第一話『奇妙な依頼』
「や、約束が違うぞSWORD!お前は金さえ払えば何でもしてくれるんじゃなかったのか?!」
「気が変わった。心配しなくてもあんたを殺した後で金は返してやるよ」
「やめろ!来るな!ば……化け物!!」
「俺としてもさあ、あんたみたいな外道に化け物呼ばわりされたくはないんだよな。金を払って人殺しの後始末を他人に依頼するあんたと俺、どう違うのか説明してもらいたいな」
「どう違うかだと?お前は人間じゃない!こ、こんな……こんな事が……うわああああああっっっ!!」
二十世紀に推し進めた開発のツケは確実に地球環境を汚染していき、人類は宇宙に新天地を求める事になった。が、太陽系の惑星は期待されていた火星も含め、移住の条件が整わなかったため、宇宙空間に都市を建設する方向に話が進んだ。いわゆるスペースコロニーである。NASAが中心となり、世界中が協力して進めた計画は成功し、試験的に一万人が移住することになったのだが、条件が宇宙旅行経験者と何らかの技術者に限られたため、当然のように過半数以上を金持ちが占める結果となる。宇宙旅行へ行くにはそれなりの大金が必要で、その経験者ということはイコール金持ちというわけだ。
どれほど技術は進歩しても人類は進歩しなかった。いや、むしろ退化したと言うべきかもしれない。新しい環境で新しい生き方というものを模索する努力を怠り、宇宙へ出た人間も民主主義に名を借りた富者優遇制度ともいうべき不公平を是正できないまま、二十一世紀初頭となんら変わらない生活を送っていたのだから。
やがて中流層も宇宙都市へ移住できるようになった頃。時は二十二世紀も半ばを過ぎていた。
民主主義的な形式をとっている以上、いつの世でも商売は成り立つ。ある住宅街の一角に『G.S→トーマ』という看板のかかった家がある。ここは、いわゆる『よろず請負業』を生業としている人物の家で、かなりヤバい仕事も受けるという噂もある。ゆえに仕事の依頼以外ではなかなか人が寄り付かない。
その家の前に二十歳前後の少女が一時間ほど前から立っていた。中にいる人物はそれを知っていたが、あえて迎え入れる事はせず、テレビを見ながらコーヒーをすすっていた。
(どうしよう。ここの人って人殺しもするって聞いたことあるし。きっと怖いおじさんなんだろうな)
そんな風に少女は迷っていたが、意を決して『怖いおじさん』の家のチャイムを押した。返事はなかったが、それほど長い時間も待たされずに家の主と対面することが出来た。
「なんか分かんねーけど長い時間迷ってたな。ま、上がれよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥え?」
「え?って。仕事の依頼で来たんだろ。違うのか?」
少女は驚いていた。何故なら銀色の髪にトパーズ色の瞳、それに両耳に付けられている、かなり大きめの真っ赤なピアスが特徴的な彼は非常に若そうで、どう見ても二十代半ばくらいに見えるからだ。そんな若い人物がこのような仕事をするものだとは思っていなかった。と同時にもう一つ……
「どうした?探し物を見つけたみたいな顔して」
「…………見つけた」
「え?」
「本当にいたんだ!やっと会えた!SWORDさん‼︎」
今にも飛びつきそうな勢いで、少女は彼の服の袖を引っ張った。その顔は喜びに輝いている。
「ちょっ、ちょっと待て!なんだよSWORDって。表札見ただろ?俺の名前は『トーマ・イガラシ』!人違いだ」
「あ……」
「何だったら管理局に問い合わせてみろよ。ちゃんと登録されてるから」
少女は目に見えてしゅんとしてしまった。人違いで落ち込まれても困ると彼は思ったが、とりあえず何も言わずに少女が顔を上げるのを待った。そうしてようやく落ち着いたのか、トーマと名乗った彼の顔を見た少女はペコッと頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「人違いされたくらいで怒るほど血の気は多くないから安心しろよ。ま、とりあえず中に入って話そうか。あんたの依頼内容はともかく、商売柄うかつに外では話せないからな」
そう促され、少女はトーマについて家に入った。
まず目に飛び込んできたのは数々の観葉植物であった。かなり大きなものもいくつかあり、部屋の中が植物だらけに見える程である。そのインパクトがあまりにも強すぎるため、情報収集に使っていると思われる、家庭用にしては大きなパソコンに違和感をおぼえた。ジャングルに電柱が立っているところをイメージすれば、どんな雰囲気なのかが想像できるだろう。
まるでおのぼりさんの様に、ソファーに座ってキョロキョロとしている少女の前に淹れたてのコーヒーを置き、トーマも向かいに腰を下ろした。
「まずは名前を聞こうか」
「フェアリー・ローズ・ミラーです」
「随分とキレイな名前だな。で、依頼内容は?」
「はい。お願いしたいのは二つで、まず一つ目は両親の遺体を捜すこと、そしてもう一つはさっき言ったSWORDさんを探すことです」
「遺体探し?行方不明なのか?」
「ううん。死んでるのは確実です。私の目の前で殺されたから」
トーマは眉をひそめた。フェアリーの妙に冷静な語り口から、両親が殺されたのは最近ではない事はうかがえる。どれほど気丈な人間でも、そんな出来事の直後に冷静になれるものではない。少なくとも一・二年前の話ではないだろう。それを今になって遺体捜しとはどういう事であろうか?
