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002 海斗の実力

 こちらの戦力は両校の男女を合わせて4~500人。

 この場にいない生徒を含めても600人前後だろう。


 一方、ゴブリンの軍勢は1000体以上。

 10体に1体くらいの割合で赤いゴブリンが混じっていた。


 戦力差は2倍を超える。

 しかし、俺たちの戦いは拮抗していた。


 緑ゴブリンの強さが想定を下回っていたのだ。


 たしかに腕の力は強いし、分厚い牙と爪も恐ろしい。

 だがそれだけだ。


 警戒していれば恐るるに足りなかった。

 動きは鈍く、頭は悪く、リーチは短い――雑魚だ。


 渡辺がやられたのも不意打ちを食らったからだろう。

 警戒していれば組み付かれることはない。


「見た目がキモいだけで楽勝やな」


「こんなんにビビるんかいな東京モンは」


「言うてシンセはアスリート揃いやからなぁ」


「陰キャはシンセじゃやってかれへんもんな」


 大阪勢の男子が奮闘している。

 彼らの学校は「シンセ」の略称で通っているようだ。

 会話の内容から察するにスポーツ全般で有名な新世界高校だろう。


「関西弁の奴ら好き放題言いやがって……」


「でもあいつらのほうが強いのは間違いないしな……」


 八王子八天(はちてん)高校――通称「八校」の男子は軟弱者ばかり。

 九頭竜がふんぞり返れる学校なので高が知れるといったところか。


 そんな八校のメンバーでありながら奮闘している者がいた。

 ――俺だ。


「気をつけろ、こいつらは頭を潰さない限り死なないぞ」


 俺は戦いながらゴブリンの倒し方を調べていた。

 現状で分かっているのは、頭部以外の攻撃が致命打になり得ないということ。


 足を潰せば動けなくなるし、手を潰せば攻撃できなくなる。

 だが、死なない。普通に動く。

 胴体への攻撃は痛がるだけで効果がなかった。


 一方、頭部は非常に脆い。

 粉砕せずとも強めの力でぶん殴ればそれで死ぬ。

 だから的確に顔面を攻撃すればサクサク倒すことができた。


「死んだゴブリンは光になって消える。だから死んだふりをしている奴は――」


「ぎゃああああああああああああああああ!」


 悲鳴が聞こえる。

 シンセの男子がゴブリンの死んだふり作戦に引っかかっていた。

 アキレス腱を食いちぎられて転げ回っている。

 見ているだけで痛々しかった。


 床には他にも多くのゴブリンが伏せている。

 漏れなく死んだふりをしているクソ野郎共だ。


「だから言わんこっちゃない。後ろで眺めているだけの女子はゴブリンの死んだふり作戦を止めろ。地面に這いつくばっているゴブリンがいたら頭を踏みつけるんだ。それくらいならできるだろ」


「わ、分かった!」


 女子たちは頷き、ビクビクしながらもゴブリンを踏みつけていく。


「安心しろ、ゴブリンは頭が悪い。普通に戦って勝てないと分かったら死んだふりをする。他の攻撃パターンはない。それは赤い奴も同じだ」


 赤ゴブリンについても把握済みだ。

 身体能力は緑ゴブリンより一回り高く、頭の悪さは緑と同じ。

 緑の単純な強化版だ。


「格闘技関連の部に入ってる奴は赤い奴を狙うんや、ええな?」


 シンセの大男が言う。


「俺らは赤色をしばいたらええんやな」


「任せてや!」


「スパー相手にちょうどええわ」


 ボクシング部と思しき連中が赤色と戦う。

 危なげない試合運びだ。


(これなら楽勝だな)


