トカレフ
映画やテレビの影響で港に着けた船の危険を軽視し過ぎた結果か、踏み外せば挟まれ圧死する等少し考えれば解る事だが、タイパ等と考える事すらせずネットの情報で知った気になるバカの見本のようだと、呆れ顔に鼻で笑う老齢な船長は代わりを寄越せと港で吐き終えた男に覇気を向ける。
「ほら次だ次! これ揚げねえと終わんねえぞ!」
通時であれば鼓舞するそれも爺の戯言と笑って受け容れられるが今は違う。何故に惨たらしい死に様を前に尚も作業を続けようとするのか。
まだ完全には死んでいないのか微かに白い息を吐き呻く死体のそれに、自身の置かれた立場の不遇さに理解が及ばず、怒りと不安と何も出来ない不甲斐なさに頭がパニックになった二十歳前後の若い男が奇声を上げて走り出す。
「うわああああああぁぁ……」
――TAKANNTAKAANN――
二発の銃声が鳴り響き、走る男が崩れるように膝をついて倒れ込むと腹を抑え奇声が呻きに変わり、正面から撃った男が歩み寄る。
港の駐車場の方でこちらを見張っていたのか、ギョロ目は呻き声を上げる若い男に躊躇無くトドメを刺す。
――TAKAANN――
「うるせえんだよ……」
足下の死体に愚痴を零しては眼鏡に着いた返り血を遺体の服で拭き取り、一旦は置いた銃を持ち上げダウンジャケットのポケットに入れようとするものの三発放った銃口がまだ熱いのか、焼き串を冷ますようにふうふうと息を吹きかけ戯けてみせると、吐き終え立ち上がったデコ広が怒号を上げる。
「馬鹿野郎! ふざんじゃねえぞコラッ! こっち向けて撃つんじゃねえっ!」
走って逃げ出し撃たれた男を眺めていた三十路手前程の太った男がその怒号に振り返る。と、数秒前まで隣に立っていた坊主頭の男が倒れ全身を硬直させて痙攣していた。
よく見れば額の端から血を流し、半白目に上を向いてその身を揺らし引く攣かせ苦しみに悶える動きがゾンビのようで、触れるも危険に思えてその場を離れたくもなるが、逃げて撃たれた男を見た直後に同じ轍を踏む事など出来はしない。
残る三人の若者は誰が何を提案するでもなく、目が合えば小刻みに首を振り拒否の意思だけを示しては、顔を歪め引き攣らせ弱者の立場に身を委ねる。
社会の縮図も裏を返せば、学生は政財界に対抗できる最も強大な組織であるのに、安全安心の名のもとに甘やかされて育ち腐敗した政治社会にも抗わぬ現代日本の若者の行く末を見るその性格は、狩る側からすれば扱い易く悪事や裏社会が公権力までを手に入れた一つの要因。
闇社会とは何かの答えを突き付けられて尚、抜け出すチャンスと見るより留まるを選ぶそれは、傍目には飼い慣らされた犬と等しく銃を持つ意味すら無い事を判らせる。
「おい、そっちの韓流モジャ頭は船に乗れ! んで、デブと眼鏡はこの坊主頭を船に投げたらここで積荷降ろすの手伝え!」
優しくなった訳ではなく脅す必要すら無いと判断した結果の物言いにも、融和と勘違いに素直に従う二十歳前後の韓流モジャ頭は乗り込もうと漁船を見るが、船長はホースをこちらに向け散水していた。
何をしているのかと脇から覗いた瞬間、吐き気を抑え手で口を覆うも目に焼き付いた光景が頭から離れず、収縮する胃から押し出され固形物までもが手の隙間から漏れて行く。
潰れた遺体に吐き落とされた吐瀉物や口から飛び出た内蔵や血を船の掃除でもするかに水で流し、漁船に引き入れ積荷の端に置き捨てる。
振り返ると三十路手前のデブと学生だろうヒョロ眼鏡が数分前まで同じバンで暖を取っていた坊主頭の遺体を船へと投げ捨て、吐き終えた所に漁船の散水が手前に向けられた。
「洗ってから乗れ!」
凍える寒さに冷水で手を口をと洗って吹っ切れたのか、心を失った韓流モジャ頭は漁船に乗り込みそれ等を踏みつけ作業を進める。
何をして連れて来られたのか暴力による強制労働で人に対する尊厳も奪われ、極限状態の異常さに積荷の中身への恐怖心も失われていた。
ただ生き残る事を考え蹴られる前にと素直に従う若者三人を横目に、冷めたのは銃口かポケットに収めたギョロ目は暇そうに不貞腐れ、潰れた仲間の代わりにトラックをバックで港のクレーンの近くに寄せ始める。
――PII――PII――PII――
バックの音も風に掻き消されているのか、クレーンの操作をしていたデコ広も視線に入ってようやく気付き慌てて怒鳴る。
「止まれ馬鹿野郎っ!」
けれどギョロ目はバックするのに窓を閉めたまま、怒号にも気付かずバックを止めない。
――PII――PII――DAKKONN!――
サイドミラーに慌てて避けるデブとヒョロ眼鏡が見えてようやく止まり、デコ広はクレーンを降りてトラックに歩み寄るとドアを開け、ギョロ目を引き摺り出して殴る蹴るを繰り返し割れた眼鏡に伸ばしたギョロ目の手を踏みつけ、銃口を頭に突き付け説くもせずに解らせる。
「テメ調子乗んなつってんだろがよ!」
吐き捨てに腕を蹴り上げると割れた眼鏡は海にギョロ目のポケットからは拳銃が転げ落ち、凍りに滑る拳銃がヒョロ眼鏡の足下に辿り着き、やり合う二人の視線が揃ってヒョロ眼鏡に向けられる。
「殺るか?」
ギョロ目に向けた銃口も今はヒョロ眼鏡の胸の辺りに狙いをつけ、拾おうとすれば脳天をも撃ち抜かれるだろう程度には理解するも、向こうから勝手に飛んで来た挑戦権にオロオロするのみ。
「ああ成りたくねえなら蹴ってコッチに寄越せ」
漁船の死体を顎で示すが男の視線と銃口はヒョロ眼鏡を捕えたまま、直ぐ様うんうん肯き拳銃を蹴った眼鏡のひ弱さを判らせる運動音痴の妙な蹴り方に、非ぬ方へと滑り行く拳銃は馬鹿野郎の声と小さな飛沫を上げて海の藻屑と消え落ちた。
「違う! 違います! わざとじゃないんですっ!」
見れば誰もが判るへっぴり腰の蹴り方に、わざと海へ蹴っていたなら怒りも出るが、自ら蹴って寄越せと言い放った後悔の方が先に立つ。
「あぁ゙クソッ! テメーのせいだぞ馬鹿野郎!」
ギョロ目の腹を蹴飛ばし鬱憤を晴らすも、港の時計に目をやり二時を過ぎた事に焦りを見せ、揉め事は終焉とばかりに作業を続けろと急がせる。




