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訳アリ『白い結婚』は終了いたします!〜誠実な旦那様の裏の顔!?〜  作者: 枝久


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3. 今日……お仕事お休み⁉︎

 翌朝ーー。


 窓から差し込む朝日が寝不足の目に()みる。


 昨晩はムゥ様とつい夜更けまでお茶をしてしまったけど……彼女は大丈夫だったかしら?

あの美しいお顔にクマを作らせては申し訳ないわ。

できるなら次はもう少し早い時間にお会いしたいものね……。


 そうだ!

ディナーはご一緒出来ないかしら?

どうせ旦那様は忙しくて夜、食堂には現れないもの。


 あぁ……でもそうすると使用人達に私が彼女の存在を知ってしまったことがバレてしまう。

私のせいでムゥ様が嫌な目に合うことだけは避けたいわ。

……お誘いするのは、彼女から屋敷での待遇をもう少し聞き出してからにしよう。


 それにしてもハーブティーのお陰か、旦那様への奉仕心が疲弊(ひへい)してしまったからか、昨夜、部屋に戻るとすぐ泥のように眠りついた。



 ベッドからのそりと起き上がりながら、寝具を簡単に整える。


 レイストロン伯爵夫人となった私に、専属の侍女はいない。

元々、三年間、公爵家の侍女として働いていたので、身の回りのことは一通りできる。

『私に構わず、その分、人手を他に回して各々の負担を軽くしてください』と執事長に伝え、私の世話係は丁重にお断りしたのだ。


 何かの用事がある時は使用人に声を掛けるが、それ以外、私は基本一人でいた。


 一人は気楽だった。

旦那様の話を使用人の口を通して耳に入れることもないし、彼らも気を遣って私に踏み込んでは来ない。


 ただ……屋敷に人は多くいるはずなのに……なんだか、とても寂しく感じた。


「ワガママね……私は……」


 ばさっ!


 嫌な感情を捨て去るように、寝巻きを勢いよく脱ぎ捨てた。



◇◇◇◇



 キイッ……パタン!


 毎朝決まって同じ時刻、食堂の扉を開け、静かに中へと入る。


「⁉︎」


 だが、今日はいつもと違う光景が目に飛び込み、私はがばっと頭を下げた。


「お、おはようございます、旦那様! も、申し訳ありません!」

「あぁ、おはよう」


 油断した!

いつもは旦那様より先に食堂へ着き、壁際で立って待つのが朝のスタイル。

旦那様をお待たせするなんて!

そんなことで叱責されることはないのだが……私は肩を(すぼ)めた。


「……イルフィーユ……座りなさい」

「は、はい!」


 旦那様が私に着席を促しながら、眼鏡をそっと押し上げる。


「イ、イルフィーユ……」

「はい、なんでしょう?」

「……いや、いい」

「?」


 すっ……


 私の着席と同時に、目の前に小さなサラダ皿が差し出される。

執事による給仕が始まり、日課の食事時間となった。


 カチャカチャ、カチャッ……


 ナイフとフォークを操る、旦那様の綺麗な指先をぼんやりと見つめる。


 今もまだ信じられないわ……このお屋敷に愛人さんを囲っていらっしゃったなんて……でも、旦那様とムゥ様……美男美女でとてもお似合いの二人。


 私の平凡な容姿は……旦那様には不釣り合い。

伯爵夫人に相応しいのは誰がどう見ても、ムゥ様の方だ。


「どうした? 食欲が無いのか?」


 私の手が止まっていることに気づき、旦那様が言葉をかけてくれる。

相変わらず、細やかな配慮。


「あ、いえ……頂きますわ」

「……そういえば、イルフィーユ……今日の予定は?」

「⁉︎」


 ごくんっ!


