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伯爵令嬢は悩んでいる間に外堀を埋められていた。

作者: 花まめ。

男前な伯爵令嬢と初恋を拗らせた青年の

双方視点の物語。

初投稿、ゆる設定です。



*******side S*******



私の何が悪いんだろう。。。



伯爵令嬢ソフィアは悩んでいた。


ここブリト国は、東から西までのぐるっと南側を海に囲まれる豊かな国で、北側の隣国との境には険しい山脈がある。

その山脈に住むドラゴンを従えることができるのが、ソフィアの生家であるサンプトン伯爵家であり、隣接する3国との国境を守っている。


ソフィアは伯爵令嬢としては異常なまでの教育を施され、にも関わらずこれまでまともな縁談もなく、婚約者も決まっていない。

こんな辺境でこんな教育何の役に立つの!?と業を煮やし、

「私ももう17歳、結婚相手を探したいの!!」

止める父と兄を振り切り、

ドラゴンに乗って王都に嫁いだ伯母の元へ家出した。


そして、今日初めて夜会に参加していたのだった。



しかし、しかしだ。

声をかけられ、にこやかに自己紹介すると、

「あ、そうですか…それはどうも…」

と挨拶もそこそこにみんな逃げるように去っていく…。


なんで?なんでよー!!

そりゃ美少女ってわけじゃない地味っ子だけど!

伯母さまの家でちゃんと可愛くしてもらったのに!!

どこか変なのかなぁ?


くるっと回りながらドレスの後ろ側を確認していると後ろから「ふっ」と笑う声がした。

振り向くと、黒髪の男性が口元を押さえながらこちらを見ていた。


「ふふ。失礼。でも、ドレスのせいじゃないよ。」


どうやら笑われているようなので少しムッと睨む。

ぱち。

目が合った瞬間、顔が熱くなる。

釣り眉に少しタレ目気味の涼しげな目元が

優しげな眼差しをこちらに向けている。

めちゃくちゃ綺麗な男性がそこにいた。


さすが王都!!と思わず見とれていると


笑いを堪えながらこちらに話しかけてきた。

「ずっと君に会いたかったんだ。」


え?誰?

いやいや、そもそも王都に来たの初めてだし?

こんなかっこいい、、、ないない。

普通ならその気にもなりそうだが、

あまりに不釣り合いで逆に冷静になる頭。

こわいこわい。なんか騙されて買わされるんだろうか。

それともからかってポイ。か。

しかし相手の立場もわからない。

見たとこ質とセンスの良さそうな服装だし。

無礼なことはせず、適当にあしらうことにしよう。

うん。そうしよう。


「申し訳ございません。人違いかと存じます。

それでは私はこれで失礼致します。」


さささ。

名も名乗らずそそくさとその場を後にしたのだった。



*******


ななななな、、、なんで???


翌日。私はまたは悩んでいた。

目の前にいるのは昨日の御仁。

叔母さまの家、グレイス侯爵家のサロンで向き合って座っている状況。

黒髪の美しい顔がニコニコしながらこちらを見ている。




結局、昨晩の夜会は良い縁もなく、というか

まともに誰とも話せないまま終わった。


そして、


「お嬢様!!大変です!!!」

朝、慌てた侍女に無理やり起こされ、

屋敷の一階にある玄関ホールへ急ぐ。


??!!?

華やかな彩りに目がチカチカして状況を理解するのに時間を要する。

ホールが花で埋もれていたのだ。


「ど、どうしたんですか、コレ?叔母さま。」


こめかみに指を当てながら

「あんの、おバカ。焦りすぎなのよ…」とブツブツ言っていた叔母がハッとこちらを見る。


「あ。ソフィア、恐らく今日は来客があるから準備なさい。この花の送り主よ。」

ため息をつきながら言う。


「え?このお花はどなたから…?」

「だい、、じゃない。昨日お会いした黒髪長身の、、覚えてない?」

「覚えて…ます。え、、でも、人違いされていたのですが、これも人違いでは?」

「、、、正真正銘貴女への贈り物よ。その辺も本人から聞きなさい。」




と、1時間後のいま。彼と向き合うこの状況に戻る。

なぜ、この方がお花を?なぜこんな状況に??

