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クロノカタナ   作者: とららん
クロノカタナ
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クロノカタナ (1)

クロノカタナ (1)



 かん。いつからか、人と見なされぬ狭間の者。

 

 人では無い。人の形をした戦働きの消耗品。

 

 左の手のひらにて、生まれたころより証となりし焼き印を持つ者ども。

 

 時は日の本のとある時代。天下泰平の世。

 

 戦無き時の中、間達は行き場を無くしていた。

 

 人を殺す事しか知らぬ者、奪う事しか知らぬ者、攻める事しか知らぬ者。

 

 そして、守る事しか知らぬ者。

 

 各地の大名達は間を裏で纏め上げ、私兵とすることが公然とされていた。

 

 しかし、伏さず、媚びず、従わず。己のままに跋扈ばっこせんと望む間もいる。

 

 間はぐれ。彼らは(うと)まれ、()まわれ、流浪し、そして果てる。

 

 殆どがそうやって死んで行く。

 

 だが、それでも生きていたのなら。それらはいずれ泰平の(さわ)りとなる。

 

 間には間を・・・それは理に適う流れだ。

 

 大名達はこぞって私兵の間に命じ、間はぐれの討伐に乗り出した。

 

 人ならざる者達が行う熾烈なる抗争。闇色の戦国は続く。

 

 誰が言ったか、世は裏戦国(うらせんごく)時代。



~※~



 男はそこにいる。

 

 居場所を無くし、よすがを失い、戦にすら見捨てられし間はそこにいる。

 

 心弱くも生き残ってしまった若き間。身の丈五尺八寸(約176cm)、全身を被う黒い外套(がいとう)姿の大男。

 

 クセのある短い髪、(ひたい)から左目蓋(まぶた)、頬にかけてうっすらと引かれた一筋の細い刀傷。

 

 泰平から五年。流れに流れて流浪の果てに行き着いたは、都から離れしとある領地。

 

 この男、元服を過ぎて一年。(よわ)い十六にして群れること叶わず。

 

 ただ、日に一錠のやくを飲み、その日も下町の軒にて雨を凌ぐ。

 

 天を凌ぐ。日を凌ぐ。命を凌ぐ。

 

 背に隠した一本の刀。それを抜くことまた久しく。

 

 その触感と雨露の冷えに耐え、無感のままに刻を過ごす。



「お一人ですか?」


 

 目の前に女がいた。品のある振袖(ふりそで)、艶やかな黒い髪、薄く塗られた白粉と口元に差された紅。供を連れず、武家の娘の物見遊山(ものみゆさん)が雨に降られ手持ち無沙汰か。

 

 男は傍らに立つ女にふと視線を流すも、女は既に男を見上げていた。



わたくしと同じ歳くらいでしょうか?」

 


 男は、女から見たら年近きただの少年だった。女も大人びた様子ではあったが、よく見れば少女と呼べるほど若々しい。



「カカ様やトト様は?」


 

 その言葉に男。いや、少年は力無く地に膝を着けた。



「い、妹がいる。こ、ここに・・・」


 

 いつぶりだろうか。人と、人らしい会話をかわしたのは。

 

 たどたどしく、少年はいくつかの白い石が通された首飾りを右の手で差し出す。



「イモ・・・さま?」



 家族と言ってコレを差し出すと、誰もが少年から一歩引く。

 

 この娘も引くだろう。いつものことだと少年は思う。だが、少女は笑顔で返した。



「綺麗なイモ様ですね」


 

 少女はそっと妹だった石に触れ、改めて少年の目を見やる。



「貴方は間?」


 

 首を横に振る。いつもなら縦に振るが自然と横に振った自分に驚愕する。

 

 少女は暫しの沈黙の後、口端を持ち上げた。

 

 ささやかな噓を見抜いたことが愉快だったのか、先ほどと違い気分の良いものでは無い。

 

 少年は偽ることが苦手なことを知っている。

 

 周りどころか、自分を偽ることも出来ない。だから、真っ当な職に就くことも無い。とは言え、大名に召し抱えられ他の同胞と裏戦国を生きる気には成れない。

 

 自分は臆病者だ。右の手のひらに乗せた妹に心で語る。

 

 左の手のひらには間の焼き印が押されているにも関わらず、なぜ間であることを否定するような真似をしたのか分からなかった。



「でも良いか。自分でそう言うなら間では無いのね。うん。行きましょ。イモ様も」


 

 口調が年相応の砕けた物となり、少女は首飾りが乗った手を握りしめ、膝を落とした少年を引き上げた。



「私は桜江おうみ。怖がらなくて良いのですよ」


 

