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クロノカタナ   作者: とららん
クロノカタナ
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クロノカタナ (5)

クロノカタナ (5)



~※~



 領主が倒れたという知らせが入ってから三日が経った。


 皆、桜江と辰巳の言葉通り、各々つつがなく業務をこなしている。

 

 領内も安定しており、時々間も紛れた野伏せりが現れるという話しもあるが、それでも大きな混乱も無く、藩も町も比較的平穏な日々が流れていた。


「クロ」


 庭でいつも通り薪割りの仕事を手伝っていると、縁側から桜江が呼ぶ声が聞こえた。



「桜江様。もう良いんですか?」


「ええ、心配をお掛けしました。先ほど万状部屋にも行って、犬猫と少し遊んでいました。本当に・・・あの子達を良くして頂いて嬉しく思います」



 領主が倒れたと言う知らせから桜江は少し塞ぎがちになり、屋敷内でも不安視される声が伝わっていたが、目の前のいつもの華が咲いたような笑顔にクロは少なからず安堵した。



「吹雪の提案で、これから町へ出ます。吹雪と三郎が同行してくれるとの事です。何か欲しい物など有りましたら持ち帰りますが」


「あ、いえ。そんなもったいない。俺は・・・桜江様が元気になってくれれば十分です」


「ありがとうございます。いつまでもふさぎ込んではいられませんからね!」



 桜江はぐいっと力強く拳を作り腕を曲げて見せる。



「大丈夫ですよ。私、これでも立ち直りの速さは自慢なんですから」


「姫様、そろそろ」



 側に居た吹雪が桜江を促した。



「ええ、日が暮れては爺やも心配しますし。ではクロ、お手伝い励んで下さいね」



 にこやかに手を振る姫の姿に、クロは嬉しく思うと同時に仕事へ対しても一層力が入った。



~※~



「町は変わりありませんね」


「桜江様のお言葉通り、皆つつがなく自らの職務に励んでおります」


「そうですか・・・よかった」



 大通りは道を行き交う商人達で溢れ、その中を子供達が駆け回って遊んでいる。

 町に出た桜江と吹雪と三郎。散歩という名目ではあったが、実の所いつの間にやら視察となっていた。


 目に見える限りでは物価の高騰や下落も無く、民草は平穏な日常が送れているようだ。



「こうして見ると、誰が間なのかも分からない物ですね」


「確かに。我が領国は間に対しても職を斡旋している場所もありますからな」


「これが藩で出来れば、もっと大規模に間達に安定した収入が与えられるのですが・・・・・・」


「姫様。全ての間がクロのような者とは限りませぬ。滅多なお考えをおっしゃるのは、好ましくないかと」



 吹雪の忠告に、「わかっています」と桜江は口を尖らせた。


 こうして町を練り歩いている内に、いつの間にやら三人は商店が隣接する通りを離れ、長屋が並ぶ裏通りへと足を伸ばしていた。



「人が余りいませんね?」


「まだ昼時ですからな。皆は仕事で忙しいのでしょう。ここにいても仕方がありません。通りへ戻り、茶屋で団子など如何かと」


「まあ! それは良い案です吹雪。では、さっそく戻りましょう」



 吹雪と先を行く三郎の裾を引こうと、桜江が手を伸ばしたその時だった。



「そう易々と戻れる事態ではございませんな姫様」



 最大限に警戒した獣のような眼光を走らせ、三郎が刀の柄に手を置いた。


 前から二人、後ろから二人。粗末な着物とボロボロの刀を下げた四人の浪人が、距離を置きつつ三人を囲うように立ち塞がった。


 吹雪は、自分と三郎の間に桜江を前後で挟み込むように位置を変え、いつでも刀を抜けるよう身構える。



「何なのだ貴様ら! この方を、領主様のご息女、桜江の方様と知ってのことか!」



 声を張った若侍だったが、何が可笑しいのか、四人の浪人はせせら笑いながら、左の手のひらをかざした。



 円の中、左右斜めに引かれた線とそれと交差する横一文字の焼き印。



「間?」



 桜江が言い終わるよりも素早く、吹雪と三郎がスラリと刀を抜いた。



「姫様! 決して吹雪から離れませぬように! 三郎、背中を預けた。前の二人を頼む!」



 緊迫する空気の中、じりじりと詰め寄る間達は抜き身の白刃を(きら)めかせる。余裕があるのか、何の構えも無く幽鬼(ゆうき)が如くゆらゆらと歩む姿は奇怪であった。



