第六話『恋心』
ここはトーマが住んでいる8番街と呼ばれる場所から四十キロも離れた別荘地。人工のものとはいえ、川が流れて緑に囲まれたこの場所は目に美しい。が、その別荘の一角では、醜い行為が行われていた。
誘拐されたミラー家三男の妻であるフェアリーの養母は、ここに連れ去られていた。一般で言うところの人質という立場にあったが、その態度にも待遇にも、それらしい様子は感じられなかった。養母には見張りがついていたが別に縄で縛られているわけではなく、食事も三食出されている。態度の方もふてぶてしいくらいに堂々としていて、悲壮感などカケラもない。しかしそれを気にするでもなく、誘拐犯は嫌な笑いを浮かべながら人質に話しかけた。
「あなたの雇った何でも屋、今頃は焦ってるでしょうねえ。あたし達から何の連絡もないんだから」
「そんな事はないでしょう。わざわざ人質を取ってまで交渉を持ちかけて、フェアリー・ローズの重要性を教えたんですからね、あなた方は。このまま引き下がるはずはないという事くらい、素人にも分かりますわ」
「ムカつく女ね!今すぐ殺っちゃってもいいのよ!」
「ご自由になさったら?どのみち殺す気なんでしょう。それなら今殺された方が、何でも屋さんも動きやすくなって助かるでしょうからね」
剛毅と言うべきであろう。番茶をすすりながらキッパリと言い放つフェアリーの養母の態度は、人質と言うより主犯の風格(?)である。
コケにされて怒りまくっている犯人グループの女を宥めながら、トーマに電話をした男がフェアリーの養母の前に進み出た。
「ナンシー・ミラー。三週間後、最愛のお嬢さんの秘密が目の前で暴露されても、その余裕を見せられるかな?」
「あの子の秘密が何なのか、正確には知りませんからね。あなた方は御存知なのかしら」
「我々もよくは分からんね。ただハッキリしている事は、あの子さえ手に入れれば我々は巨大な富を得る事が出来る。そのために二十年前から準備をしていたのだからな」
「そんな思惑通りに、あの子があなた方の元へすんなり行くとお思い?」
「本当の両親が生きていたんだ。喜んで来るに決まっているだろう。そして過去の惨劇があんたの仕業だと言えば、恨みを晴らすために我々の望むものを見せてくれるだろうさ。あんたはその最初の目撃者になれるんだ。感謝してもらいたいものだな」
「あの子には何でも屋さんがついてることをお忘れ?彼は悪い噂に事欠かないけど、仕事を途中で放り出したという話は聞いた事がないわ。とにかくお金のために最後までやり通す主義なんでしょうね。だからフェアリー・ローズも守り抜くつもりのはずよ」
「そう。金の為なら何でもするという話だ。だからこそ買収も出来るだろう。かなり用心深い男で先日の交渉では苦労させられたがね。次の交渉では向こうが食らいつかずにはいられない条件を提示するつもりだよ」
男は自信ありげに笑った。トーマが要求しそうな条件が何か、先日のやり取りで分かったのだ。少々危険な賭けではあるが、トーマが金にのみ執着するタイプで尚且つプロ意識の高い人物なら、その条件さえ満たせばフェアリーを差し出すだろう。それには出来るだけギリギリまで待った方が有効なはずだ。フェアリーの誕生日まで三週間。危機意識をあおって、それから交渉をする。切羽詰まった状態であれば迷ったり考えたりする余地などないであろうから。そういうネタを男は握っているのであった。
そうして犯人からの連絡がないまま、トーマとフェアリーの同居生活の日々は過ぎていった。仕事で走り回る毎日。だがフェアリーにとってはその方が余計な事は考えなくて済むぶん楽だった。トーマは気を遣っているのかよく話しかけてくれたし、相変わらず食べられないという事はないが決して美味しくはないフェアリーの料理を、文句も言わず食べてくれている。それどころか、ある日。
