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「おや、 久しい……というわけでもないな」

「はい」


 三羽烏の再会から半月が経ったころ。 数馬は一人、 秋山の道場を訪れていた。

 このころになると、 数馬の強さが再び知れ渡ったのか、 襲ってくる者はほとんどいなくなっていた。 それでも命知らずはいるものだが、 当初に比べるとその質は低く、 奇襲に警戒さえすれば、絶対に負けないと言える程度であった。

 さらに言えば、 ここ数日は喧嘩を売られることもなく、 平穏な日々を過ごしていた。

 

「何か悩みがあるようだが……」

 

 そう言いながら、 道場の一室に案内してくれる秋山。 彼に一礼すると、 数馬もまた室内へと入っていく。

 室内は居住区域であるらしく、 古い畳が敷かれている。 座布団を二つ引っ張り出して一方に座った秋山はもう一つに座るように促す。

 

「半月前にあの小料理屋を紹介してもらった時のことです」

 

 座布団に座った数馬は半月前からの悩みを打ち明ける。

 友人達が何らかの形で独立してくための道筋ができているのに対して自分は未だにチンピラのような暮らしから抜け出せていない。 このままではいけないのは分かっているのだが、 何をすればいいのかが分からない。 と。

 静かに聞いていた秋山は、 数馬が一通り話し終わった後、 「ふむ」と小さく呟き、 悩むように顎に手を添える。

 

「息子と同じようなことで悩んでおるな……」

「え?」

 

 秋山の言葉に意外そうに反応する数馬。

 目の前の道場主に子供がいたという話は聞いたことがないが、 数馬自身も聞いたことがないのでそこは別に構わない。

 若き侍が疑問に思ったのは、 道場主の息子が自分と同じ悩みを持っているという事であった。

 目の前にいる壮年の男は小さいながらも活気のある道場の主である。 その息子であるならば、 親と同じように剣客を(こころざ)し、 いずれは親の跡目を継ぐのが数馬の中の常識であった。

 養子に継がせるという話もないわけではないが、 その場合は跡継ぎとなる男子がいないという前提があってのことである。 大抵の場合は跡継ぎたる男子がいるものだ。

 

「もしかして、 それは次男以下の話ですか」

「いいや、 儂の息子は一人だけだ」

 

 思い至った推論を尋ねてみても、 あっさりと否定される。 ますます数馬は混乱した。

 数馬の混乱を理解したのか、 秋山は苦笑すると、 なんて事のないように説明した。

 

「儂は道場を息子に継がせるつもりはないよ」

 

 その言葉は数馬には理解できないものであった。 武家の家にしろ、 道場にしろ、 自身の代で終わらせることなく、 次代へと繋げていくものではないのか。 そうやって更なる繁栄を願うのが当然のことではないのか。

 混乱のあまり、 間抜けな表情になっている数馬を見て、 腹を抱えて笑いそうになるのをこらえる秋山。 笑いの波が引いていくと、 秋山は端的過ぎたかと改めて説明した。

 

「道場を時代に継がせていく。 そういう考えも間違っているわけではない。

 しかし、 ただ己が子に継がせていくだけではせっかくの技術も腐りかねない。

 この太平の世において、 剣一本で生きていけるほど世の中は甘くない。

 ゆえに息子には告げてあるのだ。 『この道場は儂の代で閉める』とな」

「弟子にも継がせないのですか……!?」

「継がせん。 儂が開いた道場だ。 儂の代でけりをつける。

 この太平の世に剣の腕で飯を食いたいのならば、 親や師の力に頼らず、 己の腕と頭を使って生き抜いていく気概が求められる。 ……と言ってもこれは儂の師からの教えであるがな」

「師匠からの教えということは……」

「ああ、 儂の師も自身の手で開いた道場を誰にも継がせず引退した。 兄弟子の一人を連れてな」

 

 目の前の剣士が語る言葉の内容は数馬からすれば今までの常識からはかけ離れたものだった。

 そして、 故郷を出てから今まで、 自身が具体性のある目標を何も抱いていないことにようやく気が付いた。

 このままではいけない。 それは半年も前から分かっていたことだ。

 ではどうすればいいのか。 答えの一例は目の前にいる道場主が今語ってくれた。

 

「……江戸で指南免状を持たない者が道場を開くことは可能でしょうか」

 

 可能性の一つ。 それを先達に尋ねる。

 秋山は若者の悩みを静かに聞くと、 こう返した。

 

「その流派に認められなければ、 新しく道場を構えることはできぬだろう。 しかし、 新しい流派を起こせばそれも解決される」

 

 結局は己次第、 それだけのことよ。 そう秋山は締めくくった。

 

 

 

 †

 

 

 

