十九話 人の世界と魔物の世界の境界地点
世界で初めて妖精が羽ばたいた日、小さな風が巻き起こった。
その小さな風は、世界のどこかで嵐になった。
その嵐は、世界どこかで眠っていた黒い砂山を撒き散らす。
撒き散らされた黒い砂は、絶え間なく吹き荒ぶ嵐に育てられた。
やがて、その黒い砂たちは、果たすべき使命を自覚した。
「そうか。トライホーンから見たセブンアローズの姿は、俺の仲間たちが集めてくれた情報とも合致している。
セブンアローズの主要人物の姿を見なくなった点は気になるが、現時点できることはないな。
急な頼みごとだったのに対応してくれて助かった。
聞き取りの内容をまとめてくれたのも助かる。
仲間たちと情報共有が楽になった」
スィンザとテリルからの報告を受けたアザーは、二人を労った。
「いえ。私たちも早くこの事件が解決すること願っているので……
でも、リーダーたちは、セブンアローズのことを『この街の中で共に生きる、頼れる同志だと思っている』って言ってました。
私たちはセブンアローズが、シックスランクや、非道な人さらいと繋がっているとは思えなくなりました」
スィンザがそう発言したあと、テリルは追加の資料をアザーに手渡した。
「あとラパンの街のバーモハントの実績も貰ってきました。
今月は、トライホーンがサードランクを三十三体、セカンドランクを三百十七体討伐していました。
それに対してセブンアローズもサードランクを二十一体、セカンドランクは四百体以上討伐していました。
人さらいの噂が立ち始めた三ヶ月前に遡っても、ほぼ同じような討伐実績でしたよ」
「うーん。セカンドランクの討伐数が多いのが気になるね。
この数を倒すには、ほぼ毎日、黒い森に通い詰めるしかないんじゃないかな。
まして実行部隊が七人しかいないチームなら、裏で何かをやる暇なんてあるように思えない成績に見えるけど」
アザーの横に座っていたミモレスが、資料を覗き込みながらその述べた。
「確かにな。堅実さを感じる討伐実績ではある。
だが……チームリーダーと作戦参謀の長期不在は気になるな。
だからと言ってこれ以上、街の中を見張っていても、埒が明かないかもしれない。
実際に見てみるか。セブンアローズの活動を」
そう言ってアザーは、座っていた椅子から立ち上がった。
「黒い森に行くの?」
「ああ」
ミモレスの問いに、アザーが答えた。
「じゃあ、ボクも行く」
「うん……ああ? じゃあ、スィンザとテリルも行こう」
「え? いいんですか?
私、初めて……あぁ、初めてじゃないけど、初めての黒い森です!」
「そ、そもそもバーモハンターじゃないのに、黒い森に入っていいんですか?」
アザーの言葉に、スィンザとテリルは不安と期待が入り交じった反応を見せた。
「ボクたちは魔法道具屋として、ハンターたちが使い捨てにしている魔法道具などの回収と修理品販売をギルドに認められているんだ。
この街に来てから、すでに三回ほど黒い森に立ち入っているよ」
「そうなんですか!
あ、あと、あの……ギルドって組織の名前なんですか?
私よくわかってなくて……」
スィンザは恥ずかしそうに手を上げて質問をした。
「……わかりやすく言うなら、お前たちバーモハンターの雇用主だぞ。
正確には、バーモハンターが狩って来たバーモの遺骸を加工し、その販売、流通を取り仕切る組織のことだ。
バーモハンターチームは、ギルドに所属することで、その実績に応じた報酬を貰って生活している。
境界の街によっては、複数のギルドがあったりするが、このラパンの街は〈ラパンギルド〉という一つの大きな組織だけが存在しているようだな」
「バーモの遺骸を査定しに来てた人たちは、みんなギルドの人たちだよ。
スィンザも会ったことあるでしょう?」
アザーとテリルがそう説明した。
「あの人たちが……知らなかった……」
「この街は、遺骸の買い取り交渉がほとんど発生しないらしいからな。
報酬もチーム側からの分配だったんだろう?
