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SWORD  作者: mya
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第九話『SWORD』

 え?と頭上を見上げたのはフェアリーだけではなかった。その場にいた全員が、吹き抜けになっている天井を見上げていた。なぜなら巨大な天窓から差し込んでいた陽の光が何か大きな影に遮られ、突如、真夜中になったように暗くなったからである。鳥のような形の影。黒服のリーダーらしき男は、それに見覚えがあった。と…………

「ぎゃあっっっ!」

 影の一部がキラッと光ったかと思うとガラスが大きな音をたてて割れ、黒服の男の一人が悲鳴をあげて倒れた。見ると、その胸には一本の剣が刺さっていた。フェアリーも、彼女の両親を名乗っていた者も、黒服の男達も、あまりにも現実離れしている光景に一様に呆然としていた。暗さに慣れてきた目が認識したのだ。鳥に見えたものが実は人の形をしていると。“人の体から羽のように剣が生えているもの”だという事を。

「ひっ!ば、化け物だ!逃げろ!」

「な、何を言ってるの!何の為のマシンガンなの。早く撃ち落としなさいよ!」

「この距離では届きません!それより早くこのフロアを脱出した方が」

『無駄だよ。お前ら誰一人、生かしてこの家を出したりしねえ』

 『化け物』と呼ばれたものから発せられた声は、フェアリーにとって聞き覚えのあるものだった。恐ろしげに見えるその姿も微かに見覚えがある。いや、正確に言うと声も顔も、耳に光る大きな赤いピアスまで、よく知っている人と同じものなのだ。永遠に失われ、もう見られないはずだった銀髪とトパーズの瞳。

「……………………トーマ…………さん?」

「バカな!あいつは完全に死んでいた!あの状態で生きているはずはない!」

 パニック状態の一同を屋根に立って見下ろしていた『化け物』は皮肉な笑いを浮かべると、重力を感じさせない軽やかさで大広間へ飛び降りた。そしてフェアリーの方を見て、こう声をかけた。

「ガラスの破片で怪我しなかったか?」

「え?少し……。でも大丈夫です」

「そうか。悪かったな」

 近くで見ると、トーマより更に肌の色が白い。その白い肌のあちこちにタトゥーのような模様が浮かび上がっている。本当に非生物的な雰囲気だ。背中に見える剣は、間違いなく体の中から皮膚を通して生えているようだが、突き破っていて血が出ているという事はない。こんなものが自然に生まれた生き物であるとは思えない。正に化け物なのだが、トーマではないとすればフェアリーにはもう一人思い当たる人物がいる。だが。

「あ……あんたは何者?!何の用で来たの!」

 怯えながらもカタリナは威勢良く言った。それに対して剣の翼が生えた彼はニヤッと余裕の笑みを浮かべ、カタリナを見返した。

「いや。なんかここでモンスターの集いをやっているようだったからさ。俺も参加させてもらおうかと思って」

「モンスターの集いだって?あんたみたいな体から剣を生やした化け物にモンスター扱いされる覚えはないわよ!」

「剣を生やした化け物ねえ。俺としてもさあ、誘拐すりゃ人も殺す。他人を実験材料にする。そんな奴らに化け物呼ばわりされる覚えはないんだよなあ」

 聞き覚えのあるセリフにフェアリーはハッとした。十五年前から年をとったようには見えないが、人間以外の生物であるならそれもあり得る事かもしれない。やはりこの人は……。

「SWORDさん……やっぱりあなたはSWORDさんなんでしょ?」

「SWORDだって?そんなはずないわ!あいつは口封じしたはず……」

「口封じ?ああ、そう言えばあの時、夜襲をかけてきた来た奴らがいたっけな。あれはあんたらの差し金だったのか。なんせ俺は何人に狙われてるか分からない身なんでね。でも確かあの時は一人だけ生かして返したかな?“SWORDは殺した”って暗示をかけて」

