5・ディアナの力
筆が遅くてすみません!お待たせしました。
評価ありがとうございます!
庭で大泣きして数日、今まで乖離的だった『ディアナ』と『私』がカッチリと嵌まった気がする。
それは、私が前世に固執しないで、今世を生きることを認識したからだろう。今までも、ディアナに貰った命だから、しっかり生きようと思っていたけど、心のどこかで、前世に帰りたいと願っていたのかもしれない。だから今世での家族に対して、一歩引いたように接していたのだと気づいた。
(お母様の腕の中はとても暖かかった。当たり前だよね。生きているんだから。
私も、ここで、生きている)
開いた手を握りしめる。自分の意志で動く身体を。
(そうだ。この身体は『ディアナ』に借りているんじゃない。『私』の身体だ)
そう認識すると、今まで使えなかった力が、身体の底から湧いてくるように感じた。
部屋の中、ベッドに腰掛け目を閉じて、集中する。すると、身体の周りを薄い空気の膜が張られていくのがわかった。それを手足のように操り、屋敷を歩くように広げていく。
少し進んだところに、廊下でメイドが数人、花瓶に花を入れ替えている。見つかる訳ではないけど、柱の陰に隠れて声を拾う。
『今日も綺麗な花ね』
『あら、あなた花に興味なんてなかったのに、どうしたの?』
『べ、別に。綺麗と思ったから言っただけよ?』
『もしかして、最近入った庭師見習いの子に、気があるのかしら』
『ち、ちちちち違うわよっ』
『隠さなくても良いのに』
楽しそうに話すメイド達の恋バナをドキドキして聞いていると、長年メリーセント家に仕えてくれているメイド長が、鬼の形相で廊下の奥からやってきて、しゃべっていたメイド達に喝を入れていた。おしゃべりしていたメイド達は慌てて喋るのを止めて、手を動かした。
メイド長の穏やかな顔しか知らなかったので、ビックリして集中が切れた。
「ビックリした。メイド長って怒ると怖いのね」
自分が怒られたわけではないのに、私は冷や汗の滲んだ額をハンカチで拭った。座っていたベッドから立ち上がり、窓際にある机に向かう。
引き出しから本を取り出して、椅子に座ってページをめくる。内容は、風魔法について書かれている。
「使っていけば熟練度が上がって、次の魔法が覚えられるはず。しっかし、結構魔力使っているはずなんだけど、全然疲れないな。どれだけ魔力量あるんだろう。私」
選定の儀の時、光の大きさは他の子ども達より大きかったとしか聞かされていない。平均がわからないので、どれくらい大きいのかも疑問だ。考えてもわからないので、魔法の練習に集中する。左の掌の上に、風魔法で作った球体を浮かべる。そこに、少し火魔法を混ぜると、微かに掌が温かくなった。
「うーん。やっぱり火魔法は左手の方が出しやすいなぁ」
左手の球体を消して、右手に球体を作り、そこに水魔法を込めると、微かに掌が涼しくなる。
でもそれを反対の手でやると、風魔法と他属性の調整に失敗するのが、ここ数日の練習で判明した。右手で使えるのは水、土。左手が火。風魔法は両方で使える。
「だけど、どちらの手でも使えるようにしておかないと、片手が使えなかった時に困るよねぇ」
よし!っと気合いを入れて、マリーサが朝食に呼びに来るまで魔法の練習をした。
さすがに練習をしすぎたのか、マリーサが呼びに来たときにヘロヘロになってしまって、マリーサを慌てさせてしまったのは申し訳ないと言わざるを得ない。
(だけど、この状況は……予想外よ……)