「詳しく話してもらわないと分からないな。辛いだろうけど俺みたいな人間の所に話を持ってくるくらいだから、それなりに覚悟はしてきてんだろ」
「大丈夫です。それに二つの依頼は繋がっているから、どっちにしても話さないとダメだし」
「SWORDってヤツが犯人だとか、そういう事か?」
「違うわ!反対です!SWORDさんは恩人なんだから!」
フェアリーはその時の事を話し始めた。
十五年前、彼女がまだ四歳の頃のある日、突然夜中に人間の悲鳴と、けたたましい犬の鳴き声が聞こえてきて、二階で寝ていた彼女は驚いて階下に下りた。そこで見た映像はほとんど覚えていない。ただ目の前で両親と飼い犬が殺されたこと、少女がいることに気付いた殺人者達が、さすがに子供には手を出せないからと、その場にいた銀髪とトパーズ色の瞳を持つ青年に少女を殺すよう笑いながら命じたこと、そして、その青年が逆に殺人者達を殺したことだけはハッキリと覚えている。
「その時の話だと、あの人は死体処理を頼まれてたみたいなの。だけど子供を殺したらお金を三倍出すって言われて、その後すぐよ。あっという間に一人殺して、もう一人の人が約束が違うって叫んだら、気が変わったって……」
「銀髪にトパーズ色の瞳ね。だから俺を見てそいつだと思ったんだな」
「十五年も前の事だから自信はないけど、顔とか背格好も似ている気がしたんです。でも考えてみたら、もう四十歳くらいのはずだもんね。あの時のままでいるわけないのに」
そう言いつつ溜息を吐く。
「それは置くとして、両親を殺したヤツらはSWORDとかいうヤツが殺ったんだろ?で、両親の葬式はしたはずだよな。ここ(宇宙都市)は火葬が義務付けられているから、遺体が消えるも何も既に無いと思うんだがな」
「分からない。私、小さかったし、ショックが強かったから覚えてないの」
「まあ、そりゃ当然か」
「それで今お世話になってる養父母が両親のお墓を作ってくれていたから、遺体の事なんて考えなかったんだけど、三日前に知らない人から私宛に手紙が届いて……」
「手紙?どんな」
「『両親は墓の中にはいない。早く見つけてやれ』って。あからさまに怪しいし無視しようと思ったんだけど、どうしても気になるんです。もし本当ならちゃんと見つけてあげなきゃって……」
「その世話になってる養父母が知ってるんじゃないのか?」
「聞けないでしょ?そんな事」
「そりゃまあそうだな。とにかく内容は分かった。依頼を受けるとするとまずはSWORDを見つけ出すことが先決か。でないと当時の状況とか犯人も分からないしな。外見以外の特徴で何か覚えている事はないか?些細な事でもいいから」
フェアリーは少し考える素振りを見せて、さっきまでとは異なる歯切れの悪い口調でこう言った。
「特徴……って言うか、あいつらが『化け物』って叫んでた気が」
「『化け物』?」
「私も少し覚えてる。指先が、ううん爪だったかもしれない。すごく尖ってて、それであいつらの体を貫いたのを……なんてこんな話、信じられませんよね」
「いや。お嬢ちゃんが見た通り、そいつらも化け物と言ってたんだろ。理に適ってるじゃないか」
彼女はその名の通り、妖精のような微笑みを浮かべた。トーマの言葉がよほど嬉しかったらしい。
「信じてもらえて嬉しい。今まで誰にもこの話はした事なかったから」
「じゃ俺が初めてか」
「うん。だって誰も信じてくれないと思ってたもの。小さい時のショックで頭がおかしいんだとか、見間違いだって言われても悔しいし」
「化け物ってかさ、吸血鬼とか狼男みたいなのがいても不思議じゃないって俺は考えてる方だからな。そういうヤツって不死なんだろ。宇宙まで出てきてることもあるかもなって」
「ファンタジー好きなんですね」
「まさか。ただ人間は全知全能じゃないって思ってるだけだ。人知を超えた生き物ってヤツは、その存在を無視されるから認知されていないに過ぎない。だからこそ行動しやすいって事もあるだろうけどな」
「なんだかトーマさん、自分のこと話してるみたい」
「だったらどうする?目の前にいるのが怪物だとしたら」
「別に構いませんよ。人と怪物に違いなんてないもの」
「それは貴重な意見だな」
「だって両親を殺したのは怪物じゃなくて人間よ。SWORDさんが人間以外の生き物だとしても、あの人は私を助けてくれた。人間が善で怪物が悪なんて私は絶対に思わない」
トーマは興味深そうにフェアリーを見た。どうやら彼女は人間を憎んでいるように思える。両親を殺され、自身も危うく害されるところだったのだ。人間不信になっても当然かもしれない。だから自分のような異端者と平気で話せるのか。それとも単に命の恩人と似ているからか。