だったら見習いが知らなくても無理はない」
アザーは、元バーモハンターなだけあり、街の仕組みをよく理解しているようだった。
「はい……私はトライホーンに雇われているんだと思っていました」
「それだけチームの力が強いということだ。
街によっては、ハンターの人事まで完全にギルドが支配している場所もある……だがそうだな。
そんなギルドの力の方が強い街だったなら、人さらいの犯人の特定に、こんなに時間がかからなかったかもしれないな」
アザーはそう言い残し、外出の準備のために自室に向かった。
「じゃあボクたちも準備をしよう。
二人は、もしもの時に備えて戦える装備をして来てくれたらそれでいいから」
ミモレスはスィンザとテリルにそう指示を出した。
「はい! わかりました」
スィンザは、長い髪を一つ結びにしながら、自室へ向かった。
「了解です!」
テリルはスィンザの後に続いて、自室に向かった。
♢♢♢
スィンザとテリルは、初めて城壁の関所を通過して、街の外に出た。
城壁の外は、枯れ果てた大地と黒い砂漠が交わる奇妙な場所だった。
「これが……城壁の外側……」
「そうだ。ここが、魔物の世界と人の世界の境界地点。
お前たちが暮らすラパンの街が〈境界の街〉と呼ばれる理由だ」
アザーを先頭に一行は枯れ果てた大地を進み、黒い砂漠に踏み行った。
黒い砂漠では、青い服を着た大勢の人間たちが金槌のような小型のハンマーで地面を叩いていた。
「あの青い服の人たちは、何をしているんですか?」
青い服の集団から離れた場所に来たときに、スィンザがそう訊ねた。
「あれは、ファーストランクバーモの駆除だ。
調査員と呼ばれる〈青色等級〉の仕事とされている。
ファーストランク駆除は地味に見えるが、黒い森をこれ以上広げないために行う大事な仕事だ。
ファーストランクは地上にある、ありとあらゆる物を食べて、その全てを黒い砂に変えてしまう。
青色等級がいなければ、あの巨大城壁すらもいずれは黒い森の一部になってしまうだろう」
アザーは、足下の黒い砂を一握りすくい上げ、その中に潜んでいた虫のようなものを指ですり潰した。
「……青色等級には、戦闘能力が低い者や、戦闘能力そのものに恵まれなかったソウル・ゲートの持ち主、ハンターを引退した老人などが振り分けられている。
しかし、ああ見えて危険な仕事だ。
突然黒い森の中から、セカンドやサードが飛び出してくる可能性があるからな。
しかしそのかわりに、それなりに報酬も高い。
ハンターの等級では、見習いの白色等級の下位に位置しているが、報酬の量は初級の黄色等級と同等かそれ以上だ」
スィンザは、自身のソウル・ゲートを開いて見せた時のグラゼルターカの反応と言葉を不意に思い出した。
「……そう言えば私も以前、チームのリーダーにソウル・ゲートを見せた時、青色等級を勧められました。
『いずれ苦しむことになるのなら、求められている道で生きた方がいい』と……」
「そうか。そう言われた理由の中にお前が、女性であるということも、含まれていたのかもしれないな。
子供を産んだ女性ハンターが、前線から退いて青色等級になることを選ぶのは、珍しいことじゃない。
危険な仕事ではあるが、黒い森の中で活動するよりは安全だからな。
あの人たちの中にも、ハンターの妻や、元ハンターがいるんじゃないか」
アザーは、その場で立ち止まって振り返り、人間の世界と魔物の境界線を守る者たちの姿を見た。
「一見地味な仕事だが、命の危険を感じながら、終わりのないことをやり続けるのは、簡単なことじゃない。
それでも、街を守るために、そして国を守るためにやってもらわなければならない仕事だ。
スィンザ。お前が目指す英雄の後ろにできる影の色は、あの青色だ。
栄光で黄金色に照らされた者たちの後ろには、名もなき青色の守護者たちがいることを忘れるな」
「はい……わかりました」
人を守るために戦う英雄と、人の世界の境界線を守っている青色の守護者の本質は、同じものであるとスィンザは受け止めた。




