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藍色のrequiem  作者: 水無月やぎ
10. 藍色のrequiem
30/34

10-3

僕はNBJの話をまた思い出していた。

オルキデアは消える寸前、確かこう言ったんだ。”私の使命は終わったのです”と。

そして蘭は言った。「私の役目は終わりかな」と。

務めなくても良い”研究材料”の役目を、十分すぎるくらいに果たしたんだ。もう解放してあげたかった。


「近くで、見てきた?」


「…蘭と付き合ってた。あなたは試作品だなんて言うけれど、彼女は僕を想う気持ちを持っていた。両親はさすがだな、と今なら思うよ。研究材料に心を与えるんだから…残酷だよな」


精一杯の皮肉を込めたつもりだったのに、目の前の彼は嫌がるどころか微笑を浮かべた。


「そうか…やっぱり俺の考えは間違ってないんだ」


「…は?倫理度外視してんだぞ、自分のやったこと分かってんのか?!」


雛と同じこと言うね、さすが親子だ、と彼は笑った。


「人間と共生できるんだよ、心を持った、歩く特効薬は。しかも多くの人々を救える素晴らしい存在だ」


彼は何かに取り憑かれているようだった。ボロボロの姿になって自分の元に帰ってきた蘭の現実を、受け止めようとしなかった。


「共生…確かに出来るよ、最初はね。でもバレれば終わり。現に蘭は壮絶な苦しみを味わう羽目になった。この姿を見ろよ。現に差別が起こってるんだよ。人間じゃないって分かった瞬間、途端に憎むんだよ、意味も根拠もないのに。もっと根本的なことを見直さないと、きっと変わらない。蘭みたいなのを何人造ろうと変わらない。蘭みたいに密かに生まれて、堂々とできない存在として育てられて、バレれば後ろ指指されて生け贄になるんだ。NBJみたいに簡単にはいかないんだよ、目を覚ましてくれ。雛さんを無理に巻き込むのもやめてくれ。わざわざサイボーグを造る必要なんかないんだ、あんたは英雄じゃないんだよ。蘭の人生を狂わせて、せっかく画期的な薬なのに、極秘の研究で進めてたから認可も降りてなくて。全てがバレた今、経過が良くなってる患者さんの治療もストップしてる。どれだけ多くの人をがっかりさせて、迷惑をかけたのか…蘭を造れるほどの科学者なら、分かるだろう?何が正しいのかくらい!」


僕の声は彼に果たして届いているのか、自信はなかった。なぜこのタイミングで父と会ってしまったのだろう。僕はこれから、父という存在を軽蔑して生きていかなければならない。


「なぁ響也」


彼は蘭の顔に触れた。


「触んなっ」


んだよ俺が造ったのに、と舌打ちをしたが、すぐに手をどけた。僕が代わりに触れると、もう冷たくなり始めていた。


「誰も、俺の思想を一発では分かってくれない。雛は今だって乗り気じゃないんだぞ?やっと会えた息子にも批判されて。挙げ句の果てに多分俺は、社会からも追放される」


父は虚ろな目で僕を見て、蘭を見て、ドアの方へと歩いて行った。


「……正義って、倫理って、正解って、救うって、一体何なんだろうな」


僕は1人残された。部屋にあったティッシュを水で濡らして、冷たくなった蘭の顔を優しく拭った。ティッシュは瞬く間に藍色に染まった。

愛してるよって、伝えたかったのに。結局最期まで、蘭が先だった。

蘭の胸元に顔を埋め、僕は嗚咽を抑えていた。どこからこんなに出てくるんだろうっていうくらい、際限なく出てくる涙が僕の顔と蘭の体を濡らし続けた。僕の頬についた群青色と涙が合わさって、また藍色の液体になって、蘭のセーターに染み込んだ。どんなに手を強く握っても、もう握り返されることはなかった。


心は通い合っていた。本気で想い合えていた。

今さっきだって、救おうと思えば救えていたのかもしれない。また、響也って呼ぶ声を聞けたのかもしれない。

でもこのまま生き続けても、蘭はきっと苦しいだけだから。




それなら僕は、生よりも、愛と安息を彼女に与えたい。そう思ったんだ。

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