「すっかり忘れかけていたが、食事はやっぱり一人で食うより誰か他にいた方が美味く感じるもんなんだな」
などと言ってくれた。嬉しい言葉だが、だからと言って「じゃあ、ずっとここにいてもいい?」と聞いてもNOの返事がくるのは確実なので、素直に喜べないのが現実だった。
(変なの。最初から依頼が片付くまでの付き合いだって分かっていたのに。私、もしかしてSWORDさんが見つからなければいいって思っているの?パパやママの件は?おば様は?ダメ。全部解決して欲しい。でも解決したら、もうトーマさんとはただの他人になってしまう。こんなに忙しいのに私なんかに構ってる時間なんてないもの、きっと)
そう考えると無性に寂しくなった。その寂しさの正体が何なのか、今のフェアリーには分からなかったが。
フェアリーの誕生日の十日ほど前、またぜん息の子供の母親から発作が起きたと連絡が入った。もちろんトーマは急いでその家に駆けつけ、子供の治療にあたった。
母親は想像していたよりも若く、トーマと同年代に見える。息子は七~八歳くらいであろうか?苦しそうにヒューヒュー言いながらも、トーマを見て安心したような表情を浮かべている。母親の方も似たような表情をしていたが、どこか違和感があったのは息子を診てくれる医師が来て安心したと言うより、嬉しそうに見えたからであろうか。その母親が、トーマが子供を診ているときフェアリーに話しかけてきた。
「あなた、先生の恋人?」
「先生?あ、いいえ。違います。トーマさんは依頼で私のボディーガードをしてくれているから、それで一緒にいるだけです」
「そう。いいわね。依頼でも一緒にいられるなんて」
「は?あの……」
フェアリーは戸惑った。トーマが何かと悪い噂の絶えない人物だという事は世間に疎い自分でも知っていた。それ故に仕事絡みでない場合は誰も彼に寄りつこうとせず、親しい人間などいないと思っていた。が、どうやらこの女性はトーマの事が好きらしい。その事実に驚いたのだ。
そんなフェアリーに、女性は話を続けた。
「先生に初めて会った時はね、なんて口の悪い人なんだろうって思ったわ。金がないのに依頼なんかしてくるんじゃねーよって、いきなり怒鳴るんですもの。でもね、その後ちゃんと診てくださって。苦しいのによく頑張ってるなって、息子を励ましてもくださったの。そして帰り際に、何でも子供の為だって考えていたら何かの拍子に子供のせいでっていう考え方に変わるかもしれない。あまり自分を追いつめないで、無料相談所なんかも利用して悩みをため込まないようにしろって、笑いながら私の肩を叩いて下さった。その時から私はずっと先生のことが好きなの」
「……どうして私にそんな話をするんですか?」
「嫉妬かしら。あなたみたいに若くて可愛い人が片思いしている人と一緒にいるんだから、心中穏やかでいられないのも当然でしょ」
「どうせ私は依頼が片付けばトーマさんとは縁がなくなる人間なんだから、そんな心配しなくてもいいですよ」
「ふ~ん。そう言う割に表情の方はずいぶん寂しそうよ。やっぱりあなたも先生が好……」
「お客さん、困りますねえ。うちのお嬢ちゃんに妙な事ふきこまれちゃ」
そう言って女二人の間に割って入ったのは、もちろんトーマである。そのトーマは女性の方を見てふうっと溜息を吐くと、おもむろに例の医療ケースを開け、中から一通の手紙とI・Bのカートリッジを出した。
「先生、これは?」
「あんたの旦那から送られてきた現金カートリッジだ。あんたが本当に臓器売買しかねない様子だったから、探し出して連絡を取った。なんでも一二五番街の方で事業に成功したらしくてね。借金も完済したし二人を迎えに行きたいが、今さら合わせる顔がないとか言ってた」
