表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

011 報復

 斉藤邸にシンセの男子四人組が押し入っていた。

 狙いは女子の誘拐だったようだ。


 俺は間一髪で間に合った。

 いや、間に合ったとは言いがたい。


 女子たちは怯えきっている。

 それでも、最悪の事態は避けることができた。


 目の前に転がるシンセの巨漢。

 もしかしたら死んでいるかもしれない。

 後頭部を狙った蹴りが頸椎に当たってしまった。


 死んでいたとしてもかまいやしない。

 むしろ死ねたほうが相手としては嬉しいだろう。

 生きていた場合、死ねなかったことを悔いるはずだ。


 絶対に許さない。


「うげっ! 夏野!」


「戻ってきたんかい!」


「こんなタイミングで……!」


 残る三人の野郎共が驚いている。


 ゴミと話す言葉は持ち合わせていなかった。


「ウゴォ!」


「グハッ!」


「ゴホッ!」


 問答無用の攻撃で三人とも仕留める。

 顎を殴れば一発で気絶した。


「遅くなってすまない」


 部屋の隅で怯える琴乃たちを立たせた。

 それからシェリーの頭を撫でる。


「怖かった、怖かったよ、海斗」


 琴乃が泣きながら抱きついてくる。


「よく頑張ったな」


「うん……うん……!」


 琴乃の背中を撫でながら、由梨と佳奈を見る。

 二人は安堵の笑みを浮かべていた。


「ところで海斗、後ろの男子は?」


 由梨が小太郎を指して言った。

 それによって琴乃が気づき、「小太郎だ!」と声を上げる。


「夏野さん、かっこよかったです! やっぱりすごいです!」


 小太郎は両手に拳を作って興奮している。


「アイツは八校の鈴木小太郎。新しい仲間だ」


「は、はじめまして! よろしくお願いします!」


 小太郎が上半身を直角に傾けて挨拶する。


「たしか九頭竜にいじめられていた人」


 佳奈がボソッと言った。


「あー、それで見覚えあったんだ!」


「いずれ夏野さんみたいに強くなりたいと思っています!」


「それは無理っしょー!」


 由梨が音速で返す。


 小太郎は「ぬぐぐ」と言葉を詰まらせた。


「落ち着いて話すのはあとにして、小太郎、さっそくだが仕事だ。こいつらをガレージに運ぶから手伝ってくれ」


「分かりました!」


 泡を吹いて倒れている四人のゴミをそのままにはしておけない。

 然るべき制裁を加えた後にホテルまでお届けする必要があった。


「あたしらも手伝うよ!」


「いや、その必要はない」


 俺は琴乃の頭を撫でる。


「三人は休んでいてくれ。そろそろお腹も空いてきた頃だろう。何か食べるといい」


「でも……」


「大丈夫だから」


 小太郎と一緒に巨漢の男を持ち上げる。

 縦にも横にも大きな奴で、コイツだけは一人だときつかった。


「うぐぐ……重い……」


 小太郎は首筋に血管を浮き上がらせている。

 生まれたての子鹿の脚より細い腕は、見た目通り非力のようだ。


「小太郎よりあたしのほうが力あるから! ほら、小太郎、どいて!」


 困惑する小太郎。

 指示を仰ぐように俺を見る。


 俺は琴乃に言った。


「ここから先は誰にも見せたくないんだ。だから手伝わないでくれ」


 どうやら今の俺は怖い顔をしているようだ。

 琴乃は「ひっ」と息を詰まらせてから「ごめん」と頭を下げた。


「むしろ俺のほうこそごめんな」


 話がまとまったので運搬を開始した。


 ◇


 ガレージにて。


「これで運び終えたな」


「次は何をすればいいでしょうか!?」


 小太郎が目を輝かせながら尋ねてくる。


 俺は目の前の転がっている四人の男を眺めながら言った。

 仲良く仰向けで倒れている。


「お前は2階のリビングに言って女子と打ち解けてこい」


「えっ」


「ここからはお前にも見せる気はない」


「分かりました」


「俺はしばらくしたらこいつらを連れてホテルに乗り込むから、そのことも伝えておいてくれ。俺が戻るまではこの家から出ないように、とも」


「お任せ下さい!」


 小太郎がガレージから消えていく。


「さて、始めるか」


 まずは四人の男に猿ぐつわを嵌める。

 掃除に使っていたであろう雑巾を口に押し込み、吐き捨てないよう紐で縛った。


 続いて後ろ手に縛っていく。


 最後に脚を広げさせ、左右の足首をそれぞれ縛って固定。


「これでよし」


 電力の死亡で腐った牛乳を顔にぶっかけて四人を起こした。


「んぐぐっ!?」


「んぐうう!」


 起きた瞬間、連中は何が何やら分からない様子だった。

 だが数秒後には事態を把握した。

