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クロノカタナ   作者: とららん
クロノカタナ
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クロノカタナ (2)

クロノカタナ(2)



~※~



 長い長い廊下の端に、その部屋は置かれていた。


 ふすまを開けると、そこには丁寧に毛をとかされた犬や猫が五匹ほど、寝っ転がったり追いかけっこをしたりと、気ままに過ごしているようだ。



「ここが万状部屋になります。この子達は皆、貴方と同じ万状となります」



 ここまで自分を連れてきた姫の柔和な笑顔が少し怖い。クロはそう感じながらも息を飲んだ。


 見渡せば、二十畳ほどの広間と言って差し支えが無い広さ。動物を置くにしては気前が良い。


 よく手入れもされているのか、ホコリすらも見えない。犬も猫も丸みを帯び、尚且つ毛の手入れが行き届いているように見える。市中で見る野良猫や野良犬とは大違いだ。


 万状とはここまで寵愛(ちょうあい)されるものなのだろうかと、クロは不思議な気持ちで足を踏み入れた。



「板の間ではなく、畳ですか・・・しかも新しい。なんて贅沢な」



 そっと足で撫でながら、何とは無しに口に出る。



「猫が引っ掻きますから、月に一度畳を代えています。衛生面を含めてですけど」


「お世話、大変そうですね」


「ええ、まぁ。でも、猫は外に出すと逃げられてしまいますし・・・・・・」


「大丈夫・・・ですよ。桜江様がお優しくて、この子達が懐いていること、何となくわかりますから・・・・・・」



 いつの間にか猫達が桜江の足に尻尾を巻き付け、犬は尻尾を振りながら周囲を回っている。



「私が・・・懐かれている?」

 


 ふと、桜江の表情が強張ったように見えた。



「俺が・・・この子達の面倒を見るんですか?」


「そ、そうです。貴方は万状ではありますが、人なのですから、仕事の一つや二つ与えなければ逆に不憫でありましょう」



 桜江は少し落ち着かない様子だったが、クロは自分に仕事が有ると言う言葉に不思議な想いを感じた。



「犬猫のエサやり、朝と夕の犬の散歩、あと粗相の後処理と部屋の掃除。取りあえずはそれで結構です」



 的確な指示ではあるが、毎日ともなると骨が折れるような仕事だ。



「では、私はこれで。この部屋は貴方の部屋でもありますので、自由に使いなさい。あ、厠(かわや※トイレ)は縁側沿いにありますので、それ以外は今は出ない方が良いと思います」



 少し言いにくそうではあるが、桜江の言いつけは最もだった。



「そう・・・ですね。間が屋敷をうろついていたら、他の人達の障りになりますから・・・・・・」


「わ、私はそのようなつもりでは・・・でも、落ち着くまではそうして下さい。困ったことがあれば吹雪を使わせますし、私も話しを聞かせて欲しく思います」


「桜江様?」


「貴方は私の万状なのですから、私が面倒を見て当然です!」



 宣言するかのように胸を張った桜江にクロは気圧され、「はい!」と思わず背筋を伸ばした。



~※~



 何故か勢いに乗せられ、ここまで来てしまった。

 

 桜江が部屋を出てから、クロは冷静に状況を見つめ自問自答を繰り返した。

 

 本来、この町には流浪の果てに行き着いただけだ。戦から逃げ、裏戦国からも逃げ、桜江とは偶然同じ軒下で連れ合っただけの仲。ではあったが、あの笑顔は昔無くした彼女の面影を思い起こさせる。

 

 多少強引だが、相手を思いやるような優しさ。そんな所が彼女にそっくりだった。



「ハク・・・・・・」



 今は手の届かない。いや、手にしているのに何所までも遠い彼女の残滓ざんし。それを眺めながら、自分はどうしたら良いのか心の中で聞いてみる。


 もちろん、そんな偶像すら浮かばない首飾りに聞いたところで何が返ってくる事もない。


 自分の置かれている状況に戸惑いながらも、クロはさっそく猫に引っかかれ、犬に咆えられながら、猫の下の世話に追われ、布を絞って畳を叩いた。



「何やってんだろう・・・俺」つい口にしつつも、どこか安堵している自分が可笑しかった。



~※~



 気むずかしい顔のまま、吹雪が食事が乗った膳を運んで来たのは夜も更けた頃だった。


 犬猫のための煮干しや乾燥した肉は箪笥たんすに仕舞われていたが、食して良い物かと思案している最中だったため有りがたかった。


 よく焼かれた桜色の鯛、味が染みた里芋の煮物と色とりどりの香味野菜、細やかに盛りつけられた刺身と白米に汁物。椀も一目で高価であると分かるほど赤い光沢が目立つ漆塗り。