「そんな……本当に今さらだわ!」
「ま、そう言うと思って、とりあえずここの連絡先は教えていない。でも手紙に向こうの連絡先は書いてあるらしい。内容をよく読んで子供と相談して決めるんだな」
「息子と相談するまでもありません!あの子は先生に懐いていますし、私も……」
「はあ?冗談じゃないね。チビが俺に懐いているから?それで、なんで俺があんたらの面倒を見なきゃいけないんだ。金がないあんたらの依頼を受けていたのは、俺が無視したせいで無理心中でもされちゃ寝覚めが悪いからってだけだ」
「でも、あの……」
「今までの治療代はあんたの旦那から頂いたし、チビはそこに入っている現金で、これからはまともな医者に診てもらえるだろ。俺としちゃ医者でもないのに夜中や明け方に起こされる仕事から、そろそろ解放してもらいたいね」
「先生が私の事を何とも思っていないのは分かっています。でも好きでいるくらい、会いたいと思うくらいはいいでしょう?」
「確かにそれは勝手だけどな。俺があんたの気持ちに応える事は絶対にありえないって事だけは知っておいた方がいい。好き嫌いの問題じゃなく俺は本当に、世間で言われている通り金にしか興味がないんだ」
「……先生……」
「俺は誰かに好かれるなんて思っていなかったし、好きになってもらおうとも思っちゃいない。そんな人間に関わって不安な毎日を送るより、自分達の今後の生活を大事にしろ。じゃ、チビはもう落ち着いて寝ているから、俺も失礼するわ」
そう言ってトーマは後ろ手に手を振り、フェアリーを伴って家を出た。途中一度だけ振り返ったフェアリーが見た女性の表情は哀しげだったが、泣いてもいなかった。どこまで本気だったんだろう。人生経験の少ないフェアリーは疑問に思わずにいられなかった。
「すまなかったな、お嬢ちゃん。泥臭い話に付き合わせて」
帰りの車の中でトーマが言った。
「トーマさんが悪いんじゃありませんから」
「じゃあ、あの人が悪かったと思うか?」
「だって、あの人離婚していないんでしょ?なのにトーマさんが好きなんて」
「旦那って言っても三年前に事業に失敗して多額の借金を抱えて行方をくらましていたんだ。ただ奥さんには返済義務を負わさないよう手は打ってあったから、その辺は大丈夫だったそうだけどな。それでも女一人で旦那の収入もなく子育てするのは大変に違いない。ましてやその子供が病気だとね」
「だから優しくしてあげていたんですか?」
「優しくしたつもりはなかったんだけどな。俺は特に女の気持ちに疎いし、何をどう間違えて好かれたのか見当もつかない」
「旦那様がいなくて寂しかったから、トーマさんで埋め合わせようとしてたんだわ、きっと」
「それはまた手厳しい意見だな。でも、その通りかもな」
「そうですよ」
フェアリーは考えていた。あの女性の夫とやらが事業に成功して送金してきたというのは本当だろうか?臓器売買などさせない為に、トーマが自分のお金を渡したのではないかと。だが手紙に向こうの連絡先が記してあると言っていたし、もし女性がよりを戻す気になって一二五番街に行ったとして、夫がやはり文無しであれば、いずれ路頭に迷うのは確実だし、そういった状態になる事を承知でトーマがあんな事を言うとは思えない。ということは本当だったのか。いずれにしてもトーマがあの親子の為に、わざわざ夫を探し出したのは事実である。その事実が何故かフェアリーを苛立たせていた。
(一緒にいるっていう理由だけで私を敵視するような人の為に、どうしてトーマさんがそこまでしてあげる必要があるの?あんなイヤな人でも助けてあげないとカレンさんが責めると思うから?そんなにトーマさんはカレンさんを愛しているの?)
