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闇市の店主

 馬車に揺られる事30分。無事、表市場に到着した。エディは身分を悟られないよう、私に黒いローブを着るように言う。

 魔道具の一種で、このローブを羽織るだけで、周りからは平民の服を着ているように見えるらしい。貴族向けのお忍びグッズだ。エディも同じローブを羽織る。

 御者に待機を命じ、私達は市場へ足を踏み入れた。


 目の前の活気づいた光景に、思わず「わぁ」と声を上げそうになった。色鮮やかな果物や野菜が並ぶ八百屋、豚が丸々ぶら下げられている肉屋等、沢山の屋台が並び、どれも私には輝いて見えた。


 前世の頃は「外は危険でいっぱいだから」と、あまり外出させてもらえなかったので、初めて見る光景に自然と"平民の生活に感動する貴族"の表情になってしまった。


「姉さん、こっち」


 ボーッとしていると、エディに手を引かれた。人前だが姉さんと呼ぶのは、ここに到着する直前エディからそう提案されたからだ。


「ここでお嬢様と呼ぶのはまずい。僕は姉さんと呼ぶから、姉さんは僕をイツキと呼んで。ここではその方が怪しまれない」


 街中では自分が公爵家の人間であると知られてはいけない。自分を偽るにしても、前世の頃と同じ呼び名で呼び合うのなら抵抗なく出来そうだ。姉弟役なら、偽りでもなく、演技でもない。



 イツキはこのゲームを数回プレイしただけの筈なのに、迷う事なくどんどん奥へと進んでいく。賑わう人をすり抜け、あっという間に闇市に続く小道へとたどり着いた。


 小道を抜けると、あんなに明るかった表市場が嘘のように、薄暗くどんよりとした景色に変わった。闇市というものをよく知らない私でも、ここが闇市なのだとわかる。

 屋台が並んでいるのは変わらないが、屋台の屋根の布は薄汚れ、雨風を凌げないのではと思う程、所々破けている。店主も笑顔で接客していた表市場と違い、皆俯き、言葉少なげに商売していた。


「あそこがカマルだよ」


 イツキの目線の先にあるのは、一際怪しい雰囲気漂うお店だった。ここはしっかりと建物を構えているのに、その割に怪しさが滲み出ている。その要因はおそらく、どこか悟った目をしたカメレオンのイラストが描かれた暖簾がぶら下がっている所と、謎の置物がいくつも店前に置かれている所だろう。怪しさは満点だが、目印には丁度良かった。



 イツキに導かれるまま、店の暖簾を潜る。お金さえ払えば何でもするお店とはどんなものかと期待したが、中はあまりに普通で思わず拍子抜けする。


 店はアンティーク調の家具で上品に揃えられ、品物は綺麗に陳列されている。

 置かれている品も特に怪しい物はなく、剣や弓等の冒険者向きの物から、宝石や時計等の貴族向けの物まであった。


 ……はっ! そういう事ね!

 悪事を働くお店は、雲隠れの為にあえて普通を装う……なるほど、勉強になるわ。

 私はすかさずメモを取る。


 さらに学ぶべき所はないかしらと辺りを見回していると、どうやら店主がカウンターから怪しむ様にこちらを見ていた。

 店主は長髪でブルーの目をした顔立ちの整った男性だった。歳の頃は25、6といった所か。


「何の用だ?」


 目が合うと、店主は言う。その瞬間ピリリとした緊張感が走る。イツキは一歩進み出て、合言葉を告げた。


「手紙を受け取りに来たクジョウです」


 それを聞いて、ようやく店主は警戒を解いた。


「なんだ、手紙の主か。貴族のガキが変装なんかして来るから何事かと思っただろうが」


 この男、なかなかに鋭い。どこで貴族だと気付かれたのだろうかと考えていると、それを察した様に店主が答える。


「俺に変装は通用しねえよ。そもそもそのローブはうちで売ってる物だしな」


 店主は「安心しろ。秘密は守る」と付け加えた。


 店主はただの手紙の受け渡しとわかると、お金にならないと踏んだのか、急に私達への興味を失った。


 店主は奥の棚から手紙の束を取り出すと、こちらも見ずにカウンターに置いた。

 ところが、イツキが対価として金貨1枚をカウンターに置くと、店主はピタリと動きを止めた。


 馬車の中で学んだのだが、この国の硬貨は金貨、銀貨、銅貨の3種類あり、銀貨は銅貨100枚に等しく、金貨は銀貨100枚に等しい。通常平民は金貨など目にする事はなく、市場では銅貨のみを取り扱う事が一般的だ。