何一つ理解できていない。


「あ、あの、お花を、、いただいたん、です、よね?

ありがとうございました。」

勘違いだと困るので一応保険をかけながら話す。


彼はコホンと咳払いをし、話し出した。

「ごめんね。君は僕を知らないよね。

初めましてから始めさせて。

初めまして、ソフィア嬢。

僕はアル。君のお兄さんカイルの学友です。

カイから王都で君のことを頼まれていてね、

昨日は怖がらせてしまったから、花はそのお詫びだよ。驚かせてしまったみたいでごめんね。」


ははっとばつが悪そうに頭に手を当てて微笑む。


兄の友人と聞き、警戒心が溶ける。

「ふふふ、昨日もそう仰って下されば宜しかったのに…」


そうして、ふたりは微笑みあった。



*******


「ドラコぉ~、どうしよう~」


あれからの数日後。

私はまた悩み、

領地から乗ってきたメスのドラゴンに悩みを打ち明けていた。

サンプトン家の人間は代々ドラゴンと気持ちを通わせる能力を持つ。この能力故にドラゴンはサンプトン家のみに従うのだ。

ドラコはルビーのような赤色をしている小型のドラゴンで小さい頃からの親友だ。

『どうしたの?』

「アルといると楽しすぎて、勘違いしそうになるの。

私のこと好きなんじゃないかって!」

『違うの?』

「違うに決まってるじゃないー!私なんて灰色の髪に黒の瞳、地味だもんーーー」


あれから、休みの度に訪ねてくるアルとふたりでお茶を飲みながら楽しい時間を過ごしている。

王都に来てから叔母以外とこんなに人と話したのは初めてだった。

新聞記事のニュースから、王都と辺境の文化の違い、流行りの舞台、ドラゴンの好きな食材の話題まで。

アルとの話はとてもおもしろく、時間はあっという間に過ぎ、どんどんと打ち解けていくのがわかった。


それはいい。んだけど、イチイチ勘違いワードが挟まれ、ドキドキしてしまうのだ。

こないだも、ドラコの可愛さを語っていたら

「ソフィは本当にドラコが好きなんだね。

妬けるなぁ。」とか。

お土産のケーキを絶賛していたら

「今度はお店にふたりで行こう」とか。

急に脈絡もなく

「ソフィは本当に可愛いね」なんて!!!

どうしろって、いうのよ!


『勘違いかどうかなんてどうでもいいじゃない。

そもそもソフィアの気持ちはどうなの?』

ドラコに確信をつかれ、ドキっとする。

「確かにそうだよね。私は、、、」


どうなんだろう。

彼はきっと妹のように私も見てる。

それに彼は兄と同じ23歳。

所作や知識、叔母さまが家の出入りを許していることからも、高位貴族だろう。

普通の貴族令息なら結婚していてもおかしくないし、最低でも婚約者くらいいるだろう。

仕事を聞いたらうまくはぐらかされたし。

本心はよくわからない。


胸がチクリと痛む。


その事実に傷ついて悩んで、

本人に聞けていない時点で答えは明白。

好き···。


私なんて夜会に出ても誰にも相手をされないような令嬢なのに。なにもわざわざあんな素敵な人を好きにならなくても、、、凹む。


あ。そういえば

と疑問を思い出し、その日の話題に出してみた。



「ねえアル、この間の夜会でドレスのせいじゃないよって言ってたよね?あれは?」

「そりゃ、サンプトン令嬢と言えば、ドラゴンを従える屈強な父と、冷徹な兄と…が、いると有名だからね。恐くて近寄れないんじゃない?」

「えー!お父さまとお兄さまのせい?それって私の努力じゃどうしようもないじゃない!これでもどこにお嫁に行ってもいいようにってたくさんたくさん教育されてきたのに!!」


「あはは、ソフィは可愛いからね!

