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白銀の蒼華姫  作者: 菅野 かおり
第1章 蒼華姫
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6.花飾り

 翌日、朝からとても良い天気に恵まれた。

 騎士団で打ち合わせした通り、姫君のお忍びの支度が終わった時刻にアルヴァートが現れる。


「本日はカルバイン副団長にかわり、私が護衛を務めます」


 アルヴァートが騎士の礼をし、姫君に真っ直ぐな視線を向けた。


「貴女のことは私がお守りします」


 姫君の頬が染まる様子を、リリーナはにこやかに見つめた。

 やはり姫君はアルヴァートに恋心を抱いている。


「この時期、街の若い女性は髪に花を飾るようです。こちらをご用意させていただきました」


 アルヴァートのその言葉に合わせて、リリーナは花飾りをのせたサシェを差し出した。

 白から淡いピンクへと色づく花びらが美しい。光のあたり方でキラキラと輝く花飾りに、姫君の瞳も輝いた。


「お付けしてもよろしいでしょうか」


 アルヴァートの言葉に驚いたように顔を上げた姫君は、慌てて視線を下げると、恥じらいながら小さく頷いた。


「お願いします」


 失礼します、と声をかけてから、アルヴァートは姫君の髪に花飾りを差し込んだ。

 姫君の頬も花びらのように薔薇色に染まっていく。


「あの……」


 無言で佇むアルヴァートに、姫君は恥じらいながら視線を上げた。


「どう……でしょうか」


「とてもお似合いでございます」


 恋する乙女は可愛らしい。

 リリーナから見て、姫君の恥じらい方と視線の動きは充分魅力的に見えるのだが、アルヴァートの表情や口調は硬いままだ。職務中だから仕方ないのだろうか。


「ありがとうございます」


「……いえ、後ほどお迎えにあがります。リリーナ、話がある」


 アルヴァートは姫君の部屋から退室すると、着替えるため、宿舎として割り当てられている西棟に向かった。呼ばれたため、その後ろにリリーナも続く。


「周辺の警護は任せる」


「かしこまりました」


 姫君には申し訳ないが、2人だけのお忍びデートというものはあり得ない。さすがに鎧姿で街を歩くとはできないが、リリーナも数名の部下を連れて少し離れたところから護衛にあたる。


「リリーナ」


「はい」


「お前、何を考えている?」


 アルヴァートの歩みが止まり、声が不機嫌に低くなった。何か問題でもあっただろうか。


「あの花飾りには魅了の効果が付与されていた。姫君を危険に晒すつもりか?」


 リリーナは驚いた。アルヴァートに指摘されなければ気付かなかった。女の子がデートする時にちょっと自分を可愛く魅せたいという気持ちのお手伝いをしたのだが、魅了効果が周辺に及んでしまったら、その分、狙われるリスクが上がる。


「術の精度が高すぎる。効果は打ち消しておいたが、お前らしくないな」


「申し訳ありません」


 リリーナは素直に謝った。本来なら、より目立たなくなるよう認識阻害の術をかけるべきだったのだ。姫君を応援したい個人的な感情が判断を誤らせた。

 アルヴァートが不機嫌になるのも当然だ。


(職務に私情を挟むことがあってはならないのに……)


 常日頃から言われていることなのに、少し自分は浮かれていたのかもしれない。


 リリーナがうつむいた時、中庭の回廊からトォーリィが花をくわえて駆け寄って来るのが見えた。


「トォーリィ」


 リリーナが片膝をついて両手を差し出すと、トォーリィはその手の平に乗り、心配そうに見上げた。


「大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


 リリーナが微笑むと、トォーリィは肩口に昇り、頬にすり寄った。沈んでいた気持ちが救われる。


「花を私に?ありがとう。あなた、昨日、姫君にお話したことを聞いていたのね」


 頬に擦り寄るトォーリィの前に、スッとアルヴァートの手が差し出された。その手の平にはツヤツヤとした木の実が乗っている。トォーリィはキュイと嬉しそうに鳴くと、木の実に手を伸ばし、頬張った。まるで交換しますというように、アルヴァートの手の平にポロリと花が落ちる。


「え……」


 アルヴァートは花をつまむと茎をチェックしているのか、くるくると回した。木の実を食べ終わったトォーリィは、もう一つねだるようにアルヴァートの肩に飛び移る。その鎧のどこに隠し持っているのか、アルヴァートはトォーリィに新しく木の実を差し出すと、トォーリィは喜々として頬袋に詰め込み、キュイキュイと嬉しそうに鳴いた。


 リリーナが立ち上がった時、アルヴァートが小さくため息をついてリリーナに近付いた。その髪にふわりと触れる。


「あまり落ち込むな。トォーリィが心配している」


 リリーナの髪に花を飾り、アルヴァートは笑った。


「よく似合う。さすがトォーリィだな」


 アルヴァートの肩でトォーリィが満足げに鳴いた。


「西門から出る。後は頼むぞ」


 アルヴァートはそう言い残すと、佇むリリーナを残して歩き去った。リリーナは花に手を添える。花飾りと生花では意味が違う。アルヴァートはそれを知っているのだろうか。


 城下街から時を報せる鐘の音が、風に乗って届いた。


(大変、気を取り直して準備しなきゃ)


 リリーナは考えるのをやめて、部屋への道を戻った。

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