 つまり、金貨を出した時点で貴族であると認めたようなものだし、手紙の受け渡しだけで金貨1枚というのは破格の値段という訳だ。


「釣りはねえぞ」


 それに対して「いえ。お釣りはいりません」とイツキが答えると、店主は何かを悟った様にニヤリと笑う。


「へえ。俺に()()があんのか?」


 店主は先程までとは打って変わって、突如営業スマイル、もとい胡散臭い笑顔で問いかける。


 世の女性達はこの笑顔を向けられただけでうっとりしてしまうのかもしれないが、美しい顔は兄達で見慣れてしまっている私にはあまり効果はない。


 久城家は代々美男美女の家系で、兄達も例に漏れず評判の美男だった。

 美月お兄様は見る度に違うモデル系美女と歩いていたし、田月お兄様は毎日ヤンデレ女子から長文のラブレターが山盛り届いていたし、砂月お兄様はお色気ムンムンのお姉様方によくケーキをご馳走してもらっていたし、名月お兄様は同じ生徒会のツンデレ副会長からわかりにくいアプローチを受けてよく首を傾げていたし、伊月はいつも誰かに付き纏われていた。


 その美しい男達は表向き彼女達に付かず離れずの好意を伝えていたが、それが全て「(アリス)が日常生活を快適に過ごせるように」という黒い思惑あっての事だと知った今は、このカマルの店主の笑顔を見ても「何を企んでいるのか」という疑念しか湧いてこない。おそらく「上客を見つけた」とでも思っているのだろうが。



「用立てていただきたいものがあります」


 イツキはそう言うと、闇市の空き家を求めた。


「随分変わった物を欲しがるな。逢引か? それとも何か隠しときたい物でもあんのか?」

「いえ、闇市で商売を始めようと思って」


 私がそう答えると、店主は一瞬驚いた後、突然笑い出した。


「ははははは。まさかここで商売がしたいなんて言い出すとはな。そんなにお金に困ってたのか?」 

「いえ、これから困る予定なので」

「これから?」


 不思議がる店主に詳しく説明しようとすると、イツキから「姉さん」と袖口を掴まれ、止められた。


「それも訳ありか。空いてるのはこの隣しかねえぞ。まぁほんとは俺の家だけどな。鍵は開けっ放しにしとくから、1階は好きに使え。けど、2階は俺の寝室だから上がんなよ。まぁ襲われる覚悟があんなら別だけどな」


 それを聞いてイツキが見た事もないような顔で店主を睨みつける。店主が「冗談に決まってんだろうが。子どもになんか興味ねえよ」と言うと、ようやくイツキは顔を戻した。


「それより、そんな見た目で商売すんのか? ここじゃそれだと舐められんぞ」


 確かに私の見た目は11歳の子どもそのものだ。それについては全く考えていなかったので、どうしたものかと頭を捻ると、ふと店主が「しょうがねえな」と言って、突然カウンターの下からキャンディーの入ったビンを取り出した。


「これは特別な客にしか出さない代物だ。この飴を舐めて、なりたいもんを思い浮かべれば、何にでも変身出来る。その名も『カメレオンキャンディー』。俺は『カメ玉』って呼んでるけどな。どうだ? 今なら初回限定価格、50個入りのこのビン、銀貨10枚で売ってやるぞ」


