8.夜会
姫君を乗せた馬車は無事に到着し、城下町視察は何事もなく終わった。体調不良の2名の団員には休養を与え、他の者は休むことなく、次の任務に移った。皆、鎧姿に着替え、団長の部屋に集まる。
「今夜の夜会だが、姫君の婚約者候補の方々も参加されることとなった。第3騎士団から増員があり、現在、こちらに向かっている」
アルヴァートが長机に招待者リストと会場となる大広間の見取り図を開いた。
「リリーナ、夜会への参加を姫君から要請されている。俺と行動を共にしろ」
「わかりました」
つまり次の任務はアルヴァートのパートナーとして会場に招待客として潜入し、護衛にあたるということか。リリーナは招待客リストを確認し、それぞれの関係性や勢力図を頭に入れる。
姫君の表向きの婚約者候補は5人。上位貴族の子息達だ。この夜会で姫君と初めて顔を合わせる方もいる。
「お前たち3人には壇上の警護を任せる。会場全体を把握し、姫君及び婚約者候補の護衛に務めろ。帯刀を許されている」
「ハッ」
「会場は大広間だが、中庭周辺、回廊等にそれぞれ人員を配置、第3と連携をとり、万全の対策をとる」
アルヴァートは部下に次々と指示を出し、合流する第3騎士団への連絡と対応を伝えた後、部下全員を見渡した。
「姫君に万が一のことがあってはならない。第1騎士団の誇りを胸に、全力でお守りしろ」
団員一同、敬礼をした後、それを合図にそれぞれの準備に動き出した。
「リリーナ、行くぞ」
「はい」
アルヴァートの命令に従い、リリーナは彼の後ろに続いた。
「準備のため、これからデイン家の別邸ヘ向かう。お前の仕度もそこで整えると良い。手配してある」
「わかりました。よろしくお願いします」
本当はよくわからないが、姫君の要請であり、任務遂行のため、ここは大人しくついて行くしかないだろう。
一度城を離れるため、リリーナはトォーリィに姫君の護衛を頼み、アルヴァートに随行する形で馬を走らせ、デイン家の屋敷へと向かった。
***
(これはいったい……)
リリーナは当惑している。屋敷を訪れると、挨拶もそこそこに湯浴みをさせられ、磨き上げられた後、鬼気迫る勢いで飾りたてられている。
未来の奥様のため、と謎めいたことを口走っていたけれど、聞かなかったことにしよう。
鏡に映るのは化粧を施し、髪を結われている自分。
(何だか、懐かしい)
騎士見習いが通う養成学校に入る前は、カルバイン家の姫として過ごしていた。毎日、侍女がドレスを着せてくれ、髪を編み込み、リボンを飾ってくれた。ふんわりと揺れるドレスが大好きだった。
昔を思い出し、微笑みを浮かべたリリーナに、髪を結っているメイドが頬を赤らめる。
軽く扉をノックする音がし、リリーナが入室の許可をすると、メイド長がヒールを持って現れた。
「姫君、大変お美しゅうございます」
なぜか涙ぐんでいるが深く追求しないでおこう。
「今夜はこちらをお召しください」
差し出されたヒールの高さに驚く。これは何の挑戦状だろうか。ダンスは得意分野だ。この靴を履いて踊ることはできるだろうが、有事の際に戦えるだろうか。
リリーナは騎士養成学校に入る条件として、貴族の令嬢としての教養と礼儀作法を完璧に習得することを求められた。反対する両親を納得させるため、リリーナは自分で言うのも何だが、かなり頑張ったと思う。騎士団に入ってからも、こうして令嬢としての任務があるのであれば、先を見通して課題を与えた両親に感謝せねばならない。
「ありがとう」
リリーナはふんわりと微笑んだ。メイド長は目頭を押さえる。
(なぜ……)
やはり追求しないでおこう。
リリーナがそっと足先を差し出すと、靴を履かせられた。
(しかし、これは……仕様なのかしら)
鏡に映る自分の姿に驚きを隠せない。
騎士団に入り、馬に乗り、剣をふるう生活をしてきたはずだ。それなのに、ムキムキとした筋肉がない。さすがに生粋の姫君ほど可憐な雰囲気はないが、腕も足もすらりとしなやかに伸びている。
同じ訓練をしている男性団員が筋肉質になっていくのに対し、女性はやはり細いままで良いということか。浄化魔法を習得し、普段から手入れをしているため、肌も髪もすべすべだ。
まさかリリーナが、毎日騎士団服を着て鎧三昧の人間だとは、誰も思わないだろう。
(素晴らしいわ、仕様。万歳!)
リリーナが感動していると、また軽く入室を求める音がなった。許可すると、今度は執事長が現れ、恭しく頭を下げた。
「姫君、馬車のご用意が出来ました。アルヴァート様がお待ちです」
「わかりました」
リリーナは微笑みを向けると立ち上がる。
(なぜ……)
執事長も涙ぐんでいるが気のせいにしておこう。
2人とも白髪混じりの小柄な方々だが、そろって涙脆くなるお年頃なのだろうか。
リリーナは静かに歩みを進める。しばらく履いていなかったヒールだが問題なく歩ける。いつもより視点が高いが直に慣れるだろう。問題はこれから降りる階段と、このドレスの長い裾だ。歩く度、施された銀糸の刺繍が輝き、波打つように揺れる様は美しいが、戦えるだろうか。
(挑戦は受けて立つ!)
意気込んで廊下から広間に出ると、正装したアルヴァートが待っていた。騎士団としての正装ではなく、デイン家の紋章が入った礼服を着ており、宵闇のような衣装に彼の銀髪がよく映えた。
(あら?団長の正装姿って初めて見る……かも?)
何かを思い出しかけたが、形になる前に消えてしまった。
アルヴァートはリリーナを無言で見つめ、何も言わず、スッと手を差し出す。リリーナは軽く手を重ねると、階段を一段ずつ降りた。
アルヴァートのエスコートは完璧だ。
玄関ホールに2人が降り立つと、アルヴァートは胸に刺していた青い花をリリーナの髪に飾った。ふわりと甘い芳香に包まれる。
(この香り……)
どこかで覚えがあり、親しみを感じるのはなぜだろう。
アルヴァートはリリーナの髪に触れたまま、黙って見つめている。リリーナも見つめ返すが、彼の表情は読めない。
(何かしら?確認???注意点???)
アルヴァートは何か口を開きかけたが、小さくため息をつくと目をそらした。
「行くぞ」
アルヴァートの言葉は短い。硬い表情は変わらず、口調もいつも通りだ。お互いの装いだけがいつもと違うが、任務に出る時と何も変わらない。
「はい」
リリーナは気を引きしめ、差し出された彼の手を取った。