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SWORD  作者: mya
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第五話『ガラスケースの花嫁』

 仕事が終わり家に戻った後トーマは、カジノにいた時から元気がなかったフェアリーに声をかけた。

「カジノの付き添いは、お嬢ちゃんには刺激が強すぎたか?」

「え?ううん。それは別に」

「じゃあ、どうした?やっぱりナンシーさんの事が気になるのか?」

「違います。何でもありません。少し疲れたから休ませてもらいます。おやすみなさい」

 トーマの顔を一度も見ないでフェアリーは部屋に向かった。なんとなく気まずかったのだ。トーマは何だ?と思いはしたが特に気にかける事もなく、家での仕事を始めた。


 少し気になっている事がある。フェアリーの養母が誘拐されてから一週間経つが、犯人から何の連絡もない。フェアリーを付け狙いトーマの家の周りをウロついていた連中も、あの日以来いなくなっている。先日の電話の内容から『両親は墓の中にいない』という例の手紙をフェアリーに送った者と誘拐犯は同一だと思えるが、脅迫電話で直接彼女の養母の声を聞いたわけではないので、実際に誘拐されているのか、生きているのか死んでいるのかさえ分からない。フェアリーを家に戻す為の狂言という線も考えられる。何しろ身内が誘拐されたというのにミラー家が動いているという情報もないのだから。

(狂言なら、お嬢ちゃんに送られた手紙と今回の件は繋がりがないという事になる。が、関係があるような気がしてならない。手紙を送ったヤツ、誘拐犯、さらわれたナンシーさん……皆お嬢ちゃんの秘密に関わる事で繋がっているのだろうか?いや、待てよ。何も全部をバラバラに考える必要はないのかもしれないな)

 トーマは忙しい中で得た情報を整理しなおした。

 まずはフェアリーに送られた手紙。彼女の両親は娘の目の前で殺された。フェアリー本人がそう証言している。が、殺されたのは本当にブラウン夫妻だったのか?幼かった彼女が惨劇の現場で両親の顔を冷静に確認できたとは思えない。つまり偽装殺人だったとも考えられる。生きている?だとすると、『両親は墓の中にいない』のもありえる話だ。

 次にフェアリーの秘密の件。それを知っているが故にブラウン夫妻は殺されたという事だが、何故フェアリーの養母がその件を知っていたのだ?ブラウン夫妻を殺したのはミラー家の人間だった。要するに命令したのは養母とも考えられる。フェアリーの秘密を知る養母が彼女を手に入れようとして、ブラウン夫妻を殺そうと考えた。が、何らかの形で危険を察知した夫妻が身代わりを立てて逃げおおせたとすれば……そして夫妻が生きている事を最近になって養母が知ったのだとしたら、フェアリーが捕まれば危険な事になるから守り通してほしいという依頼も納得できる。そう言ってフェアリーを本当の両親のもとへ帰らせないようにしようとしているのだ。

(しかし殺されると分かっていて、わざわざ身代わりになるヤツなんかいるのかね。この辺は保留だな)

 更にトーマは考えを進めた。《ミラー財閥総帥の孫が誘拐されたが総帥の命令でその事実は伏せられ、生まれたばかりの赤ん坊は見殺しにされた》という情報。ふと思った事だが、誘拐されたのが予想通りフェアリーの養父母の子供だったのだとしたら、あるいはフェアリーは本当の子供なのかもしれないと。誘拐された我が子を探し続け、四年がかりでようやく見つけた。我が子をさらった犯人を許せず殺すよう命じた。これも考えられる事だ。そう考えるとフェアリーは生まれながらにして何か秘密を抱え、それを知ったブラウン夫妻が誘拐を企てたという可能性が浮かび上がってくる。

(そしてブラウン夫妻が生きているとなると、お嬢ちゃんの二十歳の誕生日を控えて再び手に入れようとしているって事になるか。前もって手紙を出しておいて、実は生きていたんだと姿を現す。今の両親に不信感を抱いているお嬢ちゃんは、当然喜んで元の両親の所へ行く。そういう狙いか)

