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心強い味方

 久城家一同は目を覚ますと、各々瞬時に状況を理解した。

 直ぐ様ステータスボードを開き、自身の"役"を確認すると、アリスに向けて手紙を書いた。



 転生する直前、お互いの状況を連絡する手段を決めておこうと四男の名月が提案したからだ。


「目覚めたらまずステータスを確認し、アリス宛に自分の名前と役職を記した手紙を出してください」

「「「了解」」」

「はーい。でもさぁ、もし僕達がアリーに手紙を出せる立場の人間じゃなかったら、どおしたらいいの?」


 三男の砂月は人差し指を口に当て、首を傾げる。彼のいつものあざとスタイルだ。

 それに長男の美月がいつもの調子で軽く答える。


「普段敵対してる相手とか、身分的に不釣り合いとかそういう事? そこは大丈夫でしょ。可愛いアリスの為なら、皆身体くらい張れるでしょ?」


 それはつまり命懸けで家に忍び込めという事か。美月お兄様は恐ろしい事をおっしゃる。そこまでする必要はないと思うけど。

 ほら、田月お兄様が戦々恐々とした顔をしている。


「それなら大丈夫だよ」


 この乙女ゲームの内容を唯一知る伊月が、私達(特に田月お兄様)が安心する手段を提案してくれた。


 乙女ゲームの中で、アリスは婚約者の第一王子がヒロインに惹かれている事を知り、彼女の弱みを握るべく、闇市の探偵に調査を依頼するというエピソードがあるらしい。

 引き受けた依頼は確実に成功させる。ただ、お金さえ払えば盗みでも殺しでも何でもする店で、最終的にアリスはそこでヒロインの暗殺を依頼し、それがきっかけで破滅する事になるのだが。


「そこに頼めば、代わりに手紙を届けてくれる」


 少し危険な気もするが、伊月が提案するからには遣り様によってはそこまで危険ではないのだろう。こちらが危険な依頼さえしなければ済む話でもある。両親や兄達が家に忍び込むよりずっと現実的で良い。


 私は良い案だと思ったが、両親はそれに激しく反対した。


「ダメだダメだダメだ!! そんな危険な人物とうちの可愛いアリスを接触させるって言うのか!! そのせいでアリスが破滅したらどうするんだ!! ならん!! 絶対にならん!!」

「ええ、ダメよ。危険だわ。アリスちゃんは可愛いから、相手が一目惚れして襲い掛かってきたら大変だわ!」


 兄も一様に頷く。

 伊月は「はぁ」と1つため息を吐くと、代替案を提示した。


「それじゃあ僕が闇市で手紙を回収して、姉さんに届けるよ。これでどう?」


 さっきまでの鬼の形相が嘘の様に、皆満面の笑みで親指を立てた。


「闇市は表市場の外れの小道を行った所にある。店の名前はカマル。詳しい場所は闇市で聞けばわかるから。合言葉は『クジョウ』。誰かにおつかいを頼んでも構わないけど、手紙を預ける時これを言うのを忘れないで」

「「「了解!」」」


 皆、力強く返事した。


「あぁ〜皆が誰に転生するのか楽しみだわ。仲睦まじい久城家の人間だから、勿論アリスちゃんに近しい存在でしょうからね?」


 ダメ押しとばかりに母が黒い笑顔の圧力をかけると、神は冷や汗を滝のように流しながら、何度も頷いた。




 母の圧力のお陰なのか、私の周りにはとても心強い味方が付いてくれた。


 私が目覚めるとすぐに扉がノックされ、「どうぞ」と返事をすると、現れたのは私のよく知る執事だった。


「姉さん、起きた? 伊月だよ。僕が姉さんの執事になったから安心して」


 どうやら伊月が私専属の執事になったようだ。というより執事の見習いだろうか。見た感じ今の私と同じ年頃に見える。まだ幼い顔つきだが、伊月の少し大人びた性格のせいか、小さな燕尾服もよく似合っている。