「まあ、そんな事はどうでもいいか。とにかく依頼は受けた。これから連絡を取る時のためにメール用の個人回線コードを教えてもらえるか?」
フェアリーは差し出された電子メモのようなものに、個人回線コードという、個人専用の通信機器、通称『I.B』のメールアドレスを打ち込んだ。
『I.B』は前記の電子メモ様の情報通信機器で、要するにスマートフォンの進化系だ。これには役所から配布される身分証明書という役割があり、五歳になると全ての人に支給される。この時代、宇宙都市に住んでいる者は全員マイクロチップを体内に埋め込んでいて、それにより各種決済や交通機関を利用する際のチケット機能、役所関連の届出といった基本的な事は何も持たずとも出来るようになっているのだが、何らかの事情によりエラーを起こす場合もあるので、I.Bにはその代用品としての機能もある。こちらにも生体情報が組み込まれているおり、他人が不正に使おうとすると即座に全機能にロックがかかる仕様になっているため本人以外は使えない。マイクロチップ内およびI.Bの情報は、このシステムを利用するようになってから現在まで大規模な流出はなく、現状信用度が非常に高いという事もあって秘密のやり取りにはもっぱらI.Bが使われる。
「これで商談成立だ。事情が事情だから出来る限り全てこちらで調べるが、また古傷に触るような事を聞く可能性は往々にしてあると思う。その辺は了承してくれ」
「分かってます。覚えている事はちゃんと話しますから。それはいいとして、お金はどれくらいかかるの?」
「基本的には調査の際にかかった経費プラス手数料。それに労力に見合った報酬だな。だけど仕事の内容と俺の依頼者に対する心証で桁が変わることもある。ま、要するに俺の気分次第ってわけだな」
「いいんですか?そんな事で」
「いいだろ、別に。俺一人でやってる事だし」
トーマの言葉に、楽しそうに声をたててフェアリーは笑った。こんなところを見ていると人間不信というのは勘違いだったのかと思える。それどころか凄惨な過去を持つ事すら感じさせられない。やはりショックが強かったため両親が殺された場面も曖昧だからか。
(まあどうでもいいか。金さえ入れば依頼人がどんな人間でも)
こんな不届きな事を考えているトーマである。実際、表沙汰には出来ない仕事も数多くこなしてきた。『よろず請負業』と銘打っている以上、太陽の下を歩ける仕事ばかりではないのだ。そうまでして金が必要な理由はあるのだが、そんな事をいちいち依頼人に話す義理はない。
「と、そうだ。例の手紙だけど今持ってきてるか?」
「あ、忘れてた。はい」
手紙はワープロ文字でこう書かれてあった。
《私は十五年前の事件を知る者だ。両親は墓の中にはいない。早く見つけてやれ》
「なんか味も素っ気もないな」
「普通こんな手紙は素っ気ないものでしょ。可愛く『❤』とかついてたら、逆に腹が立つもの」
「……そういう意味じゃないんだけどな。ともかく、この手紙は預からせてもらってもいいか?」
「はい」
商談を終えてフェアリーは出ていった。彼女が帰っていく、その後姿を窓越しに眺めた後、トーマはリビングに隠すようにして飾られている写真に目を向けた。そこには仲が良さそうに身を寄せ合って笑っている男女がいる。
「人と怪物に違いなんてない、か」
呟いて軽く笑うと写真から目を離し、仕事部屋へと移動する。
まずは『フェアリーの両親の遺体探し』の情報収集から着手する事にした。手紙のインク分析を専門家に頼み、機種の特定と書かれた時期を調べる手配をした。そして次にフェアリーの過去から現在に渡る身辺調査にかかろうとして、ふと、ある事が気になった。
(フェアリー・ローズ・ミラー?よくある姓だが、まさか)
フェアリーは姓を『ミラー』と名乗ったが、元の姓は『ブラウン』だった。そしてフェアリーの両親を殺害したのは、『ミラー財閥』という、交通、金融、建設など各方面で名を馳せている宇宙都市きっての名門財閥の末端に位置する人間だった。フェアリーの養父だという人物は、そのミラー財閥の人間なのだろうか?いや、そもそも殺されたブラウン夫妻の親類に『ミラー姓』の者がいるのか。調べてみるとすぐに情報が得られた。
(おいおい。ミラー財閥の人間どころか財閥総帥の三男じゃないか。それにブラウン夫妻とミラー家は姻戚関係にもなく繋がりがない。末端とはいえミラー家の人間がブラウン夫妻を殺した理由は何だ?)
