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悠久な再会  作者: 天空瞳
2/16

2・転生?

よろしくお願いします。


 私は、平凡な大学二年生だった。地元から遠く離れた大学で、昔から憧れていた一人暮らし。

 その二年目に突入したところだった。


 道路に飛び出た子どもを助けようとして、トラックに引かれた。

 そこで記憶は途切れ、次に目を覚ましたとき、私は『私』ではなかった。


「ここ、は……?」


 目に飛び込んできたのは、ベッドの天井。背中に感じるのはふかふかの布団。

 横を向くと、ベッドの天井から吊されたシースルーのカーテン。


(え?なにこれ。こんなの家になかったのにっ!これって、天蓋付きベッドってやつ?お姫様みたい)


 どこかの病院の特別室なのかと思い、身体を起こすと、後頭部に軽い痛みがあり呻いた。


「うっ、いたた……」


 頭に手を当てると、違和感があった。


「なんか、手が小さいような……」


 両手を目の前に持って行くと、視界に入ったのはいつもの自分の手ではなく、小さなお子様の手。


(え?)


 頭が真っ白になるとは、このことなのか、と別のことを考えてしまった。

 掛け布団を捲り、全身を見る。


 襟元と裾にフリルをあしらったピンクの、ワンピースタイプの寝間着。

 裾から出てる素足もお子様。


「は?」


 訳がわからず、呆然としていると、ドアがノックされ誰かが入ってきた。


「失礼します」


 若い女性の声だった。足音を立てないように部屋に入り、ベッド付近のテーブルに手に持っていたものをおいて、天蓋を捲り、目を合わせて、固まった。


「あ、あの……」


 声を掛けると、ふるふると震え、その目に涙が溜まる。


 女性は、所謂メイド服を着ていて、髪は邪魔にならないように後ろでまとめてお団子にしていた。

 女性の目から一粒涙がこぼれたかと思ったら、思い切り抱きしめられた。


「お嬢様ぁぁぁあああああ!!」


「えっえっ、あのっ!」


 女性の叫び声を聞いて、ドアの外から複数の足音が聞こえ、部屋になだれ込んできた。


「ディアナっ!」


「ディナっ!」


「お嬢様っ!」


 イケメン男性、イケメン少年、ダンディな男性、他。代わる代わる私の前に現れた。

 突然のことで頭が付いていかないので、落ち着いて貰えないかなぁと、思っていると、最後に部屋に入ってきた素敵美女が、一括した。


「落ち着きなさい、あなた達!お医者様が先でしょう!」


 美女の一言で、ワラワラ寄ってきていた人たちはシュンと肩を落とし、ベッドから少し離れた。


「では先生、お願いします」


 美女の後ろに、老年の男性が鞄を片手に柔らかな笑顔を浮かべていた。


「失礼します」


 ベッドまできた男性は、失礼しますと言って、私の目を見たり、脈を測ったりして、終わるとベッド横の椅子に座った。


「では、名前を言えますか?」


 優しく問いかけられ、首を傾げる。


「名前……」


 呟くと、渦に飲まれるように記憶を思い出した。


「私は、ディアナ・フォン・メリーセント、です」


「うん。大丈夫ですね。自分がどうなったか覚えていますか?」


「ばしゃで、みずうみにいって、それで……」


 首を傾げると、イケメン男性、お父様が安堵した表情で言った。


「湖に落ちて熱を出したんだよ。もう三日、目が覚めなくて心配した」


「おとうさま……ごめんなさい」


 湖の近くは地面が緩くなっているから近づかないように言われていたのに、私は湖の中に光るものを見つけ、何か確かめたくて近寄り、案の定ぬかるみに足を取られて溺れた。


「ディナ、ごめん。僕がもう少し気をつけていればっ」


 イケメン少年、お兄様のローウェンが悔しげに顔を歪めた。