 戦いながら今後のことを考える。

 そのくらいの余裕は十分にあった。


「東京モンのくせに骨あるやんお前」


 シンセの大男が話しかけてきた。


「俺は大堂(だいどう)。大堂雲水(うんすい)や。シンセのアタマ張っとる。お前は?」


「夏野海斗。八王子八天高校の一生徒だよ」


「夏野って言うんか。お前の動き格闘技とはちゃうな。せやかて俺みたいなストリートタイプでもない」


「ご名答。俺はどちらでもない。北海道の山に籠もって身につけた動きさ」


「サバイバル仕込みってわけやな、おもろいやんけ」


 大堂は赤ゴブリンの頭を掴んで地面に叩きつけ、更に全力で踏んづけた。

 自らをストリートタイプと言うだけあって喧嘩慣れしている動きだ。


「なぁ夏野、この魔物共しばき終わったら一緒につるもや」


「悪いが遠慮させてもらうよ」


「なんでや?」


「この戦いを無事に乗り切ったら分かるさ」


 形勢が徐々にこちらへ傾いていく。

 その時、どこからともなく角笛の音色が響いた。


「ゴブ? ゴブゴブ!」


「ゴブブ!」「ゴブッ!」


 ゴブリン共が撤退を始めた。

 どうやら退却の合図だったようだ。


「逃がすか!」


 八校勢が追い打ちをかける。

 相手が逃げ出した途端に気を大きくするとは悲しい奴等だ。

 同じ制服を着ていることが恥ずかしい。


「人間なめてんちゃうぞオラァ!」


 大堂が拳を突き上げる。

 シンセの生徒たちが「オラァ!」と続いた。


「大堂、やっぱお前やばいな、暴れまくってたやん」


「ゴブリン何体殺してん」


「50は()ったんちゃうか?」


 大堂の周りにシンセの男子が群がる。


「たぶんそのくらいやろな」


 大堂はすまし顔だ。

 嬉しそうには感じられない。

 九頭竜ならここぞとばかりに戦果をアピールするのに。


「今回は俺よりやばいのがおるやろ――アイツや」


 そう言って彼が指したのは俺や。


「夏野、お前は何体くらい倒したんや」


「んー……」


 いちいち数えていなかった。

 なので戦闘内容を振り返ってカウントする。


「たぶん200くらいかな」


「に、にひゃく!? 大堂で50とかやのにアホぬかせや東京モン」


「ホラ吹くのも大概にせぇや」


「これでも少なく見積もったつもりなんだが……」


 シンセの連中が腹を抱えて笑い出す。


「この東京モン頭イッとるで」


「いや、こいつは嘘なんかついてへん」


 大堂の言葉でシンセの男子が静まった。


「夏野はほんまに200、いや、もっと倒してるねん」


「ほんまか? 大堂」


「ほんまや」


 ロビー全体がガヤガヤする。

 シンセだけでなく八校の生徒も愕然としていた。


「やばいやんけ」


「人間ちゃうんちゃう?」


「えぐすぎやろ」


「ほんまえぐいわ」


 シンセの連中が「えぐい」を連呼している。

 どうやらこの「えぐい」は「やばい」の上位互換らしい。

 最初は容姿を馬鹿にされているのかと思って傷ついた。


「そういやゴブリンの戦い方を叫んどったのもアイツやろ」


「ほんまや、たしかにアイツや」


「なんやアイツ、戦闘のプロか? えぐっ」


 しばらくの間、俺は全員から賞賛されまくった。

「えぐい」というワードで。


 ◇


 落ち着くと次の問題がやってきた。

 ――これからどうするのか。


「とりあえず指揮系統を1個にするべきやろ。俺が頭やるわ」


 これは大堂の提案で、シンセの連中はそれに賛同した。


「なんで俺たちのことを東京モンとか言う奴らと組まないといけないんだよ」


「どうせ力に物を言わせて好き放題するのが目に見えている」


 九頭竜をはじめ八校の連中は猛反対。

 ロビーでは八校とシンセの男子たちが喚き合っていた。

 女子は学校の垣根を越えて怪我人の手当をしている。


「お前らなぁ、それは筋が通らんやろ。さっきの戦いでやられたんは大半がシンセやねんぞ。なんでか分かるか? お前らがビビってまともに戦わんかったからや。女子はともかくお前ら男子やろ。なめてんのか? あぁ?」


 大堂が声を荒らげる。


「そんな言い方したって意味ねぇよ。こっちだって倒した数は同じくらいなんだから」


 こんな時だけ俺をカウントに含める九頭竜。

 俺を抜けばシンセとの差は圧倒的なのが嘆かわしい。


「なぁ夏野。お前、シンセにつけや。お前と女子は大事に扱うからよ。ウチは実力主義やから東京モンだろうがやる気のある奴は歓迎や。馬鹿にもせん。な? ええやろ」


 大堂が勧誘してくる。

 シンセの野郎連中は「ええやん」「おいでおいで」と微笑みかけてきた。


「は? ふざけんなよ。そんな横暴が通るかよ。夏野はウチのメンバーだっての」


 いよいよ俺を「ウチのメンバー」扱いする九頭竜。


(まぁこうなるわな)


