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001 魔物襲来

初日は2話投稿! 次は18時に!


 その日のことは今でもよく覚えている――。


「悪いな琴乃(ことの)、お前は唯一無二の親友だが、恋愛感情を抱いたことは一度もない。だから付き合うことはできない」


「そっか、そうだよね……うん……」


 春宮(はるみや)琴乃が項垂れる。

 長い銀髪が彼女の顔を隠した。


「いくらリゾートホテルだからって、ロビーで告るのは失敗だったね。観光地補正でいけるかなって思ったんだけどさ、へへっ」


 琴乃が力の無い笑みを向けてくる。


「たしかにホテルのロビーで告白されるとは思っていなかったが、場所は関係ないよ。あと、この島は俺にとって観光地ではなく、ただの“地”だ」


 高校三年になる俺たちは、修学旅行で魔窟島(まくつじま)のリゾートホテルに来ていた。


 魔窟島は静岡県浜松市の約40km南にある人口1000人程度の島。

 面積は約50km²で、島民の大半が農業か漁業に従事している。

 10年ほど前に国策でリゾート地と化したため昨今は観光客が多い。


 この島は俺の故郷だ。

 中学までこの島で暮らした後、高校進学に伴って東京へ移った。

 俺からすれば宿泊先であるこのホテルも含めて新鮮味のない場所だ。


「振ったからって変に気を遣わないでよね。今後も友達としてよろしく!」


「おう」


 ロビーのソファに並んで座り、ガラス張りの窓から外を眺める。

 隣接しているゴルフ場から野太い歓声が聞こえてきた。

 誰かが素晴らしいショットを決めたのだろう。


「あー、だりぃ、スマホ忘れた。おいゴミ、俺の部屋に行って取ってこい」


 耳障りな声が聞こえる。

 振り向くと同じ制服を着た目つきの悪い金髪野郎がいた。


 九頭竜(くずりゆう)正義(まさよし)だ。

 175cmの65kg――身長と体重は俺と同じなのに、筋肉の付き方が軟弱である。

 この男は正義という名に反してクソ野郎で、いつも誰かしらをイジメていた。

 俺のいないところで。


「九頭竜じゃないか!」


 俺は笑顔で話しかける。


夏野(なつの)(かい)()……!」


「フルネームで呼んでくれるとは光栄だな」


 九頭竜に胸ぐらを掴まれている男子を見る。

 おかっぱ頭のチビガリ眼鏡こと鈴木小太郎だ。

 九頭竜に最もイジメられている男。


「俺が言ったセリフを忘れたのか? 九頭竜」


「……チッ」


 九頭竜は舌打ちすると小太郎の胸ぐらから手を離して去っていく。


 彼は俺の前だと誰もイジメない。

 高1の時、俺に三度のKO負けを喫したからだ。


 一度目は入学式の一週間後。

 俺にイジメを咎められた九頭竜は逆行して殴りかかってくるも、カウンターで顎を捉えられて気を失った。


 二度目はその翌日。

 放課後に俺を呼び出してタイマンを挑むも、またもやカウンターを受けて失神。


 三度目はそれから翌週のこと。

 放課後、俺を屋上に呼び出し、10人の不良仲間と共に襲ってきた。

 これをあっさり返り討ちにした挙げ句、不良仲間も含めて半殺しにした。


 その時に俺は言った。


「俺は聖人君子ではないからイジメをやめろとは言わない。イジメたければ勝手にしろ。ただし、見ていて不快だから俺の見えるところではするな」


 こうして、九頭竜は俺の前だとイジメをしなくなった。


「ありがとうございます、夏野さん!」


 小太郎が深々と頭を下げてくる。


「別に助けたつもりはねぇよ」


「それでもありがとうございます!」


 何度も頭を下げてから小太郎は走り去った。


「海斗のそういうところが好きなんだよね、あたし」


 琴乃がニヤニヤしながら腕に抱きついてくる。


 「ふっ、どういうところだよ」


 琴乃から視線を逸らしてエントランスホールを見る。

 赤ん坊を抱いた女性がロビーの様子を窺っていた。

 ソファの空きを探しているようだ。


「あの女性に席を譲ろう。琴乃、ここを取っていてくれ」


「はーい! ほんと海斗は優しいね」


「普通だろ。赤ん坊を抱いている女性に優しくしない奴はクズだ」


