反射の世界
ピタッ。しゅるり。
僕は鏡に手を置き、そのまま鏡の世界へ入り込んだ。鏡の世界は、反射の世界と言うらしい。
こんな簡単に入れたんだ。
あっけなく思ったが、こっちの世界に来たからにはこっちのルールで動かなければならない。
つまり、今は通常世界の僕が反射の世界に来ていて、もともと反射の世界にいた僕が現実世界に来ているということ。
なんでこんなことになったかというと、一目惚れしたらしい。
鏡に映る僕と彼女。
その彼女に、一目惚れしたらしい。
それはそうだと思う。反射の僕も僕と好みは一緒なはずだ。
どうしても、入れ替わって欲しいということだったから、24時間だけ入れ替わることにした。
鏡の世界では、目の前に“僕”がいるときは全く同じ動きをしなければならない。というか、強制的にそういう動きになる。
しかし、鏡に僕が写らなくなると、何をしていてもいい。
現実世界の人たちは普段見えないと思うが、反射の世界にはなんでもある。
人が見ていないとき、反射の世界はお祭り騒ぎである。
鏡が人の視界から外れた時、何も写さなくて良くなる。ブラックボックスになる。
僕が反射の世界に来てすぐに、現実世界に行った僕は彼女に会いに行った。
反射の世界では、全てが反転しているので、普段右利きの僕は左利きのような気分になる。
ラーメンが欲しいと思えば、ラーメンが食べられるし、カラオケに行きたいと思えば、カラオケにも行ける。
反射の世界はなんでもありなので、会いたいと思った人にも会える。反射界の友達にも会える。
反射界でも彼女に会いたいと思ったが、なぜかそれだけは出来なかった。
だから反射の僕は会いたかったんだろう。
反射界を満喫していたが、とうとう24時間が近づいてきた。
約束通り、反射の僕は彼女を連れて鏡の前に現れた。
彼女は言った。
「本当は私、反射界の人間なの。」
驚いた。
「いつから?」
「付き合ってから3日くらいからかな。現実の私は反射界に入りたいって言ってきて、入れ替わってあげたの。」
「なら、反射界にいるはずの彼女はなんでいないんだ?」
「はっきりとはわからないけど、おそらく鏡に写ってる時に割れちゃったんじゃない?割れるともう存在出来なくなるの。」
それを聞いた時、僕は嫌な予感がした。
そしてその予感とほぼ同時に、反射の僕は鏡に思い切り拳を当てた。
その瞬間、世界が分裂した。
分裂して、反射界じゃない世界に来た。
なぜか意識はあった。
横から暖かく聞き覚えのある声がした。
「分裂の世界へようこそ。」