 彼の言葉に驚いて、スープを飲み込む喉が大きく音を鳴らした。


「な、なぜ? ……そ、そのようなことをお聞きになるのですか?」

 

 結婚して半年、旦那様が私に対して興味を持つかのような発言が出たことは過去にない。


 真意を見定めようと、じいっと真正面の彼を見つめ返す。


 すると、旦那様は眼鏡をくいっと押し上げ、その手で顔を隠してしまった。

よく見ると……なんだかいつもより顔色が悪いし、そわそわと目が泳いでいるような……?


 ………………


 あら、もしかしてムゥ様、何か話しちゃったかしら?

緊張で変な汗が吹き出してきた。


 ドキドキドキドキッ……


「……私は今日、仕事が休みなんだが……一緒に街へ出かけないか?」

「えぇっ⁉︎ ……な、なぜっ⁉︎」

「え?」


 思わず大きな声で聞き返してしまった。


 旦那様は年中無休の仕事人間。

お休みを取ったことなんて今までにないし、ましてや私と出掛けたことなんて一度もない!


 ………………


 あれ?

いや、私が知らないだけで、実はこっそりお休みを取っていて、ムゥ様とラブラブデートをされていた……とか?


 んまぁ!

ムゥ様のデート服姿、見たーーい‼︎

絶対、素敵なはず‼︎ 

可愛い系? 綺麗系? それともセクシー系?


「イ、イ、イルフィーユと、け、結婚して……も、もうすぐ半年だ。……半年記念で何かお祝いでもと……思ってな」


 ざわざわざわざわざわっ!


「だ、旦那様が奥様をお誘いに!」

「なんということだ!」

「ようやくこんな日が来るとは!」


 執事長や侍女達が口々に騒ぎ出す。


 そうよね、由々しき事態よ。

ムゥ様という女性がいながら……旦那様は一体何をお考えなのかしら?


 私の中で、旦那様に対する不信感がさらに募っていったのだった……。



◇◇◇◇



 結局、朝食の時間に、旦那様の口からムゥ様のことについては何も出なかった。

彼女は私との約束を守ってくれたのだろう。

そんな律儀なところも素敵。



 朝食後、拒否権のない私は、外出用の身支度を整え、旦那様のエスコートで馬車に乗り込んだ。


 馬の鳴き声と共に、車輪が軋音(きしみ)を上げて動き出す。


 ガタゴトガタゴトガタゴトッ……


 ………………


 ………………


 ………………


 ……ち、沈黙がつらい!


 馬車内で向かいに座っているが、彼は窓の外を眺め、こちらを見向きもしない。


 でも、朝の発言もこの外出も……旦那様にはきっと何かの思惑があるのでしょう。

仕事に繋がること以外で、お飾りの妻を連れ出す意味など、どこにもないのだから……。



◇◇◇◇



 キィィッ……


 街中をしばらく進み、馬車が一軒のお店の前で停車した。


 ………………


 はぁ……。


 な、長かった……ひどく長い時間に感じた。

実際はそれ程、時間はかかっていないかもしれないが……それぐらい『あ〜もう! 早く目的地に着いてえぇっ!』と心の中で何回か叫んだ。


 旦那様は結局、馬車の中で一言も発しなかったし、私もあえて言葉は掛けなかった。


 旦那様に(いざな)われて馬車から降り、彼は店をすっと差し示す。


「ここだ……」

「あら……素敵っ!」


 そこは、可愛いらしい雑貨店だった。

こぢんまりとしたお店の中には、ぬいぐるみやら髪飾りやら愛らしい品々が所狭しと並んでいた。

 

 しかし……だ、旦那様が雑貨店⁉︎ 

死ぬほど似合わない‼︎ あ、失礼。

もしかして、何か新しい商売(ビジネス)に関することなのかしら?


