二十話 黒い森の中へ
「ここから黒い森の中に入って行くぞ」
一行の目の前には、木のような形の不気味な黒い砂の塊が林立していた。
その黒い砂の塊は、手前から奥に向かうにつれて、巨大化しているように見えた。
地面も、周囲も黒一色のこの漆黒の世界は、生物の存在を拒絶しているかのようだった。
「なぜ、この黒い砂は、木のような形になるんですか?」
スィンザは、自分の背丈と同じくらいの大きさの黒い砂の塊に触れた。
「最近の研究では、この木のように見えるものは、全てバーモの卵鞘……バーモの卵が入っていた殻だとされているよ。
木のように見えるのは、卵鞘を積み上げていく過程でたまたまこの形になるようだね。
でも詳しくはまだわかっていないんだ」
ミモレスは、バーモについても詳しいようだった。
「ミモレスさん。バーモって、そもそも生き物なんですか?」
「生き物ではないというのが最近の論調だね。
バーモの正体は、生き物の外見を模倣した存在とされているよ。
バーモの体の構造は、生物というより、魔法で生成された疑似生物に近いんだ。
バーモの体は作り物と同様に、自己修復能力が一切ない。
その代わりに同質な物または、同質の物質に変換可能な物を取り込むことによって、自分の体を作り変えることができるんだ。
卵も確認されているけど、それは生殖によって作られた物ではなく、あくまで卵を模倣して作られた物でしかない。
バーモの活動が停止した物を〈遺骸〉と呼ぶのも、生物だと思われていた時の名残だね」
テリルの疑問にミモレスは丁寧に答えた。
「勉強になります。ありがとうございます!
でもミモレスさんはどうしてそんなに、バーモについて詳しいんですか?」
スィンザは、疑問になんでも答えてくれるミモレスに目を輝かせた。
「ボクが知っていることなら、なんでも教えてあげるよ。
……ボクがバーモに詳しい理由はね、〈魔導士の大罪〉があるからなんだよ。
この魔法文明とバーモの発生は切っても切り離せない関係なんだ。
簡単に言うと人類が魔法を使うことによって、バーモが――」
「ミモレス。その話はやめてくれ。
俺はその説が嫌いだ。魔導士の大罪も含めてな」
スィンザの問いに答えようとしたミモレスの言葉を、アザーが遮った。
「そうだったね。
でもだからこそ、ボクは仲間たちと共にこの説の否定材料を探し続けているよ。
滅亡論の上を歩かされている未来は、ボクも変えたいから」
「「滅亡論……」」
スィンザとテリルは、重たい言葉を聞いて口を閉ざした。
♢♢♢
「……実はな。セブンアローズの他にも、この黒い森に来た理由があるんだ」
アザーは、黒い森の中を進みながらそう切り出した。
「魔法道具の回収ですよね?」
スィンザは黒い砂の地面に目を凝らして、それらしき物探していた。
「それは、ミモレスの趣味というか、善意みたいなものだ。
実はこの黒い森の中で、最近、不可解な行動をとる人物が目撃されている。
その人物は、バーモハンターの資格を持たずにバーモハントを行い、遺骸をそのままにして立ち去る行為を何度も行っている」
「なんだか武術の荒行をしている人みたい……」
テリルは、作り話のような行為を実際にやっている人がいるのかと驚いた。
「お前たちバーモハンターからしたら、とんでもない迷惑行為だぞ。
バーモは共食いをするからな。
遺骸を放置すれば、バーモに餌をやっているようなものだ。
また中途半端に傷つけられたバーモが、凶暴化する可能性だってある。
もはやバーモハントの妨害だ」
「師匠は、その無法者も捕まえるつもりなんですか?」
スィンザは、周囲を警戒するように黒い森の中を見渡した。
「いや捕まえるつもりはない。
というより、捕まえることなど不可能だろうな。
まだ何の確証もないが、俺はそいつがシックスランクなんじゃないかと思っている。
倒されたバーモの中にフォースランクと思われる遺骸があったそうだ。
他のバーモによる分解が進んでいて断定はできなかったらしいがな。
この街のバーモハンターたちも、それがフォースランクであったと認めていない」
「そうですね。フォースランクは六年前に出現したのを最後に目撃情報さえ上がっていません。
わたしが見た記録の範囲内の話ですけど」
テリルは、トライホーンとセブンアローズだけではなく、ラパンの街のバーモ討伐実績を確認していた。
「俺もそれを確認している。
だがフォースランクは間違いなく、この黒い森の中に存在する。
実際に俺たちも遭遇している上に、あれだけだとは思えない。
そのフォースランクを恐らく単独で討伐できる力を持ちながら、違法行為に走る理由が見つからない。
高額で取引されるそれの遺骸を放置していく理由もな。
しかしこれは、無法者が人間だった場合の話だ。
むしろバーモが、犯人なら納得がいく。
恐らくこの森の中に潜むシックスランクは、同族の厳選と配下の強化を行っていると考えられる」
「でも、バーモがそんなことをするんですか?
ハンターの先輩方から話を聞いた限りでは、サードランク一体でも人間には脅威なのに、それより強いはずのフォースランクまで倒してしまうなんて……
そもそも強化なんてする必要があるんですか?」
スィンザには、それが圧倒的な力を持つとされるシックスランクバーモの行動とは思えなかった。
「シックスランクは、人間に匹敵するかそれ以上の知力を持っている。
自分の存在を人間たちに悟られれば、軍隊と英雄たちがやって来ることを理解しているんだ。
だからこそ、狡猾で容赦がない。
軍隊や、英雄が来てもそれらを返り討ちにするために、用意周到に動いているんだ。
それと、奴らに同族という意識はない。
バーモ同士の殺し合いなんて珍しくないんだ。
それに加えてシックスランクは、強さと高い知能を兼ね備えた傲慢な存在だ。
自分以外の存在が手駒でしかないのであれば、弱いバーモを間引いて、他の強者の餌とするのは奴らにとって当然のことだ」
「……アザーさんって、シックスランクと戦ったことがあるんですか?
あまりにも、シックスランクについて詳しいから」
テリルは、アザーの思考が調査に来ただけの人間のものとは思えなくなっていた
。
それは入念に敵のことを調べ、獲物を狩る算段を立てるハンターの思考のように思えた。
「……戦場に参加した程度の経験ならある。
回数としては……まあ、言うは必要ないか。
俺が戦場で目にしたシックスランクたちは、伝承の通りの怪物だった。
正直、軍隊だけでは相手にならない。
数の力も、兵器の力も、魔法の力も、何もかもを嘲笑うかのような……
そんな悪夢が実現したかのような怪物だった。
それは、災害であり、人類の天敵であるとも言えるかもしれない」
「……もし、今シックスランクに遭遇したら、どうするんですか?」
スィンザは、ここが危険地帯のど真ん中であることを再認識した。
「お前たちは、ミモレスの魔導器を使ってここから逃げろ。
俺はできるだけ相手の情報を集めてから逃げる。
それが些細なものでも弱点に繋がる何かが手に入れば、討伐軍が有利に動ける可能性がある」
「わかりました」
「了解です!」
スィンザとテリルは、アザーの背中に向かってそう返事をした。
「でも、遭遇する可能性はほとんどないよ。
隠れていないはずのセブンアローズや、他のバーモハンターたちにすら、未だに会えていないほどに、この黒い森は広いから」
ミモレスの言葉通りスィンザたちの眼前には、果てしなく続く漆黒の世界と、他の生き物の気配すら感じられない無機質な静寂が広がっていた。




