自首投獄
怯える震えも冷え切った心と身体が凍るように固まり始める思考回路の停止により、心までもが閉ざされると身体の痛みも心の傷みも全てが消え去り茫然と立ち尽くす。
凄惨な光景を前にしたデブの目には、一つ一つの物体が何処の何かも判らないが、ここで何が起きたかは理解が出来る。
とはいえ何故にそれが起きたのかに疑問が湧くと、少しずつ解け出す記憶の節々にギョロ目の奇怪な行動だけではなく、言動にも思う所が多くあり。
思考が回り出すのに合わせて視点も回り、散らばるパーツをパズルのように組み立てようと各部のピースを集めてしまう。
奥に転がる頭部の一部に、引き千切られた吐瀉物にも似た腸の何かが被さるも、隙間に覗かせる眼球がこちらを恨めしく睨んでいるようで落ち着かない。
けれど箱中の暖気に緊張が緩んだのか、呼気に混ざる獣の臭気と鮮血が乾く寸での鉄錆のような鼻を劈く血生臭さが襲い来る。
それもその筈、ヒーターの遠赤外線の灯りが太腿だろう物の裂け目から流れ出る血を前にして点いたままなのだから。
おかげで寒さは凌げるが、エンジンを切った箱荷の電源が何時まで保つのか判らない。
助けが来るのかも、あの獣が戻って来るかも判らない中で逃げ場に箱荷を選んだ時点で詰んでいる。
無論、運転席に居たならクラクションで助けを求める事は出来ただろうが、エンジンを掛けるには至らない。
鍵はデコ広の身体が持ったまま、獣が咥えて行ったトラックの左側面の何処かにある。
薄明かりの電気とヒーターの電力量を考えるとそうは保たないのは明らかだが、これが軽油車ではなくEVやハイブリッドならどれ程保つのだろうか……
ふと、自身の浮かべた言葉が別の物に繋がった。
「ハイブリッド、そうか、ハイブリッドか!」
あの熊がツキノワグマともヒグマとも言えず、見覚えは無いのに見た気がする、その答えこそがハイブリッドなのだと理解した途端、北海道から漁船で渡って来た理由にも紐付いた。
ただ、何の為にそれを生む必要があるのかは解らない。
けれどそれを運ぶのに請け負ったのが、デコ広のような表立っては顔を出さない警察関係者だろう事に、警察組織に何らかの利権や密事に汚い事情が有るのだろう。
思考が戻ると温まり始めた身体に痛覚を呼び覚ます。
「ングッ……」
陽が落ちると夜の帳に土や草木が滴を吸い付け、水分を奪われ乾いた山の寒気が下降する。
――KIIIIIBATTANN――
ましてや隣に用水池を要する丘の谷間に位置する空き地、夜を待っていたかに吹く風強く扉を開けた。
箱中の暖気を一気に換気し、巻く風の音が熊の来襲にも思えたか、焦りに命の危険を感じて心と身体も動き出す。
血生臭さに寄る獣はあのハイブリッドだけではないだろうとも思えば、いち早くここを抜け出すべきだが、足の怪我は思っているより酷いのか、あまり動ける状態では無いと自覚する。
そんな折、視線の脇に佇む強固な盾がある事に気付いたデブは、思考も一瞬に踏み切った。
暖気は保たないだろう事を思えば、腸や血に染まる毛布も気にしていられず、上に乗る残骸をはたき落として四枚集め、檻の下に散らばる糞尿や鮮血やに濡れた毛布を下に敷き、血の固まる一枚を重ねた所で不意に思い出した。
「連絡用の電話……」
辺りを見回しギョロ目のボディーらしき物を探すが、ヒョロ眼鏡の腕や足やが絡まる服がギョロ目の物だと気付き拾い上げる。
けれどポケットには財布しかなく、周囲にもそれらしき物は見当たらない。
諦めに毛布を持って檻の中へと向かう中、台を設置した方とは逆側の空間に妙な反射を見付けて手を伸ばす。
瞬間、後ろで吹く風が重い何かを巻いて音を変え、荷台に手をかけたか軋みに揺れる箱荷の車体。
伸ばした手の先に目を向けるとヒョロ眼鏡の顔があり、未だ意識が有るのか顎下と右足左腕の二肢を失くした身体でこちらに気付き目を向ける。
スマホを手に取り檻の中へと潜り込み、扉を閉めて一応の留め具を掛けると二枚の毛布を頭から被り身を伏せる。
祈りにスマホを起ち上げるがロックが外せず悔しさに歯を食いしばる中、その自重にミシミシと床を軋ませ忍び寄る肉食獣の威嚇に吐く息吹が迫り来る。
――GURURURURU――
一歩また一歩と獲物を逃がさんとする爪を構えた歩様で近付く獣は、時折に鼻から吸い上げ獲物の位置を探知する。
鼻から吸い上げた空気は牙を有する口の脇から吐き出され、前へと進む空気に混ざらぬようにとするようで、進むべき道をしかと捉えている事を判らせるそれに、捕食される前から噛み付かれているような気にもなり、身体が勝手に震え出す。
小動物のそれを今に知るが、毛布に包まるデブの顔脇で息吹を感じたその直後、声にならない何かの声が喚き始めたと同時に果実を搾るかの如くに何かを喰む音に骨の砕ける音が混じり出し、バタバタと動かす何かが床を叩くも虚しく響く。
どれ程の時間が経過したのかも判らないが、声を失くしたそれの動きがビクつく程度に変わる頃には、恐さが寒さに代わり毛布の中で縮こまっていた。
けれど食事を終えたハイブリッドはそのまま眠っているのか、デブの隣で息を緩めて呼吸も長く、凡そ次の餌程度に考えているのか動かなくなった。
動物愛護団体の入れ知恵か、ネットやテレビで頭がいいと騒ぎ持て囃す動物のように、扉の開け方を知っているなら終わりとも思え、動物を持て囃す連中に過度な脅迫を受けているようにさえ感じて来る。
元々諦めてばかりなのに諦めの境地に立った今では、それが生き抜く為の図太さにもなり得、水や食料が目の前に散らばりトイレも無い檻の中、自身の最期に堂々寝込んでやろうと熊を背に横を向く。
ハイブリッドもデブの動きに耳は動かすが気にもしていない様子で動かない。
襲い来る様子もないと判れば舐められたものだとでも言いた気に、デブもそのまま目を瞑り暫くすると眠ってしまった。




