6・母と息子
三人称視点です。
短いです。
ディアナの部屋からサロンへ移り、ローウェンとアリアは対面でソファに座った。
すぐに侍女がお茶をテーブルへ置いて、壁際に下がる。
「それで、話と言うのは何かしら」
アリアは紅茶を一口飲んでから、ローウェンへと視線を向ける。
「ディナのことですが」
真っ直ぐアリアの目を見て、ローウェンは口を開く。
「魔法のことなら、旦那様が帰ってから話をします」
「違います」
「では、何の話?」
同じ、翡翠のような目を見返す。
「ディナも八歳になりました。そろそろ、婚約者の選定をしていますよね?」
ローウェンの言葉に、アリアは紅茶を飲む。
「それが?」
音もなくカップをソーサーに戻し、アリアは睨むようにローウェンを見る。
ローウェンは、髪は父親のウェルスに似ているが、顔の造形と瞳の色は、母親のアリアにそっくりだ。笑みを浮かべなければ、冷たい印象を相手に与える。
「その候補に、僕も加えていただきたい」
「……は?」
真顔で言うローウェンの顔を、アリアは凝視する。
「我が家は、特に懇意にしなければならない家もありませんよね。代々の役職から、王家とも婚姻を持って縁を結ぶ必要もない。むしろ王家になど嫁がせてしまっては、気軽に会えなくなるので、初めから除外しているでしょうが。でしたら、僕がディナを伴侶に迎えても、問題ないですよね。そのほうが、ずっとディナはこの家にいてくれますよ。どうですか?」
まるで良き提案だとでも言うように、ローウェンは満面の笑みでアリアを見つめる。そんな息子を見て、アリアは頭を抱えた。
「ローウェン……。あなたいつからそんなことを考えていたの?」
「そうですね。最初は可愛い子だと思っていましたが、それだけでした。だけど、時々寂しげにしているディナを見るようになって、あの子を抱きしめたい。僕の腕の中で笑って欲しいと思うようになって、それからはもう、ディナに近づく男どもを駆逐したくなりました」
あっけらかんと言い放つローウェンに、アリアは頭痛がした。
「それ、あなたが何歳の時?」
「え、学院に入る前だから、九歳くらいでしたかね」
「はぁー……」
とうとうアリアはため息を吐いてソファに沈み込んだ。それを見て壁際の侍女達が慌ててアリアの傍でアリアを支える。
「奥様っ!」
「……大丈夫。下がっていて」
「はい……」
心配そうに離れていく侍女達に弱々しい笑顔を向けて、アリアは身体を起こし、ローウェンを見る。
「あなたがディアナを幸せにできると?」
「女神に誓います。ディナが僕を選んでくれたら、僕は必ずディナを幸せにする。彼女の笑顔を守ります」
ローウェンの真剣な表情に、アリアも真っ直ぐ見つめて返す。
「もし、ディアナがあなたを選ばなかったら?」
そのアリアの言葉に、ローウェンは苦しげに眉を歪めるが、目を閉じ、深呼吸をして瞼を開ける。
「その時は、身を引きます。兄として、ディナの幸せを祈ります。ディナの助けになれるよう、尽力します」
「女神に誓える?」
「誓います」
この世界で、女神に誓うのは、決して違えてはいけない誓い。そこまでの覚悟か、とアリアは心の中でため息を吐き出す。
「わかりました。旦那様と話します。ですが、選ぶのはディアナです。そしてこのことをディアナに話すことも許しません。それを守れますか?」
「はい」
ローウェンの返事を頷くだけで返し、アリアはサロンを出て行く。一人残ったローウェンは、肩を落とし、詰めていた息をゆっくり吐き出す。掌に視線を向けると、小刻みに震えていた。自嘲的な笑みを浮かべ、ソファに深く背中を預け目を瞑る。実母とは言え、あの切れ長の目に見据えられると身が竦む。だけど、あの母がディアナを大切にしていることを身をもって知っているローウェンは、どうしてもアリアからディアナを娶る許しを得なければならなかった。そのためならば、どんなことでもする。
カチャリ、とテーブルにカップを置く音で、ローウェンはゆっくり瞼を開け、身体を起こす。
「坊ちゃん、お疲れ様でした」
「ああ。ジャン。ありがとう」
老齢の執事、ジャンが優しい笑みを浮かべて、ローウェンの傍に居た。カップを手に取り、暖かい紅茶を飲むと、ホッと息が漏れた。
「これから、もっと勉強しないとな。魔法も次期侯爵としても」
「坊ちゃんなら、できますよ。私どもも、微力ながらお手伝いします」
「ありがとう」
そして、父、ウェルスが帰宅するまで、ローウェンの穏やかな時間は続いた。
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