それくらいの虫除けがないとすぐに変な虫が付きそうだ。」

顔が一気に熱くなる。

この顔でそんなこと言ったら勘違い令嬢続出ですよ。

と心の中で勘違い警報を発令して心を落ち着かせる。

などと考えていると目の前に紫色の瞳があった。

「ソフィ?」

「わわ!う、ううん、大丈夫。ちょっと考えごとを。

あー、でもじゃあ来週の夜会も素敵な人との出会いはない、かぁ~。」

近い近い!赤くなるのを隠すように距離を取るため後ろに仰け反る。

さりげなく勘違いしていませんよを主張しておこう。

何アピールなのよ、私は。


ん?気のせいか、辺りが寒い。


「ソフィ、、、まだ素敵な人との出会いを求めて、いるのかな?」

んん?アルの顔が怖い。超笑顔だけど怖い。

「う、うん。」

「出会ったらどうするの?」

「あ、憧れの王都デート、、とか?」

「···ふーん。じゃあ、僕としよう。ね。練習と思って。」


練習?って変じゃない?

と突っ込む暇も与えられず、話は進む。


「じゃあ明日の10時、迎えに来るよ!」


*******


どうしよう!!!?


翌日、私はまたまた悩んでいた。

目の前には、悪っそーーな顔をした悪漢が3人。

私の後ろにはか弱い女の子が1人。

さてどうしようか。



時は遡って2時間ほど前。

動きやすそうな青と白のワンピースを着て

アルと馬車に乗って街まで下りてきていた。


歩くときはしっかり指を絡ませて握られる手。

話すときは寄せられる甘い笑顔。


なんでこんなに甘いの!?

こんなの、勘違いしないほうがおかしいって!

好きにならないほうがおかしいって!!

とぐるぐる思いながら歩いていた。


王都の街は賑わっていて、本当にワクワクしてしまう。

入り用の物もないので主にウィンドウショッピング。

さっき入った雑貨屋さんでアルの瞳の色のブレスレットを見つけて買おうとしたけど、思いの外高くて断念。

あーあ、がっかり。

そんなときに美味しそうな串焼きの屋台を発見!

でも今日は異性とふたりきりのお出かけ。

いくら経験がなくてもわかる。

さすがに自ら串焼きを頬張るワケにはいかない!

キリっと前を向き視界に入れないようにしたとき、

アルが屋台を指差しながら言った。

「ね、ソフィ。あれ食べよう!

買ってくるから少し向こうのベンチで待ってて?」

あれ?いいの?やったぁ、奇跡が起こった!!

満面の笑顔で了承し、ルンルンとベンチの方へ向かう途中だった。


建物と建物の間、路地裏の方から続く狭い道から声が聞こえた。

「···て下さい!離して!」

若い女性の声。


『騎士たるもの誠実であれ』

を、家訓とする辺境伯爵家。

脊髄反射的に飛び出してしまった。

「事情は知りませんが乱暴はやめなさい。」

女性を背に隠し、悪漢3人との間に割り込む。


「おうおう、育ちの良さそうな姉ちゃんが何のようだ」

あー、しまった。つい出てしまった。

ワンピースだし、誰か呼べば良かった。。。

にしても、完全悪役の台詞ね。

さて、どうしよう。

初動を間違えたと悶々としていると、


「そいつはなぁ、俺の服を汚したんだ。

だから身体で払ってもらおうとな。」

「そんな、、一方的にぶつかってきたのに…」

青ざめる女性。

はい。アウト。アウト中のアウト。

天誅は決定として。いまはお出かけ中。

アルが来る前にベンチに戻るまでがミッションだわ。

急がないと!!


