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クロノカタナ   作者: とららん
クロノカタナ
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クロノカタナ (3)

クロノカタナ (3)



~※~



「こりゃクロ! また庭に犬を離しおって! しっかりヒモでくくり付けぬか!」



 張りのある辰巳の声に、クロは思わず身をすくめた。

 

 屋敷に入って二週間が過ぎた。

 

 最初の三日は部屋に閉じこもり、二匹の犬の散歩以外はおもてに出ることが無かった。だが四日目の朝、物干し竿を落とした女中が竿掛けに難儀している所を通りかかり、長身を活かしてそれを掛けたが、女中は怯えるような顔で頭を下げるとその場を立ち去ってしまった。

 

 しかし、それを見ていた辰巳が(此奴、意外に使い勝手が良いのでは?)と、思いついた事が切っ掛けとなったのだが・・・・・・。

 


「全く、屋外でなら手伝いをさせてやるとは言ったが、犬の散歩ついでにやれと誰が申した!」


「す、済みません。でも、薪割りの間でもちゃんと目を利かせてますから」


「そう言う問題では無いわ! 犬が苦手な者も居るのだぞ? もう少し周りに気を遣えと言っておるんじゃ!」


「あ、確かに・・・すみません」


「もう少し周りを見ることもいい加減おぼえんか。姫様の万状だからと言って、あぐらを掻かせるつもりなどワシにはありゃせんぞ!」



 腕を組んでふんぞり返る家老に、「すみません」とクロは何度も頭を下げて平謝りだ。



(吹雪殿もこんな感じだったのかな?)



 クロは初めて出会ったころの吹雪と、今の自分が重なってしまった。



「まあまあ、辰巳様。クロ殿も私達の手伝いをして下さって助かっているのですから、少しは多めに見てもよろしいのでは?」


「クロ殿のおかげで薪も多く蓄えられましたし、お洗濯も楽になりまして、ご家老様の妙案には皆が称えておられます」


「姫様の万状の犬も、クロ殿と駆け回って楽しそうではありませぬか」



 側に居た若い三人の女中達が、辰巳をなだめながらクロの前に立った。



「ふん! 当然じゃ。このでくの坊を、でくの坊のままにしておくのは勿体ないからの。飯代くらいは働いてもらわんと困るでな」


「あの・・・やっぱり俺、麦飯で構いませんし・・・それに味噌汁と漬け物だけで良いですから」


「いいやダメじゃ! 姫様の万状の体に何かあったらどうする! お前はもう、お前一人の体では無いのじゃぞ。確り食って働いてもらわんと、こっちが叶わんわ」


(この人、実は優しい?)



 クロは、そんな事を考えながら薪割りを続けた。



「しかし、クロ殿は大丈夫なのでしょうか? 屋敷内の噂は・・・あ・・・」

 小柄な女中が、不意に出た言葉に思わず手で口元を覆い隠した。


「噂?」



 クロが小首を傾げると、辰巳が唸るように喉を鳴らすした。



「お前は知らずとも良い。万状風情が人間の話しに首を突っ込むな。お前は三猿を決め込んで居れば良い。今はこのままで良いのだ」


「今は・・・ですか?」


「ええい、一々繰り返すな! 薪割りが終わったら犬を連れて部屋に戻れ。あと、最後に風呂へ入れい! 臭くてかなわんわ!」


 

~※~



「そんな事があったのですか」



 夜、桜江が万状部屋へ足を運ぶことがいつの間にか日課になっていた。


 お互い向き合い、何のことは無い会話の中、茶と菓子を食べることが一日の最後の締めだ。



「そんなに臭いですか俺・・・一応、仕事の後に水浴びしてるんですけど・・・・・・」


「まさか。爺やも、何だかんだで貴方を気に入っているようですね」


「そう言うモノですか?」


「そう言うモノです」



 クロの前でコロコロと笑う桜江は、やはり年相応の少女だ。話し方が少し砕けているのも、万状相手であるが結えなのだろう。だが、クロにはそれが好ましく思えた。


 ふと、桜江にハクの幻を重ねる。いや、重ねてしまう。それが自分でも度し難い、業が深い行いであることを理解していても、二人は似ていないのにどこか似ている。そんな気がした。



「他には、何か変わったことなどありませんか? あ、変わったと言えば、お茶菓子を焼き物から練り切りに変えてみたのです。季節の変化に合わせて変えるものだと、トト様から聞いたことがありましたので」