 私がホッとした様子を見せると、伊月は話を続けた。


「僕のここでの名前はエディ。人前ではエディと呼んで。喉渇いたでしょ? 紅茶を淹れてくる」


 エディが一度退室したので、その間にベッドから起き上がり、簡単に身支度を整える。


 元々久城家の家も広かったので、新しい部屋もそれ程違和感はなかった。強いて言うなら、カーテンの色やベッドカバーの柄がきつくて目が疲れる事位だろうか。

 クローゼットの中も派手な色の洋服ばかりが並ぶが、これにも慣れておいた方が良いのだろう。私は赤地に黒のレースのワンピースを選んで着る。ドレッサーの前で髪を解かし簡単にハーフアップに結いた。

 普段はおそらくこれもメイド達がやってくれるのだろうが、今はなぜかこの部屋には誰もいない。伊月が何か言ったのだろうか。少し落ち着いて観察したかったから丁度良かったけれど。


 身支度が整ったタイミングで丁度よく扉がノックされる。エディは紅茶のセットをカートに乗せて戻ってきた。

 私がテーブルに近付くと、エディは流れるように椅子を引いた。私は静かにそこに腰掛ける。

 エディは事前にお湯を注いで蒸らしておいたポットを手に取り、手際良く紅茶をカップに注いだ。見た目は私と同じ子どもなのに、もうその姿はとても子どもとは言えず、まさに執事の佇まいで、所作はどこから切り取っても美しかった。


 普段は出掛ける事、というよりそもそも動く事自体を嫌がり、家ではじっと本ばかり読んでいるのに。いつの間にこんな技術を身につけていたのか。昔から何事にも意欲がなく、いつも程々にしかやろうとしないけど、本気になった時には右に出る者はいないのよね。頭脳明晰の名月お兄様も、1番恐れているのはこの伊月じゃないかしら。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 私は無意識だったが、どうやらこれが久々に発した言葉だったようで、エディは微かに驚き、口角を上げる。

 普段は無表情、というより無気力でぼーっとしている事も多いのに珍しい。どうやら今日はすこぶる機嫌が良いらしい。


「美味しい」

「よかった」


 一口飲むと、すぐにわかった。私の大好きなレディグレイだ。ベルガモットの香りが仄かに鼻を掠める。何も言っていないのに、私の好みをよく知ってくれている。こういう事をサラッと出来るのに、女性には全く興味がないのよね。



 何口か飲むと、エディが私に話しかける。


「姉さん。僕はこれから手紙を取りに行く。少しの間1人にさせるけど平気?」

「あ、その事なんだけど」


 私が言いかけると、エディは顔を近付ける。


「1人は不安?」


 エディは時折見せる大人な顔で、問いかける。私は左手を前に突き出し、首を振った。


「違くて。私もそこに行きたい」

「はぁ……やっぱりね。そう言うと思った」


 伊月は大きくため息をつき、頭を抱える。


「姉さん、闇市へは行っちゃダメだって父さん達に言われたよね?」

「わかってる。けどお願い、伊月」

「……うっ」


 私はエディをじっと見つめ、「連れてって連れてって連れてって」と強めに念を送ると、エディは僅かに動揺し、後退りする。


 自分が無茶なお願いをしているのはわかっている。

 おそらく、いや、確実に、私が言いつけを守らず闇市に行ったなんて両親や兄達が知ったら、「なぜそんな危険な場所に行ったんだ!!」と、激しい剣幕で三日三晩()()()()を延々と攻め続けるだろう。


 エディは暫く苦渋の表情で悩んでいたが、どうにか同行を許可してくれた。「絶対に自分から離れない」「家族には絶対内緒にする」という条件付きで。




 ごめんね、伊月。私知ってるの。伊月が自分の事には無気力で、いつも楽な道ばかり選んでいる事。でも優しい伊月は、目の前で困っている人がいたら絶対に放っておけないのよね。


 アリスは知らなかった。エディは伊月の時からずっとアリスが関わる時にだけ損得なしに行動するのだ。




ブクマありがとうございます!

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