8・学院
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次の日から、お母様から始まって、お兄様、お父様から魔法を学び、スピルナ先生の授業で無属性魔法について教えてもらう。
お父様達と、無属性魔法以外も使えることは、ひとまずスピルナ先生には話さない事を決めた。
魔法を教えて貰いながら、淑女教育もして忙しい日々を過ごし、とうとう私は、十三歳になった。
明日、学院の入学式が控えている。
「ディアナも、学院に入学する年齢になったのか」
夕食の席で、お父様がニコニコと笑顔で言った。
「はい。入学が楽しみです」
ワクワク、と声を弾ませて言うと、お兄様が苦笑した。お兄様は十八歳になり、今年学院を卒業してお父様の仕事を手伝うことになっている。
「僕はディナと学院生活をできなくて、残念だよ」
お兄様は美少年から美青年に成長した。背中まで流れる、青空を思わせる水色の髪は、首の後ろで一つに括られ、エメラルドのような瞳は切れ長で、色気を纏っている。見つめられると、鼓動が跳ねて落ち着かなくなってしまう。社交界では魔性と噂されているが、まだ決まった相手はいないので、夜会等でご令嬢たちから狙われているそうだ。
「明日の準備はできているの?」
お母様の言葉に、大きく頷いた。
「はい!制服も届きましたし、サイズ確認も済んでいます」
「そう。それなら大丈夫ね」
静かにカトラリーを動かすお母様は、無表情に見えて嬉しそうに口元が笑みを浮かべている。お父様も柔らかく微笑んだ。
「気をつけて行ってくるんだよ」
「はい」
その後は、スピルナ先生から教えて貰った魔法のことや、他愛ない話で夕食は楽しく過ごした。
お風呂も入って、マリーサに就寝の挨拶をしてベッドに潜る。だけどなかなか寝付けなくて、身体を起こす。
(明日が楽しみすぎて眠れない子どもかっ)
立てた膝に顔を埋めて唸る。ふと、姿見が視界に入り、ベッドから降りて鏡の前に立つ。
そこには、緩くウェーブした緑色の髪を背中まで伸ばし、ややつり上がった眉とサファイヤのような青い瞳。それを引き立てるような白い絹のような肌、頬は赤みが差し、小さな鼻に桜色の唇。自分で言うのもあれだが、美少女といって良いと思う。
前世の私は、平凡な顔にどこにでもある黒髪をポニーテールにしていた。思い出そうとしたら、ぼんやりと思い出すだけで、今はもう『ディアナ』の記憶で大半を占めている。
なんとなくため息が漏れて、もう一度ベッドに寝転ぶ。布団を口元まで被り、目を瞑る。今度は、意識が眠りに落ちていった。
次の日の朝、マリーサに起こされ、顔を洗って制服の袖に腕を通す。
ブラウスは白。上着は腰まで丈で前ボタンで留める。スカートはふくらはぎ丈。全体に紺色だけど袖と襟に白いラインが入っている。
「とてもお似合いです。お嬢様」
髪を結いながら、マリーサが褒めてくれる。鏡に映る姿を見ながら、照れながら笑みを浮かべる。
「そうかな。ありがとう」
横の髪を編み込んでいく手際がすごくて、つい見とれているとノックの音がして、朝食の準備ができたと、ジャンが扉越しに声を掛けていった。
「わかったわ」
返事を返したタイミングで、私の準備も終わった。
朝食の席で、お父様達から褒められて口元が緩む。
「それじゃあ、いってきます!」
「いってらっっしゃいませ」
みんなに挨拶をして馬車に乗ると、すでにお母様とお兄様が乗っていた。
入学式は保護者同伴なのだが、お父様は外せない用事があって、替わりにお兄様に付いてきて貰った。
「お母様、お兄様、ありがとうございます」
「付いていくのは当たり前ですからね、気にしなくていいのですよ」
「父上もついて来たがっていましたが、残念ですね」
「抜けられないお仕事だとおっしゃっていました。仕方ないですよね」
朝食の席で、お父様が本当に残念そうに言っていたのを思い出して、目尻を下げる。
「ですが夕食までには帰るとおっしゃっていましたから、入学式の出来事をたくさんお話できるようにしますわ!」
ニコリと微笑むと、前の席に座っているお母様とお兄様も微笑んでくださった。そして他愛のない話をしながら、学院まで馬車に揺られて行った。
しばらくして馬車が止まった。
「着いたようだね」
