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1. 夜の執務室

ちょっとありがちなお話かもしれませんが、読んで頂けたら幸いです。

 窓の外には深い深い夜の闇。

月も星も今宵はその姿を隠してしまっている。


 少しだけ残念な気持ちになって、小さな溜息を口から吐き出し、そっと身体をベッドから起こした。


 間も無く時計の針は頂点で重なる。

いつもなら眠りについている時間帯だが、今晩はなんだか寝つけなかった。

水を飲もうと静かにベッドから抜け出て、調理場へと足を向けた。


 もし隣に誰か寝ていたら、起こしてしまわないよう気を遣ってしまうが……そんな心配、自分には無用だった。


 旦那様と結婚して、もうすぐ半年……夫婦の寝室は結婚初夜から別だった。

そもそも、ベッドを共にしたことなど一度も無い。


 私達の結婚はいわゆる『白い結婚』なのだ。



◇◇◇◇



 私の旦那様であるクロゥム・レイストロン伯爵には元々、幼い頃より両家で決められた婚約者様がいらっしゃったそうだ。


 それがどういう訳だか婚約が破棄され、なぜか我が家に縁談が舞い込んだのだ。

レイストロン伯爵家より爵位が下である我がユルディカ子爵家に断る力も理由もない。


 けして裕福な家では無かった為、朝から晩まで侍女として公爵家で三年働き、気付けば婚約者のいないまま18歳の誕生日を迎えていた。

だが、私が社交界と縁遠かったことが、伯爵家には好都合だったようだ。


 ただ一つ、クロゥム様との結婚条件として伯爵家から提示されたのが、『白い結婚』だった。


 婚約破棄の一件で、結婚自体に嫌気がさしてしまったのかも……と、容易に想像できた。

だが、ご本人の口から理由を聞くことはしなかった。



 子供が好きだった私のことを、家族は心から案じてくれた。

『本当にこの結婚に後悔はないか?』と……。



 ここはカルスタット王国。

魔法が『遠い古代に滅びてしまった力』として扱われる国だ。

近世では、僅かなおまじない程度の法力、辺境の魔物、教会の聖なる祈り、呪いのアイテムだけが、不思議な遺物として残された……と伝えられている。



 そう、この王国の中枢は貴族社会だ。

政略結婚によって各家同士が結び付き、発展を遂げてきた。


 私のわがままで、家も領地も傾ける訳にはいかない。


 だから、私は家族に嘘をついた。


 『問題ありません』……と。


 そして、私イルフィーユ・ユルディカは、レイストロン家に嫁いだのだった。



◇◇◇◇



 『白い結婚』であることを除けば、こちらが恐縮する程に、伯爵家の生活は好待遇だった。


 旦那様は私より六つ上の24歳、領地経営に熱心な仕事人間だ。

透き通るようなブラウンの髪に、同色の瞳は眼鏡の奥で控えめに輝く。

すらりとした細身の長身で、物腰はスマート。

けして愛想の良いタイプではないが『彼のことを噂する令嬢は結構多いのよ』と以前、勤め先の公爵夫人が話されていたのをよく覚えている。


 お忙しい方なので、食事を共にするのは決まって朝だけだ。

眼鏡を押し上げる仕草で表情を隠そうとするクセには最近、気づいた。


 言葉数はそれほど多くない方だが、けして冷たい訳では無く、お飾りの妻である私に対しても細やかな気遣いをしてくれているのが、心から嬉しかった。


 『苦手なら社交はしなくてよいし、家では好きなことをして過ごして構わない』と。


 そう言って少しだけはにかんだお顔は、歳よりも少し幼く見えた。

ただ、左耳で揺れる派手な金の耳環だけが、真面目な旦那様には少々不似合いだと思ったことは内緒である。

 

 屋敷で働いている使用人の方々も、こんな私に大変よくしてくれた。


 だが、私達夫婦の関係は周知の事実。

『可哀想な奥様』という憐れみの目で見られていることには気づかぬフリをして、日々を過ごした。


「こんな穏やかな暮らしで文句を言ったら、(ばち)が当たるわ……」


 窓の外を眺めながら……ぽつりと、そう独り言を呟いた。



◇◇◇◇



 夜の廊下を歩き進むと、旦那様の執務室のドアが珍しく(わず)かに開いており、明かりが隙間から漏れていた。


「こんな遅い時間まで……本当にもう、仕事熱心なんだから……」


 旦那様のことは一人の人間として尊敬していた。


 この部屋を通り過ぎる瞬間までは……。



 スタスタスタ……ピタッ!


 ………………



「……ん? ……み、見間違いかしら?」


 一瞬通り過ぎたが立ち止まり、数秒停止して、一歩下がって、もう一度、ドアの隙間から中を(のぞ)く。


 部屋の中にいるのは……旦那様ではない⁉︎


 開いているドアの隙間から確かに見てしまったのだ!


 ……女性がいるーーっ⁉︎




 バターーンッ‼︎


 思わず、勢いよく扉を開けてしまった!


「け、けして(のぞ)き見るつもりじゃなかったのですが……ど、どちら様でしょーーかーー!」


 バッ!


 女性がこちらに驚き、振り返った。


 ………………


「き、綺麗……」


  思わず、私の口から言葉が漏れた。


 そこにいたのは絶世の美女だった。

振り返った拍子に長い髪が揺れ、身につけた白いバスローブでは豊満なそのナイスバディがまるで隠しきれていなかった。

そして、揺れる左耳の耳環……旦那様と同じデザイン⁉︎


「……な、なるほど……そういうことだったのね」


 今日、来客は無かったはずだ。

ということは……か、か、彼女は……こ、このお屋敷に住んでいる⁉︎


 えっ?


 ………………


 ちょ、ちょ、ちょっと待って⁉︎

……もしかして……彼女の方が私よりもここに来て長い……ってこと……ない?


「イ、イルフィーユ⁉︎」

「えっ‼︎ わ、私をご存知なのですか⁉︎ ……そ、そうですよね……旦那様から聞いてらっしゃるのでしょう」

「え、えっと……」


 こんな遅い時間に旦那様の執務室にいらっしゃるだなんて……この女性と旦那様がただならぬ関係なのは、いくら私でも察しがついた。


 しかし、こんな美女と一つ屋根の下で暮らしていたのに全く気づかないなんて、私ったらなんという鈍感なんでしょう!


 ………………


 あれ?


 ……屋敷の使用人達はもしかして……知っていた?

わ、私だけ知らされてなかったの⁇


 ………………


 がくんっ!


 全身の力が抜け、思わず絨毯(じゅうたん)に膝から崩れ落ちてしまった。


 ………………


 ……な、なるほど。

『白い結婚』なのは……そういうことだったのですね。


 ま、まさかお屋敷に愛人さんを囲っていらっしゃるとは……半年も気づかぬ私は……とんだピエロじゃありませんか!


 ふっと、お屋敷で共に暮らす皆の顔が思い出された。

『可哀想な奥様』と語る、使用人達のその二つの瞳。


 そして……私の名前を優しく呼ぶ旦那様の……偽りの微笑み。



 ………………



 ぷつんっ!



 私の中で何かが切れた音がした。

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