 これで先日のフェアリー誘拐未遂とも繋がるなとトーマは思った。そういう事なら強引にフェアリーを連れ去ろうとしても不思議はない。

 実はトーマが『フェアリーはミラー家三男の本当の子供』と考えたのは、単に可能性を追求した結果ではなく、ちゃんとした理由があった。この十日ほど彼女を見ていてそう思ったのだ。フェアリーが今の両親に対する不信感を口にする度に、それを口に出して言いそうになったが、余計な世話かと言わずにいた。しかしブラウン夫妻がフェアリーの秘密とやらを悪用するために彼女を取り戻そうとしているなら……少しでもその可能性があるなら、教えておいた方がいいかもしれない。“運命を決めるのはいつも他人”だとしても、本人の選択肢によって多少は変わる運命もあるかもしれないから。

「とにかく殺されたブラウン夫妻が本物かどうか調べるとするか。それにしても、やっぱりこれからはどんな依頼でも先に調査しておいた方がいいみたいだな。とんだ二度手間だ」


 その頃フェアリーはうたた寝から目を覚まし、顔を洗っていた。変な態度を取ってしまった。トーマにどう思われただろう?勝手に自己嫌悪に陥って、ふてくされて。やはり自分は子供だ。ずっと“お嬢ちゃん”と呼ばれるのも当然だ。家出してトーマの所に転がり込んできて、彼の仕事を見て軽蔑したり、相手にしてくれないと拗ねて飛び出したり、今また彼の姿を見て落ち込んだり、勝手し放題である。せめて謝らないと誰より自分が許せなくなる。そう思ってフェアリーは部屋を出た。

(トーマさんの事だから、きっとまだ仕事してるよね。パソコンの所かな)

 そうしてトーマの所へ向かう途中、ふと『巨大な観葉植物の陰に隠れた部屋』の事を思い出した。気になりだすと妙に見たくなる。悪いかなとは思ったが好奇心には勝てず、フェアリーはその部屋の扉を開けた。

 ジャングルのように植物が生い茂る、四帖ほどの部屋。中心にある棺のようなガラスケース。……そこに眠る花嫁衣裳をまとって幸せそうに微笑む美しい女性。

「な、何これ……?死体?」

 この時代コールドスリープは技術的に可能になっているが、それが認められているのは宇宙飛行士など、ごく一部の特殊な仕事や技術を持っている者のみである。それにコールドスリープの装置は地球にあり、こんな普通の一軒家に置く事は許されていない。であるから、このガラスケースの女性がコールドスリープ状態とは考えられない。それに何より、どう見ても冷凍されているようには見えないのだ。かといって、わざわざこんなガラスケースをベッドにして、しかも花嫁衣裳のまま眠る者もいないだろう。つまり、やはりこれは死体……。

 動揺したフェアリーは声も出せないままヨロヨロと後ずさりした。と、背後に人の気配がして、驚いてそちらの方を見た。

「……ト、トーマさん……」

 そこには冷たい表情をして立っているトーマがいた。見てはいけないものを見たという自覚があるだけに、フェアリーは殺されると思った。が、蒼白になってガタガタと震えているフェアリーを見たトーマは軽くため息をつき、フェアリーの頭をポンッと叩いた。

「そんなに怯えなくてもいい。確かにこの部屋の事は知られたくなかったが。人間の心理として見るなと言われたら気になるだろうと思って、あえて何も言わなかったんだから、見つかったからと言って文句を言える筋のものでもない。それに、ここには鍵もつけていないしな」