お兄様の言葉とタイミングを同じにして、御者が馬車のドアをノックする。お兄様が先に降りて、次にお母様がお兄様の手を借りて馬車から降りる。最後に私が降りると、御者はドアを閉めて馬車を移動させた。
目の前にはアーチ型の門。真鍮か、学院の名前が刻印されていた。
「すごい……」
門の奥は建物まで道が延び、両脇は青々とした芝生。そして手入れされている木々、花々が並木道のように配置されていた。まるで入学する生徒を祝福するように鮮やかな花たちが風で揺れている。
門を通り、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いていると、お兄様がクスクスと笑っている声が聞こえ、自分の行動に気がつき恥ずかしくて俯く。きっと顔は赤くなっているだろう。
「すみません」
「いいんだよ。だけど、周りを見るのも良いけど、転ばないようにね」
優しく諭してくれるお兄様の声に、頷く。ちらりと見たお兄様とお母様の顔は楽しそうに綻んでいた。
校舎の入り口でクラス表を受け取り、入学式が行われる講堂へと移動した。
講堂に着き、空いている席に腰を下ろし、クラス表に視線を落とす。
「ディナはAクラスか」
「はい」
この学院は入学試験の成績でクラスが分かれる。AからでDまであり、成績上位者がAクラスになる。
入学式の後、クラスの教室へ行き、生徒達と先生と顔を合わせて連絡事項を聞いて、帰宅する、はずだった。
「あれ?こっちじゃなかったかな」
広い校内を、来た道を戻るように、道順を頭に浮かべながら歩く。
前世の学校でいうHRを終え、帰宅する前にお花摘みに行こうとお母様達と離れ、戻る途中で、迷った。
「方向音痴じゃなかったはずなんだけどなぁ」
廊下には誰も居なくて、教室も人っ子一人いないから誰にも聞けない。
(うーん。お母様達心配してるだろうから、早くもどりたいんだけどなあ)
一度立ち止まって、周りを見渡す。窓の外を見ると青々とした芝生と木々が美しい中庭が広がっている。誰かいないかなーっと目をこらしても、誰もいない。
「はあー。仕方ないか」
ため息を吐いて、自身の周りに魔力を纏う。
「【索敵】」
呟いて、お母様たちの魔力反応を探す。
「あった。【転移】」
【転移】は【アイテムボックス】を覚えてから数年後に覚えた。初めてお父様達の前で使ったときはすごい驚かれて、緊急以外で使用するのは禁止された。
(まあ、今は緊急ってことで大目に見て貰おう。誰も見てないし)
ただの横着だが、それは気にしないことにした。
だけど、急に目の前に現れた私にびっくりしたお母様と、黒い笑顔を浮かべているお兄様に、これは失敗だったと後悔した。
帰りの馬車の中、私はお母様にお説教を受けていて、家に帰ったときは疲弊していた。
「お帰りなさいませ。お嬢様」
部屋のソファで項垂れていたら、マリーサが紅茶と焼き菓子を出してくれた。
「ありがとう」
お礼を言って、身体を起こしてカップを手に取る。優しい香りが落ち込んだ気持ちを浮上させてくれる。
「お嬢様の魔法は、他の方と使い方が違いますので、奥様達もそれでお嬢様が要らぬ思いをしないか心配しておいでなのですよ」
帰ってきたとき消沈していた私に何かあったのかとマリーサが聞いたとき、【転移】を使ってお母様達の所に戻った話をしたら、そう返ってきた。
(まあ、私は前世の知識で考えて魔法を使っているから、この世界の人たちからしたら、異質に見えるのかしらね)
ほどよい温度の紅茶を飲みながら、心の中で苦笑する。
この世界は科学も無ければ自動車もバイクも電気もない。明かりは魔道具かロウソク、移動は馬車。テレビもないし、携帯電話だってないから連絡手段は手紙。娯楽もチェスやトランプ、あと書籍。
医療技術はあるけど、少しの怪我なら回復魔法。大きな怪我は治癒魔法。病気は薬草と治癒魔法を併用する。
前世と比べてかなり違う。その前世の知識を混ぜながら魔法を使うから、異質に見えるのだろう。
(それに、私はお友達がまだいないのよね)
他の令嬢達は、母親に連れられてお茶会に出席して、交流を広めているのだが、私はそれよりも魔法の知識を得ることを優先してしまった。
お母様に何度かお茶会へ連れて行かれたけど、噂話を聞くよりも魔法の勉強をしている方が楽しかったのだ。だからこの世界の知識が乏しいのも原因かもしれない。
(学院で、お友達を一人でも見つけてみせるわ!)
