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開店初日

 イツキの思った通り、手紙を受け取ったあの日から兄達の怒涛のアプローチが始まった。


 あの日以来、毎日差出人不明で真っ赤な薔薇の花束が届くようになり、その度にバーンスタイン家では「アリスお嬢様! クリフォード殿下から今日も薔薇の花束が届きましたよ!」と使用人達がキャッキャと嬉しそうに騒ぎ出した。


 だが、私とイツキだけは知っている。この薔薇の花束の送り主がクリフォード殿下ではなく、ブラッド・ハートネット、つまり、美月お兄様である事を。


 私は一応表向きには、この国の第1王子であるクリフォード殿下の婚約者だ。それを知りながら他の殿方からこのようなプレゼントを受け取るなど言語道断。

 美月お兄様もそれはわかっているのか、差出人の名前は記さず送ってくれるのだが、こんなキザな事をしてくる相手に思い当たるのが1人しかいないのと、一緒に添えられた手紙に書かれた「僕の可愛いアリスへ」の文字で、嫌でも確信させられた。


 さらに、この国の第2王子であるアラン殿下が毎日のように可愛い手土産を持って遊びにくるようになった。使用人達は「今日もアラン殿下がおいでですよ! 弟君からも慕われるなんて、アリスお嬢様はまさに未来の王妃に相応しいお方!」と興奮気味に語るが、当の婚約者であるクリフォード殿下とはまだ一度も顔を合わせていないという事を皆忘れてはいないだろうか。




 アラン殿下との今日の和やかなお三時の時間を終えると、アラン殿下は「じゃあね! またね、アリー!」と笑顔で手を振る。

 それだけで「きゃぁ〜! 可愛い〜!!」と使用人達の甲高い声が響き渡る。砂月お兄様のあざと可愛さは現世でも健在だ。


 その声援にも満面の笑みで手を振る。

 そのまま部屋を出ると、部屋の前で待機していたエディをチラリと横目で見て、告げる。


「抜け駆けはダメだよ」


 一瞬ヒヤリとするような目をエディに向けると、すぐさま元の可愛らしい表情に戻った。


「またね〜!」


 そう言って笑顔で去っていくアラン殿下の背中を、エディは複雑な表情で見送った。


「兄さんはズルいね」


 エディは誰にも聞こえない声でそう呟いた。





「アラン殿下と何話してたの?」

「……いや、大した話は。それより、出掛けなくていいの?」


 あっ、そうだった! いつもの闇市に行く時間だ。

 私は慌てて玄関に急ぐ。

 すでに荷物や馬車の手配を済ませてある所が、流石だ。私達はいつものように馬車を走らせ、闇市に向かった。


 市場に着くと、馬車の中でカメ玉を舐め、久城アリスに変身する。もう慣れたものだ。



「よう」


 カマルの前を通ると、師匠がひょっこり顔を出す。


「こんにちは、師匠」


 イツキは表情を変えず、静かに頭を下げる。


「どうだ? 繁盛してるか?」

「はい、おかげさまで」

「ははっ、そりゃよかった」



 実際こうして商売が出来ているのは、師匠のおかげだ。



 私は開店初日の日の事をふと思い出す。


 私は店舗を借りた次の日から、さっそく壺作りを始めた。

 まず土魔法で大量の土を出すと、粘土を捏ねるように成形する。次に風魔法を使い、ろくろの要領でさらに形を左右対称に整える。最後の仕上げに炎の魔法で乾燥させ、焼き上げた。

 すると、みるみる内に、何の変哲もない平凡な壺が出来上がった。


 カンストのせいなのか、魔力は全く尽きる事がなく、壺はどんどん出来上がっていく。イツキから「姉さん、どこまで作る気!?」と止められた時には、店を埋め尽くす程の壺が出来上がっていた。


「姉さん……作るのはもういいから、取り敢えず売ろう……」



 そうは言っても、なかなかお客さんは来ない。


 師匠から「これ好きに使え」と貰ったお店の看板用の板に、「パワーベイス-聖なる壺-」と書いて店前に立て掛けておいた。



 ……が、あれから何時間か経っているのに、一向にお客さんがやって来る気配はない。



 イツキは「売ろう」と言った割に、店の裏で優雅に紅茶を飲みながら本を読んでいるだけだし、変装も簡易的な平民の変装しかせず、カメ玉を使おうともしない。一度カメ玉を渡したが、「いい。僕は本でも読んで時間潰してるから、姉さんは好きなようにやってなよ」と断られてしまった。

 イツキにとっては、このお店が繁盛しようがしまいがどちらでもいいのだ。イツキにとっては、これは万が一破滅してしまった時の為の保険に過ぎない。イツキはむしろ私が破滅すること自体を防ぐつもりなのだ。

 だからといって、冷たく突き離す訳でもない。むしろ私が満足するまでとことん付き合ってくれる。あの子は昔から私のやる事を絶対に否定しないのだ。

 そんなイツキの為にも、もう少し頑張らなくちゃ。私はもう一度気合を入れ直す。



 さて、その為にはまずこのお店を知ってもらわないと。


 …………で、どうやって?