「……どうして?」

「鍵をつけなかったかって?彼女を閉じ込めるようでイヤだったからだよ」

 そう言ってガラスケースの女性を見やるトーマの顔は、優しさと哀しさの両方を等分に含むものであった。その表情を見て少し落ち着いたフェアリーは、思わず聞いてしまった。

「あ、あの、この人は?」

「……彼女の名はカレン。俺の妻だ」

「妻って、トーマさん結婚していたんですか⁈」

「ああ。結婚したその日に眠りについて、それからずっと仮死状態にある。彼女を蘇生するのには、どうしても莫大な費用がかかる。だから俺はこんな仕事やってんだ」

「仮死状態って、どうしてそんな事に?」

「ま、色々あってな。それについての詳しい話は出来ないが、ちょっとした昔話くらいならしてもいい。だから、とりあえずここは出てくれ」

 フェアリーは黙って頷いた。どうやらここはトーマにとって神聖な場所らしいと分かったから。

 トーマは『カレン』の元へ行き、「また後で来る」と優しい声で話しかけてから部屋を出た。その様子を見ていてフェアリーは自分の胸が痛む音を聞いた気がした。何だろう、この気持ちは?まだ会って十日ほどの悪名高い何でも屋。だが彼は命の恩人であり、世間の評判とは異なる面をいくつも見た。だからかもしれない。誰もが見落としていたか、見ようとしなかった彼の一面を自分は知っているという事実。それはフェアリーにとって自分が少し特別だと思うのに充分な理由だった。が、実際はトーマには他に大事な女性がいた。前に彼が言っていた『冷たい行動を取ると、それを責めるヤツ』とは彼女の事なのだろう。今は眠っているとはいえ、彼女が悲しむ事はしたくないと自分に言い聞かせているからこそ、誰も見捨てたりせず、依頼されてもいない人助けもする。フェアリーに対しても同様に。つまり、それだけ『カレン』という女性は特別なのだ。自分はただの依頼者。当然の事だが何故かそれが悲しかった。


 最初の日のようにコーヒーを前に置いてリビングのソファーに向かい合わせに座る。しばらく黙っていたが、やがてトーマがコーヒーを一口飲んでから話し始めた。

「俺は十四歳の時に、ある施設に入れられた。そこには俺と似た境遇のヤツばかり百人以上いて、彼女もその中の一人だったんだ」

「施設って、両親がいない子供が行く所?」

「そうだな。そう考えてもいい。とにかく施設の大人はみんな俺達の事を人間扱いしないクソ野郎で、来る日も来る日も酷い目に遭わされ続けた。そんな中で考える事といえば、いつかこいつらを皆殺しにしてやる、それまでは何があっても死ぬもんか。他の仲間も同じだったと思う。施設の大人達も俺達も同様に他人の事は何も考えていなかった。が、彼女だけは違った。自分も同じ境遇にあるのに明るく優しく、仲間を労わり続けた。この状況で何故そんな風にいられるのかと、彼女の姿は最初俺の目に奇異に映った。しかしいつの間にかみんな彼女に癒されて、周囲の同じ境遇の人間の存在に意識が向くようになって、気がつけば俺達はみんな仲間になっていた」

 恐らく彼女は施設の仲間たちにとって女神のような存在だったのだろうなと、フェアリーは思った。冷たいガラスケースに横たわっていても、あの女性からは暖かいものが溢れているように見えた。それは勘違いではなかったらしい。と、そこでフェアリーは一つ気が付いた。

「施設って引き取り手が現れたら出られるんですよね。みんな引き取り手はいたんですか?」

「引き取り手を捜すような施設じゃなかったんでね。出ようと思ったら脱走するしかなかった」

「って、まさか刑務所?」

「似たようなもんか。まだ刑務所の方がマシだろうが。とにかくそんな事情で、いずれ大人になって力をつけた時、施設を脱走して幸せに暮らせる場所を探そうと皆で誓い合った。そして後に決行したんだが」

「どうなったんですか?」

「百人以上いた仲間は、決行の時には既に十人になっていた。その上脱走の際に俺達を逃がす為に年長の二人が囮になって死んで、残ったのは俺とカレンを含めて八人。そのメンバーで数年、各地を転々として逃げ続けた。大っぴらに表を歩けなかったが、それでもあの頃が一番幸せだったかもしれない。カレンがいて、仲間がいて。でも結局は見つかって、皆は殺されカレンと俺が残った。皆はカレンの幸せを願って俺達を逃がそうとして殺されたんだ。俺には彼女を幸せにするという責任があった。なのにそれすら果たせなくて、たった一人残された」

 トーマが人間を憎んでいる理由が、フェアリーはようやく分かった。共に辛い日々を過ごし励まし合っていただろう仲間が全員殺された。なんとか生き残ったカレンも、どういった経緯か分からないが眠りについてしまった。きっと周りは敵ばかりに見えるのだろう。自分と同じように。最初からトーマに何となく親近感を覚えていたのは、SWORDに似ているという理由だけではなく、やはり同じ孤独を抱えていたからなのだろう。

