十一話 止むことのない追い風
(そうだ。アザーさんはソウル・ゲートを開いていない。
それなのに、あんなに強いんだ)
スィンザは、アザーが放つ闘気に息をのんで、ソウル・ゲートを開いた。
「ソウル・ゲート! バード・オブ・スカイ!」
スィンザの風切り羽のない翼が大きく広がり、瞳に灰色の輝きが宿った。
「そうだ。それでいい! お前の全力を見せてみろ!」
「はい!」
スィンザは返事と共に、フレイムボールから巨大な火柱を作り出して、それを吸収した。
(あの木剣……可視化できるほどのすごい密度の魔力を纏っている。
接近戦は悪手)
「鳥人剣、風穿ち!」
スィンザは、風の砲弾を放った。
スィンザは、アザーが鋼鉄の外皮を持つと言われているフォースランクを一刀両断したのを思い出して、遠距離攻撃で様子をみることにしたのだ。
「鳥人剣術使いか。懐かしいな」
アザーは風の砲弾に向かって走り出し、それを木刀で容易く斬り裂いて見せた。
風穿ちを斬り裂いた木刀からは、魔力の斬撃が放たれていた。
スィンザは、アザーが放った斬撃を風そのものになったかのような軽やかさで躱した。
「――アザーさんて、なんでソウル・ゲートを開いていないんですか?
職人系の職業の人が魂の影響を受けないように、あえて完全に閉じてしまうのは聞いたことありますけど、元バーモハンターなんですよね?
ただ不利なだけにしか思えないんですが……」
テリルは、強力な力を得られるソウル・ゲートを、あえて開かずに戦う狩人がいるという事実が信じられなかった。
「ああ。アザーは、魔人だよ。
彼の妖精は目立つから、〈認識阻害魔法〉で隠しているんだ。
でも、確かに今は、ソウル・ゲートを開いていない。
開いたところで、『魔人としては戦えないこと』が、彼の不幸であり、その強さの秘密なんだ」
「な、謎が深すぎる」
テリルは、ミモレスの言葉の意味をこれから知ることとなった。
「――どうした、スィンザ!
そんな魔力消耗の激しい遠距離攻撃ばかりじゃ、飛び回って逃げることもできなくなるぞ!」
アザーは並みはずれた身体能力で、風を纏って飛び回るスィンザに迫った。
「それならぁっ!」
スィンザは、今まで避けていた接近戦をあえて仕掛けた。
「鳥人剣、逆風刃」
スィンザがアザーに向かって放った横薙ぎの斬撃は空振りしたが、その斬撃の軌道に逆らうように風の刃が発生した。
「おお! 初めて見る技だ。オリジナルか!」
アザーは襲い来る風の刃を、魔力を纏わせた左手の手刀で破壊した。
スィンザは止まることなくアザーの横を駆け抜けて、再び距離を取った。
「二連、回転風刃!」
スィンザは、横回転する風の刃を二つ放った。
その風刃は左右から弧を描くような軌道で、アザーを挟み撃ちにした。
「読みやすい軌道だな」
アザーは、しゃがみ込んで回転風刃の挟撃を回避した。
「その体勢では、これは避けられませんよね⁉」
スィンザは、しゃがみ込んだアザーに向かって最大出力の風穿ちを放った。
「発想はいい。だが、せめてこれも回転風刃にしておくべきだったな」
アザーはしゃがんだまま、木刀をかざして風穿ちを両断した。
「本当に優れた刃なら、向かって来る相手の力だけで、全てを斬れる」
「魔力の刃……」
(魔法じゃない。
武器や体に纏わせた魔力の力だけで、圧倒されている。
それにアザーさんが使っているは、明らかにただの木剣。
これが実力の差……)
スィンザは、打つ手を失っていた。
「どうした? これで終わりか?」
「はい。正直もう打つ手がありません」
スィンザは、すでに自身の魔力がもう尽きかけていることも自覚していた。
「……お前は、あの時もそうだったな」
歩いて距離を詰めたアザーは、木刀に纏わせた魔力を解除した。
「あの時?」
アザーは木刀で、スィンザの手を軽く打ってブリーズソードを叩き落とした。
「うっ!」
不意に手を打たれた痛みで、スィンザは顔を歪めた。
「フォースランクに捕まっていた時だ。
お前はあの時、両手を拘束されてもいなかったし、両手の骨を折られているわけでもなかった」
アザーはその冷酷な瞳でスィンザを見下ろし、その喉元に木刀を突き付けた。
「なぜ諦めた?