 食べたことの無い食事に少したじろいだが、食事中は吹雪が正面に座り傍らの刀に手を添えていたため落ち着いていられない。


 そんな張り詰めた空間の中で、吹雪がゆっくりと口を開いた。



「食しながらで良い黙って聞け。お前は、姫様から特別な寵愛を受けた特別な存在だ。今はそれだけ理解していれば良い」


「どう意味・・・ですか?」


「一歩道を違えば死ぬと言うことだ」



 口へ入れた食物より先に息を飲む。つまりは、今のクロの存在は異質の中の異質であると言う事が、屋敷内を乱す引き金となると吹雪は案じているのだろう。


 その事と自分の命を(はかり)にかけた時、吹雪は間違いなくお家を取る。刀はそのための警告。そして食事中にそれを話すと言う事は、暗殺への危惧と脅しを兼ねたものだ。



「俺・・・たぶん・・・毒じゃ死にません」


「何故だ?」


「小さい頃から・・・色々食わされましたから・・・・・・」



 クロは膳に置かれた物を全て食し終えると、そっと箸を置き手を合わせた。



「ご馳走様でした」



 そんなやり取りを終え、吹雪が部屋を去った後に、クロは気が抜けたように床へついた。



~※~



 本来、間である自分がこんな立派な屋敷の畳の上で布団を掛けて横になっていることが不思議でしかたがない。


 桜江の厚意、それとも行為と言うべきなのか、その心意は全く読み取れない。むしろ不気味とすら感じられる。


 眠るにしても落ち着かない。布団から伸ばした手が傍らに置いた刀に添えられようとした時だった。



「吹雪は行ったのですね」



 そっと廊下側とは逆、隣接した座敷のふすまから桜江が顔を覗かせた。



「桜江様?」



 クロは慌てて跳ね起きて正座をすると、真っ白な寝衣(しんい※ねまき)姿の桜江がそっと腰を下ろした。



「食事は口に合いましたか?」


「ええ、まぁ・・・」


「クロは、私と出会わなかったら、何所へ行くつもりでしたの?」


「わか・・・らない。ただ、戦の無い何処かへ行きたかった。平和に、平凡に暮らしたかった。そんな場所を・・・探していた」



 左手の間の焼き印を眺める。それは、自分が紛れもなく人では無い物の証。覆すことが出来ず烙印とすら呼ばれない、それ以前の人間である事すら、与えられる事の無い印だった。



「ここは貴方にとって、安息では無いのですね」



 少し哀しげな笑みを浮かべ、桜江が静かに続ける。



「きっと貴方は、私が思っているよりも遠くから来た。あの豪雨と遠雷の出会いに、そんな想いが過ぎりました。だからどうかと言う訳では無いのですが、私よりもきっと自由な貴方に、どこか羨望を覚えたのかもしれません」


「俺を万状にしたのは・・・姫様から見た自由な俺を捉えたかったから・・・ですか?」


「違います! そのような事は決して!」



 はっと否定する桜江だったが、周りの犬猫から視線が注がれている事に気づき、それから逃れるように強く目を瞑った。



「矛盾。と言えるのでしょうね。不自由な身の慰めに、何かを囲わずには・・・いえ、掌握せずにはいられない。囲っていることへの安心と不安。それが小さな私の慰みなのです。突然のことで貴方に迷惑をかけていることも重々承知していながら、私はなんと愚かなことを」



 奥深くで沸き立つ自己嫌悪、それとも呵責と言って良いのだろうか。端正な顔立ちを歪ませるように、少女は眉間にシワを寄せ唇を一文字に引かれる。


 万状達から好かれているなど、桜江は考えた事すら無かったのだろう。ただ歪んだ執着に固執していたことに気づいた時、彼女は動揺せずにはいられない様子だ。


 どこか言い切れない。心にわだかまりを残して沈黙する桜江に、クロはふと口火を切った。



「えごいずむ・・・って言葉を聞いたことがあります。異国の言葉で、日の本では確か利己主義・・・で良いのかな? 人のことを考えず、自分の利益だけを考える思考とか」



「私が相手のことを考えない、無神経な人間と言うのですか?」



 純粋に疑問を覚えたのだろうか、桜江は他意を見せるような素振りも無く小首を傾げてクロに問う。



「いえ、そこまでは・・・ただ・・・愛玩のための万状って、そう言う考えに近い人達に飼われているのかもしれないって思ったんです・・・一方的な愛情で寂しさを埋めているのかなって・・・・・・」


