穴蔵生活
目の前の白い靄の中に意識を埋めて檻の格子に凭れかかると、極度の不安に押し潰されたか脳が考るを止めさせ朦朧とする意識の中。
――FAAAAAAAA――
音がボヤけクラクションも籠もる音のノイズ程度に感じられ、近付いているのかも判らず、今熊が戻って来たとて格子に凭れる身体を動かせそうにない。
虚ろに諦め緊張の糸が切れたデブは扉が閉まるように光を失い、意識はそこで途絶え……
次にデブが見た光景には、オレンジのベストを着た老齢な男が何かを叫び、次々と箱中に人が入っては目にライトを当てて何かを叫ぶが光の強さに負け、よく分からないまま目眩に倒れる。
身体の揺れに頭が上を向き薄目になり、周囲の様子が何となくに視界に入るが、オレンジのベストを着けた人達が猟銃を手に警察官らしき人と何かを話し合い、パトカー数台が囲む救急車へと運ばれ……
救急隊員に詰め寄りモメるスーツの男が何かを訊いているが、分からないまま隊員に排除されドアが閉まると意識も失う。
目を開けると光に照らされマスク姿の、医者? 病院なのか、看護士が何かを問うているのは判るが、何を訊かれているのか分らず考えようとして目を瞑る。
靄の中でシャワーを浴びる夢を見ていたが、目を開けると天井があり、カーテンで仕切られたベッドの中で、ここは病院だろう事は理解した。
救出された事に感謝はするが、自身に起きた出来事に対しあまりに素っ気ない対応に思えたデブは、過度な演出のドラマやアニメに影響され、心拍数を測る機器も無く個室ですらない上、起きても誰も反応しない事に不満を持つ。
無論さした怪我ではないとも言える事に安堵するものの、あのハイブリッドに咬まれた方の膝の辺りは暑く足先が妙にくすぐったくなり、起き上がろうとして違和感に気付く。
動けない処か、首以外は身動き一つ取れやしない。
「んん、何だコレ?」
それもその筈、首を回し確認すると両手首をベッド・サイドに拘束され、下は見えないが太腿辺りから膝を曲げられないようにギブスのような何かで固定されていた。
「おいっ! オイッ! 誰か居ねえのか! オイコラッ!」
カーテンの向こうに誰が居るかも判らない上、そもそもの反応が無い事に苛つきを見せ、騒ぎ悪態をつくデブのそれは病院だと思っているからに他ならなず、下手に出る相手には強がり横柄になるクズそのもの。
けれど場所を違えたその態度を改める必要に、廊下の方から男が面倒臭そうに入りドアを叩き閉めた。
――DAGANN!――
「なあ、悪いけどコレどうにかしてくんねえか?」
看護士を怒らせた程度に考え、甘えを言うデブの左脇のカーテンを開けた男はとても看護士には見えない処か、ナイフを手にして睨みつけ、静かに一言だけを告げる。
「喚くな」
状況が飲み込めずただ肯くデブの脳裏に浮かぶ、バンに詰め込まれた時と変わらない状況。
「いや、例のが起きたんで」
男はスマホを取り出し何処かにかけると対応を伺い、「ええ、ああ、はい」と受け応えるだけで何を話しているのかさっぱり分からないまま通話を切り、デブに向かってボソッと告げる。
「おい、その指失くした足が動けるようになったら、下で餌やりだ」
さっぱり意味が分からないデブは、解らない中の何を訊けば良いのかすら分からないが、足の指の件も理解が及ばないのか、一つだけ浮かんだ問いを発した。
「ぁぁあの、ここって……」
何処の何の施設かも問えず言葉に詰まるデブに一言、男が告げる。
「警察署だよ、元のな」
理解が及ばずも、デコ広が警察関係だろうと見越した折の予想が現実となった形に、分かったようで解っていないデブの頭は混乱し、口を開けたまま動かない。
そのアホ面に鼻で笑い、部屋を出て行く際に男は思い出したように言った。
「ああ、トイレはオムツだ。帰る時に一回外してやるからテメーで履き替えろ」
「え、ええ?」
バブルの弾けた平成に警察署の移転が相次ぎ、その建て替えの負債を市町村の税金で賄い立て替えるが為、移転した幾つかの地域では財政を圧迫して借金を増やしてもいる。
警察署の署長は警察署を置く市区町村の長の配下に置かれる立場にあり、その為何に使うかは知れぬ予算を増やそうとすれば、議員との蜜月に役場の内部にコネで入れた仲間を配してもいる訳だ。
その警察署の上に立つ警視庁や道府県警の総監もまた都道府県知事の配下にあり、警察庁や公安委員会ですら国政の配下にある事を踏まえれば、犯罪すらをも政治利用にこの国の政治腐敗が進む理由も頷ける。
これこそが三権分立の基盤が容易に崩れる要因でもある。
この”平成の警察署大移動“による利権に際し、元の警察署等関連施設が売られも解体もされずに残されていた事に大移動の意義があり、裏で暗躍する警察組織に活用するのに適していた。
警視庁でも警察庁でもなく、隣の総務省の屋上で密かに電波の送信機を設置する男が二人。
それを別のビルの部屋で窓際に立ち、眺め語らう勲章を付けた制服を着る六十過ぎの男と四十程のスーツ男、ドアの脇には三十程のスーツ男が警戒するように起立し、制服の男が問い四十男が応える。
「アレに幾ら費やしたか分かっているのか?」
「はい、けど、あれは道警の連中が麻酔も射たずに」
「言い訳は要らん。アレのお披露目は今じゃない。解るな!」
「はい」
苦々しさに慎まれる四十男を三十男がチラリとしては、視線に気付かれ睨まれて下を向く中、制服男が苛つきを抑えるように息を吐き出し窓の先を眺めつつ更に問う。
「で、あっちは二度目の捜索隊も連絡が途絶えたそうじゃないか、どう責任を取る?」
「はあ。実は、例の救助された男の方で面白い話を聞きまして、トラックの扉を閉めた通報者なんですけど、アレの正体に気付いてないか確認に向かわせた処、そのトレーラーの運転手の名が山上と言いまして……」
制服男が首を回し四十男の顔を見る。その分かっているのか解っていないのかも微妙な顔に対し四十男が言葉を続ける。
「あの山上左近の孫。いや、佐兵衛の息子ですよ」
少し目に力が入ったか驚きを隠せない表情に、制服男と山上家との関係に因縁があると判らせる。
「で、山上の息子をどうすると言うんだ?」
「はあ、いや、猟銃免許を取らせてやりましたよ」
「なるほど、しかしどうやって動かした?」
「結婚して子供が居るようだったので……」
沸々と笑う制服男に四十男も笑みを零すと、ドアの脇に立つ三十男も愛想笑いに安堵する。
暗雲漂う遠く富士を囲う山並みに、何を見るのか怪しく笑うビルの中。
その暗雲の下に位置する山の中では、雷雨の中を歩む巨体が登山客だろう足を咥えて木々の深みに入り行く。
登山仲間が襲われ連れ去られるをただ見詰め、尻を着いて呆然としていたが我に返り慌てて逃げ出した女は背に爪痕を残し足を滑らせ谷へと落ち、首を曲げたか息絶えるその身体から流れ出る血が小川へと……