なぜ持てる術を出し尽くそうとしなかった?
だから俺は、お前に聞いたんだ。
『死にたかったのか?』と」
「そ、それは……諦めが悪いのは、みっともないって言われ続けていたから……」
それは、スィンザにとっては負の呪縛のようなものだった。
「英雄に憧れているんだろう?」
「はい……強ければ、みっともないなんて言われないから……」
夢を諦めないことだけが、スィンザにできた周囲への反発だった。
「俺が今まで出会って来た英雄や女傑たちは、戦うこと以外に能のないろくでなしばっかりだった。
ある者は、平気で人の家をぶっ壊し、またある者はためらいなく高ランクのバーモを粉砕して、遺骸を売って生活するハンターたちの顰蹙を買った。
そんなバカな奴らだが……自分のためだけに戦う奴は一人もいなかった。
怪物と呼ばれて蔑まれても、街の中で恐れられ孤立していても、人々を守るために、自分が勝てるかどうかもわからないバーモに戦いを挑んだんだ。
そして、最後の一人になっても、勝利を得るまで戦い続けた!」
「…………」
アザーの熱の籠った言葉に、スィンザは言葉を失った。
「お前、本当に他人を見返すために英雄になろうとしたのか?
お前が英雄に憧れた理由は、もっと別の所にあるんじゃないのか?
他人を見返すだけなら、風の力を引き出したお前は、もう十分に強い。
自分でもわかったはずだ。
それでもお前は、自分のためだけの戦いをこれからも続けて、自分の理想とは違う勝利を全て捨てるのか?」
アザーの言葉を聞いて、スィンザは心に刻み込まれたダゼルの白い翼を再び思い出した。
(人々のために戦う英雄……)
「私は……ダゼル様みたいな英雄になりたかったんです。
でも、毎日神様にお願いしてまで欲した、あの白い翼は得られなかった。
それどころか私の翼は空を飛べない、灰色の惨めな翼だった」
つらい過去を思い出し、胸が苦しくなった。
「……ダゼル様に憧れて、必死に練習していた魔弾銃は
……ソウル・ゲートを開いてから使えなくなった。
私の未来を暗示するみたいに、壊れて動かなくなった……。
それでも私だって……私だって!
バーモに苦しめられている人たちを助けて、『平和を必ず、取り戻す』って言えるような、そんな英雄になりたかった!」
その言葉は、スィンザが心の奥底に隠し続けていた本音だった。
いつからか、他人に弱音を吐くこともできなくなっていたスィンザにとって、最後の砦のような願いだった。
「そうだ。それが聞きたかった。
今を見るんだ、スィンザ!
お前が積み上げてきたものはみっともないのか⁉
お前が今持っている力では、今まで受けた屈辱を乗り越えることはできないのか⁉
もう、叶うことのない理想は捨てろ!
お前が今まで必死に積み上げてきたものだけが、お前を英雄へと押し上げる唯一の追い風だと認めてみせろ!」
アザーは、スィンザの魂に直接訴えかけるように言葉を放った。
「……私は、英雄になれますか?」
スィンザは、首に突き付けられた木刀を無視して、叩き落とされたブリーズソードを拾い上げた。
「何度でも言おう。全てはお前次第だ」
アザーは、「お前には無理だ」とは言わなかった。
「もう一度、稽古の続きをお願いします!」
スィンザはいつの間にか頬を伝い流れていた涙を拭い、再び剣を構えた。
「……俺のような『落ちこぼれの魔人』でも、強くなれたんだ。
お前もきっと今以上に強くなれる。
お前はこれから、お前が得た力で強くなって行くんだ」