そうだろうなと思った。フェアリーがカレンの部屋を発見してから隠す必要がなくなった為か、トーマは仕事から帰る度に一番に部屋へ入り、三十分ほど出てこなかった。きっとその間、返事のない妻に対して様々な事を語りかけていたのだろう。“いつか目が覚めたら照れないで言えるように”愛の言葉もかけていたのかもしれない。今から家に帰ってもまずカレンの部屋へ直行するはずだ……そう思った途端、涙がこみあげてきた。
(あれ?私、何で……)
フェアリーは半泣きになっている顔を見られないように、咄嗟に外を見る振りをして窓の方へ顔を向けた。トーマは一瞬だけチラッとそちらへ目を向け、またすぐ前を向いた。
家に着くとカジノの仕事から帰った時と同様、フェアリーは自分の部屋に直行しようとした。が、トーマがフェアリーの腕を掴んで引きとめた。
「今度は何が気に入らなかったんだ?あの奥さんに言われた事をまだ気にしてんのか?」
「何でもありません!離して!」
「何もなかったらベソなんかかかないだろ。まあ無理に聞くつもりはないが、放っておいてまた飛び出されたら困るからな」
「出来ないわよ!そんな事したらトーマさんに本当に嫌われるもの!」
再び目に涙をいっぱい溜めて叫ぶフェアリーを見て、さすがのトーマもどう対応すれば良いか分からなかった。彼女の秘密についてはまだ分からないが、他の部分では十五年前のブラウン夫妻がやはり替え玉だった事も含め、かなり分かってきている。その内容を考えると下手に刺激して家出させるわけにはいかないのだ。
一方のフェアリーはようやく気付いていた。依頼が片付けば縁がなくなるという事が何故こんなに辛く感じるのか。何故あの女性に対して敵意にも似た反感を覚えたのか。そしてトーマに愛する女性がいる事が何故こんなに悲しいのか。簡単な事だ。自分はトーマが好きなのだ。だがそんな気持ちに気付いても、彼にはカレン以外の女性など目に入らない事を既に知っているのでどうにもならない。そのやりきれなさから突っかかっていた。当然フェアリーのそんな気持ちに気付いていないトーマは、彼女の頭にポンと手を置いた。
「一体どうしたんだ、お嬢ちゃん?」
「……ごめんなさい。本当に何でもないの。勝手に出て行ったりしませんから、今日はもう部屋に戻らせて」
「そうか。分かった。じゃ、おやすみ」
冷たくならないよう気を遣いながら、だが客観的には突き放したとしか思えない台詞をトーマは吐いた。
もしここでトーマが「そんな様子じゃ放っておけない」などと言ったりしていたら、フェアリーもあの女性のように思わず気持ちを口に出してしまったかもしれない。が、幸か不幸か彼はそう言わなかったので、結果的に決定的な拒絶の言葉を聞かずに済んだ。だからこそ、これから依頼が片付くまでの日々を、気まずい思いをしないで一緒に過ごす事が出来る。分かってはいるのだが、心のどこかで優しい言葉を欲していたのも事実だった。そんな複雑な気持ちで、先にその場を離れてカレンの部屋に向かうトーマを、フェアリーは見送った。
「なあ、カレン。女はやっぱ何かと複雑だな。あの奥さんの気持ちも、お嬢ちゃんが何考えてんのかも全然分からねえ。けどな、そもそも俺は他人事に干渉したくないんだ。お前が文句を言うだろうって思うから余計なおせっかいを焼いて、面倒な事になっちまうんだぞ。少しは責任を感じろ」
トーマはカレンの部屋で眠れる妻に愚痴をこぼしていた。彼女に意識があれば、どう言っていただろうか?自問自答を繰り返しながら、いつもトーマはここで自分の行動を振り返っている。妻が目覚めた時にキチンと顔向けが出来るように。が、今回の場合何がどう間違っていたのか分からないので、愚痴をこぼすしかないわけだ。
「ところでお嬢ちゃんの件はどうしたもんかね。ナンシーさんを誘拐したのは、ほぼ間違いなく元の両親なんだよな。しかも誕生日に判明するとかいうお嬢ちゃんの秘密の為に、生まれたばかりのあの子をさらって自分達の子として育てたんだ。その秘密も嫌な予感がする。しょせん他人の子供だからな。ろくでもない事をしでかしているような気がするんだ。あいつらが俺達にしたように」