「よし、じゃあ代わりにお前が来いぃぃぃ~」

私を掴もうとした男の股間に蹴りをお見舞い。

間髪踏み込み、もう1人に回し蹴り。

最後のひとりを押さえこみ締めて落とす。

男たちは何が起こったのかわからない状況だ。

「よし!」

へたりこんだ女性に

「立てますか?」と手を差し出して握った時だった。

「ひ!!!」女性が私の後ろを見た。

振り向いた瞬間、角材を持った男が殴りかかってきていた。

急いでいて気が付かなかったがもう1人いたらしい。

しまっ···!思考がついていかないが、

反射的に女性を庇うように構える。


ゴッ!!!!

···

······。

すごい音はしたが、痛くない。


薄目を開けると、ホッとすると共に

私の顔から血の気が引く。


そこには絶対零度笑顔のアルが立っていた。

足元には倒れた男。


「なーーにをしてるのかな?僕のソフィは。」


「ぼくの?」カッっと耳まで熱くなる。

「ソコジャナイデショ」

ヤバい怒ってる。サッと血の気が引く。

「ご、ごめんなさい!もう1人いるの気付かなくて…」

「ソコデモナイ」


青筋を立てたアルの手がこちらに伸びたかと思うと、

ビクっとした私の身体をふわりと包みこむ。

包まれたまま、何秒経っただろう。

数秒のような数百秒のような刻のあと、

「···君に···

君に何かあったら僕は耐えられない!!」

絞りだすような小さな声に切実さが滲む。


あぁ、この人を心配させてしまったんだ。

胸がきゅっと痛む。


「ご、ごめん、ね?でも私結構強いから…」

と謎の言い訳が出る。私のバカ。

ぎゅっと包む腕に力が入る。

今さらドキドキしてきた。

ん?あれ、入りすぎ!?

ぎゅーーーーー!!!!

「イタイイタイごめん!ごめんってーー!」

「僕の心配がわかったかな?このバカ娘は。」

「ふふふ、わかった。わかったよ。本当に、ごめん。」

とじゃれた後に、真剣な顔で謝った。


「あ···あの」とそこに女性の声がした。

「助けて頂きありがとうございました。あの、良かったらお名前を···」

と完全にアルの方だけ向く女性。

目はハート。

私の存在忘れてる?

あ、すごく綺麗な女の人だ。


しかし。ビクっと先ほどより青ざめる女性。

「僕は彼女を助けたんだ。勘違いするな。」

驚くほど低く冷たい声と眼差し。

呆然としていると、

「さ、行こう。ソフィ。」

いつもの甘い声と表情に戻ったアルに

手を引かれ、その場を後にした。


ベンチに座らされ、私の服の汚れを払うアル。

さっきからドキドキが止まらない。

あんな冷たいアルの声を聞いたのは初めてだったのに、

ドキドキが止まらない。

止まらなくて、思ったことをつい口に出してしまう。

「アル、は、みんなに優しいわけじゃ、ないの?

私は特別って思っていい?

私、アルのことすーーーーー」


好き!!と言おうとしたその時、

唇を指で押さえられる。


「!??」

「ちょっ!先に!先に言わせて!

ソフィは男前すぎるから!

いや、そういうとこもいいんだけどね。」

真っ赤になったアルが咳払いをして

私の前に跪き、真剣な表情で私を見上げた。


そして、優しく手を取り口を開いた。

「ソフィア·サンプトン嬢。貴女のことが好きです。

いまの君も、そして、昔の君も。

ずっと逢いたかった。」



「·····ずっと?」

アルと会ってからまだひと月ほどだ。

しかしそういう口調ではない。


アルは手を取ったまま立ち上がり

優しく私を抱き締めた。

「そう。ずっと。

ねぇ、ソフィ。

10年前、傷ついた子供の手当てをしたよね?」


確かに、10年か定かではないが、

ひどく傷だらけで、でもとても綺麗な顔をした女の子を我が家で手当てをしたことがあった。話せなかったから勝手に迷子のマイちゃんと名付けた。何ヵ月か経ったあと傷が治る頃にどこかに消えてしまい、ひどく泣いた記憶がある。


「マイちゃん···?」

「うん。」

「アルはマイちゃんを知ってるの?」

そいうえばマイちゃんもサラサラの黒髪だった。


「違うよ。マイちゃんが僕。」

「え!!!」

「僕の名はアルヴィス·ブリト。

あの時は、隣国との境で襲撃を受けて、

そして、君と君の家族に救われた。」


「マイちゃん、が、アル??