マリーサに大丈夫だと説明して、食堂に行き両親とお兄様に朝の挨拶をして朝食を食べていると、私の顔色が悪いと、お兄様が心配して、それにお母様とお父様も反応して医者を呼ばれ、診察を受けると魔力を使いすぎだとの診断で、少し休めば回復するから大丈夫だと言われたのに、お兄様は学院を欠席して、お母様も出席予定のお茶会をキャンセル。お父様はどうしても休めなくて、早く帰ってくるからと言い残し、執事のジャンに馬車へ乗せられて仕事に行った。
そして私は、どうして魔力を使いすぎたのだと、笑顔だけど黒い背景を背負ったお兄様に、ベッドの上で問い詰められている。お母様は何かあったらすぐに言うように、とマリーサに言い聞かせ自室へ戻っていった。名残惜しそうに。
「それで?どうして魔力を使ったのかな?スピルナ先生はディナにまだそこまで教えていないよね?」
どうしてスピルナ先生との授業内容を知っているのか、ぞわりと背筋が震えた。
「いえ、あの。その」
なんと言っていいか、言葉が濁る。
「魔力だって無尽蔵じゃないんだ。使いすぎると、命を落とすことだってある」
黒い笑顔から、真剣な顔をして、お兄様は私の頬にそっと手を添える。
「ディナがいなくなってしまったら、僕も、父上や母上、屋敷の使用人、みんな悲しむんだ。ディナはそれだけ大事なんだよ?もっと自覚してほしいな」
「ごめんなさい……」
頬を撫でる指先が、言葉が、くすぐったくて、口元が緩みそうになる。ここの人たちに心配は掛けたくない。素直に言葉が出た。
「スピルナ先生との授業で、魔法が使えると教わって、使ってみたくなったのです。練習したら、もっと色々使えるかなって思ってしまって、限度がわかっていませんでした。ご心配おかけして、申し訳ありません」
お兄様の目を見て、謝ると、お兄様は柔らかく微笑んでくれた。
「わかってくれたなら、いいんだ」
頬を撫でていた手が離れていくのが、少し寂しいなんて、きっと弱っているせいだ。
「それで、どんな練習をしていたの?」
お兄様の言葉に、話を聞いてくれることが嬉しくて、前のめりになった。
「最初は掌に属性の玉を出すところから練習しました!そしたら、左右で属性によって威力が違うことがわかったんです!だけどそれじゃあ駄目だから、両方で同じ出力を出せるように練習しました。まだ意識しないと同じ出力にはならないんですが、意識すると、このように」
両手の平を上にしてお兄様に見えるように、前へ突き出し両手に火属性の玉を浮かばせる。
「見てください。今は左手の玉の方が強いですが、こうすると」
右手に少し魔力を流すと、左右の玉の色が同じオレンジ色になった。
「どうですか!上手くできていますか!」
魔力の出力はまだスピルナ先生に教わっていないから独学だ。なので学院で勉強されているお兄様に聞きたかったのに、視線を向けたお兄様は、驚きで固まっていた。
「お兄様?」
掌の玉を消してお兄様の顔を覗き込むと、お兄様は私の両手を掴んで勢いよく言った。
「左右で出力が違うだって!?そんなの学院でも教えてないよ!ディナはそれがどうしてわかるんだい?!それに君は無属性のはず。どうして火魔法が使えるんだ?!」
美しいお兄様の顔が近くてドキドキしてアワアワしていると、何かに後ろへ引っ張られてお兄様が離れていった。
「おかあさま……」
お兄様はお母様に襟首を引っ張られて、苦しそうにお母様を睨んでいた。視線をその後ろへ向けると、マリーサが肩で息をしながらドアに凭れていた。様子の変わったお兄様を止めるために、マリーサがお母様を呼んできてくれたようだ。