フェアリーは被害者である。生まれてすぐ誘拐され(本人は知らない事だが)、親が目の前で殺される場面を幼少時に見せられ、大富豪の家に引き取られたために学校では嫌味を言われ傷つき、先日は黒服の男達に連れ去られそうになり、今度は育ての親が誘拐された。しかも何か本人も知らない秘密を背負っている。それら全ての事実をフェアリーが知ってしまった場合、彼女はどう受け止めるのだろうか?受け止めることが出来ずに現実から目を逸らそうとするのではないか?そうしたからといって誰も彼女を責められない。もちろんトーマも。
「あの子は俺らと似ているんだ。だから何とかフォローしてやりたい。けど、あの子が全てを知るような場面で俺の言う事を聞くんだろうか。それともビジネスと割り切るべきか?どうしたらいい」
ガラスケース越しに妻に問いかけ、彼女ならどうしろと言うか考えた。無責任な優しさはかえってフェアリーを傷つける事になる。が、ビジネスと割り切って接しても結果は同じだろう。迷うトーマの脳裏に、ふとカレンが眠りにつく前の会話が甦った。
『トーマ。もう何も恨んだり憎んだりしなくていいじゃない。あの人達はもういないのよ。人間の全てがあんな悪魔のような人達じゃないんだから』
『だけどあいつらも人間だった。人間がどこまでも利己的に残酷になれる事を、俺達はもう知ってるんだ。一度知ってしまった事は忘れられない』
『……会ったばかりの頃もあなたはそうだった。でも私や皆とは打ち解けられたじゃない』
『お前達と他の人間は違う。他の奴らを信じる事なんか出来ない』
『違うなんて言わないで。私は周りにいる人達の優しさが本物だって信じたいんだもの。そう思えるようになったのは、あなたや皆の優しさに触れたからよ。あなたはダメなの?私じゃあなたに人を信じる気持ちを与えられないの?』
「……人を信じる気持ちか」
あの時カレンの言葉に対してトーマは何も答える事が出来なかった。今も答えられないかもしれない。カレンが眠ってから今まで、人の優しさを感じられた事もあったし、誰かを愛そうとした事もあった。が、消しようもない人間に対する不信感が心の中に常に存在している。恨まなければ、憎まなければ生きてはいけないのだ。それが今のトーマを動かしているのだから。
「でもだからって、あの子にも俺と同じように人を憎んで生きろって言うの?お前だったらそう言うか。少し怒ってるみたいな、悲しい顔をしてな。分かるけど、人を信じていない俺がどうやってあの子に信じさせる事が出来るんだよ。これから一週間くらい後には、またひどい裏切りに遭うかもしれないあの子に」
依然として誘拐犯の動きはない。が、フェアリーの誕生日は近づいている。その日にはフェアリーの依頼の内二つは片付くだろう。墓にいるはずの両親を見つけることと誘拐された彼女の養母を助けることは。しかしフェアリーを守り通すという養母の依頼についてはどうだろうか。彼女に危害を加えようとする者からその身を守る事は容易だが、彼女の心を守る事は出来るのだろうか。
「まず何よりあの子の秘密が問題だな。少し引っかけてみるか」
自分の方から動いて未だ動きのない誘拐犯をおびき出す。そして上手く一人でも捕まえる事が出来れば何か聞き出せるかもしれない。若干危険が伴うが、このまま手をこまねいてフェアリーの誕生日を待つよりいいだろう。トーマは当面の方針をそう決めた。
その頃フェアリーは部屋で寝ることも出来ずにベッドで寝転がっていた。トーマにどう思われただろう?自分の気持ちに気付かれたのではないか?そんな事を考えながら。
(これからもトーマさんは、いつ目覚めるか分からない奥様を愛し続けて、たった一人で生きていくのかな。寂しくないのかな。私ならずっと側にいてあげられるのに)
一緒に仕事について行くようになって、ずっと思っていた。トーマはとにかく多忙で、食事もフェアリーがいるからこそちゃんと摂っているが、一人の時はろくな物を食べていないんじゃないかと。仕事の手伝いは出来なくても、せめて家事をする者がいればほんの少しでも楽になるのではないだろうか。今はフェアリー自身の身が危険でずっと一緒に行動しなければならないので何も手伝えないが、今回の件が落着すれば自分でもトーマの助けになれるかもしれない。そうだ、とりあえず明日、早起きして朝食を作ろう。そして今度こそ変な態度を取った事を謝るのだ。そう決めて落ち着いたのか、フェアリーはようやく眠る事が出来た。もちろん寝る前にキッチリ目覚まし時計はセットしたのである。