唯一のスキル
エディからなぜ闇市に同行したいのかと聞かれたが、それにはもちろん理由がある。
私は乙女ゲームの悪役令嬢。いずれ破滅する運命にある。ならその時の為に逃走資金を確保しておきたいと思うのは当然の事でしょう? だから私、闇市で商売を始めようと思っています。
そう話したら、エディは静かに怒りを露わにした。
「闇市がどんな所かわかってるの?」
前世の時にも行った事がないからわからないが(そもそも闇市が存在していたのかもわからないが)、少なくとも悪役令嬢の運命が決まっているなら、その役割を果たすまでは死ぬ事はないだろうと思っている。
「転生前は私が闇市に行くの伊月も賛成してたのに」
私がそう言うと、「闇市に行くのと、闇市でお店開くのはまた別でしょ」と怒られてしまった。
「お金が必要なら、僕がバーンスタイン家の貴金属を売るなり、帳簿に手を加えるなりして、貯めておくから」
「いや、それ犯罪だから」
「僕がバレるようなヘマすると思う?」
伊月……あなたまでそんな事を。
うちの家族はどうしてこう危険な思考へと走るのかしら(←他人の事言えない)。
そもそもそういう問題ではないのだ。私は一寸の後ろめたい事もしたくない。私はある日突然堂々と行方不明になる予定なのだ。その時バーンスタイン家に後腐れを残したくない。
エディは「ならわざわざ闇市じゃなくても」と言うが、公爵令嬢が商売していたなんて事が万が一バレたら、バーンスタイン家は「そこまで資金繰りに困っていたのか」と評判はガタ落ちだ。私の個人的な事情でこの家を陥れたくない。だから闇市でひっそり商売をして、こっそりお金を貯めておきたいのだ。
私はそれをエディにだいぶ掻い摘んで伝えた。
幼い頃から、両親や兄達に一言言うとその倍は返ってくる(それが6人分なので×6)ので、言葉を発するのが日に日に億劫になってしまっている。それでもエディは前世の頃から少ない情報を補うように、表情の変化や仕草から上手く読み取ってくれる。その表情の変化というのが、他人から見ると誤差でしかないらしいのだが。
「……わかった。姉さんは一度言ったら聞かないからね。で、何を売るかはもう決めてるの?」
私はコクリと頷く。
「わかった。それは道すがら聞くよ。そろそろ闇市に向かう準備をする。兄さん達の事だから、きっとどんな状況でもやるべき事は速攻で済ませているだろうから」
エディが先に部屋を出て馬車の手配を済ませると、また部屋まで私を呼びに来てくれた。
「姉さん、行くよ」
部屋を出て、思い出す。
そうだ、私この世界に来てエディ以外の人に会うの初めてだ。
部屋でのんびり紅茶を飲んでいたら、リラックスし過ぎて少し忘れていた。廊下に出れば、誰かに出会すのは当然だった。
私は見知らぬ使用人達を見て動揺するが、エディは私の一歩後ろを歩きながら、すかさず小声で使用人の名前やエントランスまでの道のりを教えてくれた。
結構な数の使用人とすれ違ったが、エディは一体いつ名前を覚えたのだろうか。
私は有難くすれ違う使用人達に向けて名前を呼び、「ごきげんよう」と声を掛けていった。
なぜか酷く驚かれたけど。もしかして、この世界では歩きながら挨拶をするのはマナー違反だったかしら。今更遅いけれど。
使用人の「いってらっしゃいませ」という言葉を背に、私達は馬車に乗り込んだ。
馬車で2人きりになって早々エディが言う。
「で、闇市では何を売るつもりなの?」
そんな期待する程の物じゃないんだけどと、私が言うのを躊躇していると、エディが「笑わないから」と再度頼むので、私は「それなら」と遠慮なく答える。
「壺」
「…………えっと、壺って、あの壺? なんで壺? 姉さん、土魔法使えるの?」
「わかんない。使えないとダメ?」
それを聞いてエディはため息をつく。
「姉さんステータス確認してないでしょ」
そういえば忘れていた。私は正直にこくりと頷く。
「いいよ。折角だし僕にも見せて」
エディは「鑑定」と言うと、私の目の前に「エディさんからあなたのステータスの開示請求がありました。受け入れますか? Yes or No」というポップアップが現れたので、取り敢えず「Yes」を選択すると、2人の前にステータスボードが出現した。
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[名前]アリス・バーンスタイン
[年齢]11
[爵位]公爵
[レベル]100/100
[属性魔法]
火属性⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
水属性⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
土属性⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
風属性⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
光属性⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
闇属性⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎
[特殊スキル]
聖なる力
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「…………は? カンスト?」
ステータスを見るなりエディが言う。
「何、カンストって。どういう事?」
「それはこっちが聞きたいよ。何でこんな事になってるの。とにかく姉さんは今の時点でもうこの国一の魔道士以上に強いって事だよ」
この国一の魔道士以上って……それ、私がこの国で1番強いって事!?
エディが言うには、普通魔法属性は2つ持っていれば良い方で、多い人でも4属性しか使う事は出来ないらしい。それを全属性使えるだけでなく、全てがMAXになっているというのは、このゲームの主人公であるヒロインですらあり得ないのだそうだ。
そもそもこのゲームは恋愛シミュレーションゲームであって、バトルゲームではない。バトル要素がない訳ではないが、メインストーリーとは別に設けられているおまけ要素だ。つまり、鍛えなくともこのゲームは無事にエンディングを迎えるし、ゴリゴリに強化されたヒロインなどむしろ誰も見たくはない。
「それだけじゃないよ。特殊スキルの『聖なる力』ってそれ、本当はヒロインに付与されるスキルだからね」
「ええっ!? それヒロインは大丈夫なの?」
「知らない」
エディが言うには、このセイラマの世界では、1人1つずつ特殊スキルが付与されるらしい。エディが持っている特殊スキルは先程使った「鑑定」で、自分よりレベルの低い相手、もしくは自分よりレベルは高いがステータスの開示を許可した相手のステータスを見る事が出来るらしい。
本来悪役令嬢である私には別のスキルが付与される筈だったが、なぜかヒロインが唯一持つとされる「聖なる力」が私に付与されているという。
「何でこんな事」
「まぁ母さんが神様を脅したからだろうね」
そうだった。転生するにあたり、母は神様に3つの条件を提示した。
①家族全員アリスと同じ世界に転生させる事。
②家族全員アリスに近しい中心人物として転生させる事。
③アリスにあるだけスキルを付与する事。
確かに言っていた。「あるだけスキルを付与する事」。でも「あるだけ」と言ったのなら、特殊スキルまで変える事はなかったのに。神様のうっかりミスなのか、それともあまりに恐ろしかった母への賄賂なのか。
「いずれにしても、土魔法が使えるなら壺は作れると思うよ。ちなみに、なんで壺なの?」
「悪役っていったら、やっぱり言葉巧みになんて事ない普通の壺を高値で売りつけるのかなって」
「一体前世で何を見てそう間違った解釈をしたの……」
あれ? 違っていただろうか。
テレビで見た「警察365日『悪徳業者を追え』特集」で捕まっていた詐欺師が500円の壺を10万で売ってボロ儲けしていたのだが。
「そもそも犯罪を犯さず堂々と逃亡するんじゃなかったっけ? まぁいいけど。じゃあ手紙を受け取ったら、闇市で空き家を探さないとね」
伊月のこういう所が素敵だ。前世の頃から絶対に私のやる事を否定しない。
否定するのが億劫なだけかもしれないけど。