3・魔力学とマナー
魔力とかは、作者のイメージなのでさらっとお読みください。
朝食の席で、お母様とお兄様に私も魔法について学ぶことがお父様から告げられた。
お母様はまだ早いのでは、と難色を示したが、お兄様は嬉しそうに笑ってくれた。
「一緒に勉強できるなんて嬉しいな。わからないことがあったらいつでも聞いてね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
手を握り合ってニコニコしていたら、お父様とお母様、マリーサ、ジャン、メイド達から温かい目で見つめられていた。
そして翌日、中庭に用意されたテーブルと椅子に、魔法を教えてくれる先生を対面に、お兄様、私は隣り合って、先生の話を聞いていた。もちろんメモを取りながら。
「お嬢様には、初めまして。私は家庭教師のスピルナ・フディアと申します」
「初めまして、先生。ディアナ・フォン・メリーセントと申します。これからご指導のほど、よろしくお願いします」
椅子から立ち上がり、淑女のお辞儀をすると、スピルナ先生は慌てた。
「家名はありますが私は平民ですので、畏まらないでください」
「いえ、たとえそうだとしても教えて頂くのですから、相応の態度は取らせていただきます」
真っ直ぐ先生の目を見つめると、先生は困ったように眉を下げて周りを見回す。味方を探しているようだが、お兄様の一言で、ガックリと項垂れた。
「先生、諦めたほうがいいよ。この屋敷の人はディナには弱いから。それより時間も限られているんだし、授業をお願いするよ」
「わかりました」
コクリと頷いたスピルナ先生は、下げた眉を戻し真剣に手元の教科書を開く。
「では、ローウェン様は二度目になりますが、復習の意味も込めて聞いて下さい。まず魔力とは、体内に流れる血と同じで人間にも、動物にもあります。ただ、その量は個人差があります。多い人もいれば少ない人もいる。人間と動物の違いは、人間は魔力は鍛えると増やすことが出来、制御もできます。しかし、動物は出来ません。魔力が溢れすぎて暴走した動物を『魔物』といいます。しかしこれは人間にも当てはまるので、魔力操作をまず初めに覚える必要があります。それは属性関係ありません」
ほうほう、とメモを取る。
「それはスピルナ先生が教えて下さるのですか?」
「ええ。貴族は私たちのような家庭教師を雇って教えています。ただ平民はそれが出来ないので、学院に入学してから覚えます」
「それは、平民の方々の魔力が多い場合、暴走する危険があるのではないですか?」
「そうですね。そういう心配もありますが、それを可能にしているのが『選定の儀』です。あの儀式は平民も受けます。女神様のお力で魔力量を調べて、規定以上の魔力量を持つ子どもがいる場合、国に報告が行き、補助金で魔力操作を教えているのです」
あの儀式はそういうことにも使われているのか、と驚いた。
「実は私も、補助金で魔力操作を教えて貰ったのですよ」
ニコリとスピルナ先生は、懐かしむように微笑んだ。
「そうなのですか!?」
食い気味にスピルナ先生に詰め寄ると、ローウェンお兄様が苦笑して私の肩を軽く押さえた。
「あ、すみません……」
恥ずかしくなって、椅子に座り直して俯くと、お兄様の手が優しく頭を撫でてくれた。
「大丈夫ですよ。それでは、少しだけ私の話をしましょうか」
「お願いします!」
「僕も聞きたいな」
「では、私はさっきも言った通り、平民です。ですが家名を持っています。普通の平民は家名は持っていません。私は今のお嬢様と同じ年齢のとき、『選定の儀』で魔力量が多いことを知りました。儀式の次の日に、王宮からの書簡と共に師匠、私に魔力操作を教えてくれる先生が家に来たのです。私の家は決して裕福ではありません。なので補助金を貰って魔力操作を教えてくれることに、両親はすごく驚いて、すごく喜んでくれました。それからは親元を離れ、師匠の家で雑用を手伝いながら魔力操作を覚えました。そして学院に入学してさらに魔法について勉強して、卒業してからは宮廷の魔術師として働いています。いろいろと貢献したので、家名を賜ることが出来ました。そして今、ローウェン様とお嬢様の家庭教師として雇って貰うことができています」
「なるほど。魔力操作はとても大事なことなのですね」
私の言葉に、スピルナ先生は頷いた。
「はい。魔法を使うにも威力にあった魔力を制御できなくては、過剰に放出してしまい、すぐに魔力切れを起こす原因になってしまいます」
ふむふむと頷いていると、お兄様が庭の端に控えていた侍女を呼んで飲み物を頼んだ。
「先生、少し休憩しよう」
「そうですね。では休憩の後に、少し実践をしてみましょうか」
スピルナ先生の言葉に、私は嬉しくなって頷いた。
「はい!」
私の元気な返事に、お兄様は苦笑しながら私の頭を撫でてくれた。
休憩の後、テーブルから離れてお兄様と並んでスピルナ先生の対面に立つ。
「それではお嬢様、実際に体内の魔力を感じてみましょう。ローウェン様は先日の続きで、魔力操作をしましょう」
「よろしくお願いします!」
「わかった」
お兄様と少し離れ、スピルナ先生が私の前に立つ。
「では、先ほども説明しましたが、魔力は血と同じで体内に流れています。それを感じてみましょう」
「はい!」
目を閉じて、感じてみる。
(感じるって、どうすれば……?)