「おにいさま、そんなことないです。わたしがかってにおちたの」


「ディナっ!」


 手を伸ばすと、お兄様はその手を取って、ご自分の頬に当てた。指先から温もりを感じ、自然に微笑んだ。


「こちらに運び込まれたとき、じぃは心臓が止まる思いでしたぞ」


 ダンディな男性、執事のジャンは、胸に手を当てて息を吐いた。


「ごめんね、ジャン」


「お目覚めになり、安心いたしました」


 好々爺の顔で微笑み、ジャンは頷いた。


「まったく。あなたはもう五歳になるのですから、もう少し淑女として行動しなければいけませんよ」


 素敵美女、お母様は眉間にシワを寄せながらも、その目の奥は心配していた。


「ごめんなさい、おかあさま」


 シュンと俯くと、頭を優しく撫でて微笑んでくれた。


「無事で良かったわ」


 まだ涙をハンカチで拭っているメイドに視線を向ける。


「マリーサ、いつまでないているの?」


「お、お嬢様が、目が、覚めなくて、でも目が覚めて、嬉しくてっ」


「しんぱいかけて、ごめんね」


 マリーサは、私にとって姉みたいな存在だ。

 他のメイドも、侍女長、料理長他、庭師、みんな家族のように接してくれる。


「みんなしんぱいかけて、ごめんなさい。ありがとう」


 ニコリと笑えば、みんなの目が見開かれた。


(なにか可笑しなこと言ったかしら?)


 首を傾げると、まだ『私』じゃなかった時の記憶がよみがえった。


(ああ、そうか。私、笑わない子だった……)


『私』が宿る前の私は、あまり表情を動かさない子どもだった。別にみんなのことが嫌いだった訳じゃなく、知っていたからだ。


 私は、この優しい人たちの、本当の家族じゃないと。


 私の本当の両親は、私が一歳の頃に馬車の事故で帰らぬ人となった。一人残った私を、母の兄である、ウェルス・フォン・メリーセントが引き取って育ててくれている。


 優しい人たちは、本当の家族のように大切にしてくれたが、私には何もかもが実感できなかった。まるで私だけが異物のように感じていた。


 そんなある日、お父様が気分転換に湖に出かけようと言って、家族で出かけたのだ。無表情の妹に、お兄様は楽しい話をいろいろ聞かせてくれた。


 そして湖の縁を歩いていると、湖の中に光るものを見つけ、覗いてみると足を滑らせ深い湖の中に落ちた。


 その時の私は、このまま父と母の元へ行けると、思ってしまった。


(だから、『私』が呼ばれたのかな?)


 まだ死にたくない『私』と死んだ両親のところに行きたかった私。本当のディアナは、両親のところに行けたのだろうか。


(あなたの人生を、『私』がもらってもいいのかな?)


 悲しくて目を閉じると、瞼の裏に笑顔で頷いたディアナが見えた気がした。


「今日一日はまだ安静にしていてください。明日以降、体調を見ながら身体を動かしていきましょう」


 医者のミッシェル先生の言葉に、思考から戻り、家族の顔を改めて見回す。


 ホッと息を吐き出した養父、ウェルス父様は、海のような深い青色の髪に水色の瞳。 ニコリと微笑んだその顔は、前世の大天使画のように美しかった。後光で目が潰れそうになったのでそっと視線を外す。


 向けた視線の先は、養母、アリアお母様。心配そうに眉を下げて、私を見る瞳は新緑を思わせる緑色。その美しい顔を、ハニーブロンドの髪が縁取る。


 その横に、少年。ローウェンお兄様。

 肩までの長さの、空のような水色の髪。瞳はお母様と同じ、緑色。

 まだ幼い天使のようなその顔が微笑むと、胸の辺りがキュンとなった。


(いやいやいや、待って、私。確かに前世は幼い少年にキュンキュンしたけど!お兄様はまだ十歳よ。私は前世も合わせると二十ウン歳。前世の恋愛対象が実の兄だったけど、年齢が違いすぎる、駄目だ。どう考えても、犯罪……)


