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7. 白い結婚は終わりです

 窓から差し込む柔らかな朝日が、部屋の中を金色に染める。


「ふぁぁっ……」


 昨日はムゥ様とお話しながら、いつの間にか眠ってしまったようだ。


「お、おはよう……イルフィーユ」

「おはようございます、旦那様……」


 隣から掛けられた言葉へ、素直に挨拶を返す。


 ………………


「えっ? えっ? えっ?」


 ……なぜ、私のベッドに旦那様がいるのだろう?


 ………………


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼︎」


 私の絶叫がお屋敷を震わせた!


 ばさっ!


 思わず、掛布団に頭からくるまったが、頭の中は疑問符だらけ。


 な、な、な、な、なぜ⁇


 だ、だって、昨日……隣で一緒に寝たのはムゥ様で……あれ? 

でも、旦那様が着ている寝巻きは彼女と同じ物……?


「あ……そ、その服は……ムゥ様とお揃いですか?」


 私の質問に、旦那様は無い眼鏡を押し上げるような仕草で顔を覆い、深く溜息を吐き出した。


「はぁっ……いや、説明してこなかった私が悪いんだが……イルフィーユが『ムゥ』と呼ぶ女性は……私だ」

「……は?」


 ………………


「あのぅ……」

「……全てを話そう」


 ようやく、旦那様がその重い口を開いた。



◇◇◇◇



 ぎしっ……


 旦那様と私はベッドに並んで腰掛けた。


 ………………


 い、いやぁぁぁぁぁぁぁっ!

 

 き、緊張する‼︎ 

だ、だって……と、隣に寝巻き姿の旦那様がっ‼︎

うぅっ〜〜! い、色っぽい!


 横目でそっと彼を見遣る。

眼鏡を掛けていないその瞳は……確かにムゥ様と同じオレンジ色。

いつもはレンズの反射で、髪の色と同じブラウンだと思い込んでいた。

彼はその大きな右手で美しい顔を覆い隠しながら話し始めた。


「六年前……私は幼い頃から親に決められていた婚約者との婚約を破棄した。理由は彼女の浮気と浪費癖だ。証拠を抑え、両家の了承を取り、双方合意の上だったのだが……」

「だが?」

「婚約破棄を言い渡したら、腹いせとばかりに、この耳環を付けられた」


 そう言って、彼は左耳の耳環をそっと触った。

あの、旦那様に似合わない装飾品だ。

鈍い金色が怪しく輝く。


 それにしても……いつもはそれほど口数の多くない旦那様が……たくさんお話をされている!

やだ、私の耳が喜んでいるわ‼︎


「このカルスタット王国には、過去に滅んだ魔法の名残りが色々あることは、イルフィーユも知っているよね?」

「え、えぇ……おまじないとか辺境の魔物や教会の祈り、東の遺跡(ダンジョン)……あと……呪いのアイテム……あっ⁉︎」

「そうだ。この国には呪いのアイテムが相当数、存在する。これもその一つだ。夜になると私の身体は……女になってしまうんだ」


 ………………


「えぇーーーーっ⁉︎」


 呪いのアイテムについては有名な話だ。

現カルスタット王国の王妃ルカリア様も呪いのアイテムを身に付けてしまったことで、過去、婚約破棄となったことがあるって王国紙に書いてあった。


 だが、実際に目にしたのは……初めてだ。


「『あんたなんて一生、誰とも結婚できないわ!』そう言い捨てて彼女は行方を(くら)ませた。しかも、婚約破棄の理由は私にあると散々、社交界で吹聴し回ってからな……」


 夜会に出たことがほとんどない私にとっては初耳だ。


「ルカリア王妃の出身地、北のモーリス領宛に解呪方法の指南を仰いだり、聖力の高い東教会にも相談をした。西に『魔女』と噂される者がいると聞きつけては(わら)をもすがる思いで訪ねて行ったこともあったが……どれも駄目だった」


 項垂(うなだ)れて首を振る旦那様に合わせて、耳環も大きく揺らめいた。


「日が落ちると変身し、朝日が昇ると元の姿に戻る。社交の場には出られないし、イルフィーユとの結婚式も挙げられなかった……」

「そ、そうだったのですね……」


 結婚式は昼頃に開始し、様々な儀式を経て、日暮れまで続く。

途中で新郎が美女に変身してしまったら大騒ぎになってしまう。


 『白い結婚』だから式を挙げないんだと思っていたわ。

そんな理由があったなんて……。



「私は『呪われ者』としての噂が広まっていたからな……結婚自体を諦めた。皮肉なことに、彼女が最後に言い捨てた言葉の通りになっていた」


 まるで呪詛(じゅそ)だ……彼の心を(むしば)む毒のよう。


「そんなある日、グレッグス公爵殿の邸宅に訪問した際、イルフィーユ……貴女に出会った」

「えっ! えっ! わ、私のことご存知だったのですか?」


 私の驚く声に、旦那様が小さく笑った。


「ふふっ……高位貴族邸に勤める侍女達も爵位のある家柄の出身者が多くてね。社交界から私の噂を知っており、嫌悪の顔を向けてくる者は絶えなかった……だが君は、礼儀正しい挨拶と柔らかな笑顔を私に向けてくれた……イルフィーユに会う度に、私の心は救われていたんだよ」

「えっ? えっ? そんな……」


  あれ?