抽象的な説明に焦る。
(そういえば、昔読んだ魔法系漫画にへその下、丹田ってところに意識を集中してって書いてあった。それと忍者漫画にあったチャクラの流れを意識して……)
お腹から温かくなってきた。
(これが、魔力?)
血と同じ、でも違う。
細い管の中を勢いよく流れていくものを、ゆっくりと管を広げていってなめらかに流れるように調節する。
だけど全てをなめらかにするには、まだまだみたいだ。
閉じていた目をゆっくりと開くと、驚いた顔をしたスピルナ先生がいた。
「どうかされました?先生?」
声を掛けるとスピルナ先生は驚いた顔のままお兄様に視線を向ける。
つられてお兄様を見ると、お兄様は唖然として私を見ていた。
「お兄様?」
「ディナ……、いま自分がどうなっているか、わかる?」
「私?」
なんだろう、と自分の手を見ると、驚いた。
「な、何これ!?」
手に、いや全身に金色のオーラを纏っていた。
涙目でスピルナ先生を見ると、先生は驚いた顔を真顔に変え、私に落ち着くようにと言った。
「大丈夫です。ディアナ様。ゆっくり、ゆっくりでいいので身体に流れる魔力に向けた意識を、外に、いつものように戻すのです」
「は、はい……」
肩に入った力を抜くように、ゆっくり息を吐く。すると纏っていたオーラは私の身体に戻って行った。
「はぁー」
立っていられなくて芝生に座り込むと、お兄様が慌てて抱き留めてくれた。
「大丈夫?気持ち悪くなってない?」
「大丈夫です。お兄様」
「そう。よかった」
ホッと目元を和めたお兄様に、申し訳ないが可愛いと思ってしまった。
「ディアナ様は、すごい魔力量をお持ちなのですね」
スピルナ先生の言葉に、座りながらは失礼かと思ったが、足に力が入らないのでスピルナ先生を見上げた。
「そのままで良いですよ」
苦笑した先生も芝生に座る。
「さっきのはどういうこと?」
お兄様が私を支えながら、聞いた。
「私の師匠もそうだったのですが、人より魔力量が多いと、体内の魔力を調整するときに金色のオーラを纏う人がいるのです。そのオーラは体内から漏れ出た魔力が、可視化されたものだと言われています」
「漏れ出た、魔力……」
「そういえば、『選定の儀』の時、ディナが水晶に触れたらすごい光を発したんだ。目が焼けるくらい。あの中で色を判別した神官はすごいと思うよ」
「『選定の儀』に参加する神官には、暗視の術が施されていますからね。間違いはないでしょう。ディアナ様はやはり緑ですか?」
スピルナ先生に聞かれて、戸惑った視線をお兄様に向ける。言っても良いのだろうか、と。お兄様は真剣な顔で頷いた。
「私は、白、でした……」
「……。なんと?」
先生は私の言った言葉が理解できなかったと、目を点にした。
「白、だったのです」
驚愕に、先生は目を見開く。
「あれだけの魔力量で!?むぞくっ……むぐっむぐ!」
慌てて、お兄様と二人がかりで先生の口を塞ぐ。
しばらくして落ち着いた先生が、口を塞いでいた私たちの手をポンポンと叩く。
「失礼しました。機密事項を叫んでは私の首が、物理的に飛んでいくところでした」
ユーモアがある冗談だな、と思ったが、お兄様の顔を見て冗談ではないと気づき、乾いた笑いが口を出ていった。
よく漫画や小説で、黒い笑顔や冷気を纏った笑みと言われるモノが出てくるが、実際に隣からそんなものを見るとは、思わなかった。
お兄様は黒い笑顔を引っ込めて、私に優しい笑顔を向ける。スピルナ先生は額に浮かんだ汗を、ハンカチで拭っていた。
「今、伺ったことは口外いたしません。私も自分の命は惜しいですので」
「うん。賢明な判断だね」
「白だと、魔力量が多いのは意外なのですか?」
額をハンカチで抑えていた先生は、コクリと頷いた。
「魔力量が多いとされるのは、赤、火属性が一番。次に緑、風属性。三番に青、水属性。四番は黄色、土属性。白は、最下位。使える魔力量は少なく、使える魔法もほとんど無いために、役立たず、無能と、言われています」
