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藍色のrequiem  作者: 水無月やぎ
3. 薄紅色のfavor
8/34

3-3

「どうしたの、黙り込んじゃって」


ベンチに座って固まっている僕の顔を覗き込むようにして、蘭が声をかけた。その距離は、教室の時よりも近かった。


「いや…」


「私ね、身寄りの人がいなくて。だからこの前から、ここにお世話になってるの」


「この前?」


「今年の2月くらいの話」


「じゃあ、それまでは…?」


蘭はちょっと困ったような顔をした。聞いてはいけなかったのかもしれないけれど、ここまで聞いたら気になってしまった。


「私ね、記憶がないの。ここにお世話になるまでの記憶が、なーんにも」


「生まれてからの記憶が、何も…?」


「そう。17年生きてるはずなんだけどね。どう頑張っても思い出せないの」


「でも、なんで…」


「なんで響也に話したか、でしょ?...うーん、何か響也には話しておきたかった。たくさん疑問はあるかもしれないけど、それも含めて分かってくれそうな気がして。私のことを知ってくれる人が、欲しかった。…今日のことは誰にも言わないでほしい。いいかな…?」


施設暮らしの子が何で私立の高校に?記憶がないのに何で勉強ができるの?

聞きたいことはたくさんあった。でも今は、蘭が自らその一部を話してくれたことだけで満足していた。


「分かった。約束するよ」


ありがとう、と言うと、蘭は立ち上がって大きな声で、ただいま!と言った。

するとたくさんの子ども達が僕達の元へ駆け寄ってきた。




「らんねえ!おかえり!このひとはー?」


「らんねえの友達!今日は特別に遊びに来てくれたんだよ」


「わーいおにいちゃんだ!あそぼあそぼ」


僕の膝くらいしか背丈のない子ども達に案外強い力で引っ張られ、思わず笑みがこぼれた。ちらっと蘭を見ると、学校の時以上に明るく、愛情溢れる笑顔で子ども達に応えていた。再び額に滲んだ汗が、太陽の光を受けて輝いていた。奥二重の瞳が優しく細められた。


小一時間ほど遊んで、施設の方に冷たい麦茶をいただき、僕はお暇することにした。既に部屋に荷物を置いて身軽になった蘭がやってきた。


「駅までの道、分かる?電車だよね?」


蘭が僕の鞄についている定期入れを指差した。


「ううん、すごいくねくねしてたから分からない…」


「だと思った!駅まで送るね」


駅までの道中は、施設で遊んだ子ども達について話した。施設に来てまだ半年も経っていないのに蘭はすっかり溶け込んでいて、子ども達のことをよく把握していた。汗ばむ陽気も黄昏の時間を迎えて、優しい日差しに変わっていた。駅までの道は、とても短く感じられた。


「じゃあ…今日はありがとね。良かったら、また遊びに来て。あの子達、響也のことすごい気に入ってたから」


「こちらこそありがと。すごい楽しかったから、また是非」


僕だけが、蘭の新たな一面を知ることができた。そのことに想像以上の嬉しさと優越感を抱いていた。”秘密”の共有にこんなにドキドキしたことは、今までなかったような気がした。


それから、蘭のことをよく考えるようになった。毎日学校で会えるのに、会えない時間が長く感じた。学校で見る時から綺麗だと感じていたけれど、”木漏れ日の里”で見た彼女は、さらに美しく感じられた。容姿、感性、生き様。もっと彼女のことを知りたいと思い始めていた。




これが好意を抱くということなんだ、と自覚したのは、もう少し後の話だ。

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