 ゴブリンを殴っている時からこの展開は目に見えていた。


 大堂は仕切り屋タイプだ。

 九頭竜とは違って実力があって人望が厚い。

 こういう環境だとリーダーに立候補するのは自明の理というもの。


 九頭竜や八校側が受け入れないことも容易に想像できた。

 大堂の下についたら服従せざるを得なくなる。

 それが嫌なのだろう。

 俺としても誰かの下につくなんてまっぴらごめんだ。


 この手の問題は日常生活だと殴り合いで解決できる。

 しかし、こんな環境下で人間同士が殴り合うなんて愚の骨頂だ。

 力で勝っているシンセ側もそんなことは分かっている。

 だから先の見えないブーイング合戦が続く。


「海斗、お待たせ」


 琴乃がやってきた。

 パンパンに膨らんだリュックを二つ持っている。

 一つは背負っていて、もう一つは両手で抱いていた。

 華奢な彼女には重いようで顔が歪んでいる。


「俺の指定した物はあったか?」


「うん、あったよ。全部かは分からないけど」


「オーケー」


 琴乃から受け取ったリュックを背負う。


「何してんねん、夏野」


 大堂が怪訝そうに見てくる。

 その場にいる全員が俺と琴乃に視線を向けた。


「大堂、これがお前とつるめない理由だ」


 俺は背後の自動ドアを親指で指した。


「俺たちはここから出ていく」


「なっ……!」


 場が騒然とする。


「アイツが出ていったらヤバイんちゃうの」


「大堂の4倍も魔物しばいた奴やろ」


「アイツおらんようなったら東京モンに価値ないやん」


「どうすんねん」


 次の瞬間、ドスンッと大きな音が響いた。

 大堂が地面を踏みつけたのだ。

 それによってロビーが静まり返る。


「こんな状況で出ていくなんて許されへんやろ」


 睨んでくる大堂。


「こんな状況だからこそ出ていくんだよ」


「なんでや」


「フットワークが軽いからな。少人数のほうが好きに動ける。それに何より俺は他人に指図されるのが好きじゃないんだ。だからこの場にはそぐわない」


「自分勝手な奴やな」


「そうだよ、自分勝手だ」


「そんなん認められへんで」


 九頭竜が「そうだぞ」と大堂に同意する。

 他の生徒にしてもそうだ。

 貴重な戦力に抜けられては困るのだろう。


「悪いが決めたことなんでな」


「なら変えてもらおか。そうせな血ぃ見るで?」


 大堂が目の前まで歩いてきた。


 誰もが息を呑む。まさに一触即発だ。


「ふむ」


 俺はリュックを地面に置いた。


「血を見るのは俺じゃなくてお前になるけどいいか?」


 またしても場がざわつく。


「大堂になんて口きいてんねや」


「アイツ死ぬで」


 シンセの男子連中がひそひそ声で話す。

 俺と大堂が殴り合うのを願っている風にも感じた。


「夏野、お前……」


 大堂が俺を睨む。

 俺も大堂の目から視線を逸らさない。


「……やめや、やめやめ。ここで争ってもなーんも得せぇへん」


 大堂が俺に背中を向けて離れていく。

 シンセの連中は「嘘やろ」と驚きを隠しきれない様子。


「好きにしろ。他にも出ていきたい奴は出ていけばええ。勝手にいねや。せやけどな、出戻りは許さへんで。戻ってきたら殺す。脅しやなくてほんまに殺すからな」


「戻る気は最初からないさ」


 俺は再びリュックを背負い、琴乃と二人でホテルを出る。

 止めてくる者はいなかった。


「すごかったね海斗! あんな怖い人にもビビらないなんて!」


「大堂が殴ってこないことは分かっていたからな」


「そうなの? なんで?」


「アイツがあそこで暴れる程度の馬鹿なら、俺と揉める前に九頭竜のことを殴って八校勢を従わせようとしているさ」


「そこまで考えていたんだ。でも、もしその目論みが外れて殴ってきてたらどうしたの?」


「その時は返り討ちにするだけさ」


「あっさり言うねぇ」


「まぁな」


 舗装された道路を道なりに進んでいく。


「そういえばあたしたちってどこを目指しているの?」


「漁港だよ。船に乗ってこの島を脱出しようと思ってな」


「おお! 名案! でも、魔物って港の方から現れたんじゃ?」


「堤防で遭遇したとか言っていたからおそらくそうだろうな。ホテルに襲来した魔物の群れも漁港のある北魔窟町の方面から来たし」


「だったらやばいじゃん! 何か策とかあるの?」


 俺は「ふっ」と笑った。


「なんにもないよ」


「ダメじゃん! やばいじゃん!」


 喚く琴乃。


「ま、なるようになるだろ」


 俺は彼女の頭をポンポンと叩いて落ち着かせた。


お読みいただきありがとうございます。

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