転生の条件
「アリス、今日も可愛いね。ほら、これももっと食べなさい」
「あら、アリスちゃん。これも美味しいわよ」
「父さん、母さん。僕の可愛いアリスは、今甘い物が食べたいんだよ。そうだよね、アリス?」
「に、兄さん……アリスは今お肉を食べ始めた所ですよ」
「アリー僕のも食べるぅ?」
「アリス、父さん達の言う事は気にするな。お前の好きに食べればいい」
「好きに食べてると思うけどね」
私は明治時代から伝わる由緒正しき久城家の長女。私の上には4人の兄(長男の美月、次男の田月、三男の砂月、四男の名月)と、下に弟(伊月)が1人いる。娘は私1人という事もあり、幼い頃からずっと両親と兄弟からは大層激愛されてきた。それはもう鬱陶しい程に。
幼い頃からこうした環境で育っていると、自然とこれにも慣れてくるもので、今では彼らを華麗にスルーするスキルも身に付けている。
この日もいつもと変わらぬ会話で夕食時を迎えていると、突如敷地に大型のトラックが乱入した。トラックは門を破壊し、庭を走り抜け、勢いそのまま我が家の壁に激突した。
一瞬の出来事だった。
気が付いた時には私達家族は何もない真っ白な世界に立っていた。
そこへ1人の少年がゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
「お目覚めかな、諸君」
少年はませた口調で言う。
「これはどういう事だ?」
父が辺りを警戒しながら目の前の少年に問う。
「そう身構えるな。君達はさっき暴走するトラックに轢かれ、亡くなった。だが、安心したまえ。君達はこれから別の世界に転生し、新たな人生を歩むのだ」
「君は神という事か?」
「いかにも。私は久城アリスが転生する世界の神である」
その言葉に皆の目が鋭くなる。
「アリスが転生する世界……? どういう事? それって僕達が転生するのはアリスとは別の世界という事?」
「そういう事だ。君達が転生する世界の神もこれから君達を順に迎えに来る」
神は得意げに頷くが、久城家の面々は取り乱す。
「何ですって!! うちのアリスちゃんが私達とは別々の世界に転生するですって!? そんなのあんまりだわ! 私は嫌よ!! 絶対に認めない!!」
「ああ、私も同じだ。アリスを1人で行かせるなんて断固として許さん!!」
「僕も嫌だな。僕の可愛いアリスを危険な目に遭わせたくない」
両親、兄弟達は皆一様に頷く。
「そ、そう慌てるな。安心したまえ。そう危険な世界ではない。アリスはセイラマという世界に転生し、バーンスタイン公爵家の長女として、何不自由ない生活を送る予定だ」
「……セイラマ? バーンスタイン?」
「どうした、伊月。何か気になる事でもあるのか?」
突如五男の伊月が眉間に皺を寄せる。次男の田月が心配そうに顔を覗き込んだ。
「まさかその世界って、『恋する聖女♡イケメンラブマジック』、通称聖ラマの世界じゃないよね?」
「……よ、よく知ってるな」
明らかに動揺する神。
「あら、なあに、それ? 変わった名前ね」
「母さん、忘れたの? これは母さんが僕に薦めた乙女ゲームのタイトルだよ」
「あら、やだ! そんな事あったかしら」
母はすっかり忘れているようだが、乙女ゲーム「聖ラマ」は、全く女性に興味を示す様子のない伊月を心配をして、「これで女心を知りなさい」と言って母が伊月に渡した物だ。
何を勘違いして乙女ゲームを渡したのかはわからないが、断ったら断ったで面倒だからと、素直にエンディングまで終わらせる伊月も相当だと思う。ずっと無表情のまま淡々とこなしていた伊月を見るに、母の望む形にはならなかったようだけれど。
「まぁいいけど。問題は、その乙女ゲームの登場人物の中にアリス・バーンスタインっていう女性がいるんだけど、その女性はどのルートに進んでも破滅する運命にある悪役令嬢として登場するんだよね」
「何ですって!?」
「まさか……うちの可愛いアリスがその悪役令嬢に転生するなんて言わないだろうね?」
父の猛烈な圧力に、神の額からは汗が止め処なく流れた。どうやら図星らしく、ただ苦笑いする事しか出来ない。
父が「わかるように説明したまえ!!」と語気を強めると、ようやく神は観念した。
神の説明によると、私はまさしく伊月がプレイしていた乙女ゲーム聖ラマの世界の悪役令嬢として転生するらしい。転生した時には私はすでに11歳で、12歳で学園に通い始めると、ヒロインや攻略対象達と出会い、次第にヒロインへの嫉妬心を膨らませる。そしてヒロインへの数々の陰湿な虐めを繰り返した後、アリスは17歳の誕生日の日に必ず破滅する運命を迎える。
確かにこれだと、公爵令嬢として何不自由ない生活は送れるようだけど、転生後の人生が短い上に最期がとても幸せとは言えない。
「どこが危険じゃない世界だ!! アリス本人が破滅するなら意味がないだろう!! 違う世界に変えたまえ!!」
「ひっ……そそそれは……で、出来ないと言いますか……」
「何? 出来ないだと?」
父の圧力に神はどんどん縮こまる。壁がないのに、壁際に追い込まれているかのようだ。
「わわ私はあくまでセイラマの担当神というだけで……アリスさんをこの世界に転生するというのも私が決めた訳では……」
「では誰が決めたと言うんだね? そいつに会わせなさい」
「そそそれは無理なお話です! 私にも雲の上のお方なので!! 私の出来る事でしたら、何でもしますから!! アリスさんの転生についてはご勘弁を!!」
神は土下座して懇願する。母はそのチャンスを見逃さなかった。
「では、私達から3つ条件があります。1つ、私達全員アリスちゃんと同じ世界に転生させなさい。2つ、私達は由緒正しい家柄の生まれ。モブでは困ります。中心人物として転生させなさい。3つ、アリスちゃんが破滅ルートを迎えても助かるように、あるだけスキルを付与しなさい。以上。異論は認めません」
「は、はひ……」
こうして私達は家族総出で乙女ゲーム「恋する聖女♡イケメンラブマジック」の世界に転生したのだった。
ちなみに、セイラマの担当神が既に決まっていた転生を取り止める為に、両親や兄弟の担当神にひたすら頭を下げたり、書類をこっそり改竄していたりした事を、私達は知らない。