 頭を抱えそうになって、思考を止める。


「しかし旦那様、明後日の選定の儀は、いかがいたしましょう」


 侍女、マリーサの言葉に、俯けていた顔を上げる。


「そうだな。教会と話し合って少し延ばしてもらおうか。五歳の内に行えば大丈夫だろう」


「せんていの、ぎ?」


 私の呟きを、マリーサが笑顔で説明してくれた。


「お嬢様、お忘れですか?この国では五歳になると教会へ行き、魔力量と属性を女神様に教えて頂く、儀式があるのです。それを『選定の儀』と言うのですよ。お嬢様も五歳になりましたのでその準備を進めておりました」


「おとうさま、わたし、だいじょうぶです。せんていのぎ、うけますよ」


 せっかく準備してもらったのに、私の不注意のせいで延期だなんて申し訳ない。前世の大学で、みんな楽しみに学祭の準備していたのに、季節外れの台風で延期になったときの、周りの落胆ぶりは、悲しくなるほどだった。


『私』になる前の私が明後日を楽しみにしていたか、わからないが、延期にするのは申し訳ない。

 真っ直ぐお父様の目を見つめると、心配そうに見つめ返され、頭を撫でられた。


「ディアナ、無理をすることはないよ。選定の儀には大勢の子どもが集まる。我が家が侯爵でも、その順番をずらすことはできないんだ。体調は万全の時に行った方が良い」


「でも……」


(ん?いま、お父様、なんて言った?)


「お、とうさま……。うちは、こうしゃく、なんですか?」


「そうだよ?でもディアナはそんな気にしなくて良いよ。ずっと家にいて良いから」


 ニコリと笑ったお父様を見ながら、私は血の気が引くのがわかった。


(侯爵!?五等爵の、二番目!?)