 日の光のような笑顔と手の温もり。泥のような暗闇に沈む少年は、微かな何かを実感させた。



「貴方のお名前は?」


「俺は・・・クロ(黒)・・・妹は・・・ハク(白)」



~※~



「姫様! 桜江の方様!」


 連れられた屋敷に入ったとたん、小柄な老人の怒号が飛び交った。



「犬猫を拾ってくるなと確かに言いましたが、人を拾って来て良いなどと、申したことはございませぬ! しかも物乞(ものご)いどころか、間ではございませぬか!」


「間ではありません。人です。爺やも今、人と申したばかりではありませぬか」


「それは揚げ足を取るというのですぞ。何と言う事を・・・親方様にどう申し開きをすれば」

 頭を抱えた老人が、鋭い目つきで傍らの男を睨み付ける。


吹雪ふぶき! 貴様が付いていながら何たる事! しっかり見張っておれと命じたであろう!」


「申し訳ありませぬ辰巳たつみ殿。突然の豪雨に視界を奪われ、そこで姫様が駆け出すとは」



 家老の辰巳に頭を垂れ、吹雪と呼ばれたほっそりとした美男の若侍は、もとどりを上下に揺らして平謝りだ。


 そんなやり取りの繰り返しを見かねた桜江は、コホンと態とらしく咳をして見せる。



「どうしても間だと言うのであれば、クロは私の万状ばんじょうとして向かえます」


「「万状ですと!!」」



 その驚くべき一言に、二人の家臣が同時に声を上げた。



「拾って来た犬猫同様、私の愛玩動物です。トト様にもそうお伝えします」


「なりませぬ! なりませぬぞ! この爺の命に代えてもそれは許しませぬぞ!」


「何がいけないのです? 間が人では無いのであれば、愛玩として置くだけです。」


「しかしですな姫様。如何(いかん)せん愛でるには図体が・・・・・・」


「だから良いのです。これほどの万状、今日に至るまで、手にした者などございません。吹雪のような身の丈五尺三寸(約161cm)ほどの者でも、背高き者と言われている世の中、この齢でそれをさらに上回るのですから、もっともっと大きゅうなります。それが私の後ろにいるともなれば、我が藩にとっての士気も上がりましょう」



 桜江が優々と(うた)うように語るが、辰巳は桜江へ静かに問いかけた。



「いずれは、戦に駆り出すおつもりでございますか?」



 怒鳴り散らしていた老人が一転して顔をしかめる。



「まさか。万状として私の背に立つだけで良いのです。あくまでも私の万状、それで無くば表向き、お付きと言うことで済ませれば良いでしょう」



「間だと言う事を伏せろと?」


「間ではなく人です!」



 あくまでも人だと言い切る姫に対し、「やはり・・・」と、辰巳は首を振って見せた。



「上洛されております親方様には、フミにて此奴のことをお伝え致しますが、どうなっても知りませぬぞ!」



 何を言っても無駄と解り、家老は大仰に足を鳴らしながら屋敷の奥へと消えて行った。



「吹雪。クロを私の万状部屋へ案内なさい。それから、着物の採寸も。犬猫の面倒を見るお役目も与えますゆえ、取りあえずは湯浴みもさせなさい」



 テキパキと指示を出す主君に、若侍はただ自分の不覚を嘆くだけだった。



~※~


 

 先が見えない茅葺(かやぶ)きの塀に囲まれた屋敷。その敷地内の裏井戸で、クロは吹雪に言われるまま着衣を脱ぎ水を被った。


 屋敷に入るのであれば身を清めろと言う彼の言葉は最もであり、言われてみれば髪もフケにまみれ、黒い外套もあちこち虫に食われている。体中にノミが這っていてもおかしく無い。


 態度に反して親切な人なのかもしれない。そう思ったクロは恐る恐る口を開いた。



「吹雪・・・殿」


「何だ? 間の万状」


「その、ここって何所なんです? ただの武家屋敷にしてはなんて言うか、お城みたいな」


「お前・・・何も知らずに着いて来たのか!?」


「やっぱり、お姫様・・・なんですよね。桜江様は」


「なんたる阿呆な事を・・・・・・」



 呆れと怒りが入り交じったように、吹雪は(こぶし)を振るわせた。



「ここは領主様のお屋敷、桜江の方様はその姫君であらせられる。本来なら、お前のような間、お目にかかることすら許される身よ!」


「りょ、領主って、お殿様ですよね・・・そんな人の娘さんが、なんで俺なんかを」


「知るか! 大体、仮にも人、間の万状など前代未聞。しかもその図体は何だ? 聞けばまだ十六と言う話しでは無いか。一体何を食ったらそんなになる!」


「その、すみません」



 おずおずと頭を下げる少年に、吹雪も大人げ無かったと思ったのか溜息を吐く。


「まあ良い。その分だと、万状のことも知らんのだろう。万状と言うのはこの地方の方言で、心許せる相手に用いる言葉だ。それは人ではなく、主に家畜や飼っている犬猫などに対して使うものだが・・・・・・」


「それを人に使うのは、蔑みの意味が込められている。って事ですか」


「姫様が間とは言え、そのような意味で呼ぶことなど決して無い。本気で万状としてお前を招いたと言う事だ。だから、私もご家老の辰巳殿も困惑しているのだ」



 頭を抱え、吹雪がクロを見上げた。



「ああ、いっそお前がクロではなく、熊ならば諦めが付いた物を。それはそれで厄介だが、事もあろうに間とは・・・親方様が戻り次第、腹を切る覚悟を決めなければならぬのか。最悪の場合斬首も・・・武家の次男として奉公に出され幾年月、父母に合わせる顔が」