「ローウェン、あなたディアナに何をしているの?」
「ちが、ははぅえ、はなし……っ」
華奢なお母様が、お兄様を片手で持ち上げるという光景は、驚きでいっぱいだ。それでもよく観察すると、お母様の魔力がお兄様を持ち上げている右手に集中しているのがわかる。
「お母様は、【身体強化】が使えるのですか?」
ポソリと呟いた言葉に、お母様も驚いて私を見つめる。そのおかげか、力の抜けたお母様の手からお兄様は脱出した。
「ディアナ?」
「母上、僕もさっき知ったのですが、どうやらディナは魔力の流れが『見える』みたいです」
お兄様の言葉に、私は首を傾げるだけだが、お母様は驚愕に目を見開いた。
「どうされたのですか?」
訳がわからず、お母様とお兄様の顔を交互に見るが、二人とも何故か納得したような顔をしていた。
「なるほど。そういうことでしたか」
「それならば、納得できます」
私としては、全く納得していないのに、二人は頷きあっている。なにか仲間はずれをされているようで、頬を膨らませた。
私のそんな様子に気づいたお兄様が、柔らかく笑みを浮かべながら、膨らんだ私の頬を優しく撫でる。
「はは、ごめんね、ディナ。のけ者にしたわけではないよ。ちゃんと説明するから、その可愛らしく膨らんだ頬を納めてくれ」
途端に恥ずかしくなって、視線を逸らしながら、頬の空気を抜いた。
お母様が、ベッドの横にある椅子に座り、お兄様がその横に立った。
「ディアナ。あなたがこの家に引き取られたのは、あなたが一歳くらいだったわ。幼い寝顔は、本当にロアナそっくりで、可愛くて、愛らしくて、いつまででも眺めていたくてっ……」
「母上、話が逸れています」
お兄様の指摘に、お母様は一度咳払いをする。
「そうだったわね。あなたが目を覚ましたとき、とても泣いていたのだけれど、宙に手を伸ばしたかと思うと、その後は泣かなくなったの。それと同じく、笑顔を見せることもなかったけれど」
寂しそうに眉を下げるお母様に、どうしていいかわからず、手を伸ばしてお母様の手に触れた。冷たい指先は、次第に温かくなった。お母様は嬉しそうな、恥ずかしそうな顔で、手を握り返してくれた。
「どうしてそうなったのか、僕たちには解らなかったんだ。もしかしたら、心を壊してしまったのではないかと、ずっと思っていた」
お兄様の言葉に、首を傾げる。少なくとも、私にある『ディアナ』の記憶は、心を壊してはいなかった。ただ、諦めていただけだ。
(だけど、それもある意味、心が壊れていた、のかもしれない)
夢で会った『ディアナ』は、両親と出会えて、一緒にいて、とても嬉しそうに笑っていた。
「それが、さっきのディナの言葉で、わかったよ」
「え?」
「ディナは、人が持つ魔力を見ることができるんだ」
「魔力を見る……?」
お兄様が言うには、魔力は人それぞれ形があると言われている。だけどそれは普通、見えないらしい。それを判断できる人を『魔力眼』または『鑑定眼』持ち、と言われている、と。そしてその人数は極めて少ない、と。
「その力が、私に?」
「恐らく、無意識に判断しているのだと思う。幼児の頃からずっと。だから、両親がもう居ないって解ったんだね」
(だったら、どうして『ディアナ』は諦めたの?両親が居ないことが解ったなら、引き取ってくれた、親代わりの人たちと、家族になろうという気はなかったの?)
