劇場型採餌(終)
この私、不暮は不意に、不足していないかと思った。
もちろんこれは足に限定して言及している訳ではなくて、腕だとか首だとか胴体だとか、様々な物が不足してないだろうかと思った。ここに散らばる彼女ら彼らは、或いはあれらは皆一様にちぎっては放り投げられている訳だが、ちぎられるということは元々くっ付いているはずだ、さながら契りを交わしたように。それなのにどう考えても足りない、あれらをジグゾーパズルのように組み合わせるとなった時に、不足している部位がある。つまりあれらは切り離されたというよりは、体の殆どが消し飛ばされた際に残されたものなのかもしれないという仮説が立てられる。
しかしこれもまた実際に目にしないと分からない、考えてもどうしようもない事だった。あの断片的肉片が作られる瞬間を是非とも見てみたい所だったが、その製造者との遭遇はきっと今回の『外出』の終了を意味するだろう。どうせいつかは帰る訳だが、せめてもう少し『交異界会』とやらのあれこれを知りたい気持ちもあるのでどうしたものか、と考える。まあ、なりゆきで決めれば良いだろう。
そんな適当な結論を下しながら歩いていた所で、五体満足とまではいかないが四肢満足の死体を発見した。四肢が満足という事から絞り込めると思うが、一応補足して要約しておくと首無し死体だ。その少し手前に転がる高級感たっぷりな黒革コート、ただし左腕だけを跨いで近付く。
服装は『交異界会』の者が着ていた防弾ベストで、最初の死体には無かった肢体に纏う服もこれまたミリタリーチックだった。FPSゲームや映画に出てくるSWATみたいな感じだ。首から垂れた血が白タイル床の溝に沿って流れる事で赤く井の字を書いていて、⚪︎×ゲームでも出来そうだ。やらないけれども。
「これはかなり状態が良いですね〜。漁り甲斐があります」
死体漁りの漁の部分に掛けて、今日一番の大物だななどと思いながら手を掛ける。この手を掛けるは勿論殺害的な意味ではなく、漁り始めるという意味だ。例えどんな存在であろうと死者を殺す事は出来ない、なおこの発言には※無間地獄の実在が証明されない場合に限るという注釈を付けておく。
そういえば、と思い立つ。
死体がなぜ忌避されるかと言えば、単純に菌が沢山湧くから危ないよねという話が学問としての知識ではなく、宗教や文化的な漠然とした刷り込みとして根付いたものらしい。いわゆる"穢れ"にまつわる価値観だ。
その辺の話は単に私の知識のひけらかしであり、つまりどうでも良い話なのだが、どうでも良くない部分として私と仕は死体をベタベタと触りまくっているという所だ。
『外出』先から物を持ち帰る事は出来ないため、菌ももちろん帰る時には綺麗さっぱり除かれる。製薬会社泣かせの100%除菌が発生するため、帰った後の事は心配無い訳だ。
ただこのままこの空間に長い事止まっていると、その菌になにやら妙な症状を起こされるかもしれない。『外出』は死ぬような出来事によく遭遇するというだけで基本的に無制限であり、その気になれば何日か滞在は可能だ。
現に私と仕は、過去に2泊3日程度の長時間『外出』を行った事があり、帰ってきた時には時差ボケを治すのに少し苦労した。
だが今回に関しては早めに帰る、つまり良い塩梅の所でとっとと死ぬのが賢明だろう。
早急に殺しにかかる菌ならまだしも、苦しめるだけ苦しめておいて中々死ねない菌だったら最悪だ。痛いだけで中々死なないというのは最高級の最悪であり、絶対に避けねばならない。
今後の方針が固まった所で、大量にあるポケットの中の一つから何やら固い物を見つける事が出来た。
この手触りにはどうも馴染み深いフィット感がある、生活の一部にがっちり食い込んで話さないライフラインを持った時のような感覚だ。
ポケットの中から引き上げると予想通りに、それはスマートフォンだった。
これは大きい収穫となるかもしれない。装飾に欠けた耐久性のみを重視されているデザインのスマホカバーからして、私用ではなく仕事用だ。さながら情報の福袋、もちろん売れ残りの在庫処分的な福袋ではなく、福が詰まってる本来の意味の福袋だ。
もし虹彩認証式のスマホであった場合はパスワードの山勘当てというかなり分の悪い運試しを強いられる事となるが、幸いにも指紋認証式だった。
お手を拝借すべく、死体からタクティカルな見た目の手袋を外す。
中々良いデザインをしていたので仕に要りますかと聞いてみたが、甲冑と見比べて少し迷った後首を横に振った。私が付けようかと思ったが、そうするとスマホを弄り辛い事に気付いてやめておく。