 一番目じゃなくて良かったと思うが、それでも爵位は上の方。


「大丈夫?ディナ。顔色が悪い……」


 ローウェンお兄様が、心配そうに私の頬に手を添えて覗き込む。幼いが、きっと将来はイケメンになるだろうその顔と、大人のイケメンに見つめられ、顔に熱が集まる。


「だ、だいじょうぶ……」


「駄目です。話は明日にして、今日はもう寝なさい。マリーサ、あとは頼みましたよ」


 母の言葉に、マリーサは頷いて、起き上がっていた私の身体を、ベッドに横たえ、お父様とお兄様を引き離す。


「旦那様、坊ちゃま、お嬢様はお休みになりますので、どうぞお戻りください」


「でも……」


「しかし……」


 渋る二人の首根っこを掴み、ジャンがドアまで引きずる。他の使用人も出て行って、最後に振り返ったお母様は柔らかく微笑んでドアがゆっくりと閉じた。


「それではお嬢様、おやすみなさいませ。私どもは隣の部屋に控えておりますので、何かありましたら、こちらのベルでお知らせ下さい」


 サイドテーブルに、手のひらに乗るくらいのベルを置き、マリーサは綺麗にお辞儀をして部屋を出て行った。


 静かになった部屋で、ボーッと天井を見つめる。


 ふ、と思い立って、ゆっくりベッドから降りて、化粧台の鏡を覗き込んだ。


「ほう」


 そこには、緩くウェーブした翡翠色の髪と、碧眼の幼い少女が映り込んでいた。


「わたし、こんな顔なんだ」


 自分で言うのも恥ずかしいが、美少女と言って良いと思う。大きな瞳にスッと通った鼻筋、さくらんぼのような唇。幼いからか、頬は何もしなくても赤みが差している。

 手のひらを目の前に持ってくると、じっと見つめた。


「ディアナ、あなたに貰った人生、悔いの無いようにするね。ありがとう」


 鏡の自分に向かって言うと、写っている顔が微笑んだ気がした。


 『私』が目覚めてから二日後、医師のミッシェル先生と話し、選定の儀だけは出席しても大丈夫だろうとお墨付きを貰い、私はメイド達に飾り付けられていた。


「お嬢様っお可愛らし!」


 鏡に映る私を見て、マリーサは歓喜した。


「あ、ありがとう……」


 引きつった笑みを浮かべ、私は自身を見下ろす。


 ドレスは胸元に精緻に編まれたレースが施され、腰から裾に向かってフリルがあしらわれたクリーム色のドレスで、首にはブルーサファイアの付いたチョーカー。髪は編み込んでバラを象ったバレッタで止められ、ピンク色のバラの生花が刺さっている。顔も、軽く化粧をされた。前世では主にパンツスタイルだった私には、気恥ずかしい。


「あの、こんなに飾る必要、あるの?」


「ありますよ!今日はお嬢様の大切な日になるんですから!使用人一同、この日を心待ちに準備して参りました!ごちそうも用意していますので、楽しみにして下さいね!」


「そ、そう。ありがとう。楽しみね」


 マリーサの笑顔を見ていると、もう何も言えなくなった。諦めて、鏡台の椅子から立ち上がると、丁度ドアをノックされ、マリーサが対応した。


「ディアナ、準備は終わったかい?」


 ドアから覗き込んだのは、お父様だった。髪はきっちり整えられ、正装していた。


「はい、お父様。お待たせしました」


 ニコリと微笑めば、抱きしめられた。


「お、お父様?」


 ビックリしてお父様の腕の中から見上げれば、その顔はだらしないほど緩んでいた。


「可愛い!ディアナ、可愛いよ!家から出したくない」


「え、っと……」


 返答に困っていると、お父様の後ろから着飾ったお母様が涼しい風を纏って現れた。


「あなた?何をしているのかしら?」


「っいや、なにもっ」


 ビクリと跳ねたお父様は抱きしめていた腕を解き、お母様に場所を空けた。苦笑いをすると、お母様は抱きしめられて少し乱れた私の髪を軽く整えてくれた。


「素敵なレディね、ディアナ。可愛いわ」


「ありがとうございます。マリーサ達が頑張ってくれました」


「そう。ありがとう、あなた達」


 お母様からお礼を言われて、メイド達は慌てた。


「そんな、もったいないお言葉です!」


 そんなメイド達に笑顔を向けて、お母様は私の手を握った。


「さあ、ローウェンが首を長くして待っているわ。行きましょう」


「はい!」


 お母様に手を引かれて長い廊下を歩き、階段を降りていると、ふと、お母様の付けているアクセサリーに目がとまった。

 イヤリングとネックレスが同じ意匠で、アクアマリンが嵌まっていた。

 シャンデリアに照らされ、お母様の耳元で揺れるその色は、お父様の瞳の色とよく似ていた。


「おかあさま、そのいろ、おとうさまの目のいろと、おなじですね」


「っ!」


 私の言葉に一瞬で顔を赤く染めたお母様を、可愛いと思った。


(ラブラブね)


 ニヤニヤと笑うと、赤い顔ながら眉間にシワを寄せたお母様に頭を小突かれた。

 そういえば、お父様のジャケットの色はお母様の髪の色だった。

 小突かれた頭をさすりながら階段を降り、ロビーへと向かうと、執事のジャンと一緒に、ローウェンお兄様が待っていた。


「お待たせしました。お兄様」


「可愛いね、ディナ。お姫様みたい」


 ニコリと笑ったお兄様のほうが、天使みたいですよとは言えず、笑顔を返した。

 お兄様はお母様から私の手を受け取ると、そのまま馬車までエスコートしてくれた。


「ありがとうございます」


 ふかふかの座面に座ると、隣にお兄様が座る。その後でお母様がお父様にエスコートされて馬車に乗り、お父様が乗ったところでジャンがドアを閉めて、馬車がゆっくりと動き出した。