わからなくて、もう居ない『ディアナ』に心の中で問いかけたが、応えは返ってこなかった。
その答えをくれたのは、お母様だった。
「ディアナが感情を消したのは、私のせいだわ」
「母上……?」
表情があまり変わらないお母様の、ともすれば睨んでいると思われそうな目尻が微かに下がっている。哀しみを目の奥に宿して。
「当時、ディアナを引き取って数日後に、領内で伝染病が流行っていたの。私は、あなたが病に罹ってしまうのが怖くて、部屋に閉じ込めてしまったの。それが、幼いディアナにとっては、辛かったのかもしれない……」
「で、でも!その時の私って、一歳くらいですよね!」
「両親が居なくて、他人しかいない。部屋からも出して貰えない。泣いても、知らない人間しかいないと理解したら、心を守るために心を閉ざしたとしても、不思議じゃないと思う。まさか両親二人ともが、亡くなっているとは思わないよ」
お兄様の言葉に、息を飲む。一歳の幼児にそんな理解できないと思うけど、周りの雰囲気に、何かを感じたのかもしれない。それから言葉を少し理解できるようになったとき、恐らく誰かの話を聞いたのだろう。自分の両親がもう亡くなっているのだと。もしかすると、両親が迎えに来てくれると、信じていたのかもしれない。それが絶望に変わったとき、『ディアナ』は、人生を諦めてしまったのか。
(憶測でしかない。本人は、もういないし)
だけど、何故かそれが正解だと、思った。そして、落ち込んでいる家族を癒やせるのは、私だけだ。
「お母様、お兄様。記憶はありませんが、当時寂しくて心を閉ざしてしまったことは、
申し訳ないと思います。だけど、今の私はここに、メリーセント家の家族になれてとても
幸せです。これからも、ここにいたい、です。いいですか?」
最後は自信なくて、伺う形になった。だけどお兄様もお母様も、笑顔で頷いてくれた。
「ディナはずっと僕のとな……」
「もちろんよ。ずっといていいのよ」
お兄様の言葉にかぶせて、お母様が前のめりで言った。まるでお兄様に対抗しているように。
見ていて面白くて、クスクス笑うと、お母様も目元を和らげた。
「それで、今後ディナの魔法についてだけど、使えるものを把握しておいた方が良いのでは?」
お兄様は、若干お母様を悔しげに見ていた。
「そうね。ディアナ、今使える魔法は他にあるのかしら?」
言われて考える。
「火と水、あとは魔力の流れが見える?ことと、風を操って会話を拾う、ことでしょうか?」
「会話を拾うのは風魔法ね。メリーセント家が得意としていることよ。無属性なのに、
他の属性が使えるのね」
「スピルナ先生は、無属性は他の属性が使えないのではなく、その属性を持っている人より
弱いのだと言っていました」
私の言葉に、お母様はなるほど、と呟いた。
ふと、視線を感じて窓の外に目を向けると、バルコニーの手すりに一羽の鳥が
こっちを見ながら止まっていた。
(あれは……)
「とにかく、使える魔法についてはスピルナ先生にも口外しないように。
旦那様に聞いてから決めましょう」
「そうですね」
お母様の言葉に、お兄様が頷く。私は首を傾げた。
「え、でも……」
「先生はご存じなの?」
「いいえ。知らないと思います。いえ、そうではなくて……」
「どうしたの?」
「お父様なら、きっと先ほどから聞いておられたかと……」
そう言って、窓の方を指さすと、お母様とお兄様もそちらを見て、絶句した。
視線の先に、前世で見た、ウグイスのような鳥が首を傾げてつぶらな瞳を瞬かせた。
「あの人は、もうっ」
お母様は額に手を当てて、呆れたようなため息を飲み込んだ。お兄様は窓を開けて
鳥を指に乗せてベッドの傍に戻ってきた。
「よほどディナが心配だったのだろうね。ほら、もう元気になりましたよ」
鳥の黒曜石のような目を見つめて、微笑んだ。
「はい。ご心配おかけして申し訳ありません。お仕事頑張ってください。お帰りをお待ちしています」
すると、鳥は一声鳴いてお兄様の指から飛び立ち、開け放たれていた窓から軽やかに出ていった。
お兄様は窓に施錠して、ニコリと笑った。
「それじゃあ、ディナはもう少し寝たほうがいいよ。母上、サロンで少しお話があります。
よろしいですか?」
「ええ、わかったわ。それじゃあディアナ、また後でね」
お母様に頭を優しく撫でられ、口元がニマニマと緩んでいく。
「はい。ありがとうございます。お兄様も」
「うん。おやすみ。良い夢を」
そして二人は部屋を出て行き、私はマリーサを呼んで、昼食は部屋で食べることを伝え、
夢の中へと旅立った。
ありがとうございました。
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筆が遅いのでお待たせしますが、読んでいただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。