 今日の菓子は確かにいつもの饅頭ではなく、鞠のような餡の菓子だ。とても甘くて少しずつ切り崩しながらゆっくり頬張る。



「クロは甘い物が好きなようですね。今度はもっと沢山買ってこなくては」


「そんなに食べたら肥えてしまいますよ」


「フフ。そうなったら、大きなぬいぐるみのように抱いて寝れますね」


「時々、姫様の言葉が本気なのか冗談なのか分からなくなりますよ」



 溜息交じりに苦笑いがこぼれた。桜江が有言実行な人間だと出会ったときから分かっていたが、やはり言葉選びが下手な上に警戒心が無いのは相変わらずだ。



「そう言えば・・・辰巳殿と一緒にいた女中の一人が、気になることを耳にしたのですが」


「何ですか? お菓子はやはり焼き物の方がよいと?」


「屋敷の噂について姫様はご存じないかと・・・もし、迷惑がかかるようでしたら、俺は・・・・・・」



 気持ちが沈む。先ほどとの流れが逆転して、重苦しい空気が立ち込めるのが分かる。



「クロ、貴方が万状である事は変わりません。ですが――」



 ゆっくりと桜江が何かを言おうとしたその時、そっとふすまが開いた。



「吹雪殿?」



 最近桜江が来る時には必ず、吹雪が万状部屋の前に座っていることは知っていたが、こうして顔を覗かせることは一度も無かった。



「吹雪。私は今クロと話しているのです。席を外しなさい」



 桜江の顔が強張り、少し冷や汗をかいている様子が見える。


 そんな主を前に、吹雪が手を付き深々と頭を下げた。



「恐れながら、私も少々クロ殿と男同士の話しがありますゆえ、本日姫様に至りましては、自室へ戻られますよう、なにとぞお願い申し上げまする」



 真剣な面持ちで、吹雪は顔を上げ桜江へと視線を向けた。


 桜江は怒っているのか、悲しんでいるのか複雑な表情を見せるが、すぐにクロへ向け頭を軽く下げると、そのまま何も言わずに万状部屋から立ち去った。


 嵐の前の静けさと言うべきか、重苦しい空気は相変わらずだ。周りの犬猫もそれを感じてか大人しく寄り添い合っている。


 吹雪が桜江が向かいの部屋へ入った事を確認し、静かにふすまを閉じた。



「こうして、面と向かって話すのはお前が万状に成った日以来か」


 ぴっしりと着物を着こなした若侍が腕を組み、どうしたモノかと深く溜息を吐いた。



「二週間か・・・思ったよりも短く、長いものよな」



 鋭い、剃刀かみそりのような眼光が向けられ、背筋をぞわりと撫でられたような感触に血の気が引く。



「俺・・・やっぱり、信用されていないんでしょうか?」


「間であるのだからな。そうそう信用出来る者では無い。皆、外面が良くても裏では何を考えているのか分からん。辰巳殿もお前を利用しているだけで、信用の有る無しは別問題だろう」


「そう・・・ですか・・・・・・」



 クロは肩を落とし意気消沈した。やはりと思う反面、否定してくれまいかと期待していたのだが、素直に吹雪の言葉を受け入れることしか出来ない。


 間とはこう言う物だと言う自覚が思い起こされる。


「堪えたようだが続けさせてもらう。お前が信用されていないのでは無い。それ以上に、お前が我らを信頼しておらぬのだ。そう、姫様ですらな。だから少しでも警戒するとびくついたしゃべり方になる。言いたい事があるならハッキリ言え! 何を恐れる事がある!」



 強い口調で問い詰める若侍に答えるよう、クロは一呼吸置いてゆっくりと立ち上がる。


 吹雪を見下ろす形に成ったが、吹雪は顔を上げたまま睨みを効かせている。


 クロは何を言って良いのかと、しどろもどろに素直な気持ちで言葉を紡いだ。



「俺は・・・姫様にも、吹雪殿にも、辰巳殿にも良くしてもらっている。と思います。三郎殿にも気を抜けと時々言われても、俺にはどうすればいいのか・・・・・・」


「お前は万状だ。桜江姫様の犬猫だ。飼い犬、飼い猫が主人を信頼せずに生きて行けるものか。お前も少しは身の振り方を考えろ。例え周りに何と言われようともな」


「俺、人じゃないから・・・・・・」


「だったら、部屋で寝っ転がっていろ。その図体で屋敷をうろつかれても邪魔なだけだ。今はそれが姫様の身の安全にも繋がる」


「どう言うことですか?」



 桜江が吹雪の発言に顔を上げる。



「聞いていると思うが、我が藩は間を雇うことも無く、裏戦国に参戦もせずにいる。そのせいか、領地でも間と組みした野党が後を絶たず、さらに各地で間はぐれなる者どもの脅威は凄まじくと聞く。妖術紛いの外法の術を使うだの、山姥や鬼の子孫だのと噂すら起つ。そこへお前のような流浪の間が、曲がりなりにも藩中に属していると成れば皆が戸惑って当然だ」



