をこんな場面で見たくはなかった。