というか、ブリトって、、王族!??」

予想の上を行く展開についていけず、

アルの胸から這い出て向き合う。

混乱が止まらない。

「そう。第2王子ってやつだね。仲良くなるまで身分は伏せておきたかったんだ。でも、ソフィに意識して貰えたみたいだからね。これから僕と同じくらい好きになって貰えるように、全てを晒してがんばるよ。覚悟してね。」


そう言って私の額に口づけした。

ニコニコしているが、逃がさない圧がすごい。


「アルが、私を、好き?」

安堵だか混乱だか、勝手に涙が溢れる。

その涙を、アルが優しく拭う。

「好きどころじゃない。この10年、僕は君だけを想っていたよ。が、色々と条件を満たす必要があってね、ようやく逢えた。」


嬉しい、けど思ってた以上の身分差に冷静になる。

「ちょ!!!ちょっと待って。王子さまなんて!婚約者くらいいるでしょ?」


アルが空を見る。あ、なんか誤魔化すときの顔だ。

「あーー。。。聞いても、怒らない?」



そうして私は、、、

アルが10年前から地道に外堀を埋め始め、

17歳まで縁談が来ないのも婚約者がいないのも、

本人が知らぬ間に第2王子と婚約していたから。

無駄に厳しい教育は王子妃教育のため。

おかしいと思った!

ダンスや作法だけでなく政治に経済に外国語まで!

「第2王子は婚約者を溺愛しており、王子のいないところで声をかけたらヤバい」という噂が流れ、

先日の夜会も声をかける男性全員に避けられる羽目になっていたらしい。

当然両親と兄と叔母は情報提供者。

などという事実を知らされる。


いつの間にやら完全に外堀を埋められていたのだ。


私は悩む。

普通なら異常で怖いのに、

それすらも可愛くて愛おしくて嬉しいなんて。

こんなに幸せでいいのだろうか、と。





*******side A*******


くそ。僕はなんのために産まれたんだ。

薄れゆく意識の中でそう思った。



豊かな国の第2王子として産まれ12年。

それなりに贅沢をして育ってきた。

第2王子なんて所詮スペアだな、なんて思いながら

王太子の兄とはうまくやっていたし、

王位なんてものにも興味はなかったが、

全てそれなりにこなしてきた。

名前を聞くだけでペコペコする能力のない輩にも

ベタベタアピールしてくる女にもウンザリしていた。

いま思えば少し天狗気味のクソガキだ。


そんな中、カノア皇国の皇女との縁談が舞い込んできた。

カノアは北の山脈の向こうにある3国のうちの1つだ。

いまは皇位継承で揉めているらしく、きっと同腹の皇子の後ろ楯のためだろう。

この国にいる意味もないし、行ってみるか、くらいの軽い気持ちだった。


父の心配もよそに、「ちょっと婚約しに行ってきます」と、

最低限の護衛だけ連れ、カノアへ向かった。



北の山脈付近で護衛のひとりが言った。

「じゃあ王子、そろそろ死んで下さい。」

そして、僕に向かって剣を勢いよく振り抜いた。


『!??』

反射的に後ろに避けるが胸に傷を受ける。

明らかに殺意がこめられている。


あとはもうわからない。

無我夢中で森へ逃げる。


わけがわからないがどうやら5人いた護衛全員が

命を狙ってきているようだ。

「ち。逃がした。お前が一発で仕留めないから。」

「うるせぇ。あの傷じゃほっときゃ時間の問題だろ。

近くに街もない。要はカノア入国を阻止できれば、報酬は貰える。」


はははと笑いながら足音が遠退く。


あの会話から察するに、カノア側の皇位争い絡みだろう。

これ以上血を流すとマズイ。自分でもわかる。

頭はフル回転を始める。

見付かるとまずい。

まずは王子の身分のわかるものを全て外し、

移動しながら森を見回す。どっちに行けばいいんだ?