「暗示?」

「ああ。催眠暗示ってヤツだ。後に解けたかもしれないけどね。その前に、これまた口封じの為だとか言って殺されていたら、バレないまま済んでるだろうな」

 カタリナはチッと舌打ちした。SWORDの予想通り、十五年前の件に関わった末端の者は全員が殺された。そのお陰でSWORDが生きているとは知られずに済んだのである。が、そもそも十五年前に青年だったものが今また青年の姿で目の前にいること自体、信じられない事実なのであるが。

 一方フェアリーは母親、ナンシーを抱きかかえたまま、SWORDの姿を凝視していた。ずっと会いたいと思っていた。今の家族に不信感を抱いてからは、SWORDの存在だけが生きる支えであるかのようだった。その人が目の前にいる。だが状況が状況でもあり、喜びは湧きあがってこなかった。と言うよりも、フェアリーにとってはトーマが思い描いていたSWORDその人だったのだ。彼を失った今、目の前にいる人は過去の幻影のようなもので、妙に現実味が薄く感じられる。その人間離れした姿もあって余計にそう思えるのかもしれない。

「ふん!せっかく生き延びたのにみすみす殺されに来るなんて、あんたも酔狂ね。いくら化け物だって蜂の巣にされたら今度こそ生きてられないわよ。ほら何してんの、あんた達!高い金払ってるのよ!さっさとこの化け物を撃ち殺してよ!」

 異形の者を前にしても一瞬だけの動揺で、すぐに自分を取り戻す精神力は、いっそ立派である。単に危機感が足りないだけとも考えられるが。しかし思考はまともな黒服の男達は、カタリナに言われてようやく自分達が武器を手にしている事を思い出し、早くこの化け物を処理して自分達の身の安全を図ろうと考えた。そうしてSWORDに全ての銃口が向けられた時、『彼』はフェアリーにひとこと言った。

「お嬢ちゃん、伏せてろ」

「え!?」

 『お嬢ちゃん』という言葉の響きに耳を疑っている間に、マシンガンの音が激しく鳴り響いた。白煙がもうもうと立ち上る中、誰もが蜂の巣状態になった彼を想像した。しかし視界を遮っていた白煙から現れたものは倒れた異形の者ではなく、それこそ銃弾のように飛んでくる何本もの剣であった。「うわあっ!」とか「ぎゃあ!」という悲鳴と共に、次々と黒服の男達が倒れていった。

 混乱の中、フェアリーは確かに見た。羽のように背中から生えていた剣が消え、それが再び両腕から生えてきて銃弾を防いだのを。その剣が今度は手のひらに移動し、そこから銃弾が発射されるように剣が飛んだのを。そして、ついには腕そのものが刃物に変形した。それはフェアリーの記憶の片隅に残っていた、十五年前に殺人者達の体を貫いた、あの姿であった。

 一瞬の事である。白煙から躍り出たSWORDは、飛来する剣から逃れた者達を、剣となった腕を使って切り倒していった。SWORDに殺された者達は、これが現実だとは信じられずに死んでいったことだろう。体から剣を生やした異形の者に切り殺されるなど、現実ではあり得ない事だと、誰しも思うであろうから。そうして残ったのはフェアリーの両親を名乗っていたブラウン夫妻と黒服のリーダーだけになった。あまりのことに、さすがに青ざめながら後ずさりする三人に、SWORDはゆっくりと近づいていった。そこで一番に口を開いたのはカタリナだった。