「旦那様! 妻として、私は何をすればよろしいのですか?」

「何って……好きな物を買えばいい」

「は、はぁ……?」


 そう言って、旦那様は店内へと進んで行った。


 ………………


「な、なんなのかしら? 今日の旦那様……調子が狂うわ」


 私のことなんて、これっぽっちも構わなくていいのに……。



◇◇◇◇



 ざわざわっ……ざわざわっ……


 店内にいた女性客達がちらちらとこちらに視線を送っては、ひそひそと話をしている。

見目麗しい貴族男性がとびきりメルヘンなお店にいれば、そりゃ嫌でも目立つ。


 彼もこの店の商品が物珍しいのか、眼鏡を押し上げながら、キョロキョロと辺りを見回している。

私は気配を消すように、旦那様からすうっと距離を取り、一人で店内の商品を眺めていた。


 何をお考えかわからない旦那様と一緒にいて気疲れするより、こういう心踊る素敵なお店での買い物は自分一人で楽しみたいわ。


 ……ん?


 ぴたっ!


 見回す私の目は、上品なレース編みの髪飾りに惹きつけられた。


「あら……これ……ムゥ様に似合いそう」


 品物をそっと手に取り、昨日出会った美しい彼女のことを想う。


 ムゥ様と仲良くなって、彼女と一緒にお買い物に出掛けたいわ。

旦那様と離縁しても……彼女は私とお友達になってくれるのかしら?


 そんなことを考えながら、私はお会計口へと進んだ。



◇◇◇◇



 カランカラン!


「ありがとうございましたーー!」


 店員さんの声を背に店のドアを出る瞬間、後ろから旦那様が追いかけてきた。

あ……買い物に夢中ですっかり忘れてたわ、ごめんなさい。


「イルフィーユ! 一体、いつの間に買い物を……わ、私が買おうと思っていたのに……」

「え? 何かおっしゃいました?」


 旦那様が何かぼそっと呟いたが、私の耳は上手く聞き取れなかった。


「こほん、つ、次は……あちらの店で休むか」

「あら、ここも可愛い!」


 雑貨店から数軒隣にあったのは、パステルカラーに塗られた壁が特徴的な華やかなカフェだ。

……こちらも旦那様とは不似合い。


 店員さんに案内され、オープンテラスの丸テーブル座席に旦那様と向き合い座った。


 ドキッ!


「……どうした?」

「あ、いえ……何も……」


 そういえば、こんな至近距離で旦那様のそばにいることなんてほとんどない。

朝はいつも食堂のテーブルで向かい合うが、端と端では距離が遠い。


 ……ち、近いなぁ。


 盗み見るように旦那様の顔をちらっと見遣ると、ばちっと視線が合ってしまった。

眼鏡をまたくいっと押し上げながら、そっとメニュー表を私に譲ってくれた。


 こういう気遣いは本当に紳士……裏の顔を知らなければ、そう思ってたでしょうね、ふふっ。


「あ、ありがとうございます」


 手渡されたメニュー表に目を通していると、少しだけ音量の大きい他のお客様の会話が耳に入ってきた。


「ねぇ、ちょっと聞いてよーー! 彼ったら、最近なんだかすっごく優しくなったと思ったら……あの男、浮気してたのよっ! 私という婚約者がいながら……ひどくなーい?」

「あぁ、男の人って、心にやましいことがあると誤魔化そうとするからね……」

「そんな男なんてこっちから捨ててしまいなさいよ!」


 ずいぶんと盛り上がっている様子。

あらあら、(ちまた)でもこういう話は尽きないのね。


 視線をまた前に戻すと、かちゃりと眼鏡を押し上げる旦那様……あら、眉間にものすごく皺が寄っていません?


「……旦那様?」

「き、急に優しいと……その……浮気だと思われるのか?」

「まぁ……一般論ですが、そうですね。とても怪しいと思います」

「‼︎」


 私の言葉を聞き、旦那様はまたしても黙り込んでしまった。

……本当に、今日は一体どうしたのかしら?


「メニュー表ありがとうございました」

「……あ、あぁ」


 彼はさっとメニュー表に視線を走らせて、注文のため店員さんに手を挙げた。

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