 店主は先程見せた営業スマイルを再度繰り出す。

 名前はダサいし、通常価格をまず知らないけど、何にでも変身出来るのなら、変装の必要もないし確かに便利だ。

 どうやらこの飴には魔力が込められていて、舐めるだけでその魔法効果が得られるらしい。


 店主はこれで大人の姿になって商売をしたらどうかと提案しているようだ。


「副作用はないんですか? それと効果はどの程度持続しますか?」


 イツキは冷静に使用条件を確認する。


「お前らみたいなガキも試した事あるが、今まで副作用が出たって話は聞かねえな。効果は1日だ。1粒食ったらその効果は丸1日続く」

「それだと困ります。その日の内に元の姿に戻れないなら意味ありません」


 イツキのその言葉に店主はニヤリと笑うと、カウンターの下から違う色のキャンディーのビンを取り出した。


「だよなぁ。そんなお前らの為にあるのがこれだ。カメ玉2。この飴を舐めれば、すぐに元に戻る。オススメはセットで買う事だな。セット買いなら、1回分のおまけもつけて、値段も銀貨15枚にしてやるよ」


 つまり最初から1と2両方買わせるつもりだったという事か……!


 なんと悪どい商売だ。




 しかし、これぞまさに私が求めていた悪徳商法!

 私は彼の様にこの世界(闇市)で貪欲にずる賢く生きていく!


「師匠、それセットで買います!」

「あ? 師匠って、それ俺の事か?」



 イツキが呆れた顔でカウンターに銀貨15枚を置く。店主は「毎度あり〜」と言って2つのビンを渡した。



「折角だから今試してみろよ」


 師匠は肘をつき、こちらを見てニッコリ笑う。


「あなたが見たいだけでは?」

「ははっ、バレたか。いや、こいつが大人になったらどんな淑女になるのかと思ってな」


 店主はそう言って口角を上げる。

 そんな期待の眼差しで見られると、非常に使いにくいのだが。


 でも実際に効果があるのか試しておきたい。最悪この場ならクーリングオフも出来るだろうし。


 私はおまけのキャンディーを1粒口に含み、なりたい自分を思い浮かべると、キャンディーは綿菓子のように口の中で溶けてなくなった。

 

 すると私の身体はみるみる大きくなり、姿、顔形は変わり、私は瞬く間に別の姿に変身した。


「!!」


 私の変身した姿を見て、イツキは驚いて目を見開く。

 イツキが驚くのも無理はない。私は久城アリスの姿になっていたから。


 アリス・バーンスタインをそのまま大人にしただけだと、いずれ成長した時に足がつく。折角変身グッズをゲットしたなら、全く違う人間になって、顔も隠さず商売するのが1番だ。

 久城アリスと同じ顔の人間なんてまずいないだろうから、他の誰かに迷惑をかける事もない。一石二鳥だ。


「へえ、綺麗な女だな。誰がモデルだ?」



 「綺麗」と言われ、思わずドキッとする。


 両親や兄弟から「可愛い」と言われる事はあっても、今まで誰かに「綺麗」だなんて言われた事なかったから。


「架空の人物です」

「モデルなしでよく出来たな。まぁいいか。どうだ? いい商品だろ? だが、悪用だけはすんなよ」


 師匠は「何に変身しようと、俺は絶対見破るからな」とダメ押しで釘を刺す。


 悪用というのはどこまでの事を言うのだろう。隣で普通の壺を高値で売りつけるのは、悪用に入らないといいのだけど。



 私は少しの不安を抱きながら、イツキと店を後にした。





「あなたのそんな楽しそうな顔、久々に見ました」


 2人が店を出た後、店の奥から男が顔を出す。


「ああ。面白い女に出会った。あんなのもいるなら、貴族も捨てたもんじゃないな」

「貴族を捨てる、ね。あなたが言うと違った意味に聞こえます」

「はっ、まったくだな。それよりあの女」

「ええ。彼女はクリフォード殿下の婚約者、アリス・バーンスタイン様でしょう」

「やはりそうか。デレク、監視を怠るな」

「かしこまりました」



 カマルの店主サギトは、金貨を指先で転がしながら、人知れず口角を上げた。


 



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