 しかしフェアリーの考えは甘かった。トーマが詳しく話さなかったからではあるが、そんな簡単に理解できるほど単純な思いでここまできたのではないのだ。そして親近感を覚えた理由についても他に明確な、かつ重大な理由があった。この時はトーマも気付いていなかったが、今まで誰にも語った事などない過去をフェアリーに話したのは他でもない、その得体の知れない親近感からだった。

「俺の悔いは数えあげればキリがない。その中でも一番の後悔は、カレンが今のようになるまで一度も自分の気持ちを口にしなかった事だ。だから今、他人が見たらみっともないと思うだろうってくらいに、彼女に俺の思っていること全てを伝えている。いつか彼女が目を覚ました時、照れないで言えるように」

「……カレンさんが羨ましいな」

「羨ましい?何で?」

「私は誰にも大事にされてないもの。本当の両親の事はほとんど覚えてないし。もしかしたら一生、誰からも愛されないんじゃないかって」

「お嬢ちゃんだって大事にされてるだろうが」

「え?」

「今の両親だよ。どうやら全く自覚していないようだけどな」

「うそ!あの人たちは打算があって私を引き取ったのよ?しかもパパとママが殺された件に関わってるかもしれないのに!」

「じゃあ一つ聞くけどな、お嬢ちゃんは家政婦に育てられたのか?」

「ううん」

「遊びに連れて行ってもらった事はないのか?童話を読み聞かせてくれたりはしなかったか?」

 そう問われて改めてフェアリーは思い出した。お抱えの料理人はいたが、特別な日以外は養母が料理を作ってくれていたこと。ハイキングに行っては色々な草花の名前を教えてくれたこと。幼い頃は毎晩、眠るまで本を読んでくれたこと。確かにそうだ。少しも大富豪らしくなかったが、その分、温かい家庭だった。養父は忙しかったが、誕生日には大きなケーキと沢山のプレゼントを持って帰ってきてくれたし、養母は子育てを他人に任せたりせず、ちゃんと自分で面倒を見てくれていた。

「そう。本当に可愛がってくれていた。でも、どうしてそんな事トーマさんに分かるんですか?」

「お嬢ちゃんが根が素直で、ちゃんと常識を持っているからかな。俺が臓器売買をしているんじゃないかって疑った時の態度や、トカゲ処理の時の無責任なおばさん達に対する怒り。トカゲの毒を受けたばあさんの心配をした事。まともな倫理観や感性がなければ、あんな反応はしない。標準的な感性ってのは一番身近な存在の影響で身につくもんだろ。お嬢ちゃんにそれがあるって事は、恐らくいたって普通に慈しんで育てられたんだろうと思った。家政婦がその役割を負う場合もあるだろうが、ナンシーさんと電話で話した印象から親の影響だろうとな」

「だけど、それも打算からだったかもしれないじゃないですか!」

「何か思惑があるなら、いい親のフリは出来ても本当に大事にする事はないだろ。少なくともフリだけなら感性の鋭い子供が気付かないはずはない。お嬢ちゃんは両親の態度で何かに気付いて不信感を抱いたのか?」

「違うわ。学校で色々言われて、それで……」

「分かったか?つっても、そんな簡単に済まないか。ここ何年も抱いてきた思いだろうからな。ま、急がなくてもいいんじゃないか。お嬢ちゃんが受け入れられさえすれば、本当に大事にしてくれるヤツもこれから現れるだろ。まだ二十歳にもなってないんだしな」

「……トーマさんって年配の人みたいな言い方しますよね」

「間違いなくお嬢ちゃんよりは年上だ。それなりに世間にもまれてきたし、経験も積んでる。偉そうに語る資格はあると思うね」

 トーマはフェアリーが初めて見る表情で笑った。それは今まで張りつめていたフェアリーの心を解かすのに充分な温かさを含んでいた。トーマが言ったように、すぐにわだかまりは解けない。が、今の両親と向きあおうという気持ちは湧いてきた。だから素直な気持ちでトーマに言う事が出来た。

「トーマさん。おば様を助けて下さい。お願いします」

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