 目をカッと見開き、体をモゾモゾさせて、何やら訴えている。


「おうデカブツ、お前、生きていたんだな」


 巨漢の男を見て微笑む。


 相手は完全に怯えきっていた。


「大丈夫、お前は最後だ。琴乃に手を出そうとしていたからな」


 俺は壁に立てかけてあるゴルフクラブを取った。

 最も飛距離の出る一番ウッド――ドライバーだ。


「これでもゴルフの経験があってな、平均スコアは70台後半なんだ」


 ドライバーでロン毛野郎の股間をつつく。


「なかなかいいゴルフボールだ」


「んぐぅ! んぐぐ! んぐぅ!」


「これならホールインワンもありえるなぁ」


 ロン毛野郎が涙を流しながら何か呻いている。

 他の三人の顔は青ざめていた。


「目指すぜホールインワン、うおりゃ!」


 全力でクラブを振る。

 ドライバーは的確に男のボールを捉え――はしなかった。

 意図的に外したので、ズボンのすぐ上を通り過ぎる。


「まずは素振りをしないとな」


「んぐぉ……」


「おいおい、漏らすなよ。掃除が大変だろ」


 ロン毛野郎が小便を漏らしやがった。

 どこまでも足を引っ張るゴミだ。


「もしかして本当に当てると思ったのか?」


「んぐ……!」


 ロン毛野郎が泣きながら笑みを浮かべる。


「もちろん本当に当てるぜ」


 その笑みが崩れた。


「ナイッショ!」


 今度は全力でボールを打った。


 ロン毛野郎は断末魔の叫びを上げて気を失った。

 いや、気絶ではなくショック死したか。


「よーし、去勢完了(ホールインワン)だ。時間が押しているからサクサクいかないとな」


「「「んぐぅううううううううううう!」」」


 その後も着実にホールインワンを決めていった。

 ラストの巨漢にいたっては、順番が来る前に漏らしていた。

 なんとも情けない奴だ。


「こんな汚い奴らをSUVで運びたくねぇな」


 ということで、連中の乗ってきた車で運ぶことにした。

 細身のロン毛とボクシング部らしき男をトランクに押し込む。

 巨漢を後部座席に寝かせて、特徴のない男は助手席に。


「きっちり型に嵌めてやるからな、九頭竜」


 俺はホテルに向かった。


 ◇


 ホテルについた時、思わず息を呑んだ。

 酷い有様のロビーで寝ている者が多くいたのだ。

 おそらく夜通し魔物と戦っていたのだろう。


「あ、夏野やんけ! お前はホテルに入ったらあかんやろ、抜けたんやから!」


 車を止めてロビーに足を踏み入れた途端、シンセの男子が駆け寄ってきた。

 目の下にクマができているあたり、こいつらも寝不足のようだ。


「質問なんだが、九頭竜はどこだ?」


「九頭竜なら602号室で……って、ちゃうやん! お前入ったらあかんやろ!」


「九頭竜を始末したら二度と来ないから安心しろ」


「始末って、お前、九頭竜ボコりにきたんか」


「違う、始末しに来たんだ」


「なんでもええけどあかんで、抜けた奴は入ったらあかん決まりや」


 男は通り過ぎようとする俺の肩を掴んできた。


「親切に部屋を教えてくれたから3秒だけ待ってやる。その手を離せ」


 俺は脳内でカウントダウンを始めた。


「なんでキレてんのか知らんけど、今は人間同士であら――ゴヴォ!」


 男は盛大に吹き飛んでいく。

 派手な飛びように反してダメージは少ないはずだ。

 咄嗟に体を引いてダメージを軽減された。

 格闘技経験者なのだろう。


「敵や! 敵が来たで!」


 俺に殴られた男は、鼻血を出しながら叫んだ。

 これによって周辺で寝ていた奴らが一斉に起きる。

 そいつらも「敵や!」と叫び、上の階から生徒が続々と集まってきた。


「魔物おらんやんけ、誰やねん敵いうた奴。しばくぞ」


 誰かが怒っている。


「敵は魔物ちゃう! 夏野や! 夏野が襲ってきよった! 九頭竜を殺す言うとるで!」


「なんやて!」


「あ、ほんまや! 夏野おる!」


 場が騒然とする。

 瞬く間にシンセの男子が俺を包囲した。

 彼らの外側には八校の女子たち。


「何事だ」


 そこへ九頭竜が現れた。

 わざわざ自分からやられに来るとは。


「探す手間が省けたな」


 俺は小さく笑う。


「夏野、お前まさか、報復に……!」


 九頭竜の言葉には答えない。

 代わりにこう言った。


「お前、大堂を殺しただろ?」


「なっ……!」


 九頭竜の反応を見て分かった。

 やはりこいつが大堂を殺したようだ。


「大堂が九頭竜に殺されるとかあるわけないやん」


「何を言うてるんや夏野」


「せやせや」


 周囲の人間は誰も信じていない。

 大堂が撤退に成功したことを知らないなら当然の反応だ。


(ま、こいつらに詳細を教えてやる必要はないな)


