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藍色のrequiem  作者: 水無月やぎ
2. 蜜柑色のnarrative
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2-2

皆が絶望のただ中にいた時だった。

ついに1人の英雄が立ち上がる。

...それは、NBJに屈しないと固く誓った主人公たちが造り上げた、努力の賜物。主人公は決して諦めたわけではなかった。両親を亡くした2年後に努力は実った。彼らは少数精鋭で、自分の身を必死に守りながら努力を重ねた。これ以上多くの人々を苦しめないために。家族を失ったからこそ、主人公にはその苦しみが痛いほどによく分かるのだった。

主人公たちが造ったのは、NBJの面々を破滅させると同時に、この世界に撒かれたウイルスを一掃するサイボーグ。

そのサイボーグはまず、NBJの籠るシェルターへと向かった。シェルターはたちまち破壊され、ウイルスに晒された。爆発的な感染を経たウイルスは、初期より何倍も威力を増していた。切り裂きジャック達は、自らが作り出し、そして進化した最凶のウイルスにひどく悶え苦しんだ。

この出来事が地獄絵図と化した世界、そして生ける屍と化した人々に、強烈な光を射し込むこととなったのは言うまでもない。

そしてサイボーグは、世界が甦るためのエネルギーを地球に振り撒いていく...。


サイボーグの登場により、人々は次第に生きる勇気を取り戻していった。深い闇の先に、希望が見えた瞬間だった。

生き残った人々は必死に生きた。失われた人々の分まで。

NBJは瞬く間に消滅していく。彼らによる身勝手極まりない人類削減政策は、ついに終焉を迎えた。ギリギリの所で地球は守られた。

主人公をはじめ、人々は世界を変えてくれたサイボーグに心から感謝しようとした。

しかし、世界に撒かれたウイルスを一掃しそれを体内に取り込んでいたサイボーグは、日に日に弱っていく。身体の一部が日々、消えていくのだ。

サイボーグは言葉を発せない。だから、地面に書いた。

"私の指命は終わったのです"と。

その翌日、主人公達がその変化に驚きを隠せない中、最後の身体はバラバラに散った。残骸はもう、ただの金属片に過ぎなかった。


こうして世界は蘇り、NBJと戦った主人公はサイボーグと並んで英雄となった。

...と、締めくくられていた。




子ども向けにしては非常に高度で、深い物語だった。本当に子ども向けなのか、と疑うほどに。

世界にはこんなに怖いこともある。でもめげずにそれに立ち向かえば、いつか必ず打ち勝つことはできる。人間は無力じゃない。

きっとそういうことを、この本は伝えたかったのだろう。具体的に何が、とは言えないけれど、何かが音を立てて僕の心に刺さった。

僕はいつの間にか、この本の虜になっていた。雛さんに似ているのかもしれない。

僕はこのあと、何度もこの本を読み返すことになる。そしてこれは、雛さんと僕の人生に間違いなく、影響を与えたのだ。


ただこの本を読み返すことができたのは、僕が13歳の時までだ。

なぜなら...僕を育ててくれた祖母が、13歳の時に亡くなったからだった。

あまりにも突然すぎた。末期癌で急に入院するまで、祖母の体調が思わしくないことなど全く分からなかった。

中学校でお弁当になってからは祖母が手作りしてくれたが、それも1年足らずで終わってしまった。祖母の入院後、僕は伯母、つまり雛さんのお姉さんに育てられることになった。雛さんは相変わらず研究一筋で、それも当時は科学誌に論文を出す為の大詰めの段階にあり、結局は実母の死に目に立ち会うことすらできなかった。生前、雛さんが忙しく、見舞いの為に帰国できないらしいことを祖母に告げても、祖母はただ笑うだけだった。そこに落胆の色は見えなかった。


「最先端を行く科学者に、親の為に帰国しなさいと言ったって無理な話よ。そんな暇あるなら研究を進歩させなくちゃね」


でも、と続ける僕を、祖母はやんわりと手で制した。


「ねぇ、響也。あなたが雛からもらった本があったわよね?あれね、私が昔雛に買ってあげた本なのよ。あの子、大切に持ってたみたいで…だからプレゼントにしては少し、古びていたでしょう?」


言われた通りだった。本の角は少し丸く、ページの色も真っ白ではなかった。お下がりだったのか。


「あの本は私から雛、拓也さん、そして響也へと渡った本なの。あの本が唯一、雛の存在を感じられる本なの。...だから、私が死んだら、棺にあの本を入れてくれる?雛はやっぱり、私の可愛い娘だもの」


急に遺言を託されて戸惑ったが、入院した時点で祖母も先が短いのだということを、僕は理解していた。理解せざるを得なかった。

だから、祖母の遺言を守った。告別式の時、あの本も一緒に火葬したのだ。




...あれから4年が経っていた。

僕は、もう絶版となったあの本の、サイボーグの名を完全に忘れていた。



そしてどうしても、思い出すことができなかった。

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