堅く決意を決めて、焼き菓子を口に放り込んだ。
夕食前、お父様が帰宅され、家族揃って食卓に着いた。
「ディアナ、入学おめでとう。入学式に一緒に行けなくてすまなかった。学院はどうだった?」
お父様に聞かれて、咀嚼していたお肉をゴクリと飲み込んだ。
「えっと、とても広くてたくさんの同級生とこれから学ぶのが楽しみになりました」
冷や汗が浮かんだのを気づかれないよう、ニコリとお父様に笑顔を向ける。
「そうか。何も問題がなかったのなら良かった。何かあったらすぐに言うんだよ」
「はい」
ニコニコと微笑んで、何事もなく終わるはずだった会話を、お母様が爆弾を落とした。
「旦那様、ディアナは学院で【転移】を使いました」
「……。何だって?どうしてそんなことに?まさか!誰かに何かされたのか!?」
慌てたお父様に、アワアワと何も言えず手を上下させる。
「違います。迷ったのですって」
「迷った、だけ?はぁ。良かった。いや、良くないな」
ゴホンと咳払いをして、お父様は真っ直ぐ私の目を見つめた。
「ディアナ、前にも話したけど、【転移】が使えるのはこの国でも一握りの人だけだ。それだけその魔法が特異なのだ。そのせいで過去に【転移】を使える人が誘拐されるなどの事件があった。もし周りにディアナが使えると知られたら、君が危険な目に会うかもしれない。だから緊急事態以外で使うのは駄目だと言ったのに。どうして迷っただけで使ってしまったんだい?」
お父様たちの視線を受けて、手を膝の上で握りしめる。
「ごめんなさい。式が終わってお花摘みに行ったんです。その帰り変なところに迷い込んでしまって、なかなか戻れなくてお母様達に心配させてはいけないと思って、【転移】を使ってしまいました」
俯いて頭を下げる。約束したことも守れないのかと、冷たい視線を向けられるのが怖くて、みんなの顔を見ることができなかった。
すると、頭に暖かいものが触れた。恐る恐る顔を上げると、隣に座っているお兄様が微笑みながら、私の頭を撫でていた。
「反省してくれたのならいいよ。顔を上げて。ディナの顔が見えないのはとても寂しいからね」
優しく撫でる温もりに、視界が滲んだ。お父様もお母様も、目尻が下がっていた。
「しかし、変なところとは?」
お父様が首を傾げながら聞いた。目尻の涙をハンカチで拭って、思い出す。
「進んでも進んでも、同じ所を行ったり来たりしているような感じで、部屋の中にも、中庭にも誰もいなくて静寂でした」
ふむ、とお父様は片手を顎に当ててしばし考え、思い当たったのか頷いた。
「そこはきっと王族専用のサロンがある場所だろう。許可があるものしか通れない道で許可がないものが通ると【認識阻害】魔法が発動する。数分したらその場所から出される仕様だ」
「そうなのですか。知りませんでした」
「場所は覚えただろう?もう近づいてはいけないよ」
「はい。気をつけます」
うんうん、と頷いて、お父様はニコリと笑った。その後、夕食は和やかに終わった。
ありがとうございました。
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