でも私、風属性も使えるんだよね。『ディアナ』が言っていたのを思い出す。
「ディアナ様、私以外に属性を教えてはいけませんよ。侯爵令嬢が白だと周りの貴族に知られると何をされるかわかりません。なるほど、だからその年齢で私の授業をうけるのですね」
「どういうことです?」
「魔力学は、十歳になってから受けるのですよ」
ニコリと微笑んだスピルナ先生に、私は今の年齢を思い出した。
(そうだ。私、今は五歳だった。お兄様は十歳だから)
「今日の授業はここまでにしましょう」
「はい。ありがとうございました」
「うん。あとで父上の執務室に寄ってね」
ニコリとお兄様は笑みを先生に向ける。先生は引きつった笑みを浮かべ、コクリと頷いた。
お兄様と並んで部屋に戻る途中、疑問に思ったことを聞いてみた。
「先生は先ほどお兄様がお父様のところに行くように言ったとき、どうして笑みが引きつっていたのでしょう?」
「そうだねぇ。ディナは契約魔法は知っているかい?」
契約魔法。記憶を探ると、薄らと浮かんできた。
「確か、双方同意の上で結ぶものですね。契約すると死ぬまで破棄できないと。契約を破るとひどい罰がくだるのだと、記憶しています」
私の答えに、お兄様は頷いて、頭を撫でてくれた。
「うん。その通り。ディナは賢いね」
褒められて嬉しくなり、笑顔をお兄様に向ける。お兄様も笑顔を返してくれた。
「だけど、一つ抜けているね。契約魔法の内容は、どんなことがあっても話すことは出来ないんんだ。たとえ、拷問されたとしてもね」
「っ!」
物騒な言葉に、息を飲む。前世でうっかり見た番組の内容を思い出して、血の気が引いていく。そんな私の様子に、お兄様は苦笑した。
「本当はこんなこと、ディナには教えたくなかったんだけどね。ごめん」
「いいえ、私が聞いたのですもの、先生はその契約魔法をお父様と交わすのですね。先生は契約魔法のことを知っていて、顔を引きつらせてしまったのですね」
青い顔をしていると、お兄様は優しく私の頬を撫でる。
「大丈夫。父上もそこまで非道ではないから」
お兄様の言葉の意味がわからなくて首を傾げると、お兄様は楽しそうな笑顔をそのままで、私の手を引いて部屋に連れて行ってくれた。
それから、私はお兄様と一緒に魔力操作の授業を受け、三年が経った。
私は八歳になり、お兄様は十三歳。魔法学院に入学する。
この国の学院は、十三歳から十八歳まで通うことになる。学ぶのは主に魔法のこと。そして貴族は派閥、社交、平民は就職先を探すのだ。
「それじゃあ行ってくるね」
学院から家が遠い生徒は寮に入るが、メリーセント家は比較的学院から近いので、お兄様は家から学院に馬車で通っている。
「いってらっしゃいませ。お気を付けて」
毎朝の挨拶をして、お兄様を見送る。いつも一緒にいたお兄様が昼間いないのを寂しく思うが、顔に出してはいけないと笑顔を作る。
前世の記憶があるが、私の精神年齢は八歳になっていた。
お兄様は私の寂しさを隠しているのをお見通しで、頬に口づけを残していく。
赤くなった私の顔を見て微笑み、馬車に乗って学院へ行ってしまう。
お兄様の唇の感触が残る頬を押さえて、走り去る馬車を見つめていると、マリーサが口元を緩めて私を呼んだ。
「お嬢様、今日はスピルナ先生が午前中来られて、お勉強です。午後はマナー、ダンスの授業です」
「わかったわ。マリーサ、その生暖かい顔はやめてちょうだい」
「すみません。ちょっと無理です」
ため息を吐き、部屋に向かう。他のメイドも、執事のジャンも生暖かい顔で私を見つめているので、もう何も言えなかった。
部屋でスピルナ先生が来るまでの時間、書庫にあった本を読む。それは子供用にわかりやすく書いた建国の物語だった。
要約すると、この国は元は小国の集まりだった。だが小国の小競り合いが絶えず民達は疲弊していた。それを収め、統治したのが初代国王になったアルメス・フォン・アメリアス。
