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線路上、少女二人、会話(終)

突然、周りが静かになった。いや、正確に言えば静かになってはいない。車輪のリズムは途切れておらず、それに下手くそな合いの手を入れるように、枝が時折窓にぶつかる。しかし、先程まで私の耳にこびりついて止まなかった鳥の鳴き声が消えた。気にならなくなった、という訳ではなくて本当に一匹も、あるいは一台も鳴いていないのだ。再び窓の外に齧り付く。無限に続いているかのような蓄音機は見当たらず、そこにはただ落ち葉の積もる森の地面があった。なぜ、と考えても永遠に理解する事は無いだろう。こんな空間の全てを理解出来る人間は居ない、居たとしたらそいつは狂人だ。しかし、このなんとも奇怪な体験はきっと私の脳を豊かにする糧となる。私は先程の記憶を海馬に焼き付けるのと休息を兼ねて、少しの間目を瞑る事にした。

十五分ほど時間が経っただろうか。脳内でリピートを繰り返してしっかりと記憶する。肩甲骨をぐりぐりと動かそうとしたが、思ったより疲れているのかあまり体は動かなかった。まあ良いだろう。

こういう時の脳の疲労は心地よい。視界が少しばかり歪み、外の景色の葉と葉が幾重にも重なって見える。綺麗な緑がどこまでも広がっていて、なんとも本能を擽る光景だった。


いまいち違和感がある。不暮は別に鳥が嫌いではない。

というかそもそも、どちらかと言えば動物全般が好きな奴だったはず。本人曰く「何で競うかにもよりますが基本的に人間の上位互換ですよ」だそうだ。

だから妙だ。

不暮を見る。

蝶の群れが居た。

黒い蝶だった。

黒い蝶たちが不暮の腹を食い破って出てきている。

蝶が?

どうやってだ?いつかの理科で蝶は蜜を吸うためにストローのような口をしていると教わっていたが、それで人間の肉をどうこう出来るものなのか。そもそもなんで蝶が不暮の腹から出てきたんだ?

蝶らは飛んでいる。まあ蝶だし飛ぶだろう。

そのまま何匹かは私の腹に飛んできて、静止した。

私は蝶を叩き潰す。お前私を食う気だったろ、ダメだ。潰した拳には血とか蝶の残骸とかが付いている。蚊を潰した時の上位互換みたいな感じだな。どうせ汚れたならもう良いだろう、ついでに残りもやってしまおう。

私は無双した。まあ羽虫相手だから当然だが。殴打に殴打を重ねてあちこちに飛ぶ蝶を落としていくのは少し爽快だった。最後の一匹は蹴りで潰してみる、ヒーローっぽくてかっこいいから。黒い鱗粉と羽が散らばる床は例えるなら深淵って感じだ。

さてどうしよう。人間はデカいコーラのペットボトルぐらい血が出ると死ぬらしいが、今の時点で不暮から垂れている量は牛乳パックぐらいか。止めても無駄そうだ。そもそも応急処置が奇跡的に最高に上手く行ったとしてもフラフラだろうし、今回の外出はここらが潮時なんだろう。

窓をチラッと見ると、どうやら今は橋の上を走っている(駄洒落じゃない)らしかった。横になんの柵も無いので脱線でもしようものなら全員死亡確定のヤバ建築だ。

橋の下はどうやらよくある黒のコンクリートだが、建物も何もなくただそれだけがずっと広がっている。

地面からの高さはどれぐらいだろう、この感じだと大体……不暮が縦に7人ぐらい並べられそうだな。

落ちたら死ぬ高さだ。

という事で私は窓を開けて落ちた。内臓がフワ〜というかヒヤ〜というか、まあ絶叫マシンの時なんかに感じるそんな感じになる。家に帰るために一々こんな事をしないといけないのは全くつくづく悉く面倒くさい。


目を開けると公園のトイレの臭いがした。匂いではなく臭い、スメルではなくオウダーだ。元々白だったようだが今はすっかり薄緑の洗面台は、水道をしっかり閉めずに走って行った子供が居たのかチョロチョロと水が滴っている。こういうのも苔清水と呼べるのだろうか?呼べたとてか。

左を見ると仕も居た。上、下、左、右の順に首を振る。なんでY軸から確認したんだ?