 呪詛(じゅそ)のように呟く吹雪に対し、クロは言葉をかける事は出来なかった。



「そう嘆くな吹雪殿。親方様が家臣に腹を切らせたことなど泰平に入ってから、一度も無いではござらぬか」



 少し遠くから、低く重い声がした。



三郎(さぶろう)か? すまぬ。お前の忠告を聞いていれば」


「あの豪雨は文字通り天のみぞ知る出来事でしたからな。それがしも、無骨な護衛が近くにいては姫様の気が休まらんのではと、余計な考えを巡らせてしまった」



 三郎と呼ばれた男が、静かにクロへと近づいた。


 吹雪より少し背が高いだろうか、黒い髭を蓄え、小袖(こそで)に刀を携えた恰幅かっぷくの良い侍だ。



「その方が姫様が召し抱えた万状か。その身なり、流れ者と見るが」


「ええ・・・まあ・・・・・・」


戌亥三郎(いぬいさぶろう)でござる。吹雪殿は生真面目ゆえ、ついつい考え過ぎてしまう。あまり気になさるな」


「三郎! 歳が十ほど上だからと言って、いい加減保護者面をするな! お前も武士とは言え、用人である私のほうが立場は上なのだ。誰かに見られたらどうする」


「おっとっと、これはしかり。しかし裏口とは言え、井戸の前では誰に聞かれても文句は言えないでござろう」



 さてと、三郎は井戸にかけられたクロの刀へ目をやる。



「大太刀? でござるか?」


「そう・・・らしいです。自分は・・・普通の刀のつもりですけど」


「その長身では、我らが使う刀も小太刀同然でしょうな。して、少々目の保養に伺っても?」


「目を汚すだけですよ。見た目だけです」


 三郎は無言のまま刀に手をかける。


「四尺五寸(約136cm)と言った所か、常人が帯びるには些か難儀でありましょうな。重さもわらべほどもありそうな・・・ぬ?」



 鞘から刀身を抜き、三郎が顔をしかめた。


 そこから見えたのは黒い刀身。だが、三郎を驚かせた物は他でもない。



「なんと、殆ど斬れぬのではないか?」



 試しに取り出した和紙を刀で引くが、切ると言うよりも、精々自重で破ると言った方が近い。


 大層な見た目の割にとんだなまくら刀だ。



「俺・・・戦が嫌いだから・・・でも、こんな時代でも怖いことが多いし。この刀にはいつも守ってもらっている。と思うし、そう思いたい・・・です。それに、この刀丈夫で中々錆びないんです。だから水に浸けても手入れが楽で、むしろ――」


「あいや、待たれよ。よく分かった。間で有りながら争い事を避け、職も金も無く、手入れも出来なかったのであれば致し方無き事。間とは言え、さすがに非礼であった」



 陳謝する三郎に、クロは慌てて頭を下げた。


 少し気まずい空気の中、「クロ」と、小鳥のような声が聞こえた。



「「桜江様!」」



 三人が声の主の名を呼んだ。



「ああ、三郎も一緒ですね。丁度良かった先ほど申した私の万状のクロです。仲良くしてあげてください」


「はっ! 姫様の命とあらば、間と手を取ることも容易でござる」



 ほれこの通り。と、クロの手を握ると三郎は上下に揺らして見せた。



「それはよかった。でも三郎。クロは間では無く私の万状です。間などと言う身分の物はこの屋敷には居りません。クロは万状、私に愛でられる大切な役目があるのですから」


「御心のままに」



 主の言葉を承り、吹雪と三郎は一礼で返した。



「既に湯が湧いているようです。クロは私が連れて行きますゆえ、お二人は各々仕事に励んで下さいませ」


「勿体なきお言葉。しかし姫様自ら間・・・いえ、万状の案内をなさるなど」



 吹雪の言葉に、桜江は頬を膨らませてそっぽを向いて見せた。



「私が好きでしている事です。クロ、浴衣を用意しましたので、それを着て私に続きなさい」


「は、はい」



 クロは桜江から渡された浴衣を急いで羽織ると、井戸の縁に置いた首飾りをかけ直し、いそぎ荷物を抱えて縁側に足をかける。



「では、参りましょう」



 新しい玩具を手にした子供のように上機嫌の桜江に、吹雪と三郎は複雑な面持ちで見送った。危惧したのは、桜江の万状に対する振る舞いではなくクロ自身であった。


 二人が屋敷の奥へ脚を進めるのを確かめ、三郎がいぶかしそうに呟く。



「どうも取っつきにくい男でしたな、顔の刀傷も戦から逃れた時に出来たモノなのでしょう。それよりも吹雪殿・・・彼奴あやつが首より提げしは・・・・・・」


「ああ、何があった知らぬが不憫な奴よ。アレは・・・人の骨だ」


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