右も左もわからない。


くそ。ここまでか。

僕は一体なんのために産まれたんだ。


そうして意識を手離した。



*******


「おきた!!!」


目を開けると天使がいた。


ふわふわのシルバーの髪、黒水晶のピカピカした瞳、

ぷるっとしたピンクのぽっぺが僕を覗き込む。


天国に来たのかな?

と思っていると天使が一方的に話し始めた。


「こんにちは。わたしはソフィアよ。ドラコがたおれていたあなたをつれてきたの。まだ、いたい?」

きゅ。小さな手が僕の手を握る。

なんだこの可愛い生き物は。


「ソフィ。お水でも持ってきてあげたら?」

後ろから声がした。

「おにいさま!!うん。もってくるね!」

タタタと慌ただしく天使が部屋から出ていく。


おにいさまと呼ばれた少年と目が合う。

天使と同じ髪の色の利発そうな顔。

「先日大怪我を負った君を妹のドラゴンがこの屋敷まで連れてきた。君、もう10日間も眠っていたんだよ。

ここはブリト国のサンプトンの領地だ。

ドラゴンは賢いからね、君が信頼に足る人間だということは前提にするよ。あの刀傷、身元を示すものをひとつも身に付けていないこと、色々察して君の素性は聞かないでおく。」


鋭い瞳、冷静な口調。

おそらく僕と同じ歳くらいだろう。

こんなやつがいたのか。


「ただ!!僕の大事な妹があの可愛い天使が!!!

君から離れず君に興味深々なんだ!!!

ただし、いまは君を女の子だと信じている!!

僕は手当てに立ち会ったから君が男なことはわかってるんだが、可愛い可愛いソフィが僕と同じくらいの男子に興味を持つのは許されない!だから!

いますぐ出てくか、女の子のフリをするかどちらか選べ!」


わぁ。急に残念なイケメンになったな、こいつ。


これが大人になるまで続く僕とシスコン辺境伯嫡男カイルの出会いだった。

そして、怪我が癒えるまでの間、肩まで伸びた髪を下ろしたままにして、シンプルなワンピースを着せられ、声を出せないことにされたのだった。屈辱。



*******


傷が完全に癒えるまで3ヶ月。

ムッキムキだが頭も良い辺境伯はなんとなく察している気がしていたが、

命を狙われたショックで、王宮に戻りたくない、全てから逃げたい僕は、その間天使だが男前なソフィとほぼ一時も離れず過ごした。


話せない僕になぜだかマイちゃんと名付け、ひたすら話しかけたり筆談したり怪我の手当てをしたり髪を編んだり一緒に買い物をしたり。

「初めての女友達ポジション」と「お気に入りのペットか人形ポジション」を足して2で割った感じだ。

妹って可愛いなぁ。そんな気持ちだった。


筋力回復のために剣術訓練では、王都の貴族令嬢たちは『素敵!』と言ってくれた腕前なのに、

ソフィは「私もマイちゃんみたいになる!」と

眼をキラキラさせて剣を持った。なぜだ。


平和で幸せだった。

そうこうしている間に、怪我だけなく裏切られた不信感や怒りみたいなものはすっかりそぎおとされた。



そんなある日、

屋敷の廊下を歩いているとカイルの声が聞こえた。

「父上、私は反対です!!!