「あ、あんたは一体何なの?!」

「あんたらが言ったんだろう。俺は『化け物』だ」

「ま、待ってよ!あんた確か、あのトーマとかいうヤツと同じように金で殺しとか請け負っているんでしょう?今回は誰からの依頼で動いてるの?!」

「あんたの依頼主と一緒、と言ったらどうする?」

「そんな……ミラー財閥は最初から私を切り捨てるつもりだったの?」

 言ってからすぐにカタリナはハッとした。SWORDの表情が突然険しいものになったのに気づいたからだ。

「ミラー財閥が依頼主?……それってどういう事なの?」

 こう聞いたのはフェアリーだ。当然である。先刻からの話を聞いているとどうやら自分は元々ナンシーの娘で、それが実験の為に誘拐され、ブラウン夫妻の子として育てられた。つまり本来、間違いなくミラー家の人間だったのだ。なのにそのミラー家が、しかも財閥ぐるみで身内を他人に誘拐させ、実験台にするとは一体どういう事なのか。フェアリーでなくとも疑問に思うだろう。

 一方、首謀者を聞き出すために引っかけられたと知り、しまったと思ったカタリナだったが、SWORDの剣先(腕先?)が喉元に突きつけられ、話せと言うように見下ろされている状態では、下手に逆らうことも出来なかった。

「簡単な話よ。ここにいる亭主が元は建設業者をやってて、地球でミラー家の別荘を作る事になったのよ。そこで地質調査をしている中で大昔の研究データが見つかってね。雇い主に渡したら興味を持ったそうで、調べたらそれが不老不死とか、あらゆる災害や環境汚染なんかにも耐えられる体を作る研究だって分かったらしいわ。そうと知った財閥の総帥が亭主に命令したのよ。次に生まれたミラー家の人間を実験体にするので、その後誘拐して二十歳になる日まで自分の子として育てろって」

「おじい様が?なんで一族の人間って限定したの?」

「身内だったら万が一外部に漏れた時にもみ消しやすいからよ。赤の他人を誘拐したらどうしても最初は騒ぎになるし、ミラー家を敵視している連中に知られたらこれ幸いと世間に広められて財閥の名に傷がつくからね。だから私らに対しては共犯者にする事と大金を渡す事で口止めしたのよ。フェアリーを私らの子にしたのは、ミラー家の中でもごく一部の人間しか実験の事実を知らなかったから、事情を知っている人間を使いたかったってだけ。あんたの両親なんか特に無駄にお人好しで良識派ぶってるおかげで、一族の中では異端者扱いだからね。何も教えてもらっていなかったはずよ。さあ、これだけ話したんだから私は助けてもらえるわよね?」

 媚びるような上目遣いで、カタリナはSWORDを見た。が、SWORDが答えるより早く抗議の声が飛んだ。

「カタリナ!自分だけ助かろうっていうのか?二十年前の誘拐にしても今回の事にしても、私の意見など聞かずに勝手に話を推し進めたくせに!」

「うるさい!あんたが自分一人では何も出来ないから私が代わりにやってやったんじゃないの!報酬の話を聞いたときの顔、忘れちゃいないわよ!」

 この二人は夫婦というよりも共犯者としての意識の方が強いらしい。少なくとも二十数年は連れ添っているはずなのだが、どちらも自分の事だけを考えた身勝手な言い合いを繰り広げている。その醜い言い争いを止めたのは、黒服の男が放つマシンガンの音だった。体中に赤黒い穴をあけられたブラウン夫妻は、愕然として自分達が、いや、正確にはミラー家が雇っていた男を見た。

「…………なっ…………こ……の……恩知ら……ず………………」

「恩など受けた覚えはありませんな。私は貰った金の分の仕事はしてきたはず。部下も何十人と死なせた。その責任を、あなた方に取って頂きましょう」

「…………そんな……バカ……な……話が…………ぐふっ!」

 宇宙都市きっての大財閥の総帥に雇われ、その秘密の一部を握っているという結束力は強いと信じて疑わなかった。それは信頼関係などではなく、利害の一致だけというものであったが、その利益があまりにも大きかった為、誰も裏切る事はないと思っていたのだ。実際SWORDが現れなければ、こんな事にはならなかったはずである。この化け物は天が遣わした断罪人……死神かもしれない。俗事に塗れて生きてきたブラウン夫妻は、息絶える間際、初めて神の存在を信じた。