初代国王は各国の問題点を聞き、それを各国の貴族達を集めた会議で解決させていき、不満を取り除いていくことで、摩擦を防いだ。
賢王と呼ばれた初代国王は、小国から一人づつ王女を娶り、産まれた子どもの中から優秀な子どもを王太子として育てた。
しかし初代国王が亡くなって、王位争いがあり、一時、国は荒れた。そして収めた人物がその時代の王となるのが何代が続いたが、数代前の王が自国ではなく隣国の王女を娶ってから、外交が始まり、国は安定していった。
(まあ、要は自分ばかり見ていないで、他者にも目を向けましょうってことね)
読み終わった本を閉じて、マリーサが淹れてくれた紅茶を飲む。フルーティな味が好みで、最近はずっとこの紅茶を飲んでいる。
しばらくすると、スピルナ先生が到着したとメイドが知らせに来て、私はスピルナ先生がいる中庭に移動した。
「こんにちは、スピルナ先生」
「こんにちは、ディアナ様」
座っていた椅子から立ち上がり、スピルナ先生はお辞儀した。
「今日もよろしくお願いします」
私もお辞儀を返して、二人は対面で座った。
「今日は無属性魔法について勉強しましょう」
「はい。お願いします」
スピルナ先生は、分厚い教科書を取り出した。
「先生、今どこから、教科書を?」
驚いて聞くと、先生はニコリと頷いた。
「よく気がつきましたね。これは時空間魔法です」
「時空間魔法!」
異世界漫画とかでよくある、異次元にいろいろなものを収納できる魔法だ。わくわくして、先生を見つめる。
「これは覚えれば誰でも使える魔法ですが、難点は異次元を理解するところです」
「異次元……」
それは某動物型ロボットが、腹にあるポケットから道具を取り出すのと一緒なのだろうか。
イメージして、両手の間に魔力を集める。
「あ」
「え」
すると、手元に小型のブラックホールみたいなものが出来た。その中にメモ帳を入れてみると、メモ帳は手元から消えた。
恐る恐る、小型ブラックホールの中に手を入れると、指先に触れたモノがある。すると頭の中に、【メモ】と浮かんだ。
それを掴んで取り出すと、確かに、先ほど入れたメモ帳だった。
「おおー」
「……」
面白さと感動で声を出すと、スピルナ先生が静かなことに気づき、先生を見ると、先生は驚愕に目も口も開いて固まっていた。
「先生?スピルナ先生?」
目の前で手のひらを振っても、先生はしばらく反応しなかった。
仕方なく、庭の端に控えていたマリーサに、二人分の紅茶を頼んだ。マリーサは手際よくカップに紅茶を注ぎ、私と先生の前に湯気の上る紅茶の入ったカップを置いた。
「ありがとう」
マリーサにお礼を言ってカップに口を付け、温かい紅茶で喉を潤すと、先生が再起動(失礼)。意識を取り戻した。
カップをソーサーに戻し、先生を見る。少し青白い顔をした先生は額の汗をハンカチで拭う。
「先生、大丈夫ですか?」
心配そうに聞くと、スピルナ先生は頷いた。
「だい、大丈夫です、はい。ちょっと、衝撃過ぎて、意識を飛ばしてしまいました。すみません」
そんなに驚かれると思わなかったので、キョトンとして先生を見つめる。
「わかっていないようなので、説明しますが、ディアナ様は今、おいくつですか?」
「今は、八歳です」
「そうですね。そしてお兄様のローウェン様が十歳から魔法の勉強を始めているのをご存じかと思いますが、普通、魔力があってもそれを使えるのは十歳になってからなんです。それ以前に使おうとすると、魔力が暴走する恐れがあるのです」
スピルナ先生の言葉に驚き、わずかに目を見開く。
「私の言いたいことがわかってくださり、ありがとうございます」
「で、でも、私は、三年前から魔力操作を教えて貰っていたから……」
先生はこめかみを揉むように指を当てて、目を瞑る。
「確かに、魔力操作を教えましたが、それを魔法に還元する方法は教えていません。それは十歳になってからお教えしようと思っておりました」
