家族からの手紙
「まだ時間はあるから、姉さんの店で兄さん達の手紙の中身を確認しよう」
私はイツキの提案にコクリと頷いた。
カマルの店主から「鍵は開いてるから好きに使え」と言われた通り、扉はすんなりと開く。
昼間はカマルの店にいて留守だというのに、随分無用心だと思ったが、「俺の家に忍び込もうなんて勇気のある奴がいるなら、拝んで見たいもんだな。まぁその瞬間命はないけどな」と返された。
私がいつか侵入者と間違われない事を祈る。
師匠の住まいであるこの家も、きちんと掃除が行き届いていて、綺麗な空間だった。テーブルや椅子、整理棚等、必要な家具は一式揃えてあり、埃1つ見当たらない。売る物さえあれば今すぐにでもお店を開店できそうだ。
私が思わず「レオ◯レスみたい」と言うと、「姉さんずっと実家暮らしだったのに、なんでそんな事知ってるの」と呆れた顔で返された。
それは高校の時、賃貸情報を見ながら実家を出て一人暮らしする自分を妄想して楽しんでいたからだけど。
私達は適当に椅子に腰掛け、1通ずつ手紙の封を切る。
「これは美月兄さんからだね」
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親愛なる僕のアリスへ
お目覚めかな、お姫様。
僕の新しい名前は、ブラッド・ハートネット。
ハートネット公爵家の嫡男だよ。
新しい僕もよろしくね。
あぁ、新しいアリスもきっと可愛いんだろうね。
早く会いたいな。
今日も愛してるよ。
美月
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「…………胸焼けしそう」
イツキが今にも吐きそうな顔をしている。
美月お兄様は、女性にはいつも息をするように甘い言葉を吐く。妹の私にはその甘さは必要ないのに、もはや病気なのか、いつもキラキラした笑顔で言うのだ。
なんか私も心なしか胃がムカムカしてきた。
「つ、次行きましょう」
「……そうだね」
イツキは2枚目の手紙の封を切った。
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アリスへ
田月です。僕はオリバー・フェルトンという人でした。
フェルトン家は、アリスと同じ公爵家のようです。これから社交会で会えるかもしれないね。
僕じゃ大して力になれないかもしれないけど、困った事があったら何でも相談してくれていいからね。
田月
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田月お兄様の優しさが、文面からも滲み出ている。でも優しいからこそ、美月お兄様からいつも都合よく利用されてしまうのよね……。
イツキは3枚目の手紙の封を切った。
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大好きなアリーへ
アリー元気? 僕は元気だよ!
ねぇ、聞いて聞いて! 僕ね、王子になったんだ!
アラン・ユーレティシア。この国の第2王子だよ! すごいでしょ!
お城は退屈だよー! アリー早く遊びに来てー!
砂月
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「砂月お兄様すごい」
「第2王子なら、もしもの時の力になってくれるかもしれないね」
イツキは4枚目の手紙を開けた。
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アリスへ
名月だ。私は宰相の息子、ギルバート・コープになった。
公爵家なら手紙のやり取りをしても問題ない。何かあったらすぐに連絡を。
名月
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「名月兄さんがギルバートか。イメージ通りだね」
「そうなの?」
「うん。彼は若くして宰相になる優秀な人だよ」
名月お兄様らしい。神様も性格を加味してくださったのかしら。
イツキは5枚目の手紙を開けた。
どうやらこれが最後の手紙のようだ。
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私達の可愛い可愛いアリスちゃんへ
アリス、新しい家で何か不自由はしてないか?
必要な物があったら何でも届けさせるから遠慮なく言いなさい。
それから、男には絶対に気を付けるんだよ! 男はみんな狼だからね! 目も合わせちゃいけないよ! わかったね?
アリスちゃん、お母様よ。わかる?