 腕を組んだ吹雪が少し言いずらそうに続ける。



「付け加えて置くが、屋敷での噂など、影口に尾ひれが付いたか歪曲されたに過ぎん。実際、俺もどう言う物かは知らん」


「みんな・・・言葉とは裏腹に、間に対しては警戒心がかなり強いと言う事ですか」


「有り体に言えば、そう言う物だ。と言うよりも、そう言う土地なのだ。これはお前に限った事では無いがな。我が藩の内面に関しては俺も申し開きが無い」



 間を迫害することは無いが、肯定もしていない。藩は間に対し、できるだけ関わりを持たないようにしている。


 そんな中で職を持つことが出来ても、人との繋がりは歪な物となり、いずれ歪みが暴虐へと駆り立てる。この土地は目に見える迫害が少ない分、逆に疑心暗鬼となる間も多いのだろう。


 端から見れば、間にも開かれた平和な郷であることは確かだった。だが、内に秘めた物を見るのは難しい。


 ようやく居場所を見つけたと思えば、風に吹かれた水面のさざ波のように心が揺さぶられる。


 それが、この領地に秘められた暗部なのかもしれない。


 ただクロは、間である自分には一つだけ分かる事があった。



「間や間はぐれは、居場所が欲しいだけなんですよ・・・きっと・・・」


「ならば、各々藩に属し、裏戦国へ参戦すれば良い」



 吐き捨てるように言い切った吹雪に対し、クロはゆっくりと答えた。



「そうしたら、裏戦国の後で死ぬかも知れないのに・・・・・・」


「何?」


「裏戦国で間はぐれを全て討った後に、今度は間同士、藩同士の戦になった時に、また戦国の時みたいに戦へ駆り出されて捨て駒にされるかもしれない」


「そんな事は泰平の世になる前から解っていた事では無いか!」


「吹雪殿は今が泰平だと・・・どう思えるんですか? 今でも、間達が殺し合っているのに」


「貴様ぁ!」



 クロの問いかけに耐えかねた吹雪が刀を抜いた。淡々とした言葉が耳障りだった。だが、それだけでは無い。彼の問いに答えられない自分への歯がゆさが怒りへと変わって行く。



「間風情が、まつりごとにまで意見しようと言うのか、これ以上は泰平の世に貢献した大恩ある親方様、それどころか天下を収められし上様に対する非礼である! 反意有りと見なされても仕方無き事よ!」



 刀の切っ先がクロの喉元を捉える。あと一寸ほど突けば血しぶきが舞うことになるだろう。しかし、クロは微動だにせず、静かに吹雪を見据えたままだ。その手は小刻みの震えている。


 吹雪はクロが条件反射的に刃を除けようと身を逸らすか、刀に手を向ける程度は予期していたが、それすら見せる様子でもない。



(臆病風に吹かれたか。考え無しに口にする阿呆なだけか?)



 本気か冗談か・・・それによっては、互いの命運は大きく左右される。


 この状況、秤を握っているのはこの背の高き少年。そして、その皿に重石を乗せるのは自分であると吹雪は直感し息を飲んだ。



「一つ聞きたい。お前は万状である事に不満は無いのか? 人では無く、寵愛と言えば聞こえは良いが、個人の愛玩のために置かれているのだぞ? 間に対し不本意だがあえて問おう・・・人として理不尽だとは思わんのか?」


「俺は・・・頭悪いし、戦も嫌いだから・・・安心して寝られて、仕事や食事を貰えて、姫様のそばに置いて頂けるだけで今は十分です」



 曇りの無い少年の眼差し。自尊心の欠片も無いようなことを口にしながらも、そこに偽りは無かった。



(この少年・・・・・・)



 一瞬、若侍はクロの首飾りに目が引かれる。



(骨を妹と呼ぶほど如何に過酷な道程を歩んできたのか、想像を絶するとはこう言う物言いなのだろうか)



 そう過ぎると吹雪は静かに刀を納めた。



「俺の負け・・・いや、冗談だ。許せ。だが、ここまで言えば分かるだろう。どこで誰が聞いているかなど分かった物では無い。姫様が政敵を作られるにはまだ幼い。己の行いと口を慎め、いずれは親方様の後を継がれる御方だ。間に手込めにされた。などと流布されたらどうする」


「手、手込めって」



 顔を赤らめ、クロが思わず両手を挙げた。



「そうだな。お前にそんな器量や女人の扱いが出来るとは思えんが、万が一もある」



 吹雪はフッと微かな笑みを浮かべた。



「女なら、その内に下町の遊女屋へでも連れて行ってやる。間の女郎は安く買えて良い」


「お、俺は、そんな、まだ・・・・・・」



 正座のまま縮こまるクロを見て、吹雪が笑いながら続けた。



「初めてお前の慌てる顔を見た気がするぞ。俺は間を卑下ひげしているが、忌み嫌っている訳では無い。何故そうなのか自分にも分からん。それだけは伝えておく」


(取りあえず、嫌われていないんだ)そうと思うと、少しだけクロの心は弾んだ。



 いつの間にか重苦しい空気は消え果て、腹を割って話しあった男同士が笑い合っていた。

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