ロック画面をご開帳すると、私が普段用いてる会話アプリに何処となく似ているが、ロゴだとか細かなUIが絶妙に違う、全く知らない会話アプリの画面が開かれていた。
しかし収斂進化というのだろうか、普段私が使っているものと絶妙に似ている操作感のお陰で問題なく読解できる。
開かれていたのは所謂グループトークであり、グループ名は『奇界記会連合』。
そう、連合。
つまり、服装がバラバラなのは複数の組織が寄り集まったからではないかという私の仮説の補強となった。
彼らのネーミングセンスから考えて読みはキカイキカイレンゴウ、奇なる世界を記す会たちの連合なのだろう。
チャットのログを見てみると
[第一部隊、○地点に到達]
[第四部隊、予定時間より3分オーバーで第七部隊との合流に成功]
[×地点に弾倉補給頼めませんか?全種類不足しています]
といった業務的な連絡が多数。そしてその合間に、なにやら不安な報告が幾つもある。
[異常生物猟友会の壊滅が確認されました]
[神秘物理学者の離散が確認されました]
[恒久紳士条約に基づく特殊状況への対応騎士団の逃亡が確認されました]
[異物商組合の内紛による絶滅が確認されました]
[奇抜物質漢方店の消息不明が確認されました]
[全並行世界への道徳心普及委員会武力行使担当課からの一切の通信が途絶えた事を確認しました]
[奇界記会連合の設立提案者である過異界会は、これ以上の作戦続行を不可能と判断しました。このメッセージ以降、作戦実行へと向かった全連合人員への一才の関与を中断します]
……初耳の固有名詞ばかりだ。
概要を纏めると何らかの作戦へと向かった連合組織がボコボコにやられ、上からも見捨てられたといった所だろう。内紛している組織まである、人間の事だし仲間割れでもしたんだろうという露悪と冷笑に満ちた私の仮説を肯定しないで欲しい。
とりあえず服装と四肢のバラバラ死体達が置かれていた状況は掴めてきた。しかし最大の謎として、あそこまで大量の組織を全滅に追い込んだ元凶である存在は一体何なのだろうか?チャットには"作戦"とあるが、これは元凶へ仕掛ける交戦を意味していたのだろうか。
作戦の詳しい内容でも説明されていないだろうか、とチャットを大幅に遡ってみると、トークルームが作成されてすぐの所で
[今回の作成概要です]
というメッセージがあった、その下にファイルのURLが貼り付けられている。
そういえば電波はここに届いているのだろうか、と自分の物である方のスマートフォンを取り出してみたが圏外だった。使用している電波の種類が違うのだろうか?そもそも私の世界のスマホと同じ機種かすら怪しい。
とりあえずファイルを開こう……ああダメだ、
[閲覧パスワードを入力してください]
との事。厄介な事に英数字の両方が使えるタイプで、文字数は指定されていない。
一応PASSWORDと0123456789、パスワード設定者が使用しているハードはPCかとしれないという事でQWERTYUIOPも試したがダメだった。どうやらネットリテラシーのしっかりした人物が設定したらしい。
おまけに
[三回の誤答が確認されました、以降この端末からのアクセスを受け付けません]
と突っぱねられてしまう、ずいぶん厳重な事だ。
別のアプリも色々開いてみた(これらは全て機能は薄々理解出来るが私の世界では見た事もないアプリだった)が、特にめぼしい情報は得られなかった。
とりあえずの収穫はこんな所かとスマホを持ち主に返しておく、持ち帰れもしないのに荷物を増やしても仕方がない。
そうしてスマホを胸ポケットに返す時、ふと引っかかった。血の匂いがいくらなんでも薄くないだろうか。
これまで見てきた死体達からは当然血が流れていたが、どうにも不愉快な悪臭というのがあまり感じられなかった。死体経験が薄く気付くのが遅れたが、本来屍肉というのはもっと臭うはずだ。何回かロードキルされた猫やら鼠やらを見かけた事を思い出す、あの時に感じた、所謂死臭というものがこの空間には欠けている気がした。
死にたてほやほやの新米死体だというのなら納得できるのかもしれないが、ここまでの惨状が作られるような事態がついさっきあったとして、そこそこ近くに居た私達が気付けないというのはどうにも無理があるような気がしないだろうか。
気になって死体の身ぐるみを剥がしてみる。脱がすのに手間がかかりそうだと思っていたが、途中でコンバットナイフが携帯されている事に気づいてそれを拝借し、服を全て切り刻む。
少々の苦闘の末にラッピングを剥がしきり、あるいは切り剥がし、その中身をご開帳する。