 私が頭を抱えていると、タイミングよく師匠がお店に顔を出す。


「よう、やってるか? って、うわっ! なんだ、この壺の量!?」

「師匠〜〜〜〜〜」


 私が思わず縋るような目で見ると、師匠はははっと笑い飛ばした。


「どうしたんだよ、さっそくお困りか?」


 私は事情を説明すると、「なんだ、そんな事か」と笑う。


「俺が宣伝してやろうか?」

「いいんですか!?」


 師匠はこちらを見て口角を上げる。



 …………あ、なるほど。お金ですね。


 うーん、こういう時の相場はいくら位なのだろう。力のある師匠にこの店の評判をふれ回ってもらえるのなら、多少の投資は必要だ。惜しみたくはない。


「銀貨30枚でどうですか?」

「…………お前な。いくら金持ちだからって、そんなホイホイ出そうとすんなよ」


 師匠は呆れ顔で言う。


「でもこのままだと商売が……」

「バーカ」


 師匠は私の頭をポンと優しく叩く。


「お前、俺を何だと思ってんだよ。このくらいでいちいち金取らねえよ。俺の弟子なんだろ?」


 私はコクリと頷く。


「俺が宣伝しといてやるから、お前は静かに店番でもしとけ」



 そう言って師匠がお店を出てから少しすると、みるみるうちにお店を埋め尽くす程のお客さんが集まってきた。


「なになに? 聖なる壺?」

「はい! この壺を部屋に置くだけで、あなたが今心に抱える悩みを取り除いてくれます。何か今悩んでいる事はありませんか? まずはそれを教えてください!」



 なんて。本当はただの壺だけど。


 私の目的は、こうして相手の話を聞く事にある。誰かに話をするだけで、不思議と悩みがなんて事ないと思える事がある。そうなればもはや悩みを取り除いたも同じ事。そのタイミングで壺を買えば、さも壺を買ったから悩みが解決したと思い込む、というのが私の作戦だ。もちろんお金をいただく分、話は納得するまでたっぷり聞くつもりだ。



 ところが、私の作戦はそう簡単にはいかなかった。


「……あぁ〜、きょ、今日は遠慮しておくわぁ〜」

「お、俺もちょっと用事思い出した! ま、また今度来るわ!」



 こんな大勢がいる前で、悩み事など言える訳はなかった。

 さっきまでいた店中を埋め尽くす程のお客さんはあっという間にいなくなってしまった。



 と、思ったら、1人だけじっと舐め回すように壺を見ているお客さんがいる。

 魔道具ではない普通のローブを羽織り、フードを目深に被った少女だった。


「いらっしゃいませ。何かお悩みがあったら聞きますよ」


 近寄って声を掛けると、少女はビクリと身体を震わせ、蚊の鳴くような声で答えた。


「あ、あの……」


 少女が話すのを躊躇しているのがわかると、私は努めて穏やかに微笑んだ。


「奥で座って話しましょうか。美味しい紅茶もありますから」


 少女がコクリと頷いたのを確認すると、奥の客人向けの丸テーブルへ案内した。


「どうぞ」


 私は店の奥からイツキが入れてくれた紅茶を拝借し、少女に差し出す。


「ありがとう……ございます」


 少女は少し俯きながら礼を言うと、紅茶のカップを手に取り、口に運んだ。


「……美味しい」

「でしょう? 私も大好きな味なの」


 少女は少し緊張がほぐれたのか、ローブの下から微かに笑ったのが見えた。

 少女は一呼吸置くと、私に話しかける。


「…………あの、さっき言ってた話って……本当……ですか?」

「さっき言ってた話?」

「悩みを……取り除いてくれるっていう……」

「ええ、本当ですよ。何か悩んでいる事があるんですね」


 少女はコクリと頷く。


「良ければ、話してもらえませんか。そうしたら、あなたに合った壺を紹介できるから」


 少女は持っていたカップを置くと、意を決して話し始めた。




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