疑心暗鬼
ナビの指示に下道の4号線を進み続けて夜明けを迎え、開いたばかりの田舎らしいガソリンスタンドに滑り込む。
人を雇う必要も無い寂れた景色に老いた店主が運転席の脇に顔を出し、給油口のロックを解錠しては窓を下げて一言を告げる。
「軽油満タン」
逃げるを考える事すら忘れたか、老人を蔑み見詰め、デブは当たり前にトイレへ向かおうとドアを開けた。
「おい!」
そこでようやく自身の立場を思い出したか焦りに返しトイレを言うも、当たり前に飼い慣らされる馬鹿を見て呆れに笑う他になく、鍵を奪い取り一緒に降りて荷箱を横目にトイレへ向かう。
荷箱の中のトイレ事情は、台の中程に開けた穴に仕込んだポリ袋で済ます仕様、当然出した分だけ臭いも籠もるが、檻の住人が出すそれとの比較に気に病むことは無い。
トイレを済ませ戻りつつ、コンビニか何かで荷箱の二人に手拭きや水と餌を買って与えればいいだろうと考えていたが、給油を済ませた店主が想定外の言葉を発した。
「おめらこれ、何積んでらんだ?」
東北の訛りは解らないが積荷を不審に思っている事は理解出来る。
「家畜だよ!」
直ぐに返したデコ広だが、老いた店主の鼻は肥えているのか家畜のそれとは違う何かを嗅ぎ付けていた。
「してね、血混ざる獣だ。はんかくせぇ」
ギョロ目の指からの出血か、それとも喰われた者の血か、思い当たる節が多過ぎてどれを言っているのかは判らない。
けれど疑うその眼は何処か鋭く人殺しのようだが、ギョロ目やデコ広のような軽さは無く、狙い澄まして殺すハンターのようだと気付き訊いたのはデブだった。
「ひょっとして、マタギとか?」
頭の軽いデブとは対照的に、老いた店主の隙のない出で立ちからこちらに配され突き刺す視線、争えばどちらが勝つかも知れて来る。
そもそもデブが訊いた一言は当たりだと応えているに等しく、老いてもマタギなのか血生臭い獣に対する視線を自分達に向けられていると理解したデコ広は、店主に一敬してデブの首根っこを掴み運転席へと連れ出した。
ダッシュボードから財布を取り出し万札を渡し窓を閉め、デブを急かしてエンジンをかけると直ぐに行けと促すが、数十㍍程を行った所でブレーキを踏むデブ。
「あれ、お釣りは?」
馬鹿を判らせる台詞に眉が寄り、「黙って運転しろっ!」と、肩をひと殴りして背凭れとドアに半身を寄せたが、苛つきが治まらないのか右足を席に上げデブの横腹を小突いて気を晴らす。
「痛っ! 痛っ! ちょっ! やめ、いやこれ! ナビが!」
デブが指したナビに目をやって違和に気付き舌打ちし、憤き漏らす息に苛つきを見せつつナビの設定を打ち直す。
電源を落とすと全てがリセットされる仕様か、それ故に痕跡も残さないと判るが面倒でもある。
「八戸自動車道を目指せ。有料みてえだから看板くらい出てんだろ。あと、コンビニ在ったら停めろ。入れんなよ!」
路駐を指示した理由は明らかだがデブが理解したかは怪しく思え、先の会話も逃げたくて敢えて応えたのなら大した役者だが、凡そに馬鹿と判る会話にため息を漏らす。
程なくしてナビにも映らぬコンビニを見付け、少し離れて路駐する。
エンジンをかけたまま先にデブを降ろして助手席側に回らせコンビニへ行く中、スマホでギョロ目に食べたい物を確認するが痛み止めばかりを言い、コンビニで入手するのは困難と伝えて電話を切った。
「何にします?」
テメーの金でもないのに問う馬鹿を無視して適当におにぎりや菓子パン類を籠に詰めていたデコ広だが、振り向くと弁当を籠に入れジュースを選り好みするデブに呆れとムカつきが込み上げ、カメラを気にして静かに詰め寄る。
「おい、おまえ旅行でもしてんのか?」
「え、あ、いや……」
途端に萎縮するデブの態度に駒とし連れて来られた理由も頷ける。
「それ運転しながら食えんのか?」
呑気に路駐した車内で食べるつもりだったのか、慌てて籠から弁当を抜き取り置くがカップ麺類の上、偶に誰がこんな所に置くのかと育ちの悪さに呆れるアレを目前の肥えた男が平然としてみせた。
「元の場所に戻せ!」
どういう環境に居ればそれを平然とするようになるのか知りたくも無いが、お里を知る立場に頭が痛い。
トラックに戻り後続車が居ない事を確認してからロックを外し、デブが片方の扉を開けた途端、ヒョロ眼鏡が外の空気を求めて駆け寄って来た。
「おいっ!」
一瞬、逃げ出すつもりかと慌てて銃を構えるデコ広だが、片目に泣き腫れた顔で閉じたままの扉に手をかけ息を整える様からも、逃げる気力をすら失う程の酷い臭気にデコ広自身も食欲を失い、デブは後退し離れるが風下に立つ馬鹿に逃げ場は無い。
「こっからは高速だ。暫く開かないからこれで何とかしろ」
そう言ってコンビニ袋を手渡せと横を見るがデブは居ない、振り向き遠く十数㍍後方に離れたデブを見付けてため息が出る。
「こっち来いデブッ!」
直ぐ様顔を荷箱へ戻すとヒョロ眼鏡が妙な体勢で焦りを見せる。
「おまえ、後ろから襲う気だったか?」
首を振るが間違いない。そもそも箱中で痛みに佇むギョロ目に監視を任せてはいるが、扉を開けた折にも駆け寄って来たヒョロ眼鏡を取り逃がす可能性もあっただけに気が気でない。
処分間近のゴミを抱えているようで何処かにぶち撒けたい気持ちを抑えつつ、デブがヒョロ眼鏡に袋を手渡したと同時に扉を閉めてロックを掛けた。
――GAKONN!!――
「おい、勝手に動くな! おまえもこっちからだ」
ガキを連れ歩く面倒にも思えるがエンジンはかけたまま、先に乗って逃げられたらひとたまりもない。
鼻に残る酷い臭気に窓を開けたが寒さに耐えられず、暖房を外気を取り込むに留めて走らせる。
数分で入口を見付け八戸自動車道に乗り込むと、一本道をただ走るだけの単調さにそれまでの緊張や不安が消え去るようで流れる景色に視線を向けた。