「なるほど、私はこの子達に癒やしを求めて居ますけど、彼らが自ら癒やしを与えてくれている訳では無い・・・のかもしれませんね。うん。確かに確かに」



 何か納得したように桜江がうなずくと、慌ててクロが手のひらを突き出した。



「あ、いや、あくまでもそう思っただけです。それから、俺自身が・・・こんなに良くしてもらって良いのかなって・・・・・・」


「クロ?」


「俺・・・犬猫のように愛玩として扱われている訳じゃ無いし。本当に桜江様に何もしていないのに、食事どころか、こんなに立派な部屋まで用意してもらって・・・何だか、不安になって・・・・・・万状ってそんなに待遇が良い物なんですか?」



 先ほどの吹雪との会話を思い出す。



「気を使わせているのであれば、貴方に謝罪をしなければなりませんね。私にとっても初めてのことゆえ、本当は貴方に対してどのように扱えば良いのか程度が分からないのです」


「ご家老の辰巳様が言っていた、前代未聞ですか・・・・・・」


「ええ、でも、吹雪のことは気を悪くしないで下さい。私のわがままで皆を不安にさせていることや、貴方に迷惑をかけていることは重々承知していますが、私もまた引けぬのです」


「あるんですね。俺を・・・万状にした理由が」


「はい」



 迷い無く、即答した桜江の真っ直ぐな視線がクロへ向けられる。



「私は、いえ、トト様は泰平の世になってから戦を好まず、裏戦国のために間を雇用することはありませんでした。逆に、間を藩に入れることは法度と昔からの決まりに私は背いたのですから、爺やや吹雪が慌てるのも無理はないでしょう」


「領内の間達は、どうしているんですか?」


「主に商人の用心棒をしていることが殆どのようです。多くは表向き上手く溶け込んでいるようですが、裏では(しいた)げられ、(さけす)まれることもあるとか。それに耐えかねた間は野党となる者も多く、藩や町役人が捕らえることもあると時々耳にします」



 藩、領地の事情を大まかに把握しつつ、クロは少し言葉を選びながら応えた。



「間も馬鹿じゃない。徒党を組めばそれなりの力を持つし。上手く立ち回れば一揆だって」


「間を雇って間を滅する。それが裏戦国などと大それた戦の火種を残す。大半の大名は間の先導からの一揆を恐れているのでしょう。だから同士討ちなどと言う(むご)い行いを・・・・・・」



 桜江が膝に置いた手を握り締め唇を噛んだ。



「間は・・・戦上手と言う流布されていますからどこの領主も怖いんでしょうね」


「クロも戦に? いえ、戦国の世では貴方は十かそこらでしょうから、そんな訳ありませんね」



 桜江の言葉に対し、クロは自嘲するように眼を細めた。



「俺は・・・恐がりで・・・逃げ回ってただけですから・・・刀は・・・見かけだけです。剣術なんて習ったことも無い。間だから戦上手だと思われて・・・それが嫌で、ずっと逃げ続けて・・・・・・」


「そうですか・・・クロ。私は、あの時、本当は貴方のことを万状では無く――」


「姫様?」



 小首を傾げたクロに気づき、桜江は深く吐くと一転して、ニッコリと笑顔を見せた。



「あはは、嫌な話しになっちゃいましたね。私、そんなつもりじゃ無かったのに。ああ、せっかく万状と一緒なのだから、気を張ることなどありませんね」



 正座のままのクロの膝に、桜江はごろんと頭を乗せた。



「こうして、気兼ね無く人々とお話ししたいのに、姫には向いていないのでしょうか」


「桜江様は単に警戒心が無さ過ぎです。護衛も着けず無防備に間へ声をかけたり、こうして寝衣で男に身を投げるような真似」


「確かに、こんな所を爺やに見られたらひっくり返ってしまいますね。でも、貴方は万状なのですから、何にも心配などしていませんよ。フフッ」



 そのイタズラな笑顔は、やはり昔見た彼女によく似たモノだった。


 そして、猫を撫でながら、優しく微笑む桜江をクロは不思議な気持ちで眺めていた。

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