 俺は立ち上がって女性に近づく。


「そこのソファ、よかったら使ってください」


「いいのですか?」


「はい、お気になさらず」


「ありがとうございます」


「いえいえ。それにしても可愛らしい赤ちゃんですね。何ヶ月ですか?」


「今日でちょうど――」


 女性が話している最中のことだ。

 ドドドドドドッと轟音が響き、大地震が俺たちを襲った。

 震度7すら生ぬるいと感じるレベルの巨大な揺れだ。


「うおっ!」


 立った状態を維持できず床に両手を突く。

 その頃には既に揺れは収まっていた。


「大丈夫ですか!?」


 顔を上げて赤ん坊連れの女性を見る――はずだった。


「あれ?」


 女性がいない。

 どこにも見当たらなかった。


「どうなっているんだ……? そうだ、琴乃!」


 慌てて振り返る。

 琴乃はソファにしがみついていて無事だった。

 すぐに揺れが収まったからか建物の被害も見られない。


「大丈夫!? 海斗!」


「俺は大丈夫だ! そっちも問題ないようでよかった」


 大きく息を吐いて立ち上がる。

 何か変わっていることはないかと見渡し、そして気づいた。


「人が消えている……」


 誰かしらが常駐しているはずのフロントが無人になっていた。

 先ほどまでチェックインの手続きをしていた老夫婦も見当たらない。

 俺と話していた赤ん坊連れの女性以外にも多くが消えていた。


「おいおい、なんなんだ」


「地震があったけどどうすりゃいいんだ」


「先生はどこだ」


 外や他の階にいた同級生が一階に集まってくる。

 その中には九頭竜の姿もあった。

 学生は消えていないようだ。


「えらいでっかい地震やったなぁ」


「阪神淡路大震災もこんなんやったんかな」


「もっと大きいやろ、あの時はガラスが粉々やったっておかん言うてたで」


 他所の制服を着た生徒も続々と集まってくる。

 奇しくも魔窟島を修学旅行の目的地に選んだ他校の学生だ。

 コテコテの関西弁から察するに大阪の高校生だろう。


「どうなっているんだろ?」


 琴乃が近づいてきた。


「分からないが学生以外の人間が消えたかもしれない」


「え、そんなことってあり得るの?」


「あり得るからこんな状況に陥っているんだよ」


 俺は深呼吸をして脳を落ち着かせる。


「この様子だとパニックが無限に拡大するぞ。避難したほうがいいな」


「海斗はこんな状況でも冷静だね」


「祖父との山暮らしで身につけたことさ」


 高校に入るまで、夏休みは祖父と二人で北海道の山に籠もっていた。

 北海道の山は危険に満ちていて、クマやイノシシと遭遇したこともある。

 ただ遭遇するだけに留まらず、戦闘になったこともあった。

 素手でヒグマを追い払ったこともある。

 そういった経験が俺を強くしていた。


「面倒だが階段を使おう。エレベーターは止まる可能性がある」


「あたしは海斗に従うよ」


 琴乃と二人でその場から離脱しようとする。


 ここで新たな問題が発生した。


「助けて! 助けてぇ!」


「やばいやばいやばい!」


 数人の男子生徒がホテルに逃げ込んできたのだ。

 彼らの様子が尋常でないことは一目で分かった。

 揃いも揃って服に大量の血液を付着させている。


「何があったんだよ」


 人だかりから一歩出て尋ねる九頭竜。


「九頭竜! やばいんだ! 助けてくれ!」


「そんなんじゃ伝わらんやろアホが。いてこますぞボケ!」


 190cmはあろうかという大柄の男が不快そうに言う。

 剃り込みの入った威圧的な坊主頭で、明らかに他校のボスだ。

 我が校のボスである九頭竜とは風格が違っていた。


「アイツの言う通りだ。それじゃ分からん。何があったかはっきり言え」


「俺たちもよく分からねぇんだよ。堤防で釣りをしていたらいきなり地面が光って、なんか化け物が出てきて、渡辺を襲ったんだ!」


「光? 化け物?」


「本当なんだって! 大きさはこのくらいだ!」


 どうやら1メートル前後のようだ。


「全身が緑の化け物で、最初は全身に色を塗った地元のガキだと思ったんだよ!」


 子供と見間違うということは人型なのだろう。