 教会までは、馬車で二時間ほどの距離がある。いくらふかふかの座面だとしても、二時間も座っていると、疲れてしまうので一度休憩を入れて、教会へ向かった。


 教会に着き、御者がドアを開けるとお父様が降り、降りるお母様に手を差し出していた。

 続いて降りようとすると、お兄様が先に降り、私に向かって、手を差し出す。その手を借りて降りると、目の前には太陽の光を反射して輝く、大きな建物があった。


「すごい……」


 思わず溢すと、お兄様はクスリと笑った。


「初めて目にする人は必ずそう言うんだ。もちろん、僕もね」


「そうなんですか。おおきいですね」


「さあ、行こう」


「はい!」


 大きな門をくぐって建物に入ると、大広間に大勢の子どもと付添の保護者がいた。だけど窮屈ではなく、むしろまだ人数が増えても余裕そうだった。


 今日来ているのは貴族ばかりだとお父様が言っていたが、確かに、煌びやかに着飾った人ばかりだった。


 ふと、視線を部屋の奥に向けると、一段高くなっているところがあり、中央に直径五〇センチくらいの大きさの水晶玉が置かれていた。


「あれでしらべるのですか?」


 水晶玉を指さして聞くと、お父様が答えてくれた。


「そうだよ。あれには女神様の力が宿っていてね、手を触れた人の魔力量と属性を光と色で教えて下さるんだ」


(ふーん。測定器みたいなものか)


 しばらくすると、奥から神官服をきた人物が数人、そして一人豪奢な神官服を着た人が現れると、場は水を打ったように静かになった。


「お待たせしました。それでは、選定の儀を始めます」


 数人いる神官の一人が声を上げる。そして一人、一人、子ども達が不安そうな表情で段の上に上がり、水晶玉に手を触れる。

 そのたびに、弱い光や、目を細めるほどの光を放つ時もある。そしてその光には、青だったり赤だったり、緑だったり、黄色だったり色が付いている。


 終わった子ども達は親元に戻り、部屋の端で残りを静かに見つめている。


「さあ、行っておいで」


「はい」


 お父様に促され、私も段上に向かう列に並ぶ。

 ドキドキと胸を高鳴らせていると、ついに私の番がきた。


「さあ、心を静めて女神様に祈るのです。水晶に手を触れて」


 神官の一人に言われ、目を閉じて心の中で女神様に祈り、ゆっくりと瞼を上げ水晶玉に右手の平をペタリと当てた。


 手のひらに伝わる水晶玉の冷たい感触が、身体の中から手のひらに温かいものが移動する感触に変わった。


「っ!」


 一瞬、なにが起こったのかわからない。

 目映い光が目を焼くくらいで、思わず目を瞑ると、周りのざわめきが耳に聞こえた。


「なんだ、今のは……っ」


「目がっ」


「どうなっているっ」


「おかあさまぁ……っ」


 光が収まり、ゆっくりと瞼を上げると、唖然とした顔の神官と目があった。


「あの……?」


 もう戻っていいのかと、神官に声を掛けると、神官は壊れた玩具のようにカクカクと首を縦に振った。


 段から降りてお父様達の所に行く途中、周りの大人の視線が突き刺さる。


(何なのよっ)


 憮然と歩いていると、足元が揺れた、のではなく自分が倒れたのだと頬に触れる床の冷たさで理解した。


(あ、れ?)


「ディナっ!」


 お兄様の焦った声を最後に、私の意識は暗くなっていった。


  ☆ ☆ ☆


 暗い空間を、歩いている。進んでいるのかその場で足踏みしているだけなのかわからないけど、とにかく足を動かしている。

 手を伸ばしても、何も触れない。


「真っ暗だなぁ」


 無言で歩いていると寂しいので、独り言を言いながら歩く。


「あのあとどうなったのかなー」


 ひたすら足を動かす。冷たい汗が、背中を滑り落ちる。


「まさか、あのまま死んだ、なんてことないよね」


 ディアナにもらった人生を、あんな短い人生にしたら申し訳ない。


「それは大丈夫よ」


「そっか、よかった……ん?」


 独り言に返事が返ってきて、首をかしげた。


 辺りを見回すが、変わらずの暗闇だ。歩いていた足を止める。


「誰?」


「私。」


 聞いたことのある、声。

 いつ聞いた?子どもの頃?違う。大学生になってから?違う。じゃあ、いつ?