身長は今は無き頭部も考慮すると160〜165程度、痩せ型体型で体重は50〜60といった所だろうか、タクティカルな服装の上からだと判別出来なかったが、性別は女性だった。
そして、そんな事よりも重要な事として死斑が無い。
そんな筈がなかった、既に彼女を発見してから30分は経過している。死斑なんてとっくに出ている時間だ。
「ふーむ……」
最初にこれらは人間の死体のようなオブジェクトがポンと置かれているだけかもしれないという仮説をチラッと考えたが、どうもその可能性が濃くなってきた。
「どうだ?なんか面白い物とか…………かなり好き勝手してるな」
死体(死体ではない可能性浮上中)を冒涜しまくっていた所、その辺りをウロチョロしていた仕が帰ってきていた。
「結構面白い事になってますよ、コレとかあそこのアレとか、全部死体じゃないかもしれません」
「へえ、あ〜〜確かに、臭いとか薄いしな」
気付くのが早い、良い鼻をしている。
「あと死斑も無いんですよね……ああ、死斑っていうのは天然の死亡証明マークみたいな物です」
「はー、便利な機能だな」
私は首から垂れている血の臭いを確かめる、やはり薄い。血のような臭いではあるのだが、今ひとつチープさのようなものを感じる。
指で少し掬い、舐めてみた。仕はまた変な事をしているなという微妙な表情をする。
味がしない。口の中でほんのりと血のような臭いが広がるが、その液体元々の風味というより、後から足された香料のような印象を受ける。
血は水よりも濃いなんて言うけれど、それならこの薄い味わいの液体は何なのだろうか。
血の味はこうではない事を、幼い時に自分の傷口を治そうと舐めた事がある私は知っている。
丁度お手元にナイフもあるという事で、思い切って解剖してみる事にした。
胸部の少し下に深く突き立て、ズズっと下方向へ引く。赤い液体がドポドポと溢れ、薄い鉄臭さが広がった。
開かれた腹部を見てみると組織の全てが筋肉で構成されており、臓物が一切見当たらない。
血液もどきといいこの中身といい、どうもここにあるのは人間の上っ面だけを真似したような、そういったオブジェクトのようだ。
しかしそうなら、あのやけにストーリー性のある遺留品は何だろうか。チャットにあった数多の組織名と、それを裏付ける服装バラバラ死体共。
まるで、それらしいオブジェを配置しフレーバーテキストを散りばめた、断片的なストーリーを見せられたような気分になってくる……
もしかしてだが、私は誘導されていたのか?
これらは、それらしい用語と謎を配置し探索を進めたくなるような気分にして、好奇心旺盛な人間を誘き出す罠と考えられないだろうか?
仮説を伝えようとして、仕の方を向く、向こうとした。
それと同時に足元から30枚前後程の白タイルが浮かぶ。
その白タイル達は2枚1組でペアを作った、ペアとなった白タイル達がお互いをカチカチぶつけている。まるで威嚇のように幾度かカチカチ鳴らした後、全てのペアが大きく間隔を開く。
歯だ、と私は思った。
対となる白タイルの意味する所にようやく気付いたその瞬間、全てのタイルが私の体を挟み込むようにして突き刺さった、まるで噛み砕くように。
帰還するとそこは、学校からすぐ近くにある橋だった。
橋の手すりがすぐ目の前にあって、私はそこから川を眺めるような立ち位置となっている。
建物の明かりにも負けない輝きを持つ幾つかの星が夜の川にぼんやりと反射していて、実に風流だった。月も反射していたら完璧だったが、生憎の新月だ。仕は右に居た。絵面としては、二人仲良く川を見てる自然大好き学生みたいになっている。
「いやはやまんまと不意打たれましたね、仕もあのタイルの歯にやられましたか?」
「ああ、ただ素直に殺されるのもなんだからな、3枚割ってやった」
瓦割りとは達人っぽい、痛くなかったのだろうか……ああ、そういえば右腕に丁度良い物を付けていたな。
「じゃあとりあえず……帰りましょうか」
既にそこそこ暗いのと、腹もすこし空いてきている。
「そうだな」
自宅の方向へ90度転換、歩くのが早い仕に合わせるべく、少しハイテンポで足を動かす。
先程の『外出』の記憶を反芻しながら、そういえば、今いきなり仕に噛み付いてみたりしたら、少しはびっくりしたりするだろうかと突飛な考えが浮かんだ。特に警戒する物もない今の仕は全くの無防備であり、肩とか指とか脇腹だとかをいきなりガブっといっても避けられないはずだ。
脳内で少しシミュレーションしてみて、やめておこうという結論が出た。特にビクリともせず、「…………マジで何だ?」とやや引いた顔で尋ねてくる仕の姿が目に浮かぶ。色々な所で歯が立たない奴なのだ、仕は。