あんぐりと口を開けたまま放心する私の手を、スピルナ先生の温かな手が包む。
真剣な、でも暖かな目で、スピルナ先生は私を見つめていた。
「驚かれたでしょう。だけど使い方さえ間違えなければ大丈夫です。私と一緒に覚えていきましょう」
「はい。先生、よろしくお願いします」
椅子から立ち上がって、改めて頭を下げると、スピルナ先生は私の頭を優しく撫でてくれた。
それから、先生が持ってきてくれた教科書を見ながら、無属性魔法について勉強した。
「先生、この中で私が最初に覚えた方がいいのはどの魔法ですか?」
書いたメモを捲りながら先生に聞くと、先生は顎に手を当てて考える。
「そうですね、まずは【索敵】を覚えた方が良いでしょう」
「【索敵】?」
「そうです。無属性魔法は、文字通り属性がありません。だけど他の属性が使えないわけではなく、威力は弱いですが使えます。でもどこから敵がくるかわからなければ、それも意味は無くなり、あっけなく殺されます。そのために自分の周囲にどんなものがあるのか、敵がどこにいるのかを探すのを【索敵】といいます」
前世で読んだ本にも、よく書いてあったことを思い出した。
「【索敵】は基本の魔法なので、皆さん最初に覚えます。ただ、魔力量に寄ってその範囲は様々なので、広範囲に索敵できる人は重宝されます」
「なるほど」
その後、先生の話を聞きながら時間まで過ごした。
「ではまた来週に。今日教えたことを復習しておいてください」
「はい、今日はありがとうございました。またお願いします」
玄関でスピルナ先生を見送り、貸して貰った教材を胸に抱え部屋に戻る。
部屋に入り窓の傍に置かれた机に教材を置き、椅子に座る。
「お疲れ様です、お嬢様。マナーのお勉強まで時間がありますが、いかがなさいますか?」
傍に控えていたマリーサの言葉に、窓から見える青空を見ながらお茶を頼んだ。
「そうね、少し今日の復習をするからお茶をお願いできる?」
「かしこまりました」
マリーサは音もなく部屋を出ていく。
それを眺め、教材を開く。一人になったことで、つい独り言を呟いた。
「漫画とかラノベじゃ、みんなすぐに魔法使ってたけど、私は確実に勉強してからにしよう」
前世も、何かをする前には確実に調べて実行していた。
(友達には真面目すぎる、とかなんとか言われたっけなぁ)
前世の友達を思い浮かべ、もう会えないことに胸が痛んだ。
小学校からの付き合いで、いつも明るい笑顔で、同じ趣味の話を何時間でもできた。他にも二、三人の顔が浮かんで、鼻の奥がツンとして涙が浮かぶ。
「駄目だ。ここで泣いたら、身体を譲ってくれたディアナに申し訳ない」
ハンカチで溢れた涙を拭い、瞼の裏に浮かんだ彼女たちに笑顔を向ける。
(忘れて欲しくはないけど、私はここで元気に生きていくよ。今までありがとう)
心の中でお礼を言って、瞼を開ける。目の前の青空に、前を向いていこうと誓った。
それからマリーサが入れてくれたお茶を飲みながら、しばらく教材を読みながら復習していると、ノックの音がしてメイドが外から声を掛ける。
「お嬢様、マナーのお勉強のお時間です」
「はい」
返事をすると、マリーサがドアを開けて入り口で待っている。教材を閉じて、本棚にしまってドアに向かう。
「今日は何だったかしら」
「今日はテーブルマナーでございます」
「あぁ……」
マリーサを伴って、食堂に向かうとすでに講師の先生が待っていた。
「お待たせしました」
ぎこちなくカーテシーをすると、講師の女性、子爵夫人のティアート様が微笑んで頷いた。
「こんにちは、レディ・メリーセント。今日もよろしくお願いします」
「こちらこそ、お願いします」
ティアート夫人は母方の親戚で、私が五歳の頃に母がお願いしたところ、快諾してくれたそうだ。
この世界での女性は、手に職を付けるのを忌避される。「妻は家を守るべし」という、風習が根強くあるという。