 俺は咳払いをして話題を変えた。


「九頭竜、お前は俺の仲間に手を出した。その罪は命で償ってもらう」


「戯言を……! お前ら、夏野を倒せ! 俺たちの敵だぞ!」


 九頭竜が命令を下す。

 シンセの連中は困惑気味。

 それでも何人かは前に出た。


「お前ら、本当に俺と戦うつもりなのか? 九頭竜のために」


「それは……」


「俺はどっちもでいいが?」


「あかん……」


 結局、九頭竜の命令に従う人間は一人もいなかった。


「おい、お前ら、いけよ! リーダーの命令だぞ!」


「「「………………」」」


「無様だな、九頭竜。では遠慮無くお前だけ始末させてもらうとしよう」


「グッ……クソ、クソガァァアァ!」


 九頭竜が突っ込んできた。

 ここで逃げても後がないと分かっているのだろう。


「相変わらずザコだな、お前は」


 俺は九頭竜のパンチを避け、カウンターをお見舞いした。

 失神しないようミドルキックで腹部を攻める。


「ガハッ……!」


 九頭竜はその場に倒れて動かない。


「ミドル一発で気絶させおった」


「やばすぎやろ……」


「なんやあの蹴り、えぐっ……」


 シンセの男子連中が驚愕している。


(いや、こいつは気絶などしていない)


 九頭竜からはこちらを狙う気配がひしひしと感じる。

 ゴブリンと同じく死んだふり作戦をしているのだ。


 俺が油断したら襲ってくるつもりだろう。

 隠し球は内側の胸ポケットに仕込んでいる何かだ。

 ペティナイフないしは食事用のナイフが濃厚か。


「他愛もない。こんな奴、殺す価値もないな」


 九頭竜に背中を向けて歩く。

 あえて奴の作戦に嵌まってやることにした。


「あめぇんだよぉ! 夏野ぉおおおおおおお!」


 案の定、九頭竜は起き上がり突っ込んできた。

 地を這う蛇の如く低い位置からの攻撃だ。


 明らかに今までよりもキレのいい動き。

 この卑怯な不意打ちが十八番のようだ。


「姿勢を低くしたら捉えにくいもんな。だが、その突進には弱点がある」


 俺は膝を上げた。

 そこへ九頭竜は顔から激突して吹き飛んだ。


「お前みたいなヘボじゃこうなるってことだ」


「ガッ……な、なづのぉ……」


 九頭竜の手からナイフが落ちる。

 睨んだ通り食事用のナイフだった。


「冥土の土産にナイフの使い方を教えてやろう」


 そのナイフを拾い、俺は九頭竜の太ももに刺した。

 恐ろしい勢いで血が溢れ出す。


「あんがあああああああああああ!」


 九頭竜の悲鳴がロビーに響く。

 周囲の生徒は愕然とし、顔を青白くした。


「大腿動脈を刺した。大量出血による失血死は時間の問題だ。表面を縫うだけでは意味がない。この環境でお前が助かる可能性はゼロだ」


 改めて九頭竜に背中を向ける。


「助けてくれ、夏野、俺が悪かった、謝るから……!」


「もう遅い。お前は超えてはならないラインを超えてしまった。死んで償え」


「夏野ォオオオオオオオオオオオオ!」


 ゆっくり歩く。

 九頭竜の泣き叫ぶ声を堪能するために。


(もしかしたら俺はサイコパスかもしれないな)


 人を殺すことに何の躊躇もしなかった。

 相手が外道とはいえ、もう少し動じてもいいはずだ。

 にもかかわらず、むしろ清々しい気持ちすら抱いていた。


「悪魔だ……!」


 誰かが俺を指して言った。


「悪魔か」


 ふっ、と笑う。


「少なくとも天使ではないな」


 出ていく俺を止める者はいなかった。


 ゴルフ場から別の車を調達して南魔窟町へ向かう。

 すぐ近くの北魔窟町で紫ゴブリンと戦いたいが、それは後にしよう。


「もっと早く警告しておくべきだったな」


 車を運転していると涙が出てきた。

 後悔の涙だ。

 琴乃たちに怖い思いをさせてしまった。


「心を鬼にしないと仲間を守り切れないな、この世界じゃ」


 もう二度と、誰にも仲間を傷つけさせない。

 強く誓った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