そうして4回目に私を見つけて、口を開いた。母音がaの音を出そうとしている時の口の形だ。当てよう、「ラーメン行くか」だ。

「じゃラーメン行くか」

ニアピンだ。

「ええ、行きますか」


ここのラーメンは美味しい。料理はせいぜい人並み程度なので詳しい推測は出来ないがスープに鰹節の破片が入っていて、それがなんとも素晴らしい具合に味の補助を担っている。

「推測なんですけれど、蝶の発生源はサンドイッチだったのかもしれません」

ラーメン屋まで歩いた時に仕から共有してもらった情報を総合すると、流れとしてはこうだ。

「レタスが挟まってたじゃないですか、あそこに蝶の卵が付着していた。それも食べられる事で宿主の胃に潜み今度は逆に食べ返してしまうような種類の蝶が。消化液が孵化のトリガーになっていたりするのかもしれない、面白いな……そういえば、蝶は本来なら幼虫から蛹といった感じで段階を挟むはずなんですがあの蝶はどうだったんでしょう。そもそもそういったプロセスが無い種なのか、レタスに付着している時は既に蛹だったのか、というか蝶っぽい見た目をしていただけで学術的な定義で見たとき本当に蝶なのか、なんなら生物かも怪しい訳ですし……」

仕は聞きながらラーメンを啜っている。トッピング全乗せは見るからに食べづらそうで、テーブルに数滴ほどスープを溢してしまっていた。

「肉食性って事は……いや雑食性の可能性もありますね、とにかく人間の腹部を食い破れるという事は口吻じゃなくて顎を持っていたのかな?仕は蝶の顔は見えました?」

「瞬殺したから知らん」

「流石の戦闘力ですね、それにしても面白い可能性が出てきました。寄生虫では卵が宿主の脳へと働きかけて無意識に卵の利となる行動をさせる事があるんです。あの時大して嫌いではない、というか好き寄りの鳥の声をあんなに恐れたのはもしかすると、私ではなく卵の中の蝶が怯えていたのかもしれません。胡蝶の夢なんて言いますけれど蝶の夢になってしまうのではなく現実で蝶に意識を乗っ取られてしまうというのも、中々ゾッと来るものがありますね」

「そうか」

ちなみに仕は文学を、というか勉学を嗜むタチではない。そもそも勉学を嗜好品とみなしていないタイプの人間だ。だが胡蝶の夢だとかシュレーディンガーの猫だとかの……まあ有り体に表現するとティーンエイジャーが好きな単語は知っている。何故なら私が小学生の時に使いまくって教えまくったからだ。思い出すと些か恥ずかしい所はあるが、知識を身に付ける事が出来たのだから入口なんてものは些細な問題だろう。

そういえば人の夢といえば儚いの『儚』だが蝶の夢はなんなのだろうか?ふーむ、こういう答えが出ないと分かりきっている問題ほど逆に考え込んでしまうのが私という人間の悪い癖だ。

「ねえ仕、蝶の夢ってなんだと思います?」

「なんだそれ?雑学か?」

「くだらない思考遊びですよ、それっぽい答えが出れば満足なやつです」

「ん〜……それっぽい答え……死ぬ夢とかどうだ?」

ほお。

これは面白い回答が来そうだ。

「その心は?」

「夢死って事だ」

「ほう」

なるほどね。

「はは、良いですね、それ採用しましょう」

「そりゃどうも」

そんなとりとめのない事を話しながら食べるうちに私は味変をしたくなり、卓上調味料に手を伸ばす。

スープに広がる胡椒を見て、鱗粉みたいだと思った。

とりあえず1話目です

今後も良い物書きてーと思っているので2話も楽しみにして頂けると私が嬉しいな〜って思います

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