紆余曲折
森を抜けた少しキツい右カーブの入り口を直進し、車線を乗り越え下が何かも判らぬ雪の広野に白いバンが突き刺さっていた。
トラックのハイビームがバンの後部窓に反射して気付けたが、バンの前照灯は雪に埋もれて僅かに光る些細なものに、追って無ければ気付く事は無かっただろう。
「鍵寄越せ!」
トラックの鍵をデブから奪い一仕事終えたように雪原に降りたデコ広は、ヒョロ眼鏡に銃を向けつつバンのトランクを開けろと迫るが動きはない。
無視するヒョロ眼鏡に腹を立てたデコ広は、拳銃の腹で窓を割ろうかとして振り上げたそれを嘲笑うかのような解錠音。
バンのトランクを開け、出て来いと言われて気付いたか、悔し気に目尻を引くつかせるヒョロ眼鏡だが、のっそりと後部座席から雪原に降り立つもデコ広の蹴りに尻を着く。
「荷箱に入れ! おら行けっ!」
トランクから逃げる事が出来た可能性に今更気付いた所でどうしようもない。逃げる前から終わっているのに、さも今これで終わったかのように考えるような輩が故の現状だ。
一人を相手に弱者が二人と逆転の機をすら仲間となれる者を囮に逃亡した後ろめたさはあるのか、運転席のデブと顔が合うも目を背ける。
エアバッグで割れた眼鏡の破片が刺さり片目をやられ流した血をそのままに、腫れた顔では何を考えている表情なのかも判らないが、悪怯れるでもなければ悔しさを滲ませ運転席の脇を行くヒョロ眼鏡を目で追うデブ。
銃口を向け後を追うデコ広は、デブを見やり“解ってんだろうな”とでも言いた気に威圧し荷箱へと去ったが、トラックの運転席が高いが故に上から目線になるも、下から睨みを利かすデコ広の眼力に圧され気を落とす。
ロックを外すまでをして扉は開けさせ自ら乗り込む意図に屈服を理解させるそれだが、開けた途端に漏れ出す臭気が全てを無に帰し困惑させた。
「うぉっ! 凄ぇなこれ……」
凍える寒さに感じる臭気は鋭利に鼻を突いては吐く息の湿度にもしつこく臭いがへばり付くようで嗚咽が漏れる。
家畜の世話でもしてれば慣れるだろうが、不意に嗅がされる糞尿の混ざる獣臭には捕食される小動物が如くに圧倒されるのは必然だ。
「無理無理無理無理無理無理……」
諦めも臭気に揺れたか喚きへこたれ尻を着いて後退るヒョロ眼鏡。
だが逃げるを二度も許す筈はなく、後退る尻を足で止めたデコ広は、銃口をヒョロ眼鏡の頭に突き付け箱の中へと追い立てる。
「次は無えぞ」
幾度目かの諦めに立ち上がり、荷台へ足をかけると妙な生暖かさに安堵したヒョロ眼鏡は上部脇に配された僅かな明かりを頼りに奥へと進む。
扉前で臭気を防ごうと腕を前に覗き込み、奥の端に固定された台上に赤く灯る遠赤外線ヒーターの傍らで暖を取るギョロ目の姿を見付けたデコ広は、中へ入る事なく一応の無事を確認し鼻で笑い下を向く。
すると揺れで飛ばされたのか手前の扉脇にケースを見つけ、手に取り蓋を開け目を疑った。
「おまえ、これ全部射ったのか?」
ポンプ自体に入っていたものを合わせても凡そ十数回分は在った筈だが全て空。
「違う違う、コイツも欲しいって言うからさあ!」
酔っ払いのような話し方に致死量のそれを射ってはいないと判るが、ギョロ目の言うコイツを理解し、肺に残る息を吐き出して下を向き、頭を振るデコ広。
「おま、あああクソッ!」
何処まで迷惑をかければ気が済むのか、今直ぐにでも始末したいが一応に二対二プラス銃の優勢を保つ為にと我慢する。
しかし大事な商品に覚醒剤を射った事が上に知れたらどうなるか、考えるまでもない話に気持ちが腐る。
かける言葉もなく扉を閉めると苛つきに力を込めてロックをかけた。
――GAKONN!!――
と、その足で雪壁に突き刺さるバンに乗り込み、ダッシュボードやサイドボックスから何やら必要そうな物を取り出し窓を開け、給油口を開けると外に出て、雪を掻き分けポンプで汲み出したガソリンをバケツに入れて蓋を閉め、全てを車中に放ると吸いもしない煙草に火を点け投げ入れトランクを閉める。
――BATANN――
次の瞬間、車中が燃え盛るバンを背にデコ広がトラックの助手席へと戻って来た。
「おお、出せ」
ガソリン臭と妙な臭気を上着に纏わせ伸ばす手に、摘む鍵を受け取り無言でエンジンを掛けるデブ。
開いた窓から火を吹くバンを前にして、トラックの車中に居ながら熱を感じる炎の勢いに焦りを感じてアクセルを踏む。
後方モニターに映り込む炎が画面を超える程の火柱となり噴き上がるもカーブの曲がりに端へと消えた。
――BUBUBUBU――
――BUBUBUBU――
然した別れ道も無く狭い国道を数時間、黙々と道なりに走り続けていた中バイブ音にスマホを確認したデコ広がため息を吐き返信を打つ。
――BUBUBUBU――
――BUBUBUBU――
直ぐに返って来た内容に舌打ちし、またもため息に短い返事を送るとデコ広は時折現れる道の青看板を確認し始め、スマホを見ては備え付けられた申し訳程度の安いナビを弄り出す。
バンのナビも同じ物だったがメモリー機能も無く、ある種特異で今となっては痕跡を残さない為の物に思えて来る。
街に近いのか住宅や店の看板もそれなりに、人の営みと森との間隔が狭くなって来ていたが、青看板に八戸の文字が見え始めていた中。
「とりあえず、これに従え」
設定された目的地を読み伝えるナビの声が圏央道のICを名指しする。
東北道に乗って南下し北関東自動車道から関越道に入り東京方面へと向かうルートが映る広範囲な画面に、何を警戒しての経路か回りくどさに答えを探そうと黙り肯き運転するデブ。
「都心を避けるだけだ」
勘繰りに気付き応える辺りは切れ者にも思えるが、詰まる話が都心ではなく東京の多摩地区か神奈川の方へ向かうという事だ。
画面が詳細な現在地に切り替わり、何もない平原の一本道かのように示す4号線を辿るナビは八戸自動車道を目指していた。