7.お忍びデート
姫君とアルヴァートの出発を見送った後、リリーナは副団長として数名の団員を連れ、警護についた。
2人一組として、姫君の姿を見失わないよう、移動しながら周辺を警戒する。
トォーリィも鳥の形態をとり、上空から見てくれている。
2人の会話はさすがに聞こえないが、姫君の様子は楽しそうだ。人通りが多いので、はぐれないように手を繋いだりしてくれないかと期待していたが、そんな様子が全くない。
(どういうことかしら……)
恋人同士というよりも、姫君と士官にしか見えない。どちらかといえば、部下と恋人同士の振りをしているリリーナの方がより自然な感じだ。
2人が屋台で何か買い、噴水のあるベンチに腰掛ける姿を確認して、リリーナ達も少し離れたベンチに腰掛けた。
せっかくなので、クレープのようなクリームがたっぷり入ったお菓子を買い、ホッとひと息をつく。
「あなたもお疲れさま」
恋人の振りをしてもらっている部下にリリーナは声をかける。何だか顔色が悪いのでちょっと心配になっていたところだ。
上空から周囲を警戒してもらっているトォーリィに変化がないので、今のところ大丈夫だろう。こうして座ることができて良かった。
「大丈夫……?」
リリーナが声をかける。男性は甘いものが苦手かもしれないがこの顔色の悪さは何だろう。糖分をとったほうがいいのかもしれない。心なし両手が震えているのはどうしたものか。
「食べる……?」
クリームと一緒に果物もたくさん入れてもらった。リリーナはスプーンですくって、部下の口元に差し出した。
「はい、あーん」
「ひッ」
(ひ?)
部下の喉が小さく鳴った。急に周りで歓声が上がる。
「素敵!氷の噴水よ。綺麗」
集まる人々の声を聞いて振り返ると、噴水の水が彫刻のように凍っていた。飛沫も凍り、日の光を浴びてキラキラと輝く。
不意にアルヴァートと目があった。硬い表情のまま目を逸らされる。隣で姫君が喜んでいるのを見て、慌てて向き直った。
(団長の魔法だわ。演出かしら)
食べてくれないので、リリーナはスプーンを自分の口に入れた。噴水を通して姫君に見つかってしまうとマズイため、部下の肩にもたれかかる。
人が集まって来ているため、周辺を警戒するが、怪しい気配のものはいないようだ。とはいえ、目立ちすぎるため、ここは離れたほうがいい。
「行きましょう」
部下の手を取って、リリーナは立ち上がる。あまりの顔色の悪さに別の者と交替してもらったほうが良さそうだ。
リリーナは他の組と合流し、状況を確認する。異常事態はパートナーの体調不良だけのようだ。
これでは有事の際、戦えない。酷い悪寒がするようなので、先に城に連れ帰って、休んでもらうよう指示を出した。人員が減ってしまうが仕方ない。
「あなたにお願いするわ。私と来て」
近くにいた部下と手を繋いで、強制的に連行する。女性一人で歩く訳にも行かず、職務続行だ。
離れていてもアルヴァートの背が高いため、どの辺りにいるか居場所が確認しやすい。姫君のリクエストだろうか、今度はアクセサリーのお店を覗いている。
不意に姫君が顔を上げて、こちらを向く気配を感じた。咄嗟にリリーナは部下に抱き付き、身を隠す。
「ひッ」
(ひ?)
本日2度目だ。
後ろで何かが割れる音がして、悲鳴が上がった。
振り返ると、装飾用に吊り下がっていた電飾が粉々に砕け散っている。
リリーナは空を見上げるが、トォーリィに変化はない。
「あの……カルバイン副団長」
ここでその呼び名は非常にマズイが、周りに聞こえる大きさでもないので、リリーナは部下を見上げた。
「離れていただけないでしょうか」
彼もまた顔面蒼白で、すごい汗だ。
「どうしたの!?」
リリーナは体を離すと、部下の頬に両手をあて、覗き込んだ。何やら焦点があっていない。
「私の首は胴と繋がっていますか?」
おかしなことを言っているが、一体どうしたというのだ。
「あと少しよ。頑張って」
姫君のお忍びデートはもうすぐ終わる。もうしばらく進んだ先の通りで、2人が無事にお迎えの馬車に乗るところを確認したら、終了なのだ。部下がガタガタ震えているが、ここは最後まで頑張ってもらうしかない。
姫君の方へ目をやると、アルヴァートが集まって来た人を避けるようにして、先へ促している姿が見えた。
姫君も頷いて、大人しく付いていく。その髪で花飾りが揺れて輝いた。
花飾りの意味は「恋の訪れ」
リリーナは2人の姿を見つめる。
(姫君は楽しんでくれたのだろうか。今はまだ恋人同士とはとても言えない間柄だけれど……)
まるで距離が縮まったように見えないけれど。
アルヴァートがこちらを振り返る。リリーナをジッと見つめるが何の合図だろう。表情が読めない。
(終了???撤収???)
そこでふと気付く。
自分とアルヴァートとの距離が、いつもより、遠い。