二話 バーモを狩る者
「スィンザとテリルは、なんで魔物を狩る者になりたかったんだ?」
ルモーンたちは、行きつけのタクロノ食堂で食事をしていた。
「わたしは成り行きで、〈トライホーン〉に入れてもらって、そのまま成り行きでお仕事してますよ」
テリルは、サンドイッチを美味しそうに食べたあと、能天気な笑顔を見せた。
「うちのチームトライホーンはお前みたいなやつばっかりなんだよな……。スィンザは?」
「私は……自分の国で、ハンター見習い募集の情報を得て、ここなら……
夢を叶えるために、成長できるかなって思ってラパンに来ました」
スィンザは、俯き、躊躇い(ためらい)ながらそう語った。
「夢があるのはいいことじゃないか。どんな夢なんだ?」
スィンザは、バリゼの言葉に、一瞬嬉しそうに顔を上げたが、すぐに思い直すように俯いた。
「……〈英雄〉に、憧れているんです。
私も、あの人みたいになりたくて……」
「英雄か! いや、女は〈女傑〉か。
まぁラパンから始めて、地道に実力をつけていくのは、良い選択だと思うぜ」
否定的なことを言われると思っていた、スィンザの予想外れた。
ルモーンの反応は、肯定的なものだった。
「──ただし、恐らくこの街で女傑になることはできないと、おれは思う。
それは、スィンザがというわけじゃない。
現状のこの街から英雄や、女傑が生まれるとは思えないってことだ」
「それについては私も同感だ。
ラパンは、ここ〈ナーゼットファル王国〉の中では、最も〈黒い森〉の管理が行き届いた場所だ。
〈第四等級〉のバーモすら、ここ数年現れていない」
ルモーンとバリゼは、バーモハンターになって五年目のベテランハンターであった。
「……〈黒い森〉。
巨大城壁の外側に果てしなく広がる『バーモの支配地域』のことですよね。
私、まだ城壁の外に出たことがなくて……
黒い森は、管理できるものなのですか?」
「ああ。やり方はいろいろあるが、現状はかなり上手くいってる。
その中でもおれたちが徹底しているのは、バーモの等級管理だ。
バーモに等級がついてるのは教わったか?」
「いえ。まだ教わっていません」
ルモーンは食堂のテーブルの上に、簡単な魔法を使ってみせた。
彼は、大きさの違う様々な生物の模型を作り出した。
「そうか。じゃ簡単に説明するぞ。
まず、バーモはその姿、能力、魔力の強さなどを基準に、実質的に六段階に等級分けされている。
そして数字が低いものが弱く、高いものが危険とされているんだ。
これは、今無理して覚えなくていい。
でもなんとなくでも理解できれば、ハンターとして長生きができる」
ルモーンは、「七体」の模型を机の上に並べた。
「こんなに真面目なルモーンさん、初めてみるかも」
「テリル、うるせぇぞ。
……じゃ、まずは、〈第一等級〉だ。
そのほとんどが虫か、爬虫類的な見た目をしてる。
噛まれたら痛いくらいの攻撃力しかなく、最も多く出現するバーモだ。
黒い森には必ず存在する。
こいつらは倒しても限がねぇから、街の中に出た時以外、俺たちは相手にしない」
ルモーンは、虫の形の模型を端に置いた。
「次に、〈第二等級〉だ。
ここからが、俺たちの仕事になる。
大きさは、猫とか犬くらいだ。けっこう気持ち悪い見た目をしている。
攻撃性が高く、油断してると腕や、足を簡単に奪われる」
模型は、蜘蛛のような見た目をしていた。
「で、これが〈第三等級〉。
ラパンでは、主にこいつらを相手にしている。
大型の動物のような大きさで、中には、鳥や虫のように空を飛ぶ奴らもいる。
こいつらは非常に危険で、体当たりだけで人を轢き殺せる力がある。
そしてこいつらを徹底的に狩ることで、これより上の等級の出現を抑制しているのが、この街、ラパンの現状だ」
その模型は、熊のような形だった。
「ここから上は、超危険だ。
これが〈第四等級〉。
大きさは標準的な人間の三倍以上の大きさだ。
形はそのほとんどが、動物に近い見た目だが、中には巨人のような見た目のやつも確認されている。
その外皮は鉄よりも硬く、中途半端な攻撃じゃダメージを与えることもできない。
人への敵対心もかなり強い。
こいつが現れた時は、チーム単位での対処が求められる。
それでもこいつ相手ならチーム全滅もあり得る……」
ルモーンは、巨人の形をした模型を熊の模型の隣に置いた。
「ここから先のランクは、軍隊が出動するレベルだ。
〈第五等級〉。
大きさは……わかりやすく言うと、その辺の三階建ての建物が二つ並んだくらいと言われている。
そんなデカい図体にも関わらず、高い知能を持ち、強力な魔弾砲を放つやつもいる。
まさに災害そのものだ。
こいつが現れたら、正直この街はどうなるかわからない」
ルモーンは、巨人よりも一回りくらい大きいドラゴンの模型を、スィンザの前に置いた。
「そして、こいつ以上の存在、それが〈第六等級〉だ。
こいつらは、別名を『金色』とか、『王種』とか呼ばれる、別格の存在だ。
過剰な魔力で守られた無敵の金色の外皮と、姿形を自在に変えられる特徴をもつ。
また自身の等級より下のバーモを支配し、意のままに動かすことができると言われている。
歴史上に現れた第六等級の中には、いくつもの国を滅ぼし、黒い森を拡大させた伝説の怪物もいる」
ルモーンは金色の王冠の模型を、ドラゴンの模型の隣に置いた。
「〈英雄、女傑〉とは……
この第五等級、第六等級を相手に、勝利を得た者だけが名乗ることを許される『人の中から現れた怪物』へ与えられる肩書きだ。
この道は、険しいどころじゃない。
でも魔法と向き合い、その力を引き出すことが出来れば不可能はない。
目指す意思がなきゃ、到達できない場所だってある。
だからおれはお前を応援するぜ。
あとおれが今、喋った内容は、全部この本に書いてあるから、時間あるときにでも読みな」
ルモーンは腰に下げた、見た目の数十倍の容量を持つ魔法のバックの中から、緑色の本を取り出してスィンザに手渡した。
「あ、あの、ありがとうございます。
ルモーンさんのお話を聞いて、自信が消えてしまいそうでしたけど……頑張ります!」
スィンザは、本を抱いて頭を下げた。
「うんうん。スィンザは絶対に女傑になれるよ!」
「おれ、テリルがまともなこと言うの初めてみるかも~」
ルモーンは、誇張したテリルのモノマネを披露した。
「ルモーンさん、ウザすぎ!」
テリルとルモーンが口げんかをしている中、スィンザは、説明されずにテーブルの上に残った「七体目の模型」が気になった。
七体目のそれは、銀色の女神の模型だった。