「どこまでも愚かだな。人間という生き物は」

 SWORDのトパーズの瞳がふと赤く染まった。その目をブラウン夫妻から黒服のリーダーに移すと、男は起爆スイッチのような物を手にしていた。

「何をする気だ?」

「もう一度聞く。依頼人は誰だ?」

「トーマ・イガラシだよ。俺の無念を晴らしてくれってさ。霊になって依頼に来たよ」

「ふざけるな。お前の独断でやった事じゃないのか?」

「分かっているなら聞くなよ。で、あんたは何をする気なんだよ」

「部下を多く死なせ、クライアントについても知られて、おめおめと生きては帰れない。ならば死なばもろともだ。化け物といえど木っ端微塵になればジ・エンドだろう」

 いかにも重々しく哀愁と威厳たっぷりに男は言ったが、SWORDの方は動じることなく、攻撃する様子も見せずに、元の状態に戻った両手を腰に当てて余裕の笑みを返した。

「さあな。試してみたらどうだ?」

「何だと?」

「すぐに押す気がないのが見え見えだぜ。それは爆弾のスイッチじゃないだろう。恐らくお嬢ちゃんが俺みたいな化け物に変化して制御しきれなくなった場合に使うつもりだった、催眠ガスかなんかの噴射スイッチじゃないのか?」

「チッ!」

「当たり!」

 黒服のリーダーはガスの効果を十分程度消す効果があるタブレットを素早く口に放り込んだと同時に、噴射スイッチを押そうとした。

「見るな、お嬢ちゃん!むこう向いてろ!」

 男がタブレットを口に放り込んだと同時にSWORDはそう叫んでいた。そして噴射スイッチを押そうとしていた手は動くこともなく、あり得ない位置から男の目に映っていた。男の首が胴体から離れていたのだ。SWORDが左腕をブンッと大きく振った直後、首が落ちる音とほぼ同時に壁がドンと鳴ったのをフェアリーは聞いた。腕を振って飛ばした剣が男の首を切り落とし、それが壁に突き刺さったのである。

「だから人間は愚かだって言ったんだ。自分達の手では制御しきれない物を作っておいて、結局は自分が滅ぼされる」

 母親を抱きしめ、言われた通り惨劇の現場から目を逸らしていたフェアリーの背後に立ち、SWORDはそう呟いた。憎しみと怒りと、ほんの少しの悲哀を漂わせながら。そうしてSWORDは一本の剣を握りしめ、フェアリーの首に突きつけた。

「…………苦しまないようにしてやるよ」

「どうして殺すの?私も人間だから?」

「違う」

「あはは……そっか。人間じゃないんだっけ。私、実験動物だもんね」

「違う」

「じゃあ、どうして?私、生きてちゃいけないの?それだけで罪になるの?」

「違う!そうじゃない!」

 SWORDの声が揺れていた。思わず振り返り見上げた彼の瞳は赤みを増し、本当に血の涙を流しそうに見えた。フェアリーは少し間をおき、キュッと唇を噛んでから彼の名を呼んだ。

「『トーマさん』」

 彼は全ての感情を押し殺したような表情をしていた。が、そこに言いようのない苦悩を見て取れたのは、フェアリーが人間的に成長したからか、単にそう思いたかったからだけなのか。ともかく彼は頭を横に振り、その後フェアリーから目を逸らして俯いた。

「『トーマ』じゃお嬢ちゃんを守りきれなかった。依頼を果たせなかった。『SWORD』に出来るのは狩りだけだ。もうお嬢ちゃんを守れない。だからせめて人間でいる間に殺してやる」

 言葉の最後には再びフェアリーの方を向いた。痛いほどの冷たさと哀しみをたたえた目は、SWORDの決意の固さを物語っている。しかし、そうと分かっていてもフェアリーは動揺を見せず、それどころか首に突きつけられた剣を強く握りしめた。痛みに顔を歪め、それでも剣を握る手の力を緩めず、ついには自ら指を切るようにその手を刃に沿って滑らせた。