「おう、 邪魔してるぜ」

「勝手に入らせてもらっています」

 

 秋山の道場から住み慣れた長屋へと戻ってみれば、 そこには左膳と右平が勝手に座っていた。

 借主である数馬は一つ溜息をつくと、 「来客用の菓子や茶はないぞ」とだけ伝えて、 空いている場所に腰を下ろす。

 

「それで何の用だ」

「左膳から僕らの方に話があると、 訪ねた時にはいなかったので待っていたんですよ」

 

 数馬の問いに右平が答える。 そのまま二人の視線は集めた張本人である左膳へと向かう。

 左膳は「おほん」とわざとらしく咳をすると、 旧友二人の顔をしっかりと見据えた。

 

「手を貸してほしい」

「いったい何があったというのです」

 

 真剣な顔をする左膳に右平が尋ねる。

 左膳は宇平の言葉を聞くと、 語りだした。

 

「今、 江戸ではとある凶賊が潜んでいる。 もとは上方(大阪・京都)で畜生働きをやっていた連中で、 それが半月程前から江戸の方に移ってきやがったんだ」

「そんな話は聞いたことがないな。 畜生働きなんてする奴はすぐに話題に上がりそうなものだが」

 

 畜生働き。

 「標的の家が破滅するほど盗まないこと」「強姦行為をせぬこと」「むやみに殺さぬこと」という盗みの三か条を守らない窃盗行為。 畜生働きが行われた現場は凄惨なものであるという。

 一方で、 盗みの三か条を守る盗賊は“本格”と呼ばれている。 下調べと準備に長い時間を費やし、 時には標的に盗まれたことを気付かせない凄腕もいるというが、 今回は関係ないので省かせてもらう。

 個人情報保護がない時代である。 凄惨な現場であれば、 当然噂になってしかるべきである。

 二人の当然の疑問に、 左膳は少し悩ましそうに考えてから答える。

 

「実を言うとだ。 この件はあまり口外しないようにしているんだ。 この江戸でもすでに二件ほど畜生働きを重ねている。 それでも口外しないようにしているのは奴らの“残虐性”と“腕前”だ」

「畜生働きしている奴らに人道なんてものを期待するだけ無駄だと思うが、 “腕前”っていうのはどういうことだ」

「あいつらは全員浪人で何らかの剣術を修めているらしい。 上方ではすでに何人もの同心が奴らに斬られている。 それだけじゃない。 上方の奉行所が奴らの隠れ家を発見して強襲した時も、 正面から突破して逃げおおせたらしい。

 さすがに凶賊共の方も何人か斬られたり捕縛されたりしたらしいがな」

「それで、 僕らにいったい何をしてほしいと言うのです。 おおよその予測はできますが……」

 

 右平の言葉に左膳は一つ頷くと、 改めて真剣な表情で二人の顔を見る。

 

「改めて言わせてもらうが、 件の凶賊共、 燐火(りんか)の一味討伐に手を貸してほしい。 俺を含めた火盗改の面々も腕利きが多いが、 それでも人手が欲しい」

「……そんなに必要なのですか」

「正直な話、 上方では三十人以上で強襲したが、 首領を含めた幹部格には全員逃げられているんだ。 お頭は一度の強襲で全員捕らえるか、 切り捨てたいとお考えだ。 問題はそうしようとすると人手が足りないことだ」

 

 そこで左膳は一息入れる。

 

「まあ、 お頭の考えも間違ってはいないんだ。 幹部格どころかあの凶賊共を一人でも放していると、 再び血の雨が降りかねない。 そういうものを防ぐためにも、 一回の行動で決着をつけるというのは正しい」

「問題はそのための人手が足りないという事か」

「ああ。 そしてその問題を解決するべく各々の伝手を全力で使っている。 これはかの長谷川平蔵が捕らえた葵小僧に匹敵しかねない大捕り物になるぜ」

「……数馬はともかく僕はこの江戸へ来てから刀を振るっていません。 間違いなく腕は鈍っていますよ」

「なら、 取り戻せばいい。 空いている時間を言ってくれ。 今、 特に仕事をしている身ではないのでな」

 

 右平の不安をかき消すように数馬は提案する。

 右平も「数馬がそう言うのなら……」と納得したように答える。 二人の意見がまとまったとみた左膳が「詳しい日時が決まったらまた連絡する」と言ったのを機にこの場は解散となった。

 

 そして、 時折行われる右平の訓練を見届けながら三日ばかり経ったころ。

 

「急で悪いが今夜襲撃をかけることになった。 すぐに準備をしてくれ」

 

 昼八つ時(十四時頃)になって急に長屋に飛び込んできた左膳はそう伝えると、 すぐに引き返してしまった。

 

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