遅刻を繰り返せば遅刻じゃない
いや、遅刻です。
「やぁどぉも!パルクールMeTuberのヴォルトです!今日はサイドフィリップを応用したサイドトリプルフィリップに挑戦するよ!」
動画投稿サービスの王、MeTubeにパルクール動画投稿し続け半年……登録者5万人という大台を超えたMeTuberヴォルトは今日も元気に動画撮影だ。彼の人気コンテンツは非凡な運動神経を活かした基本技を応用する神業動画。コメントではお前しかできない技だろ…とツッコまれるが再生数が稼げるんだからいいじゃないか!
基本のサイドフィリップは一回転の抱え込み側宙だ。ヴォルトはサクッと通常より多めに空中で三回転を決める。
「僕の真似できる人はいるかな?安全な場所で挑戦してみてね!本日はここまでありがとうございましたぁぁ!」
撮影していたカメラを切り、MeTuberヴォルトは男子高校生“南条 颯”へと姿を変える。動画用の衣装を脱ぎ制服に着替えたのだ。
「やべぇ、時間がない…。今日は始業式だから遅刻できないのにな。」
今日は2050年1月の冬休みが明けて三学期が始まる日だ。遅れる訳にはいかない。
男子高校生“南条 颯”は高校までの最短距離で駆け抜ける。パルクールを極めた颯の最短距離は常人とは異なる。身長ほどの段差も前方に手すりが遮っていても関係ないとばかりに次々と飛び越えていく。
この光景は初見の人が見ればビックリ仰天…動画に収めようとスマホのカメラを構える光景なのだが、ほぼ1年毎日遅刻スレスレを繰り返しているので近所のおばさん達には時報のような扱いをされている。おばさん達に挨拶をしながら着々と高校へと近づいていった。
颯が校門を視認したその時、登校時間の終わりを告げる鐘が鳴り、校門が閉まり始めた。飛び越えるしかないと判断し一気に加速し跳躍…門の上部を横にある『県立仙ヶ谷高等学校』と書かれた石柱に両手をつき、両足を閉じたまま両手の間に通し校門を通過した。パルクールの技名でいえばモンキーヴォルトだ。
ちなみに足と手を両方使って物を跳び越える動作の名称であるヴォルトがMeTubeの名前の由来だ。
校門で生徒の登校時間を見張っていた強面の体育教師が颯のモンキーヴォルトを目撃して怒り心頭なのか大声で颯を呼び止めているが、ここは聞こえないふりをしておこう。颯は時間ギリギリで教室へとたどり着いた。
颯爽と廊下を走り教室へと到着し、1年3組の後ろから2番目の窓側の席に座る。
「今日もギリギリだね。南条くん?」
「月城さん、おはよう。今日も危なかった…ありゃ俺じゃなかったら遅刻だったな。」
「それ自慢になってないよ。」
後ろの席でクスクスと笑う女の子の名前は“月城 八都寧”さんだ。去年の剣道のインターハイでは1年生にして優勝し日本一に輝いた。学業も優秀でまさに文武両道の素晴らしい学校のマドンナといった感じだ。席替えで前後の席になってからはよく話すようになってきた。
「なんか今日から転校生が来るらしいよ?どんな人かな。」
「へぇー、俺はどんな人でもいいや。」
キーンコーンカーンコーン♪
チャイムと共にガラガラッと扉の開く音が教室に響き、担任の先生が入室する。
「はーい。皆さん席ついて~。誰も遅刻してないか?まぁ南条がいるなら大丈夫か。」
教室に笑いがおこる。遅刻常習犯である颯はたびたび担任から冗談半分で揶揄われるのだ。颯はふて腐れ、八都寧がクスクスと笑う…いつもの1年3組の光景だ。
「今日は転校生がいるから紹介するぞ〜、おーい入ってこい〜。」
再度鳴り響くガラガラッという音と共にいつもの1年3組に新たな顔が加わる。
セットもせずに乱雑に伸ばしきった髪を生やし、眠たそうながら整った顔でゆっくりと教卓へと歩みを進める。突然の塩顔イケメンの登場に女子がざわつく。
「皆さん、はじめまして。〝水篠 梵〟です。」
数年後世界中の人々を沸かせ、熱狂を巻き起こす3人の初めての出会いだった。
南条 颯
パルクールを得意とする動画投稿者。遅刻は日常。
月城 八都寧
女子剣道日本一。勉強もできる非の打ち所がない同級生。
水篠 梵
塩顔イケメン転校生。