「だがあれは人間じゃねぇ! 渡辺を押し倒して、そして……食っちまいやがったんだ!」


「食っただと!?」


「そうだよ! あの化け物、嬉しそうに渡辺のことを食いやがった! 俺たちの服についている血はその時に飛んできたものだ!」


「アホちゃうお前ら、人間を食う緑の化け物なんかおるか」


 坊主の大男が笑い飛ばす。他の関西勢も笑った。


 ウチの生徒を見ても「そんなまさかなぁ」と笑っている者が大半だ。


「本当なんだって! 早く扉の鍵を閉めてくれよ!」


「馬鹿を言うな。勝手に閉められるわけないだろ。自動ドアだし」


「東京モンの見世物ってけったいやのう」


 坊主の大男がゲラゲラ笑う中、俺は血まみれの連中に近づいた。


「何の用だよ、夏野」と睨んでくる九頭竜。


「お前に用などない、黙ってろ」


 九頭竜は舌打ちして後ずさる。


「二つ質問がある。答えろ」


 連中は俺を見て「ひぃ」と震え上がる。

 我が校のボスが九頭竜だとしても、彼らが最もビビるのは俺だ。

 不良仲間の威を借りてイキるクソザコ野郎ではない。


「その化け物の数は? 一体か?」


「ち、違う。どこからともなくポンポン出てきたんだ。結構な数だと思う」


「なんやあいつ、ほんまに信じてんのか? 化け物の話」


 俺は振り返り、大男に「そうだよ」と返す。


「お前らは気づいていないみたいだけど、学生以外の人間が消えている。この異常事態なら化け物の話だって信じるさ」


 ここでようやく俺と琴乃以外の奴らが気づいた。


「本当だ! フロントのお姉さんがいねぇ!


「ベルボーイも!」


「他の客もいねぇ!」


「先生も来ないし!」


 騒がしい背後の連中を無視して二つ目の質問をする。


「お前らはどうやって逃げてこられた?」


「どうやってって、普通に走ってだけど……」


「追いかけられなかったのか?」


「追いかけられた。追いかけられたよ。でも逃げ切ったんだ。あいつら遅いんだよ。だから捕まることはなかった」


「そうか、よく分かった」


 話は終わりだ。

 俺は周囲の人間から距離を取って考える。

 聞いた話を脳内でまとめ、連中の状況から推測していく。

 さらにこの後のことも考える。

 数秒で計画を練った。


「琴乃」


「ん?」


 俺は声のトーンを落とす。


「もうじきここに化け物の群れが襲来すると思う」


「マジ!?」


 琴乃が叫んだせいで皆がこちらを見てくる。

 何も言わないでいると、すぐに他へ目を向けた。


「ごめん、大きな声を出しちゃった」


「続きを話すぞ」


「うん」


「俺は化け物と戦うから、お前は階段で上に行って今から言う物を集めてリュックに詰めてくれ」


「分かった」


「まずは――」


 俺は素早く説明する。


「――以上だ。覚えたか?」


「うん、探す順番は?」


「食糧を最優先。あとは適当でいい」


「了解!」


 琴乃は両校の生徒で溢れかえったロビーを抜けて階段に向かう。

 それを見計らったかのように化け物の群れが迫ってきた。

 その数は優に1000体を超えている。大軍だ。


「ひぃいいいいいい! 出た! ば、化け物だぁあああああああああ!」


 血まみれの連中が悲鳴を上げる。

 化け物の存在を信じていなかった奴らの顔が真っ青になった。


「これでお前らも信じたか? 化け物は本当にいるんだよ。ま、あれは化け物といいうより魔物だがな」


 慌てふためく生徒連中を見る。


「ファンタジー作品でよく見るだろ――あいつはどう見てもゴブリンだよ」


 魔物は映画やアニメでお馴染みのゴブリンに他ならなかった。


「ま、今は化け物だろうが魔物だろうがゴブリンだろうが何だっていい」


 俺は右手を突き上げる。


「気を引き締めろ! 俺たちに逃げ場なんかないんだ! 生きたいなら戦え!」


 ゴブリンは律儀に自動ドアなど通らない。

 恐れ知らずのタックルでガラス張りの窓を突き破った。


「戦闘だ!」


 俺は「うおおおおお」と雄叫びを上げながら近くのゴブリンを殴り飛ばした。


お読みいただきありがとうございます。

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