 グルグル記憶をかき混ぜて、閃いた!


「私の声だ!」

 

叫んだと同時に、暗闇が光に飲み込まれた。

 眩しくて目を瞑る。

 柔らかな風が頬を撫でて、瞼をあげると、そこは森の中だった。


「えっなにここ!」


「初めまして、かな?」


 声がした方向、後ろを振り向くと、ピンクのドレスを着た少女が笑顔で立っていた。


「あなたは、」


 言葉が出なくて、呆然と少女を見つめると、鏡に映ったような私と同じ顔をした少女は花がほころぶように、ニコリと笑った。


「私はディアナ。あなたの名前を教えて欲しいな」


「わ、私は、ディア、ナ。じゃない。えっと」


 混乱した頭はグルグル、処理能力を低下させる。少女ディアナは、優しく私の腕に触れた。温かいものが身体に流れ込んでくる。


「私は、石井、愛子。別の世界で死んで、あなたの身体に……」


「アイコ。あの身体はもうあなたのものよ。私のことは気にしないで、あなたの人生にしていいの。それを伝えたくて、女神様に一度だけあなたとお話できるように頼んだのよ」


「でも……」


 ディアナの人生を貰ってしまったこと、本当は心の中で罪悪感ばかりだった。私がディアナを奪ってしまったんじゃないかと。お父様やお母様、お兄様、使用人のみんなの知っているディアナではなくなった。騙しているのが、心苦しい。


「それはね、違うの、アイコ。私が彼らを家族だと思えなかったから悪いのよ。お父様とお母様が事故で亡くなって一人きりになってしまった私を、彼らは愛してくれた。だけど、私の心が弱くて、彼らを家族だとは思えなかったのよ。あなたに重荷を背負わせてしまってごめんなさい」