「何が目的だ! せめて名を名乗れい!」



 吹雪の怒号にも反応を見せず、あと半歩で刀の間合いに入ろうとしたその時。



「がは!」


「吹雪!?」



 突然、吹雪の脇腹に鈍い痛みが走った。



「何・・・が・・・・・・」



 痛みと同時に五臓六腑(ごぞうろっぷ)がかき回されたような吐き気にも襲われ、何が起きたのか分からず、動揺する吹雪は腹に手を当てたまま長屋の壁にもたれ掛かる。



(呼吸が上手く出来ない。息が荒くなる)



 それでも、倒れる訳にはと全身を奮い立たせ足腰に力を込める。


 だがその粋も虚しく、眼前に立つ男の姿を見て絶句した。



「三郎?」



 髭面の侍は、無言のまま吹雪を見下ろしていた。



「何故だ? 何故お前が? 何が、どうして俺を! いや、姫様に何をするつもりだ!」



 混乱する思考、全力で頭を回転させ全ての疑問をぶつけた。


 だが、三郎はそのまま吹雪の顔を(つか)で殴り飛ばし、体のあちこちを(さや)で突き、終いには四人の間達も加わり殴打し、蹴り上げ、投げ飛ばし、その一連を何度も繰り返す。


 美麗(びれい)優男(やさおとこ)の顔に、赤や紫色の痣が次々と浮かび上がる。


 体のあちこちから出血し、血を吐きながらも、せめて急所を免れようと無様に体を丸くする。



「やめ、おやめなさい!」



 茫然(ぼうぜん)としていた桜江が、ようやく口を開いた。


 満身創痍(まんしんそうい)の吹雪へ駆け寄ろうする桜江だが、それは三郎の大きく無骨な腕により阻まれる。



「ご無礼お許しを! いや、許されぬ事と存じ上げまする!」



 一人の間が捲いていた手ぬぐいを桜江の口には嵌め、手足を太いヒモで結び上げる。



「済まぬ吹雪殿」



 ズタボロになって横たわる吹雪に対し、三郎が噛み締めるように発した。



「先を・・・歩いていたのは、我らをここへ導くためか? 何故だ?」


「言えませぬ。ただ、この三郎を恨んで下され。そして、親方様のお家をお守り下され」



 鼻を啜るような音がした。強面の髭面の眼に涙が滲んでいるようにも見える。



「三郎・・・何が、あったんだ? 俺にも言えないのか?」



 桜江を身の丈ほどのある布で包み担ぎ上げると、三郎は苦悶に満ちた表情を浮かべ吹雪に一礼した。



「おさらば!」



 走り出す三郎に、四人の間が後に続く。


 五人の姿が見えなくなったと思った丁度その時、ポツリと吹雪の顔に水が当たった。



「また・・・雨・・・か・・・・・・」



 薄れ行く意識の中、思い浮かべたのは共に酒を酌み交わし、笑いあった気骨(きこつ)のある髭面の友の顔だった。


 奉公(ほうこう)に出された不安の中、兄、いや父のように自分を見てくれていると信じていた。立場や身分、友情を越えた物があると思っていた。



「姫様・・・・・・」



 その一言を漏らしたとき、「ああああああああああああああ!」せきを切った慟哭どうこくの涙と叫びを吹雪は止めることが出来なかった。



~※~



「遅いのぉ」



 屋敷の中と外を一回り、夕刻の犬の散歩を終えて中庭に戻ったクロが、縁側(えんがわ)で夕陽を眺める辰巳を見つけた。



「何か、待っているんですか?」


「いやな、姫様と出かけた吹雪と三郎も遅くての、先ほど雨も少し降っておったし。姫様がまた逃げ出したにしても、そろそろどちらかが戻って来ると思うのじゃが・・・何か遭ったのか」



 いつになく、そわそわと落ち着かない様子の老人の姿を見て、クロは妙な予感に似たざわめきが働いた。


 生真面目な二人のこと予期せぬ事態に立ち会えば、どちらかが必ず屋敷へ知らせに走るはず。しかも、そろそろ日が落ちようとしていると言うのに何の音沙汰も無い。


 いつ以来だったかは分からない。ただ、こう言う時の直感は良く無い方向へ向かう。



「あの二人に任せておけば大事では無いとは思うが、さすがに落ち着かぬものよの」



 自分に言い聞かせるよう、微かに声を震わせた辰巳を見てクロは声を上げた。



「俺・・・ちょっと見てきます! 辰巳様は犬を万状部屋へ!」



 腰に帯びた刀を確かめ、クロは辰巳に犬のヒモを押しつけ颯爽と屋敷の門をくぐった。



(吹雪殿も三郎殿もかなりの使い手のはず。最悪の事態を考えれば・・・・・・)