「きゃあああっっっ!」

「ばっ……!何をしている?!」

 言ってからSWORDはハッとした。切れた指が瞬く間に修復していったのだ。

「…………お嬢ちゃん」

「痛い」

「当たり前だ!すぐ治るって言っても、感覚が全くないわけじゃないんだぞ!」

「そうよ。手を切っただけでこんなに痛いのに……トーマさんはあんなに撃たれてボロボロになって。そうまでして守ってくれた命を簡単に捨てることなんて出来ない!」

「お嬢ちゃんの秘密を最初から知っていたら守ろうとはしなかった……絶対に。それに一つ教えてやる。十五年前、俺はお嬢ちゃんを助けようと思ってあいつらを殺したんじゃない。あいつらが関係ない飼い犬まで面白がって殺しているのを見て無性に腹が立った。それだけの事だ。でなきゃ間違いなく見殺しにしていた」

「カレンさんに問いかけて、それでもそうした?そうは思わない。だってカレンさん、私が目の前の奴らを殺したいって思って、体の中が何かザワザワって変な感じになった時、『大丈夫よ。あの人が来るわ』って優しい声で止めてくれたもの」

「あいつは、ずっと眠り続けている!声なんか聞こえるはずがない!」

「うん。幻聴かもしれない。でも、その声が聞こえてすぐトーマさんが現れて……SWORDさんがトーマさんだって確信した時に思ったの。あれはカレンさんが、私が人ではない姿になるのを止めてくれたんだって。トーマさんが来てくれるから、もう大丈夫って教えてくれたんだって」

 この時に至ってSWORDの決意に迷いが生じたようだった。しかし、しばらくの沈黙の後、一度下ろしていた剣を再びフェアリーの首へ持っていった。

「今はどうだ?カレンの声は聞こえるか?聞こえるなら教えてくれ。あいつはやめろと言っているのか?どんな姿になろうが、たった一人で生きていく事になろうが、それでも生き続けるべきだと言っているか?教えてくれ。あいつは俺にどうしろって言っているんだ!」

 激しく言い捨てて、SWORDは床に剣を突き刺した。その剣に両手を乗せ、手の上に顔を伏せて肩を震わせる彼の頭を、フェアリーは両手で包み込むように抱きしめた。

「分からないよ。だけど私は生きたい。トーマさんだけじゃないもの。ママも命がけで私を守ってくれた。だから」

「そんな簡単な問題じゃない。いずれ分かる。が、分かった時には遅いんだ」

 それ以上SWORDは何も言わなかった。ただ赤い瞳を冷たく光らせ、自らを責めるように唇を強く噛んで血を滲ませた。やがて体を起こすとナンシーを抱き上げ、ドアに向かって歩き出した。

「ここを焼き払う。出るぞ」

「あの、ママは…………」

「まだ息がある。すぐに処置すれば助かるだろう」


 その後SWORDは、外に隠しておいたカバンから出した可燃性ガス発生装置と、遠隔操作可能な発火装置を家に設置した。そしてフェアリーとナンシーを安全な場所まで移動させ、ガスが充満した頃を見計らって発火装置のスイッチを押した。間もなく巨大な爆発音と共に爆炎が上がった。その炎を遠目に見ながら、SWORDはナンシーの怪我の処置をした。それが一段落した頃、ナンシーは意識を取り戻した。この時フェアリーは安心と疲れから眠ってしまっている。

「トーマ・イガラシ。私を殺さなくてもよいのですか?」

「殺すつもりなら治療なんかしねぇよ」

「私はミラー家の人間です。それに意識は朦朧としていましたけど、あなたが少なくとも普通の人間でない事も聞いて知ってしまいましたわ。それでも?」

「俺はお嬢ちゃんを殺せなかった。その時点でアウトさ。お嬢ちゃんだって間違いなくミラー家の人間だし、俺が化け物だって事も知ってる。ま、あんたが俺の事をベラベラ誰かに喋ったりしたら、改めて殺しに行ってやるよ」