 頭を下げるディアナを抱きしめる。同じ身長、同じ顔、同じ髪色、同じ瞳。ただ、服装と魂が違う。


「私でいいの?」


「あなたがいいのよ」


 お互いを抱きしめて温もりを分かつ。ディアナは冷たく、私は温かく。


「私の本当の属性、風の力も使えるから、第二の人生、楽しんでね」


「うん。ありがとう。本当にありがとう」


 笑顔で分かれる。

 私は光に引っ張られ、ディアナは森に残る。


 最後に見たディアナは、両親と手を繋ぎ、幸せそうに笑っていた。


「……ァナっ!ディ……ナっ!」


 呼ぶ声が聞こえる。私を、呼ぶ……。


 ゆっくり瞼を上げると、泣きそうな顔をしたお父様の顔が見えた。


「お、とうさま……」


「ディアナっ!」


「わたし……?」


 手のひらにサラリとしたシーツの感触。そしてふかふかの布団。視線を周囲に向けると、見覚えのある天井。


「私の部屋……」


 ゆっくりと身体を起こすと、背中にマリーサがクッションをおいて座りやすくしてくれた。


「選定の儀の時に倒れて、そのまま意識が戻らなくて心配したよっ」


 お父様が私の身体を抱きしめてくれる。腕の中は温かくて、良い匂いがした。

 その広い背中に手を伸ばして抱きつく。


「しんぱいかけて、ごめんなさい」


 そう言うと、お父様は少し身体を離して、キョトンとした顔で、私の顔を覗き込んだ。

 頭に疑問符を付けて首を傾げると、お父様はニコリと笑って、私の頭を撫でた。


「心配するのは当たり前だよ。家族だからね」


 ふふふ、と二人で笑い合う。


「もうすぐ夕食だけど、どうする?」


「食べます。おなかすきました」


「じゃあ待っているから、着替えておいでね」


「はい」


 お父様が部屋から出ると、マリーサがすかさずワンピースを手に待っていた。


「お願いね」


「はい」


 寝間着を脱いで、山吹色のワンピースに袖を通す。髪は軽く結って貰った。

 マリーサを伴い部屋を出て食堂に向かう。

 食堂には、お父様とお母様、お兄様が席に座っていた。


「遅くなってすみません」


「いいのよ。それより体調は大丈夫なの?」


 お兄様の隣の席に座りながら、お母様に頷く。


「はい。もう大丈夫です」


「そう」


 素っ気ない返事だが、お母様の顔には安堵が浮かんでいた。

 心配して貰ったのが嬉しくて、ニヤける口元を手で隠す。お兄様は私の手を握り、片方の手でそっと頬に触れた。


「無理はしていない?」


「はい」


 ニコリと微笑むと、お兄様はホッとした笑顔を向けてくれた。


「それじゃあ食事にしよう」


 お父様の言葉で、使用人が料理を運んでくる。そして夕食は和やかに終わった。


 夕食の後、サロンでお茶をしてから部屋に戻り、マリーサたちに手伝われながらお風呂に入る。

 手伝われるのは恥ずかしかったから断ったのに、これも仕事だと言われ押し切られた。


(ううー。前世で漫画や小説で読んだことあるけど、実際されるとすっごい恥ずかしいっ!)


 マリーサたちを下がらせ、一人布団の上で恥ずかしさにのたうち回る。


 目が回ったので身体を起こす。乱れた髪を手ぐしで解き、ため息を吐き出した。


(これからここで生きていくんだ。慣れなきゃいけない。生活にも貴族としても)


 そういえば、選定の儀であの後どうなったかを誰も話そうとしなかったことに気づき、首を傾げる。


 ふわりと身体を包んでくれる布団に、瞼が重くなってくる。


(まあ、明日聞けば良いか)