ソフィアはまだ7歳、婚約は早い!」


ゾワッとした。

ドアに耳を付け、辺境伯の声を拾う。

「私もソフィアを嫁に出すのはなぁ。しかし家格もちょうど良いし、ギリアム侯爵は旧友でな、信頼できる。」


そして。思わずドアを開けて叫んでいる自分がいた。

「ダメです!!!ソフィは渡さない!!」


自分の気持ちを自覚した瞬間だった。

6歳の小さな少女だが、心を救ってくれた彼女に、

自分以外が触れて欲しくなかった。


行方不明の第二王子であることを明かすと

ふたりは驚きもせず、

そんなことより先刻の発言の意図の方を気にした。

なんなら辺境伯は父上に連絡済みだと言った。

仕事できるな、ムキムキなのに。


「ぼ、僕が、ソフィアと結婚したい、んです。ダメですか?」

僕は王子、ソフィアは辺境伯爵令嬢。年齢差6歳。

不釣り合いではないから、

当然許してもらえるものと思い込んでいた。

しかし。

「アルヴィス王子、それはなりません。」

辺境伯は静かに首を振った。



サンプトン家はドラゴンを扱う大きな武力を持つ。

第二王子がサンプトン家を後ろ楯に持つことは叛意があるという疑いを持たれかねない。

または、本人の意思に関係なくそういったことを考える輩がいると国が荒れる。と。



なんだそれ。

第二王子というだけでダメなのか。

王位継承権を破棄したら、、

いまの僕にはなにも残らない。

税金で飯を食う役立たず。

僕は、なんて空っぽだったんだろう。


いままでなら、きっとしょうがないなと諦めていた。

でも、、、

「努力します。絶対に足元を固めて、それで!!!」


その日の内にドラゴンに乗り王宮に帰った。

ソフィの顔を見たら離れられなくなるから。

立派な人間になると、決意だけを胸に。

僕はこのために産まれてきたんだ、と。



*******


それから10年。

カイルと共に王立学院に通った5年も含めて

自分を高め、国の仕事をこなし、

隣国諸国との外交の要として地位も確立した。

父と兄と辺境伯に真剣な気持ちを伝え続け、

周りに叛意なんてゼロアピールのもと、

なんとか婚約を整えた。

それまでソフィの婚約を待ってくれた辺境伯には一生頭が上がらないし、他の男よりはマシだと情報提供してくれたカイルにも頭が上がらない。


ちなみに、カノアとの婚約はあちらのゴタゴタに巻き込まれた件で戦争になりかけていたが、カノア内の粛清と辺境伯の連絡で僕の無事が確認されたことで、「なかったこと」になっていた。


そしてこの春、王太子の兄に息子ができたことで

王家から出て公爵位を賜ることも決まった。


ようやく、ようやく迎えに行ける!!

出逢いからやり直すんだ!とシチュエーションを模索していた矢先、

領地に戻っていたカイルから連絡があった。

「ソフィが王都に出逢いを探しに行ったぞ、健闘を祈る。」と。


まじか。蒼白。

お転婆天使は全く思惑通りに動かない。


夜会で10年振りに見たときは、

(もちろん絵姿は成長と共にカイルから何枚も購入している。)

頭の中で鐘が鳴った。

やっぱり僕はソフィだけだった。

ソワソワが止まず、すぐに話しかけられない。

可愛すぎて余計な虫がすぐにたかるが、

僕の流した噂は効果があったようだ。素晴らしい。


ドレスの後ろを気にしてる素振りがまた可愛い。

殺したつもりの笑い声が漏れる。

あーくそ。やり直させてくれ。可愛すぎるのが悪い。

「ずっと君に会いたかったんだ。」

あ。口が滑った!

本心とは言え、なんて気持ち悪い一言を。。。


挽回のつもりの花も、

「多すぎ。引きます。」

とグレイス侯爵夫人からのダメ出し。

初恋を拗らせて恋愛経験値が無さすぎた。

もういい。止めた。駆け引きとか知らん。

カイルの名前で安心させて、

あとはアクセル全開で行こう!!!



街デートでも、欲しがっていたブレスレットと串焼きをスマートに買ってあげよう!と少し離れたら、路地裏の方に吸い込まれていった。すぐに追いかけ襲われそうなソフィを見て心臓が止まりそうになった。

もうあんな思いはしたくから、あの日から影を護衛に付けてることは可愛い婚約者には内緒だよ。





おしまい。


お読みいただきありがとうございました!

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