なので貴族の子女は親戚の夫人からテーブルマナーやダンス、言葉遣い、淑女としてのあれこれを学ぶのだという。女性の家庭教師はいないのだとか。歴史などは男性の家庭教師に教わる。もちろん間違いが起こらないように年配の、が付くが。
これも女性は嫁ぐまで清らかでないといけないという、風習があるのだ。
マリーサが引いてくれた椅子に、ドレスが皺にならないようにゆっくりと腰掛ける。ティアート夫人は、私の一挙一動を見逃さないように横に立って観察する。
椅子に座ると、前菜から食事が運ばれる。
美味しそうな料理が目の前にあるが、緊張して味があまりわからないのが、いつもとても残念でならない。シェフにも申し訳なく思ってしまう。
一口大にした料理を、小さく開いた口に運ぶ。
背筋を伸ばし、大きく口を開けないで、音を立てないように気をつけながら咀嚼して飲み込む。
見られながら、とても神経を使う食事を終え、食後の紅茶でホッと一息ついてしまい、カップをソーサーに戻すときにカチャリと音を立ててしまった。
「レディ、気を抜きましたね」
ティアート夫人の刺さるような声に、ビクリと肩が震える。
「すみません」
「今は一人だとか、勉強だからなどと思っていてはいけません。いつ、いかなるときも完璧に、自然に、意識せずにできるようにならなければいけないのです。社交界では少しの失敗が大きな損害となるのです。それはレディだけの損害ではなく、ひいては侯爵家の損害となることもあるのです。おわかりですか?」
「はい……」
膝の上に置いた手を握りしめる。ティアート夫人は先ほどの柔らかい笑みが嘘のように、鋭く、目を細める。
「背筋が緩んでいますよ。いけません。背筋は真っ直ぐと、顔を俯けないで、堂々としていなくては、他の令嬢に舐められます。ではもう一度初めから」
「はい」
椅子から立ち上がり、入り口から始める。それは及第点を取るまで続いた。
「ううぅー。お腹が苦しい……」
ティアート夫人を見送り、部屋に戻ってソファに倒れ込む。
「お嬢様、はしたないですよ」
マリーサの小言に、涙目を向ける。
「少しだけ、お願い」
マリーサは、仕方ないとため息を吐いて部屋を出て行った。
一人になった部屋で、横になった身体を起こすが、ソファの背もたれに体重を預ける。柔らかなクッションは、優しく身体を支えてくれる。
「うぅー、あれから三回ダメ出しされて、お腹いっぱい」
一皿の量は少なめだが、それでも回数食べればお腹に溜まる。おまけに紅茶も。
デザートは嬉しいけど。
目を瞑り、お腹に手を当ててしばらくソファでジッとしていたら、ノックの音と共にマリーサが入室を求める。
返事をすると、ワゴンを押しながらマリーサが部屋に入ってくる。
「消化を促す薬草茶をお持ちしました」
「ありがとうっ」
目を開けて笑みをマリーサに向ける。苦笑したマリーサは、薬草茶を入れたポットから小さめのコップに注ぎ、まずは自分で飲む。
所謂、毒味だ。
大丈夫なのを確認してから、普通のカップに注ぎソファの前にあるローテーブルに置いた。
それを受け取り、嚥下すると爽やかな香りと味が広がり、圧迫していた胃がさっぱりしたような気がした。
「美味しい……」
「ようございました。ダンスの授業まで時間がありますが、少しお休みなさいますか?」
「そうね、少し横になるわ。時間がきたら起こしてくれるかしら」
「かしこまりました」
飲み終えたカップをワゴンに乗せ、マリーサはクローゼットから寝やすい服を取り出して着替えさせてくれた。
寝室へ移動して、布団に潜る。
「おやすみなさい」
「はい。おやすみなさいませ」
天蓋のカーテンを下ろされると、そこだけ空間が切り取られたように感じる。瞼を閉じると、すぐに意識は夢の中へと移っていった。
ありがとうございます。
面白かった、続きが読みたい等評価いただけたら励みになります。
よろしくお願いします。