 そのまま眠りに落ちていった。

 翌朝、マリーサに髪を結って貰っていると、ドアをノックする音が聞こえた。


「誰かしら?」


 ドアに視線を向けるとメイドの一人がドアに向かい、執事のジャンが入室を求めていると伝えに来た。


「いいわ。通して」


 部屋に入ってきたジャンは、軽くお辞儀をして朝の挨拶から用件を伝えた。


「おはようございます、お嬢様。旦那様が執務室でお話があるそうです。朝食前にお越し頂けないかと」


「わかったわ。ありがとう。お父様にもすぐに伺いますと伝えて貰える?」


「かしこまりました」


 鏡越しにジャンに視線を向けて、応える。


 腰からお辞儀したジャンは、部屋を出て行く。ドアが完全に閉まるのを見て、マリーサが声をかけてくる。


「できあがりました。お嬢様」


 マリーサは私がジャンと話している間も、黙々と私の髪を結ってくれていた。しかもすぐに執務室に行かないといけないので綺麗且つ素早くである。

 すごい、と感嘆する。


「ありがとう。今日も素敵ね」


 編み上げられた髪を見て微笑み、お礼を伝えると、マリーサも笑顔で応えてくれた。


「もったいないお言葉です」


 鏡台前の椅子から立ち上がり、ワンピースの長い裾を翻しドアへ向かう。

 ドアを開けてくれたメイドにお礼を言い、部屋を出て執務室へ歩き出す。


 私の部屋から執務室まで、長い廊下を玄関正面の大階段を通り過ぎた先にある。

 ドアをノックすると中からお父様の声が入室を許可した。


「失礼します」


 ドアを開けてくれたのはジャンだ。

 ジャンに目礼すると、少し驚いた顔をしたが、笑顔で返してくれた。


 広い執務室は、入って少し歩いた先にローテーブルとそれを挟んでソファがある。

 その奥にお父様が執務を執り行う立派な机がある。


 部屋に入って右側は本棚で、分厚い本で埋め尽くされている。

 左側には扉が一つあり、おそらく仮眠室みたいな部屋があるのかな、と思っている。

 机で書類に向かっていたお父様は顔を上げて、優しく微笑んだ。


「おはよう。急に呼んで悪かったね」


「おはようございます。いいえ、大丈夫です。どうかなさいました?」


 ソファを勧められ、腰を下ろすとお父様は対面のソファに腰を下ろした。一枚の紙を手に持って。


「昨日のことは覚えているかい?」


「……はい。突然強い光がしたと思ったら、意識をなくしてしまいました。申し訳ありません」


「それはいいんだ。それより問題なのは、その光の色なんだ」


「色、ですか?」


 確か、他の子ども達は赤や緑、青、と属性に沿った色をした光だったように思う。

 お父様は持っていた紙をテーブルに置いて私に見えるようにしてくれた。


「ディアナの色は、白。つまり属性は無属性」


「無……属性?」


「属性によって使う魔法が違ってくるのは、知っているね?」


 お父様に聞かれ、ディアナの記憶を探す。


「はい。火属性なら攻撃系、風属性なら伝達系、水属性なら癒やし、などですね」


「そうだ。我が家も風属性が多いから、代々王宮で情報を扱う部署にいる」


「そうですね」


 真っ直ぐお父様の目を見るが、背中に冷たい汗が流れる。

 もしかして、私が『ディアナ』ではないと、バレたのだろうか。ドクドクと心臓の音が耳奥で響く。


「当家では、無属性は数十年前に産まれて以来今までいなかった」


 ゴクリとつばを飲み込む。

 真剣なアイスブルーの瞳が、私を見つめる。

 もうすべて話してしまおうか、いや、まだ話すべきではない、頭の中で天使と悪魔が言い争う。

 だらだらと汗が流れているような気がする。

 長いようで短い沈黙の後、お父様は辛そうに眉を歪める。


「お父様?」


「すまない。ディアナ。だけどみんなでディアナを守るから、安心してくれ」


 覚悟を決めたお父様の目を、キョトンとして見つめ返す。


(え、お前は誰だって詰め寄られるかと思っていたのに、なんか謝られた……?)


「お父様、ど、どういうことですか?」


 ソファを降りて土下座しそうなお父様を全力で止めて、その横に座る。


「そうか、ディアナはまだ知らないか。無属性はね、無能だと言われているんだ。攻撃も伝達も癒やしもできない、出来損ないだと、ね」


「出来損ない……」


 愕然として、お父様を見つめると、お父様は慌てて私を抱きしめてくれた。


「ディアナは出来損ないじゃない!大丈夫だ!」


「本当、ですか?」


「ああ、魔力量も多いし、力の使い方を覚えたらきっと役に立つ」


 お父様の胸に頬を寄せる。


「私は、お父様達の役に立ちたいです」


「ああ。期待しているよ」


 優しく髪を梳いてくれる手が心地よくて、目を閉じる。


「そのためにはまず力の使い方を覚えないといけない。まだ早いとは思っていたのだが、そんなこと言っている場合でもなくなったから、これからはローウェンと共に魔法の勉強をしてくれないか?」


 お父様の言葉に勢いよく顔を上げて笑みを浮かべた。

 今の私の瞳はきっと好奇心に、キラキラと輝いていることだろう。


(魔法!魔法を学べるの?!使えるの?!)


「ハイ!是非!」


 元気の良すぎる返事に、お父様は苦笑していたが、先ほどまでの重い空気はなく、微笑ましい親子の時間が流れていた。



ありがとうございました。


面白い、続きが読みたい等評価いただけたら励みになります。


よろしくお願いします。

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