あぁ、私アリスちゃんに毎日会えないのかと思うと寂しいわ。
でもあの神に頼んで、アリスちゃんの写真をこっそり持ってきておいてよかった。これで少しは気が紛れるわ。
P.S. 私達、この国の王と王妃になりました。
父、母
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「…………王!? と王妃!?」
お父様、お母様…………。
そんな大事な事を最後についでみたいにブッ込まないでください。
「父さん達がこの国のトップ…………姉さんが破滅する前にこの国が破滅しそう」
イツキも青い顔で頭を抱える。
イツキは知っているのだ。アリスに言い寄る男がいようものなら、相手が自分に利益をもたらす相手であろうと、容赦なく叩き潰す事を。
想像すると胃がキリキリと痛み出すので、この件を考えるのはやめにした。
「ま、まぁそれは置いておいて。それより直近で考えるべきは兄さん達かな」
「お兄様達?」
お兄様達に何か問題でもあるのかしら。
私が不安そうな顔をすると、イツキが首を横に振る。
「その逆だよ。母さんの脅しは相当に効いたみたいだね」
イツキはそう言うと、紙に書きながらゆっくりと説明してくれた。
「このゲームの攻略対象の話をまだしてなかったよね。このゲームの攻略対象は6人。1人目は姉さんの婚約者であり、この国の第1王子であるクリフォード・ユーレティシア。2人目はクリフォード殿下の友人である、ブラッド・ハートネット。3人目はブラッドの幼馴染である、オリバー・フェルトン。4人目はこの国の第2王子である、アラン・ユーレティシア。5人目はいずれ若手宰相として手腕を発揮する、ギルバート・コープ。そして6人目は姉さんの専属執事である、エディ、僕だ。つまり、クリフォード殿下以外の攻略対象は、全て僕達兄弟って事だよ」
ええーーーーーーーーーーーー!?
そんなのありーーーーーーーー!?
そうか、お母様が挙げた条件。
「全員中心人物として転生させなさい」
そもそも乙女ゲームというものに、登場人物はそんなに出てこない。乙女ゲームとは、主人公であるヒロインと攻略対象との恋愛模様を描くストーリーだからだ。
それ以外の要素は中心ではなく、サブにあたる。攻略対象の友人となるだけで、それはもはやモブになってしまう訳で、そう考えると、中心人物とは自動的に攻略対象となってしまう訳だ。
盲点だった。
「僕達は姉さんの不利益になるような事はしないから安心して。ヒロインと恋仲になる事も絶対にないから」
恋愛において、絶対なんて事はないと思うけど。私が見てきたドラマや漫画は、最初いがみ合っていたのに、しだいに惹かれ合うというのがセオリーだ。
きっとお兄様達もヒロインに出会ったら、しだいに惹かれていくんだわ。兄弟間で争いが起きなければいいけど。
イツキはアリスの考えている事を察したのか、ふっと微かに笑う。
(姉さんは本当にわかってないね。確かに嫌いは好きに変わるけど、無関心はずっと無関心のままなんだよ。ヒロインを好きになれるならどれだけ楽か。それが出来ないから苦労してたんだから。兄さん達の事だ。きっと妹じゃなくなったのをいい事に、姉さんに全力でアプローチしに来ると思うよ)
「確かに争いは起きるかもね」
「でしょう?」
イツキは別の意味でそう言ったが、それはアリスには伝わらなかった。
「問題はクリフォード殿下かな。彼だけは本当の攻略対象だから、上手くこっちでコントロールしないと。彼とヒロインが結ばれたら、姉さんは断罪されて、最悪の場合命すら危ないから」
イツキはそう言うが、忘れていないだろうか。その為の闇市での商売なのだ。私は断罪前にたんまりお金を貯めて、他国へ逃亡する予定だ。
「姉さん。逃亡は最悪の時の保険として取っておいて、断罪されずに済むパターンも考えておこうね」
イツキは私の考えを読むと、呆れ顔で言う。
「ヒロインとクリフォード殿下が結ばれないようにするなんて、そんなのダメよ。人の恋路は邪魔しちゃダメ」
イツキは「本当にお人好しだね」とため息をつく。
自分の命すら危ういっていうのに……。
これは姉さんに任せておけないな。
イツキは自らが影となって動き、家族総出でアリスを守ろうと心に誓った。