012 腕試し
「全て終わった。これでもうホテルの連中は何もしてこない」
斉藤邸のリビングで皆に報告する。
「どんな仕返しをしたの?」
などと琴乃たちは訊いていたが、俺は「かなりきつい報復だよ」としか言わないでおいた。
流石に詳細は言えない。
思い返すだけで金玉がヒュンッと縮まるような内容だから。
「どうぞ夏野さん、お茶です!」
小太郎は馴染んでいて、立派なお茶汲みになっていた。
ここでも彼はカーストの最下層にいるが、本人は満足気だ。
「もう馬鹿な無法者が来ることもないし、今度こそ紫ゴブリンを偵察してくるよ」
小太朗の淹れたお茶を飲み干して立ち上がる。
「海斗がいないと不安だよ」
琴乃が目を潤ませながら見てきた。
「大丈夫、男なら小太朗がいる」
「お任せ下さい!」
「いやー無理っしょ」
苦笑いで言ったのは由梨だ。
「小太朗、ウチらより弱いもん! 海斗を待っている間に腕相撲をしたけど楽勝だったよ! ていうか小太朗、シェリーにも負けてたし、腕相撲で」
「まじかよ……」
「ワンッ!」
シェリーが「マジだよ」と言いたげに鳴いた。
「僕は大器晩成型なので、今はまだ弱いだけです!」
「まぁ戦闘能力は期待してないから何でもいいけどな」
「ちょっと夏野さーん!」
女子たちが愉快気に笑う。
クールな佳奈も笑みを浮かべていた。
「朝も言ったが、リスクを取らなければ前に進めない」
由梨と佳奈、小太朗は承諾した。
しかし琴乃は頬を膨らませて不満そうだ。
「そんな顔をするな。もう安全だから」
琴乃の頭を撫でて微笑む。
「あたしらじゃなくて海斗が心配なんだってば」
「大丈夫、俺は強いから」
「分かってるけどさぁ」
「駄々をこねても結果は変わらないぞ?」
「分かってるよ……分かってるもん」
琴乃はぷいっとそっぽを向いた。
「やれやれ」
「海斗のお嫁さんはワガママだねー」
「うっさいうっさいうっさぁい!」
喚く琴乃。
そんな彼女を笑いながら、俺は斉藤邸を発った。
◇
斉藤さんのスポーツカーで走りやすい海岸線を攻める。
さながら高速道路のような快適ルートを通って北魔窟町に到着した。
「あの船は……」
港に大きなコンテナ船を発見した。
コンテナターミナルに突き刺さる形で停泊している。
昨日、琴乃と町へ近づいた時にはなかった船だ。
俺たちがゴルフ場へ向かった後に到着したのだろう。
コンテナの中身はこの島の人間なら誰でも知っている。
多少の日用品と大量の食料品だ。
「あの船の食料があればしばらく生活に困らないな」
幸いにもコンテナ船はまだ生きている。
ターミナルに突っ込んでもなお、前に進もうとしていた。
航行している最中に世界が変異して操縦者を失ったのだろう。
「ゴブ!」「ゴブブ!」
「ゴッブゴブ!」「ゴブ!」
ゴブリンが俺に気づいた。
無理もない。
道路のど真ん中に突っ立ってコンテナ船を見ていたのだ。
バレないほうがおかしいというもの。
「さて、紫はどこだ?」
緑や赤のゴブリンを屠りながら道路を歩く。
この二色ならどれだけ群がられても問題ない。
慣れてしまえば何もいないのと変わりないレベルだ。
「小太朗が言うには大堂とはこの辺りで戦っていたはずだが……」
地面に大堂のものと思われる血痕があった。
それは町の外へ向かって続いている。
無事に逃げおおせたようだ。
小太朗の目撃情報が正しいことを確信する。
「いねぇなぁ、紫」
民家のほうへ向かう。
すると――。
「夏野やんけ!」
「ほんまや、なんでこんなとこに」
新世界高校の男子が20人ほどいた。
「付近の家を荒らすつもりか?」
「そうやけど……って、夏野、後ろ!」
「ん? あぁ、赤か」
裏拳でサクッと赤ゴブリンを倒す。