以前、夫人が言ってた『彼の噂をする令嬢が多い』と言う言葉は……そのままの意味だったの?

てっきり『彼のファンが大勢いる』ってことだと思っていたわ。


「わ、私のことは……条件の合う家柄から選ばれただけだと思っておりました」

「イルフィーユに婚約者がいないことを好機とばかりに、こちらから最もらしい理由をつけて縁談を持ち込んだんだ。それに……『呪われ者』の自分が君に愛してもらえるとは思えなかったからね……『白い結婚』でも構わないから、ただ私の側にいて欲しいと……」

「そ、そんな……」


 私は……クロゥム様から……愛されていたの?


 ……………


「旦那様……これはれっきとした結婚詐欺ですわ!」

「えっ け、結婚詐欺⁇」


 私の言葉に旦那様が驚きの声を上げた。


「そうです! 婚姻前に説明が無かったのは契約違反です! ……なぜもっと早く教えてくださらなかったのですか?」

「……女性(ムゥ)の姿になると、呪いの影響で自分のことを話そうとすると声が出なくなるし、言葉を発するのも一苦労なんだ……それに……」

「……それに?」


「……怖かったんだ」


 彼がぽつりと呟いた。


「え?」

「『呪われ者』だと知らない君に、この身体を知られて、拒絶されてしまったら……私はもう生きてはいけない……だけど、私ではない別な誰かが君と結婚するのは……どうしても嫌だった……」

「旦那様……」


「夜に君と過ごすお茶の時間が楽しかった……愛人を囲っていると誤解されたのは悲しかったし、君に離縁したいと思わせた自分がひどく情けなかった……でも……それでも、言い出せなかったんだ」


 そう言って、旦那様は(うつむ)いてしまった。


「……私も……怖かったのです」

「え?」

「旦那様をどんどん好きになってしまう自分が怖くて……一生、愛されないと思っていたから……ずっと、ずっと……自分の心に嘘をつき続けていました。私は……大嘘つきなんです。でも……もうやめます!」


 彼がそっと手を伸ばし、私のことを腕の中に抱き締めた!


 ぎゅうっ!


「私達は……もっと早く話せば良かったのだな……」

「だ、旦那様……」

「イル……名前を呼んでくれ」

「ク、クロゥム様……」


 暖かな体温を肌で感じ、彼の心臓のリズムを私の耳が拾う。

内側から喜びが込み上げ、彼の背中に回した腕にぎゅっと力がこもった。


 どうしよう……また『欲』が出てしまう。

貴方が欲しいのだ……と。

……『はしたない』と嫌われるかしら?


 でも……


 言わなければ、伝わらない。


 ………………


「ねぇ、クロゥム様……聞いてくださる?」

「なんだい?」

「私、夢がありましたの。結婚したら、いつかこの手に我が子を抱き、育て、共に泣き笑い、そして生きていきたいと。でも、『白い結婚』では、叶わぬ願いだと諦めておりました……」

「……ました?」

「あの……夜じゃなければ……子は成せるのではないでしょうか?」


 ……………


 私の言わんとすることを察し、彼の顔が一気に真っ赤に染まる。


「こ、こんな明るい時間に、そ、そんな……そ、それは……」

「……やぶさかではない、と?」

「〜〜っ!」


 こくんと、旦那様が小さく頷いた。

また、右手で顔を隠そうとするその手を私はそっと捕まえた。


「クロゥム様……顔を隠さないで……私に見せてください。貴方をもっと知りたいのです」

「イ、イル……」

「『白い結婚』は終了いたしますわ、旦那様。私、貴方を心から愛しております」

「私も……君を愛している」


 私達は唇を重ね、深く愛し合った。





 私達はどこか似ていたのかも知れない。

自分が傷つくのが怖くて、本当の気持ちをずっと隠してしまった。


 後で聞いたのだけれど、お屋敷の使用人達も私の本心が見えなくて、どう接したらいいか分からず戸惑っていたそう。


 彼らとの間に壁を作っていたのは、私の方だったのだ。






 そして……


「はぁ、私は幸せ者ですわ。素敵な旦那様と愛しい友人と暮らせるのですから……」

「イル、ありがと」


 私は今宵も、ムゥ様とのんびりお茶の時間を楽しむのでした。


 ちなみに、ちょっと奥手な愛しの旦那様の呪いが解けるのは、まだ少し遠い未来のこととなりそうです。

最後までお読み頂きありがとうございました。


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