自分達の身内がしでかした不始末の詫びに一人残された憐れな子供を引き取ったのか、それとも別の何かがあるのか。
(もっと詳しく調べる必要があるな)
基本的にトーマは、『調査』を依頼される場合を除けば、余程のことがない限り依頼内容について詮索はしない。金さえ貰えればいいと考えているからである。だから十五年前の件についても『殺し』を依頼されていれば理由を調査していたかもしれないが、『死体処理』を頼まれただけだったので特に事情を調べたりはしなかった。が、今回の件で改めて調べる必要が出てきた。こんな二度手間になるなら、これからは一応どんな依頼でも軽く調査しておいた方がいいかもなと、トーマは心の中でボヤいた。
その後、家に戻ったフェアリーは誰とも顔を合わせないように、即部屋に戻りベッドに寝転がった。
今日は本当に驚いた。あれほどSWORDに似ている人が、こんなに近くにいるとは思わなかった。しかも、それがあの悪名高い何でも屋だとは。しかし考えてみればSWORDも死体の始末を依頼されていたようだから、トーマと似た仕事をしていた人なのかもしれない。もしかすると仕事がら隠しているが、実は血縁者だという事も考えられる。銀の髪にトパーズの瞳などという珍しい特徴の持ち主など、そうそういるとも思えないからだ。
(もし本当にそうなら、やっとSWORDさんに会える。会えたら、あの時のお礼を言って、それから……)
そうして期待に胸躍らせているフェアリーの気分を害する音が、部屋のドアから聞こえてきた。誰かが部屋に入ってきたのだ。
「フェアリー・ローズ」
「……なあに、おば様。部屋に入る時にはノックくらいするのが礼儀でしょ」
「したわ。でも返事がなかったから」
「そう。それはごめんなさい。で、何の用?」
そっけない態度である。が、『おば様』はフェアリーのこんな態度には慣れているので、表面上は気にしないフリをした。
「フェアリー・ローズ。あなた8番街の『G.S→トーマ』に行ってたっていうのは本当なの?」
「本当よ。だけど外出の度に、いちいち尾行させるのやめてくれない?鬱陶しいったらないわ」
「仕方ないのよ。あなたはミラー家の人間なんだから。どこで誰が何の目的で狙ってくるか分からないのよ。それより、お金の為なら何でもすると言われてる人の所へ、どうして行ったの?」
「話す理由はないわ」
「理由はあるでしょ?私はあなたの母親なのよ」
「母親ですって?本当の親子の間でだってプライバシーくらい守られるでしょ。それが血の繋がらない相手なら尚更じゃない」
「一体どうしたの?前はそうじゃなかったわ。何かあったの?」
「………………知ってるのよ、私」
「何を?」
「おじ様もおば様も私の記憶が曖昧なのをいい事に、パパとママが殺された件について何か隠し事をしているでしょ?それが理由で私を引き取ったんだって知ってるのよ!」
フェアリーが『おば様』と呼んでいる人物は目に見えて動揺した。それはフェアリーの疑惑が確信に変わった瞬間でもあった。
以前いとこから聞いた事がある。今の両親は死んだ両親の何かを知って自分を引き取ったのだと。隠し財産か何かがあったのだろうか?それとも何か重要な秘密を知っていたとか。いずれにせよ情からではなく、目的があって引き取られた事に変わりはない。やっぱりという気持ちもあるが、それよりも怒りの方が強かった。何か言おうとしている養母を睨みつけ突き飛ばした。
「…………出て行って」
「フェアリー・ローズ!聞いて……!」
「誰も信じられない!あんたの話も聞きたくない!出て行ってよ!」
激情に駆られているフェアリーを見て、今は何を言っても聞いてもらえないと判断した彼女は部屋を出て行った。そうして次にここを訪れた時、部屋の主がちょっとした荷物とともに消えてしまっている事に気付くのである。