さよならの交差点
「第3回小説家になろうラジオ大賞」用に1000文字以内で書いた作品です。
「もう、今日で終わりにしたいんだ、こういうの」
上野先輩の言葉に、胸がぎゅっと痛んだ。
大学のゼミの帰り道。家の近くの交差点まで先輩が送ってくれるようになって2週間。
きっかけは、学祭に向けた準備で、帰りが遅くなったことだった。
「上野、お前、家の方向一緒だろ? 途中の交差点まででいいから送ってやれよ」
面倒見の良いゼミ長がそんなことを言い出したときには、驚きと緊張で心臓が跳ねた。
「いいっすよ」
上野先輩がいつものポーカーフェイスでそう答えたときには、降って湧いた幸運を世界中の神様に感謝した。
だって私は、もうずっと前から、上野先輩に片想いしていたから。
それから2週間、大学から交差点まで十五分の道のりを、毎日上野先輩と並んで歩いた。
先輩とのお喋りはいつも、私が質問して、それに先輩が答える形。浮かれながら、そしてそれ以上に緊張しながら、質問できたのはゼミでの研究に関わる真面目なことばかり。
「ほんとに質問上手だよね」
そんな褒め言葉が嬉しくて、先輩に質問するためにいつも以上に勉強を頑張ったりもした。だけど、本当に聞きたいことは何一つ聞けないまま、あっという間の十五分は終わってしまう。
交差点に着いたら、そこでさよならだ。先輩は右に、私は左に。
私はいつも交差点に立ち、先輩の後ろ姿を見送った。先輩は決まって、十歩進んだところで振り返り、「気をつけて帰りなよ」と小さく手を振ってくれた。
そんな日々も今日で終わる。予感はあった。学祭の準備は今日、滞りなく整って、もう帰りが遅くなることはない。先輩が私を送ってくれる必要も、もうない。
街灯に照らされた道を、言葉なく歩く。私も、先輩も。
交差点は、もうすぐそこだ。
足取りが重くなる私と違い、先輩の歩みはむしろいつもより速い。
あぁ、どうして気付かなかったのだろう。後輩を送るなんて、先輩にとっては面倒ごとでしかないと、少し考えれば分かることだったのに。一人で浮かれていた自分が恥ずかしくて情けなくて、堪えきれずに視界が滲んだ。
いつもの交差点で、先輩が立ち止まる。
せめて最後は笑顔でさよならをしたい。今までありがとうございましたと、笑顔で。
涙を堪えて顔を上げると、先輩が真っ直ぐに私を見つめていた。
「今日からは交差点までじゃなくて、家の前まで送らせてくれないかな? 良かったら、だけど」
いつものポーカーフェイスがほんのり赤い。
大きく頷いた拍子に、温かい涙がほろりと頬を伝った。
お読み頂きありがとうございました。