 『間はぐれ』いつか吹雪が言った異形の技を使う間。ただの間や、野伏(のぶ)せりの類いならば二人で桜江を護りきれるはず。


 しかし、間はぐれと遭遇(そうぐう)した場合、どうなるかは見当も付かない。それでも自分が駆け付ければ、せめて桜江を連れて逃げることくらいは出来るのではと、クロは自分を奮い立たせた。


 街路の大通りを駆け抜け、歩いたことの無い路地を曲がり角の度にジグザグに走る。


 町外れを回り、裏路地へ足が向いたのは、常夜灯(じょうやとう)に火が灯されてしばらくしてのことだった。



「行き違えたかな?」


 見上げれば星空が見える。


 大通りで少し聞き込みもしたが、喧嘩や乱闘と言った類いの話しも無い。


 気のせいだったと、胸を撫で下ろしたその時だった。



「クロ・・・か?」



 (かす)れた声が自分を呼ぶ。その方向には、刀の(さや)を杖代わりに近づいてくる男の姿だった。



「吹雪殿!?」



 ボロボロになった着物と腫れた顔。怪我をしたのか足を引きずっている。


 一瞬見間違えたかと思ったが、やはり男はクロの知る吹雪だった。



「一体何が!?」



 慌てて駆け寄り、吹雪の体を支えながらクロは尋ねた。



「三郎・・・だ。奴に謀られ、姫・・・さまを・・・・・・」


「三郎殿が何故!」


「解らん。本当に・・・皆目見当もつかんのだ」



 涙を堪えているのか、声が震えている。



「四人の間を従え、奴は姫様をさらって行った。私は意表を突かれ・・・この無様よ」


「間? 何故間を・・・三郎殿は、いえ、藩は間と接点を持たないはずなのに」


「クロ! お前では無いのか? お前が奴らを手引きしたのでは無いのか? でなければ三郎が何故間などと共にしているのだ! お前が奴をたぶらかしたのか?」



 渾身(こんしん)の力で首元に掴みかかり、すがるように吹雪が訴えた。



「俺じゃ・・・ない」



 真っ直ぐに吹雪を見つめ、クロはそっと自分の手を添える。



肯定(こうてい)・・・して欲しかったぞ。裏切られるなら、三郎では無くお前ならと。そう思えたのに」



 力無く頭を垂らし「ちくしょう!」と嗚咽(おえつ)する吹雪。クロはそんな彼の肩を掴んで問い質す。



「三郎殿はどっちへ。桜江様をさらった以上、少なくとも、まだ安全だと思います。俺、何とか居場所を探してみますから、吹雪殿は何とか屋敷か町の役人にこの事を伝えて下さい」



 番所は目と鼻の先だ。それに気づいた吹雪がハッと面を上げる。



「ここからなら・・・東の方角だ。姫様を・・・探すのか?」


「とにかく、行きます」



 駆け出そうとすれ違う直前、「待て」と言う声にクロは静止した。


 振り向けば、吹雪が苦虫をかみ潰したような顔を浮かべている。自尊心(じそんしん)が強い彼らしくないその表情が、如何に無念であったのか。クロは黙って耳を傾けた。



「クロ・・・姫様を頼む。俺には・・・三郎を斬れぬ。いざとなったら、奴に引導を・・・いや介錯(かいしゃく)を頼みたい。彼奴がこんな事を望むはずが無いのだ。あれほど忠義に熱い男が・・・・・・いや、すまん。何を言っているんだ俺は・・・お前にそんな真似が出来る訳が無いはずなのに・・・・・・」



 気が動転しているのか、自分でも支離滅裂(しりめつれつ)な物言いを口走っていることは理解しているはず。


 クロは悲愴に震える吹雪に対し、「いいえ・・・」と一言呟くと、俯きながら一瞬目を閉じ、すぐさま踵を返し地を蹴った。

次回最終回です。ちょっと長めになりますが、よろしくお願いします。

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