「赤を軽々と……」
「やっぱえぐいわ……」
「なんやねんあの落ち着きよう……」
赤を倒したぐらいで大袈裟な反応だ。
「家を物色するなら早くしろ。俺はもうじき帰るが、それまでなら守ってやる」
「ほんまか!?」
「お前たちと争う理由はないからな。だが過信するなよ。守るといってもこの付近で魔物を狩るだけだからな」
「それで十分や! 助かるで!」
シンセの連中は嬉々として民家に侵入し始めた。
ある者は扉を蹴破り、ある者は窓ガラスを割る。
どちらも音の鳴る行為で、魔物がぞろぞろ寄ってきた。
「音に引き付けられる習性があるのは間違いないな」
狭い通路に押し寄せるゴブリンの群れを処理していく。
そして1300体ほど倒した時、お待ちかねの紫が現れた。
「ようやくお出ましか」
俺は「おい!」とシンセの連中を呼ぶ。
周辺の家から「なんやなんや」と男子が顔を出す。
彼らは紫に気づくと震え上がった。
「俺が時間を稼ぐから撤退しろ」
「ええんか?」
「最初から紫と戦うのが目的だからな」
「恩に着るで!」
「そう思うなら教えてくれ。九頭竜は死んだか?」
男子の一人が何ら悲しむ様子もなく答える。
「死んだで。ずっと泣き喚いとったわ」
「そうか」
「ほな先に! 夏野も死になや!」
「分かっている」
連中と紫ゴブリンの間に立つ。
「来いよ紫、相手になってやる」
「ゴヴォ!」
望むところだとばかりに突っ込んできた。
想像していたよりも機敏な動きだ。
「別格とは聞いていたがこれほどか」
迫り来る紫の引っ掻き攻撃を軽やかに回避する。
「油断していたら俺も食らっていたかもしれんな」
レジャーナイフを抜いて逆手に持つ。
「今度は俺の番だ――オラァ!」
言葉とは裏腹に様子見の攻撃に終始する。
決して深く踏み込むことはない。
「ゴブッ、ゴーブブーン♪」
紫は鼻歌を歌いながら攻撃を躱す。
周囲に他のゴブリンもいるが、襲ってはこない。
親分の戦いに介入するのは無粋とでも思っているのだろうか。
それとも隙を窺っているだけか。
「どちらでも問題ねぇ!」
一進一退の攻防を繰り広げる。
(コイツが奥の手を隠していない限り負けはないな)
紫の強さは大体分かった。
プロボクサー並みの攻撃速度にヒグマ並みの攻撃力。
それはそれは強力だが、体格の小ささが足を引っ張っている。
「満足したし引き上げるか」
戦いながら徐々に後退し、魔方陣から出た。
紫は追撃を止めて魔方陣の中央へ向かう。
代わりに緑と赤が襲ってきた。
「紫は魔方陣から出ないのか」
思えばホテルに襲来したのも赤と緑だった。
夜中に南魔窟町を闊歩していたのだってそうだ。
「明日には島を出られそうだ」
ホッと息を吐く。
それでは帰るとしよう。
そう思って振り返ると、シンセの男子連中がいた。
「紫と互角にやりやってたやん!」
「なんやねんあの動き!」
「夏野ほんますごいわお前!」
「めっちゃかっこよかった!」
「痺れたで!」
連中は俺に群がって歓声を上げた。
揃いも揃って食料でパンパンのリュックを背負っている。
「九頭竜も死んだことやしホテルに戻ってけーへん?」
「せや。夏野が俺たちを仕切ってや!」
「夏野なら安心できるわ!」
「頼むわ!」
シンセの連中は現金だ。
九頭竜を殺されて怒ってもいいはずなのに……。
「すまんが、俺は少数で行動したいから遠慮しておくよ」
「どうにかならへん?」
「ならないな」
「そっかぁ、残念やなぁ」
本当に残念そうだ。
その顔を見ていたら何かしてやりたくなった。
「お詫びってわけじゃないんだが、いいことを教えよう」
連中が「おっ」と目を輝かせる。
「実は――」
連中が大喜びするとっておきのネタを話した。