「誰かに話してしまった後では遅いのではないですか?」

「話さないだろ。娘を誘拐させたり、その娘を取り返すためにあんたらが犯人の事を調べているのを知って、万一殺そうとしてきた場合に備えてわざわざ替え玉を用意していたようなヤツらに義理立てする必要ないだろうしな。ましてやその替え玉が、ミラー財閥の銀行に融資を受けて返済できずにいた夫婦で、借金を帳消しにしてやる上に子供が一生食うに困らない金を用意してやるから死ね、なんて言われた……といった事情があるようじゃね」

「そこまでご存知だったのですか」

「調査してね。その言い方だとあんたも知ってたんだな」 

「替え玉だったと知ったのは誘拐された時です。カタリナさんが全て嬉々として話してくれましたわ。ですがフェアリー・ローズがあなたの所へ行くより前に、私たち夫婦宛てに『十五年前の事件を知っている。本当の両親の元へ返す為に近々お嬢さんをもらい受けに行く』といった内容の手紙が来ましたから。もしかすると、とは思っていました」

「お嬢ちゃんに手紙が来たのと前後してってところか。ま、あんたらもプロを雇わずに身内にお嬢ちゃんを取り戻させようとしたのはうかつだったな。良識派のあんたらの事だ。まさかあいつらが殺しまでやるとは思っていなかっただろ」

「プロの誘拐屋さんに知り合いがいなかったものですから」

「まあ普通は誰でもそうだろうな。とにかく心配しなくても、今回の事が公になるようならその時こそ関係者は全員殺す。実際ミラー家は実験データを持っているしな。いずれ潰しにかかる事もあるだろう」

「当然だと思いますわ。ただ一つだけお願いがあります」

「願い?」

「フェアリー・ローズを……娘を、あなたの側に置いてやって下さい。そうして頂ければミラー家の未来などどうなっても構いません。恐らく主人もそう言うでしょう」

 SWORDはしばらく黙っていた。迷っていたのではない。ただ複雑な胸中が即答を妨げたのだ。

「金持ちの考える事だから、恐らくお嬢ちゃんも不老長寿の実験がなされているだろう。これから何十年、実験が成功していたら何百年も年をとらないまま、周りの人間が年をとって死んでいく中一人で生きなければならない事になる。それが分かってるから殺そうと思ったんだ。けど出来なかった。その時に、もう面倒をみる覚悟は出来ている」

「ありがとうございます。これで安心して死ねますわ」

「バカ言うな。あんたが死んだらお嬢ちゃんからの依頼料や、この手術代も請求できなくなるだろ。死にたきゃ俺が頂くものを頂いてから、俺の目の届かない所で勝手に死んでくれ」

 ミラー家は宇宙都市のみならず、地球に住む人間でもその名を知らぬ者はいないと言われる大富豪である。いくら不死身といえど、正面きって敵にまわす事は出来ない。自分の生きる目的、それを果たすまでは何があろうと生き続けねばならないからだ。その為には今回の件に関わり、全てを見てきたナンシーを生かしておくべきではないのかもしれない。危険の芽は少しでも摘んでおくに越した事はない。分かっているのに、それが出来ない自分をSWORDは恨んだ。恐らくナンシーが今回の件について、誰にも何も語らないだろうと理解できてしまうのだ。他の誰でもない、フェアリーの為に死ぬまで何も言わないだろう。そう思うから殺せない。姿がどうあろうとも人の心を失くしてはいない彼のプライドである。


 ナンシーの手術を終えた後、SWORDは無人タクシーを拾い彼女を病院へ送り届けた。弾は取り出したとはいえ術後の管理は必要だからである。そして自身はフェアリーを伴い帰宅した。

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